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おはよう

昨日の続きです。

はっと目を覚ます。

周りを見渡す。

窓からは、カーテンでは隠しきれないほどの陽の光が差していた。


「王妃殿下、お目覚めですか」


水差しを手に持ったラルーシィが、慈愛に満ちた顔でこちらへ近づいてきた。私は慌ててベッドから起き上がると彼女の顔を思い切りつねった。


「痛っ、痛いです。王妃殿下っ!」

「あ、嗚呼、悪い。本物のラルーシィのようだな」

「‥‥‥? 全くもう、お小さい頃でも、そのような悪戯なさったことありませんのに」

「あまり小さい頃の話を持ち出すな」


昔の話を持ち出されると、どうしてだか恥ずかしくなる。だが、感慨に浸っている場合ではない。

外からの光が漏れ出ている窓をもう一度見る。

この様子だと今はきっと、昼頃だろう。

清々しいくらいの寝坊だ。


「すぐに準備をして政務に向かう」

「いいえ、王妃殿下、本日の政務はございません」

「なに?」

「陛下より本日は一日、ゆっくり休ませるようにと命を受けています」


陛下という言葉を聞いて、一気に思い出す。


そうだ、昨晩、私は陛下を‥‥‥


慌ててベッドの下を見たが、そこには何も無かった。

夢だったのだろうか‥‥‥全部?


「‥‥‥陛下は、何と?」

「今日の分の政務は他のものに回す故、心配するなとの伝言を預かっております。

それから、その‥‥‥」


それまでスラスラと話していたラルーシィが言い淀み、手を頬に当ててほぉっと息をつく。

真逆、陛下に何か異常でもあったのだろうか。


「なんだ、はっきり言ってくれ」

「はい、失礼しました。その、陛下が、昨晩は無理をさせすぎてしまって、済まなかったと。やりましたね! 漸く陛下の目が覚めたのです。私に伝言を預けた陛下のお顔と言ったら、もう王妃殿下のことが愛おしくてたまらないという感じでした」


ラルーシィは、再びほぉと息をつく。


「ちょ、ちょっと待て。陛下が、陛下が、本当にそう言ったのか?」

「えぇ、それだけではございません。

今朝、会議の際にランタナを偽聖女とし、国外追放したとの発表をしたそうです」

「本当か?」


俄には信じられなかった。

あんなに愛していたランタナを突然追い出すなんて、正直に言ってあり得ない。


──それは本当に陛下なのだろうか。


脳裏に浮かんだ疑問をすぐに否定する。

陛下でない人が、会議に出席していたらすぐにバレるだろう。そんなことはあり得ない。


「本当でございます。その証拠にランタナの私物は全て処分するようにと命を下されました」

「そ、そうか」

「えぇ、ですから、王妃殿下はゆっくりお休みになってくださいませ」

「嗚呼、そうだな。陛下の命ならば従おう」

「それでは、お食事をお持ちしますね」


そう言うとラルーシィは嬉しそうに部屋を出て行った。

ランタナのことは信じ難いが、きっと陛下なりの考えがあるのだろう。

悩みの種がなくなったと言うのに、どうしてだか私の心は不安なままだった。


いや、今は何も考えないでおこう。


頭を軽く振ると、ベッドの中にまた戻った。







───────────────────────





「よい。寝ているのなら態々起こす必要はない。だが、アメリアの寝顔は見ていこう。お前は下がれ」


髪を優しく梳かれて目を覚ます。窓からはオレンジ色の夕日の光が差していた。

あれから、また眠ってしまったようだ。

ベッドの横に立っている陛下を見て、慌てて起きあがろうとしたが優しく手で制されてしまった。


「悪い、起こしてしまったな」

「い、いえ、それより陛下はどうしてこんなところへ?」

「妻の元へ来る理由が必要か?」


小首を傾げて心底愛おしそうに、私を見つめる陛下は、何処からどう見ても陛下だった。

やはり、昨日陛下が死んでしまったのは夢だったんだ。そうだ、そうに違いない。

夢だ、夢だったんだ。

必死にそう言い聞かせる。


「顔が見たくなって寄ったのだが、まだ疲れが取れていないようだな。我はもう戻る故、もう少し寝ていると良い」


陛下がこんな風に私を気遣ってくれている。

初めての経験だ。何か、何か、言葉を返さないと。

そう思えば思うほど、私の目の前にいる陛下が虚像に見えてくる。


「政務が終わったら、また来る。夜には元気な姿を見せてくれ」


──愛しているよ、アメリア。


耳元で囁かれた言葉に目を見開く。

陛下は私に何があろうとそんな言葉は言わない。彼は政略的に結ばれた相手を何処までも嫌悪していたから‥‥‥その瞬間、私の口は勝手に動いていた。


「貴方は、何者ですか?」


私の言葉に、先程まで饒舌だった陛下の口が止まる。愛おしそうに私を見ていた青い瞳は暗く濁り、口元には軽薄な笑みが浮かんだ。


「なぁんだ、もう目が覚めちゃったんだぁ」

「あ、貴方っ!」

「王妃ちゃんも難儀な人だねぇ。夢を見ていた方が、よっぽど幸せなのに」


白銀の髪に深海を思い起こさせる瞳、その姿は陛下そのものだ。だが、その話し方、その軽薄な表情は紛れもなく目の前にいる陛下がランタナであることを意味していた。


「陛下は? 陛下は何処だ?」

「あらま、覚醒してると思ってたけど寝ぼけてたの? 陛下は王妃ちゃんが殺しちゃったんでしょ〜」

「な、なら、やはり昨日のことは‥‥‥」

「ざぁんねん、夢にできなかったねぇ。ふふっ、王妃ちゃんが気が付かなかったら、何も言うつもりも無かったのにねぇ」


本当はラルーシィに陛下のことを聞いた時から、薄々気がついていた。

そう、陛下は死んだ。私が殺したんだ。

ただ、現実逃避していただけだ。


私は、昨晩ランタナに助けを求めてしまったんだ。自分の罪を隠すために‥‥‥。

その事実を受け入れると、不思議な程に冷静になれた。昨晩、狼狽えていたことが嘘のようだ。


「‥‥‥いや、よかった。気がつけて」

「うん?」

「私が殺したのは事実で、貴方に助けを求めたのもまた事実だ。それを私だけが夢の出来事だと思って自由に生きるだなんて、その方がよほど恐ろしい。

私は罪を犯した。その罪を隠蔽するという罪も犯した。それはどんなことがあろうと忘れてはならない事実で、決して貴方ひとりに背負わせて良いことではない」

「‥‥‥本当、難儀な人だねぇ‥‥‥アメリアちゃんは」


ランタナは嫌そうに眉を顰めると、「まぁいいや」と呟いてまたいつもの軽薄な笑みに戻った。


「まぁ、今のところ、他の人にはバレてないから安心してぇ」

「そうか。陛下のご遺体は?」

「燃やして灰にして海に捨てた」

「ひとりでか?」

「うん、私の力なら可能だしね」


含みのある言い方に首を傾げる。


「昨日から気になっていたが、貴方は何者なんだ? 他人に変装できたり、陛下のご遺体を誰にも見られることなくひとりで運んだり、普通の人間ができることとは思えない。だからといって、聖女の力とも思えない」

「う〜ん、大体正解って言ったところかなぁ」

「大体?」

「私はねぇ勿論聖女じゃあない。でも、一般的な人間でもなぁい」

「はっきり言え」


ランタナは小首を傾げると、甘えるような声で囁いた。


「私はねぇ、魔女なんだよ」

ランタナとアメリアの物語が大きく動き始めました。

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