アフリカ北岸から!
今度の映像は屋外だ。音はなかった。激しく揺れるカメラのフレームは、狭い車窓から灌木の茂る緑の丘を映し出している。空は夕焼けを蒼穹に引き延ばして、銀朱からターコイズへの見事なグラデーションを作り出していた。
「(ノイズ)(ハウリング)こ(ノイズ)き(ノイズ)(トントン)した。あれです。見えてきました! 葉巻型UFOです。うひょー、大きいですねぇ、夕空を背景に、ぽっかりと空中に浮かんでいます! (スピード落として! カメラがぶれる!) ……雲ひとつない大空に、うひゃー、でかいッ、くっきりと輪郭を描いて、美しい……。陰になった側は、まるで夜みたいに暗くなっていますね。ごらんになれますか。いやーしかし、大きい。昔の二次元映画に出てくる宇宙戦艦みたいだ。あれを引っ張って、地上に降ろそうとしたんですか、チュニジアの漁協は。いやー無茶でしょう、さすがに」
空中に浮かぶ巨大な物体が画面に映った。超大型の葉巻型UFOである。沈む夕日を傍らに恃み、空の上に赤黒く静止したその姿は、まるで一世紀前に燃えた巨大飛行船の亡霊のようだ。
「あー、空中でなにかちらちらと光っています。なんでしょう……。金属片を撒いたみたいに見えますが……あ、違いますね、ロープです! ロープですね! UFOにはまだ、先日あれと闘った漁民の特殊ロープがかけられているのです! 白いロープが夕日にきらめいて、空中に銀紙をばらまいたみたいに見えるのです! ……おっち、検問です。女性の兵士がいます」
数十メートル前方、道の両側に、砲を持った装甲車が停められている。その照準はUFOではなく、むしろ逆の方向、テレビクルーらの遙か頭上を狙っているようだった。装甲車の脇に、臨時設置の遮断機が置かれている。その正面に、「止まれ」のジェスチャーをした小柄な女兵士が立っていた。車が速度を緩めると、女兵士はゆっくりとした足取りで運転席へと向かってくる。
「(ゴホッ、ゴホ)○▲□! ☆♪凸▽!」
「あー、アラビア語? ■×凹★♪◎▽。⊿〒↑◆♂」
「♀@□▲☆凸凹? ●←♭♂◆?」
「☆★」
「▲☆凸テレビ凹? 凹★●♭」
「凸〒↑◆」
「ハイ、アミン? アミン? ♂♂♂~~??♪」
女兵士は急に笑みこぼれると、カメラに向かって手を振った。リポーターはさらに二、三語女兵士と話を交わす。それが終わると、車は再びスタートした。
「ムーア人だね。ハハ、なかなかの可愛い子ちゃんだ……っと失礼。生放送でした。えー、わが南地中海情熱放送は、あまりニュース取材の実績がないもので。お見苦しい点も多々あるかと思いますが、そこらへん、どうかご了承ください。ゴホン。……さてUFOですが、この位置からですとさっきよりよく見えますね。地上300メートルくらいでしょうか、かなり高いところに浮いています。どれくらいの重量があるんでしょうね。ロープで引っ張ったくらいで、落っことせるとは思えません。まるで田舎の女教師だ。……船首から垂れた特殊ロープを、どこかに……。あー、杭ですね、ロープは巨大な杭に結びつけられているようです。まるで地球に係留しているみたいですね。……地上にはバラックが建ち並んでいます。ここいら漁港なんですね。空の漁港……あ、あれは? スピード落として!」
冷えたネオン管が蔦みたいに絡まったバラックの前で、身長7フィートはあろうかという黒人が飛び跳ねている。大男は何か大声で叫んだあと、車に向かって駆け寄ってきた。健康そうな白い歯を見せて笑う。
「おーい、放送見てた、今見てたよ! よく来た! 俺の英語わかるか?」
「わかりますよ、どうも! ここの関係者ですか?」
「ビゼルト漁港サブチーフのシェハタだ。いやー、あんたらの局がこんな映像を配信する日が来るとはねえ。フフ。アレ撮りに来たんだろ? アレ」
親指と人差し指でマルを作る。
「たまたま一番近くに放送車があったもんで、政府から直々に要求されてましてね。ええ、アレですよアレ」
「よしきた! じゃ一番いい子呼んでくるから待っててくれ」
「いやちょっと! 今日はそうじゃないんだ!」
バラックの方を向きかけた大男が、おどけた表情で振り返るった。
「冗談だよ。UFOだろ? あれがそうさ。でっけえだろー。こんな大物は俺らも初めてでよ、どう料理したもんかと迷ってンだ」
双方真面目な顔になる。
「料理? やっぱり、あれを落とすつもりなんですか?」
「ッたりめーよ。俺らをなんだと思ってんだ? まあ、今んとこ目処は立ってないがよ」
「できるんですか? そんなこと」
「できるさ。綱引きの数が揃えばな。あとロープも足りねえ。いま確保に奔走してる」
「さすがにちょっと、無理なように思えますが……」
「あの上にゃあもう六人の銛手が乗ってンだ。今さらあとには退けねえよ。それとな、素人が思うほどUFO漁ってのは単純じゃねえ。一見無茶だと思えても、やってみりゃあできるってことが世の中にゃあンのさ。逆にできねえと思いながらやったら、絶対にできねえ。そういうもんだ」
「ふむ」
「ああ。ところで、これ、全世界生放送なんだって?」
「そうです。いま、世界中に、あなたの顔が……」
「おっし。見てるか世界の同業者ども。見てたら至急チュニジアに集まれ。お気に入りの銛とロープを持って、だ。急がねえと間に合うか知らんぞ。……俺たちは戦力が整い次第、あのUFOをとっ捕まえる。成功すれば歴史に残る快挙だ。各国政府、自分とこの漁師のために輸送手段を確保しな。この放送も翻訳しとけよ!」
「ちょっとちょっと、変な電波の使い方はよしてくれよ!」
「なに言ってンだ。お前が週末にやってる『小麦色の宝石コレクション』よかよっぽどマシだろ。『今週の、ビーチ・ダイヤモンド!』……いい時代だったぜ。もう見れねえかもな。あんた、わかってねえだろ。こんな俺だってニュースは見る。このUFOに関してアメリカとロシア、中国が手を結んだんだろ? 筆頭当事国のはずだったこのチュニジアはハブられた。それどころかEUまでが蚊帳の外だ。ここからどういう結論を導く? 奴らがなにを考えてるか……(ピカッ)」
突然、白い閃光があたりを覆い尽くした。映像はホワイトアウトしたあと急に暗転し、一秒ほどかけてセンサーが回復する。ホワイトバランスが崩れて青みがかった大男の顔が、画面の中央で堅く目を瞑っていた。
「……ああ、始まりやがった」
「何だ? 今のは?」
「……UFOのレーザー砲さ。やつら、近づく軍用機は片っ端から落とすんだ。多分イタリアから飛んできた米軍機だろうな。かわいそうになあ、パイロットは犬死にだ。通常兵器じゃUFOは落とせねえ。漁民の力が必要なんだ。あいつを空中から引きずり下ろして、ハンマーで解体するしかねえンだよ。(爆発音)ほらな。今音が届いた。どっかでドカンとやられたのさ」
「そんな話は、われわれは全然……。発表では、アメリカが人類を代表して宇宙人と交渉すると……いや、交渉と断言してはいませんでしたが、しかし、」
「いいか、アメリカを舐めちゃいけねえ。奴ら、なんだかんだいってUFOのことを一番よく知ってンだ。いままで一番たくさんUFOを捕ってきたのは、結局のところあの国なんだからな。宇宙人が賢くて友好的で、話せばわかる人間のお友達だなんてのは幻想だ。宇宙人は宇宙人なんだ。動物と同じだよ。……アメリカがああやって空軍機を墜とさせてんのも、すべてはアイツと戦うための布石、時間稼ぎさ」
「しかし、宇宙人が積極的に人類を攻撃しているわけではないでしょう。戦う必要があるのですか?」
「ある。言っただろう、それは……っプビーボボボバズズズガーパーザー▲☆テ※ハタ@
ブツリという音とともに、映像が途切れた。