南アジアから!
映像は巨大なホールのような場所に変わった。二メートル角はあろうかという太い柱が、弱々しい蛍光灯の並んだ高い天井を支えている。広い空間のそこここに、テントウムシの冬眠のような荷物と人間のコロニーができていた。一見なにかのツアー客のようにも見えるが、みな着飾っておらず、しかもほぼ全員が男性のようだ。彼らの荷物のうち、袋に包んだ竿状のものが特に目を引いた。
薄暗いホールを背景に、若い女性リポーターが口を開く。
「……ここ、パキスタン最大の都市カラチでは、深夜にもかかわらず、空港の周辺にたくさんの漁民が集まりはじめています。手に手にロープや銛を持っています。その数二、三百人といったところでしょうか。どなたかにお話をうかがってみようと思います」
リポーターはそのまま真っすぐ歩き出し、カメラの脇をすり抜ける。彼女を中心にカメラが180度パンすると、正面に空港の手荷物カウンターが映った。カウンターでは背の低いがっしりした男が受付嬢と向かい合って、怒ったような声を張り上げている。男の右手は、垂直に立てた例の竿袋を支えていた。高い尖端が天井に届かんばかりだ。
「コラ! 銛は手荷物にできんだと? どういうこっちゃ!」
「そう仰いましても、昨近のテロ発生状況を鑑みて、爪切りよりも大きい刃物は、ちょっと機内への持ち込みは……」
「この銛はロープを投げるための錘じゃ。刺すための武器とは違うわい」
「しかし……」
そこにリポーターが割り込んだ。
「あのすいませんお忙しいところ、BBQのものですが」
「はぁん? 誰さね」
「BBQです。ちょっとよろしいでしょうか」
男がリポーターに向き直った。五十は越えているだろう、短い髪は白髪混じりだ。しみだらけの顔には深い皺が刻まれ、その中央で、両の目が爛と輝いている。
「おう、別嬪さん。なんじゃ。ヒコーキ遅れて暇なんか」
「いえ、ちょっとお話をうかがってもよろし……ちょ、やめてくださ、」
「ハハハ、ええケツじゃ。だが残念、わしはいま嬢ちゃんと遊んでる暇はなくてな」
リポーターが溜息をついた。
「……UFO漁師のかたですよね? これからチュニスへ?」
「ああ。男なんだらいかねばならん。命燃やして大舞台じゃ、ハ、ハ」
「ポジションは、どちらですか?」
「んあ? 銛手よ。見りゃわかるだろう。この年でもな、ヒマラヤ以南でわしの右に出る銛手はおらんぞ。北米にいた頃にゃ、アイダホのシューティング・スターと……」
「アメリカでやってらっしゃったんですか? どのくらい?」
「20年さ。こっちで6年。大ベテランよ。UFOにゃずいぶん稼がせてもらった。そうだ、嬢ちゃん、アフリカから帰ってきたら、わしんとこに遊びに来い。プールがあるぞ」
「はあ……わたくし、水はちょっと」
「そうか。それじゃ、これ持ってけ。ティファニーで買った手錠、プラチナ製よ。嬢ちゃんにきっと似合う」
男は歯並びの悪い笑顔を見せて、ポケットの多いズボンを調べ出す。
「えッ? 困ります! 仕事中ですし、えっと、」
「ハハ遠慮するな、お近づきの印ってやつよ」
「困りますってば!」
じゃらりという音を立てて、男はどこからか手錠を取り出した。輝く鎖を眼前にぶら下げ、振り子のように静かに振る。金属の輪の向こうで、男の笑いがちらちらと動いた。と、急に真顔になる。
「フン。安心しろ。わしは帰ってこんよ。これを売って生活の足しにしな。嬢、あんたはわしがカラチで最後にケツを揉んだ女じゃ。記念にとっとけ」
「記念って、そんな、」
「いいか、あんたは記者じゃろがな、間違ってもチュニスに飛ぼうなんて考えるな」
「……それは、どういう?」
「ここにいれば、あんたにはあんたの神様のご加護があるじゃろう。でのうて無神論者なら、カネの加護に頼るといい。どっちゃにせよ、命が惜しけりゃ、チュニジアには来たらいかん」
「……えーと、話が見えませんが」
「核よ。米中露の三大国は、チュニジアを核攻撃するつもりじゃ」
「えっ? まさか」
(アテンションプリーズ、アテンションプリーズ、カラチ発ジャカルタ行き856便、搭乗希望者多数のため、手荷物制限を行っております……)
「……聞こえなかったか? 嬢ちゃん」
「でも、そんないきなり」
「やるさ。連中はわかっとる。やつらの戦闘機でもミサイルでも、あるいはわしら漁民が全員でかかっても、恐らくあのUFOは墜とせん。だから大国は奥の手を使う。一番強力な武器で、一気にカタをつけようとするじゃろう」
「でも、あのUFOはそんなに強力なんですか? 今までも、あなたたちはたくさんのUFOを捕獲してきたんでしょう?!」
「ああ。UFOの習性を利用してな。もともと力じゃかなやせん。UFOを舐めたらいかん。やつら、人類の技術力では測れん科学をもっとるけ」
「習性? というのは何です?」
「いいか、UFOは強力なレーザー砲を持っとる。だがなあ、奴ら、生物や建物なんかは平気で撃つが、地表そのものは絶対に撃たない。地球を傷つけるのを極端に恐れとるのさ。恐らく許可されとらんのじゃろ。地球は宇宙の共有資産ってわけさ。……じゃから、わしらはUFOにロープを掛けて、真下に入って引っ張るのよ。窪地を使うことが多いんは、そのためじゃ。そうやってUFOを挑発しといて、無意味なターゲットにレーザーを撃たせる。そうするとエネルギーが減って、UFOは徐々に弱っていく。で、ヨタヨタになったところを引きずり下ろして、ハンマーで叩き壊すんじゃ」
「ハンマーで壊せるくらい脆いんなら、ミサイルや機関砲とかでも墜とせそうなものですが……」
「甘いな嬢ちゃん。そんなもん当たる前に全部撃ち落とされる。かりに当たったとしても、UFOにエネルギーが残っとるうちは、まず傷をつけることはできん。UFOのパーツは特殊なエネルギー場によって接着されとるんじゃ。信じられんほどがっちりとな。だで、いつでも逃げられると思わせながら、いかにヘロヘロになるまでエネルギーを抜くかが問題なのよ。あんたUFO漁を見たことあるか? アホみたいなことやってるように見えるじゃろ? そうよ。それでいいのよ。こっちがアホだと思わせてといて、おだててエネルギーを抜いちまうんじゃ。それでパーツの接着はユルユルになる。あとはハンマーで殴る。あれは壊してるんじゃのうて、分解しかかった部品を外しとるんじゃ」
「なるほど。じゃあ、あの葉巻型UFOも、やれば墜とせないことはないんですね」
「理屈の上ではな。だが、コトはそう簡単にゃいかん。あれだけのUFOのエネルギーをどうやって抜くか。あいつを揺すぶって、できれば砲をカラ撃ちさせてしまいたいが、縄で引いてもビクともせん。あの大きさじゃあの」
「じゃあ――」
「じゃあもヘチマもないのよ。やるしかない。やらなにゃあ地球が乗っ取られッちまう。米軍が捨て駒をぶつけとるのも、少しでもエネルギーを抜いて状況を有利にするためじゃ。……ま、どう考えても、ロープであれは墜とせんよ。だから三大国は、ぎりぎりまでわしらにエネルギーを抜かせておいて、最後に核をぶつけるはずじゃ。核ならあれを焼けるかもしれん。三大国が国連を無視して行動することにしたのは、国連を通せば核は使えんからだ。EUを除け者にしたのは、ここが欧州の目と鼻の先だからよ」
「そこまで読んでいて、それでも行くっていうんですか? あそこに」
「おうよ。来てくれといわれてるんじゃ。行くべきじゃろう」
「そんな――」
「どこの漁協もこのカラクリは見抜いとるよ。嬢ちゃんの映像が配信されようがされまいがな。いいか、わしらはわかっててあそこへ行く。アメリカさんの捨て駒になるためじゃあない。みんな漁師の誇りにかけて、モビィ・ディックと戦うために、あそこへ行くんじゃ」
(アテンションプリーズ、アテンションプリーズ、カラチ発チュニス行き臨時便、ただいまより搭乗手続きを開始いたします……)
「……」
「行かにゃならん。なあ嬢ちゃん、最後にひとつ頼みがある」
「……何です?」
「もう一度、ケツを揉んでもいいかいの。もう、さっきの感触は忘れてしもた」
「……」
「不意打ちだと、キュッと締まりすぎていかんのよ、ハハ」
「……」
「どうだ? ダメか」
「……どうぞ。えーと、アイダホの……」
「……シューティング・スター」
「んッ」




