目的なんてない
昨日の続きです。
『魔女』
この国では大昔に絶滅して、今では伝説上の生き物のような扱いを受けている。
魔女の血と涙を混ぜると毒になるとか、魔女の肉を食べれば不老不死になるとか、そんな有り得ない噂が広く飛び交うような架空の存在だった、はずだ。
何百年も前、この国は魔力のない人間と魔女が共存していた。それなりに上手くいっていた関係はひとりの魔女によって唐突に終わりを迎える。
──魔女リリン。
この国でその名を知らぬものは恐らくいないだろう。彼女は魔力を持たない人間を神から見放された存在とし、ある日突然、無差別に惨殺し始めたのだ。
リリンは、圧倒的な魔力量とカリスマ性を持って多くの魔女を率いて暴虐の限りを尽くした。あわや、この国が乗っ取られるかという時、ひとりの聖女が現れたのだ。
それが、この国の五代目王妃であり初代聖女、キャロライン様だった。キャロライン様は、聖なる力で魔女の暴虐を次々と治めると、聖女となった翌年には首謀者であるリリンを拘束し死刑とした。また、リリンの協力者だった魔女たちも次々と拘束して刑を執行した。そして、数年後には魔女の絶滅を宣言されたのだった。
ランタナの発言をもう一度考える。
「ふざけているのか?」
「そんなつまんないことしないよぉ〜」
「だが、魔女は絶滅したはずだ」
「そんなのキャロラインが勝手に宣言したことでしょう? そもそも、魔女と一般的な人間は見た目じゃ判断つかない。そんな存在をキャロラインひとりが把握できるはずがないでしょう。私以外生き残りがまだいると思うよぉ」
「なら、キャロライン様が嘘をついたと?」
「知らなぁ〜い。嘘ついたのか、本当にそう思ったのかなんて本人に聞かなきゃわかんないもん。でも、アメリアちゃんも見たでしょう、私の力」
そう言うとランタナは、陛下の顔のままで指先から小さな炎を出した。
信じられないことだが、目の前の存在は確かに超自然的な力を持っている。聖女は癒しの力のみしか持っていない存在だから、こんな風に変装したり炎を出したりなんて出来ない。
そう考えると、目の前の存在が魔女ということを認めるしかなかった。
「そうか‥‥‥魔女はまだいたのだな」
「そうだよぉ‥‥‥怖い?」
「はっ?」
「だって、人は他と違う存在を恐れるものでしょう? だから、怖いのかなぁって」
ランタナの顔は相変わらず微笑んでいたが、何処か探るような目をしていた。
「‥…‥怖くない、と言えば嘘になる。だが、この国が今日まで平和だったのは魔女が、人と穏便に暮らしていたという証だ。
だから、貴方を頭ごなしに恐れるべきではないと思う」
そう言うとランタナは、何故か嫌そうに眉を顰めた。
「まぁ、私はどう思われてても関係ないけどねぇ〜」
陛下の顔のままだからだろうか、その表情の方が余程見慣れていた。
───────────────────────
「本当に来たのか」
その夜、陛下の変装をしたランタナは、本当に私の部屋へ来た。
「うん。来るって約束したじゃない。なぁんで、そんなに嫌そうな顔してんの?」
「元々こういう顔だ」
「うっそだぁ〜! 陛下の前ではいつももっと、かぁわいい顔してんじゃん。私には、してくんないのかなぁ?」
「‥‥‥」
「陛下が部屋に来たんだから、もっと喜んでくれればいいのに」
「‥‥‥陛下は、週に一度しかお渡りにならなかった。私の体調も気にしたことはない」
「くどい言い方だねぇ。何が言いたいのぉ?」
「つまり、貴方が私の元へ来なくても誰も不審に思わない」
「はぁっ?」
今日一日、色々と考えた。
どうして、ランタナが私を助けたのか。
どうして、陛下を殺さないかと持ちかけてきたのか。
結果、私はひとつの結論に辿り着いた。
多分、彼女はこの国の陛下という地位が欲しかったのだろう。陛下を消して自分がなり変わればその作戦は成功する。だが、その作戦は王妃に偽物と気づかれた場合、非常に面倒なことになる。
だから、私を共犯者にしようとしたのだ。
ランタナが私に協力するメリットは、それしか考えられない。
「貴方の目的は陛下に成り代わって、この国を自在に操ることだろう? なら、私の元に通う必要はない」
心底意味がわからないという顔をしていたランタナは、次いでケラケラと腹を抱えて大笑いし始めた。
「人が真剣に話しているのに、何を笑っている」
「だってぇ、アメリアちゃん、それ本気で言ってんの?」
「本気だが」
「あーはっはっはっ、あー、おっかしいっ! 色恋沙汰に疎いって王妃としてどうなの?」
「先程から何を言っているんだ?」
突然、ランタナは妖艶な笑みを浮かべて私の座っているベッドへ近づいてきた。そして、私の顎を自身の目線と合わせるように、そっと持ち上げる。
「アメリアちゃん、私言ったことなかったっけ? 私はねぇ、地位とか権力とか、そういうのに興味ないの」
「なら、何故、私を助けたんだ?」
「う〜ん? まだ気が付かなぁ〜い?」
「くどい言い方をするな」
ランタナがまた笑みを深める。
「アメリアちゃんだよ」
「‥‥‥?」
「私の目的は最初から、アメリアちゃんだけぇ〜。陛下を殺して、陛下の位置を乗っ取ればアメリアちゃんが手に入ると思ったから協力したんだよ」
慈しむような顔は、嘘を言っているようには思えなかった。
「嘘‥‥‥」
だが、私の口は勝手に動く。
「嘘でこんな面倒なことしないよぉ〜。まっ、別にぃ〜アメリアちゃんが信じようが信じまいが、どっちでもいいんだけどねぇ〜」
「──ッ!」
一瞬の出来事だった。
気がついた時には、私はベッドに横たわっていた。
ランタナに押し倒されたと気がついたのは、私の上にランタナが馬乗りになった時だった。
「さぁ、愛を確かめあったことだし始めよっか」
「な、何をする気だ」
「やだぁ、アメリアちゃんたら、私の口から言わせたいのぉ〜? だいたぁ〜ん。
そりゃあ、勿論、せっ」
「言わなくていい! それに、私たちの間でその行為は必要ない」
「えぇ〜、なぁんでぇ」
駄々をこねる子供のような声で、ランタナが言葉を発した。
「貴方は、陛下の姿をしているが機能までは真似できないだろう?」
「そりゃあねぇ。魔法で陛下の姿形になってはいるけど、中身は私のままだからね」
「つまり、私と貴方では子は作れない」
「一応、男性器も付けてるけど、私は生物学上女だからね」
「なら、矢張り私たちの間で、その行為は不要だ」
ランタナの下から抜け出ようとしたが、やんわりと抑え込まれる。
「えっ〜、まって意味わかんないんだけど〜。なぁんで、そんな結論になるわけぇ?」
「これは子を成すための行為だ。目的もなくやることではない」
「なぁに言ってんの、目的もなくするから気持ち良いんじゃない」
「気持ち良い? この行為がか?」
私にとって、この行為は子を作るため以外には何の意味も持たなかった。週に一度陛下が来てする事務的な行為は陛下と共に過ごせて嬉しいとは思ったが、気持ち良いとは思ったことがなかった。
「ああ、そっか。陛下って下手くそだったもんねぇ。陛下のせいで、快楽を拾えなかったんだぁ。可哀想なアメリアちゃん」
私の態度で何かを察したらしいランタナが、なんでもないことのように呟いた。
そして、私はその言葉で陛下とランタナの間に肉体的な関係があったことを確信してしまったのだ。陛下はもういないのに、胸がちくりと痛んだ。
だが、そんな気持ちは、お構いなしとばかりにランタナは私の服を脱がせ始める。
「ま、待てっ!」
「大丈夫、大丈夫。心配しなくても、ちゃ〜んと気持ち良くしたげるから」
「そう言う問題では、」
続きは言えなかった。
口を塞がれたからだ。
なにで?
ランタナの口でだ。
そう気がついた時には、既に彼女の口は私から離れていた。
「‥‥‥頼む、アメリア」
あの晩に見た切ない顔で、懇願される。
この人は、陛下の顔をした別人なのに。
そう誰よりもわかっているはずなのに、気がつくと私は首を縦に振っていた。
ランタナは自分の魅せ方をわかってます。