目的のない行為
昨日の続きです。
窓の外の景色が、今までよりも朗らかに見える。
昨日は心地よかった。
ランタナは押し切るような形で始めたにしては、とても丁寧で私の体調を常に気遣ってくれた。事あるごとに「大丈夫?」とか「苦しくない?」とか聞かれるのは、凄く恥ずかしかったが不思議と悪い気はしなかった。
行為中にあんなに優しく扱われたのは初めてだった。陛下は、いつも挿れて出して、すぐに部屋から出て行ってしまったから‥‥‥だけど、世の男女は皆、こんなに気持ち良い行為をしているのだろうか。
そう思ったら、なんだか自分がすごく勿体無いことをしてきたような気分になった。こんなに気持ち良い行為を二十三年間も知らなかったのだ。
気持ち良い、そう気持ち良かったのだ。
昨晩、私は陛下から得られなかった快楽を悔しいことにランタナによって与えられてしまった。
と、ここまで考えて慌てて首を振る。
私は政務中だというのに何を考えているんだ!
「──か、王妃殿下!」
「あっ、嗚呼、悪い。何か用か?」
「いえ、用というわけではありませんが、先程から上の空でしたので、具合でも悪いのかと声をかけさせて頂きました」
ラルーシィの心配そうな顔を見ながら、私は昨晩の行為について考えていた自分を恥じた。
「い、いや、なんでもない。少し考え事をしていてな」
「ですが、お顔が赤いですよ。無理されているのでは?」
「いや、大丈夫だ。これは、その、なんだ」
私がどう説明しようかと頭を働かせていると、ラルーシィの後ろに控えるように待機していた二人の侍女がふふっと笑みをこぼした。ラルーシィよりも年若い二人は、勿論私の侍女だ。
「二人とも王妃殿下の前で、失礼ですよ」
「すみません。ですが、ラルーシィ様もその辺にして差し上げないと、王妃殿下が可哀想ですよ」
「そうですよ。王妃殿下のお顔が赤い理由なんてひとつしかありませんのに」
意味ありげに微笑み合う二人を見て、私は二人に心の内を知られてしまったと更に恥ずかしくなってしまった。
「‥‥‥嗚呼、なるほど。野暮なことを申したのは、私の方でしたね。申し訳ございません」
「今朝の陛下も凄く情熱的でしたものね」
「見ているこちらが恥ずかしくなるほどでした」
嬉しそうに陛下のことを話す三人の侍女を見ながら、今朝のことを思い出す。
ランタナは政務に向かう間際まで、ずっと私の隣にいてくれた。私が目を覚ますと陛下の姿をした彼女は既に目を覚ましていて、機嫌よさそうに私の顔を見つめていた。
「そろそろ行かねばならん」と甘く切ない声で呟くと、侍女を呼びつけて私の世話をするようにと命じていった。
そして、去り際、侍女たちに見せつけるように、私の頬に唇を寄せたのだ。
「夜にも来ると言っていましたから、今夜はとびきり美しくしませんとね!」
「陛下が驚くほど綺麗にしないと! 腕がなります!」
きゃっきゃっと盛り上がる二人に「揶揄うな」と笑った。
「新婚の頃でも、このような雰囲気はありませんでしたのに‥‥‥喜ばしいことですね」
ラルーシィが、愛娘を見るような目で見つめてくる。その瞳は少しだけ潤んでいた。
「陛下が変わったのは、あの女が居なくなってから、ですよね?」
「きっと、あの女と関わることで王妃殿下の素晴らしさを再認識したのですよ」
ぽわぽわと浮ついていた気分が、三人の会話を聞いて唐突に地に落ちたような心地になった。
陛下は性格が変わったのではない。
陛下は文字通り人が変わったのだ。
別人なのだ‥‥‥私が殺してしまったから。
そう、私が殺した。
矢張り、陛下が私に対して優しくなったのはおかしいだろうか。王宮内でも、噂になっているだろうか。
陛下が別人と気づく人がいたらどうしよう。
サッーと血が引くような心地がする。
「王妃殿下、如何なさいましたか?」
「いや、少し喉が渇いてな。水を持ってきてくれないか」
心配そうなラルーシィを見て、生きてるうちにあと何回こんな嘘をつくのだろうと思ったら吐き気がした。
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「アメリア、遅くなってすまない。寝ずに待っていてくれたのだな」
「私も政務が立て込んでいましたから」
「そうか。起きててくれて嬉しいよ」
陛下が手を挙げると、後ろに控えていた侍女たちが心得たように下がっていった。部屋に二人きりになると、ランタナは今までの厳格な雰囲気を崩して、しんどそうに私のベッドに腰掛ける。
「はぁ〜あ、疲れたぁ。やっぱり何回やっても、他人の振りは疲れるよぉ。やることも多いし、やっぱり王様ってめんどすぎ」
「その政務のことだけど、何か不審に思われたりしていないか? 側近とか、近衛騎士とか、他には、他には‥‥‥」
「ちょ、ちょっ、待って。何何、急にどうしたの?」
「‥‥‥侍女たちが、貴方が変わったって言っていて、バレていないか不安になってしまった」
「そぉんなことだろうと思った。まぁ、安心してよ。上手くやってるからさ」
「本当か?」
「大丈夫だってぇ。嗚呼、もう、こんなつまんない話、終わり終わり」
ランタナは虫を追い払うように手を振ると、「そんなことよりさぁ」とあからさまに話題を変えた。
「アメリアちゃん、今日は気合入ってるねぇ」
にやにやといやらしく笑っているランタナを見て、恥ずかしさから俯いてしまう。気合を入れている自覚があるから余計に恥ずかしい。
「ラルーシィたちがはしゃいでな。色々としてくれたんだ」
「ふぅ〜ん、口煩いばかりの存在かと思ってたけど、流石は王宮の侍女。偶には良い仕事するねぇ。一段と綺麗だよ、アメリアちゃん」
「‥‥‥揶揄うな」
「揶揄ってなんてないよ。そのネグリジェ、薄水色で可愛いし、シンプルなデザインでゴテゴテしていないのも良い。アメリアちゃんの華やかな顔がよく映える」
そう言うと、ランタナは私の高い位置に纏め上げていた髪を一瞬で解いた。
「それに凄く良い匂いがする。何の匂いだろう、金木犀かな? 髪に香油を付けてるね。早く食べたいなぁ」
「そんなこと、よく恥ずかしげもなく言えるな」
「だって、恥ずかしくないもん。思ったことを言ってるだけだよ」
「全く‥‥‥」
「さぁて、侍女ちゃんたちの期待に応えないとね」
「疲れているなら、今日は休んだらどうだ」
顔を伏せながら言ったが、ランタナによって簡単に目線を合わせられる。
「嘘つきだぁ。本当は期待してるんでしょう」
「そんなこと、」
「恥ずかしがることないよぉ。気持ち良いことは、みんなしたくなるものなんだから」
私が何かを言う前に、ランタナが口付けをしてきた。舌が割入ってくる感覚に何も考えられなくなる。
子供を作るためには必要のない接吻という行為を受け入れながら、確かに目的がない方が気持ち良いかもしれないと、そんなことを考えていた。
順調にアメリアが堕ちていっています。