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協力

少し長めです。

今日は一週間に一度と決められている陛下のお渡りの日だった。陛下の妻となり三年、こうして週に一回、子を作るための行為を繰り返しているが、私たちに子が出来ることはない。それでも、跡取りを作ることは王妃の役目。陛下もそれはわかっていたようで、ランタナが王宮に来てからもこのお渡りの日だけは、私の元へ来ていた。

しかし、それも、あの日から変わってしまった。


「‥‥‥今回も来そうにないな。ラルーシィ、今夜の当番は貴方ではないよな。もう下がれ」


王妃という身分であるために、夜ですら私の傍には侍女がいる。呼べばすぐに来れるように、王宮にいる侍女たちは当番制に夜も勤務しているのだ。ラルーシィは本来、既に休んでいる時間だが、私を心配して遅くまでいてくれた。

だが、そろそろ休ませなければ、明日の業務に支障がある。


「しかし、陛下がお渡りになるかもしれません」

「こんな時間だ。もう来ないよ」

「王妃殿下‥‥‥」

「いいから、今日はもう休みなさい」


私が強く言うと、ラルーシィは苦しそうな顔をして「失礼します」と部屋から出て行った。ひとりになった空間で、私もベッドに横たわる。


陛下にランタナが暗殺者ではないかと報告してから、一ヶ月が過ぎていた。


あれから、陛下はお渡りの日になっても、私の寝室を訪れることは無くなった。毎晩のようにランタナの部屋へ渡っているという噂を聞いたのも、丁度その頃だっただろうか。

いつもなら、ラルーシィを下がらせてからも寝ずに待っているが、今日はもう寝よう。


もう疲れた‥‥‥今日くらい何も考えずに寝ても、バチは当たらないだろう。






───────────────────────






目を閉じてから、何時間くらい経ったのか。

外が騒がしい。何かあったのだろうか。

そう思って起き上がるのと部屋の外に待機していた侍女が入ってくるのは同時だった。


「騒がしいが、何かあったのか?」

「はい、王妃殿下、陛下がお渡りになりました」

「陛下が?」


あの日以来、政務以外で極力口を利かなくなったのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。


「すぐに通せ」


それを考えるのは陛下を通してからだ。

私の言葉に侍女は一礼すると、部屋を出て行ったのだった。






程なくして現れた陛下は、明らかに酔っ払っていた。酒に強い方だから、こんな風に千鳥足になっているのは珍しい。倒れそうになった陛下の肩を支えてベッドへ座らせ、侍女は下がらせた。


「陛下、こんな状態になるまで飲むなんて、何かありましたか?」

「うん? ああ‥‥‥なんだ、最近、アメリアの顔を見るだけで、苛つく‥‥‥そのおかげで、酒は進んだがな」


思わず唇を噛み締めてしまう。

陛下がここまで直接的にわかりやすく、私のことを拒絶するのは初めてだった。今まで愛なんて一度も与えられたことはなかったが、ここまで言われると流石に傷つく。

だが、私の心とは反対に陛下の顔は心底愉快そうだった。


「だが‥‥‥ランタナは違う。顔を見るだけで、癒される。流石、聖女だ」


突然、陛下に肩を掴まれたと思ったら後ろに倒された。ベッドの柔らかい感触が背中に伝わる。


「陛下、今日は体調も悪そうですから、もう帰ってお休みになった方がっ‥‥‥」

「ランタナ、君だけが、君だけが、本当の俺を認めてくれる」


聞いたことのないような切ない声と共に抱きしめられて、漸く陛下が私とランタナを勘違いしていることに気がついた。


「本当に‥‥‥君だけなんだ」


こんな穏やかな顔は初めて見た。

ランタナは、毎日こんな顔を向けられているのだろうか。

陛下の様子に呆然として、何の言葉も返せない。


「それに比べてアメリアはどうだ」


再び出てきた自分の名前に、思わず体がピクリと震える。


「どう、と申されますと?」

「あれはつまらん女だ。自分という存在を徹底的に押し殺し、感情を表現しようともせん。挙句、子供のひとりも作れない‥‥‥政務は完璧にこなすが、」


もう、何も言わないで欲しかった。


「女としては欠陥品だ」


その瞬間、私は反射的に服を脱がせようとしていた陛下を突き飛ばした。

泥酔していた陛下は、ベッドから転がり落ちてサイドテーブルの角に頭をぶつけてそのまま床に倒れた。

きっと、気を失っているのだろう。ピクリとも動かない。

陛下に求められたら、どんな理由があろうと本来拒むべきではない。


だが、自分の感情を抑えきれなかった。


王妃として失格だ。

ここまで考えて、陛下を介抱しないとと思い至った。ベッドを降りて、陛下を抱き起こす。

ここで漸く、私は陛下の様子がおかしいことに気がついた。

耳を陛下の口に近づける。


息をしていなかった。


慌てて脈を確認する。動いていない。


「‥‥‥嘘っ、嘘でしょう。どうして、」


真逆、当たりどころが悪くて‥‥‥


「どうしよう、どうしよう」


私のせいだ。私が殺した。


コンコン、

その時、部屋の扉が控えめに叩かれた。

弾かれたように立ち上がる。それでも、その場から一歩も動けなかった。


「王妃殿下、大きな物音がしたようですが、大丈夫ですか?」


何も言わない私を不審に思ったのか、扉が開かれる。


「ラルーシィ‥‥‥何故、ここに‥‥‥」


扉が開かれて現れた人物を見て、私は呆然と呟いた。床に這いつくばって恐らく狼狽えている私の顔に、王妃としての威厳はないだろう。

ラルーシィは、そんな私と陛下を一目見て驚いた顔をしたが、それだけだった。すぐに何か察したような顔になると、扉をゆっくりと閉めて静かに私の元までやってくる。


「王妃殿下、落ち着いてください」


何があったのかとは、聞かなかった。

ラルーシィのあまりにも落ち着いた態度に、私の荒かった呼吸も穏やかさを取り戻す。


「そう、だな‥‥‥ラルーシィ、悪いが侍医を呼んでくれないか」


漸く自分のするべきことが見えて、ラルーシィに命令する。彼女はきっと、全てを理解した上で侍医を呼んできてくれるだろう。

しかし、私の期待は次の言葉で完全に裏切られることになる。


「何故です?」

「はっ?」

「彼はもう死んでいます。死んだ人間を侍医に見せて、どうするおつもりですか?」

「い、いや、まだ、間に合うかもしれないではないか‥‥‥侍医に診せれば、どうにかなるかもしれん」

「いいえ、もう手遅れです」


ラルーシィのあまりにもはっきりとした物言いに、呆然と陛下を見る。彼の息は止まっており、心臓の鼓動もしない。体だって、だんだんと冷えてきていた。そこに生者の気配はない。


誰が見ても死んでいた。


その事実は覆らない。それでも、私はその事実を信じたくなかった‥‥‥陛下が死んだということを、私が彼を殺してしまったということを。


「な、なら、ランタナを呼べ。彼女は聖女候補だ。どうにかしてくれるかもしれん」

「死んだ人間を蘇生させるおつもりですか? それは、禁忌を犯すということですよ」

「もう犯している! 私は、私は‥‥‥」


陛下を殺した。


「‥‥‥いや、悪い‥‥‥近衛騎士を呼んでくれ」

「‥‥‥何故です?」

「罪を犯したんだ。罰を受けねばならん」


私が立ち上がった時、一緒にしゃがみ込んでいたラルーシィから「はぁ」と深い溜息が聞こえた。


「つまらない‥‥‥つまらないよぉ〜」

「ラルーシィ?」

「私は、そんな言葉を聞きたいんじゃないんだよねぇ〜」


立ち上がったラルーシィの顔は、全く別のものだった。透き通るような白い髪、常に弧を描いている真っ赤な唇、曇りの日の空のように澱んだ灰色の瞳。

そこに母のような優しい印象のラルーシィは、いなかった。


「あ、貴方は‥‥‥」

「はぁい、王妃ちゃん。なかなか楽しい状況だねぇ」

「どうして、今までは確かにラルーシィがいたのに‥‥…貴方、一体何をしたんだ!」

「しっ〜、静かに。そんなことは今、ど〜でもいいじゃん。それよりも、この状況をどうにかしないと」

「‥‥‥どうにかする必要などない。私が罰を受けて、それで終わりだ」


意図せず、自嘲的な笑みが浮かぶ。


「でもぉ、そんなことしたら、王妃ちゃん確実に死刑になるよ? いいの?」

「‥‥‥私はそれほどの罪を犯した」

「王妃ちゃんだけじゃない。きっと、家族も親戚も、一族諸共消されちゃうよぉ。それでも、いいのぉ〜?」

「‥‥‥私のせいだ」

「ふぅ〜ん、あっ、そう」


ここで、ランタナは突然いつもの微笑みを消して、真剣な顔になった。

この女、こんな顔もできたのか。


「そんなに捕まりたいなら、好きにすれば。でも、王妃ちゃんは国民からずぅっと、語り継がれる存在になるだろうねぇ」

「‥‥‥」

「愛してもらえず嫉妬の末に陛下を殺した愚かな女、なぁんてね」


私が死んだからも、そんな噂が流れるのだろうか。きっと流れるだろう。

そうして、国民は口々にこう言うのだろう。


そんな暴力的な女、愛されなくて当たり前だ。


そう思った瞬間、私の頭の中の幼い自分が「嫌だ!」と叫んだ気がした。


「人間って勝手だよねぇ。王妃ちゃんがこれまでどれだけ良いことをしてきたとしても、最後に納得がいかないとこれまでの全てを否定してくるんだもん。

愚かな王妃、愛されなかった王妃、死刑になった王妃‥‥‥あとは、何で呼ばれるだろうねぇ。でも、王妃ちゃんはなんて言われようと平気なんだよねっ! だって、罪を犯したから罰を受けるもんだからね。

うんうん、素晴らしい王妃だよぉ。大丈夫、大丈夫、みんなが何と言おうと、私だけは王妃ちゃんのこと素晴らしいってわかってるから!

だから、安心して死んで良いからねぇ!」


愛されなかった王妃‥‥‥唐突に両親の顔が思い浮かぶ。二人は最後まで私のことを政略的な道具としてしか見てくれなかった。

だから、誰よりも頑張って勉強した。政略的な価値があれば愛してもらえると思ったから。

陛下とだってそう、優秀な王妃ならば愛してくれると信じていた‥‥‥だから、頑張れた。


でも、私はいつだって失敗する。


利用はされても、愛してはくれなかった。

死ぬのはいい、覚悟はできてる。だけど、愛されていなかったという事実を国民に知られるのだけは耐えられない。

しかも、私が死んでも尚、それが語り継がれる?

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、そんなの絶対嫌だ。


「‥‥‥やっ、だ」

「はぁっ?」

「やだ、そんなの嫌だ! 嫌だ、耐えられない、どうしたらいいっ‥‥‥私は、私は」


──怖い。


言葉にした瞬間、瞳から勝手に涙がこぼれ落ちてきた。その涙を目の前にいる存在が手で拭ってくれる。

心底楽しそうに笑う女の手は、酷く優しかった。


「泣かないでぇ、王妃ちゃん。言ったでしょう、一緒に殺そうって」

「えっ?」

「私が策を講じてなかったと思う? これでもぉ、色々考えてたんだよねぇ」


ふふっ、と笑う女の顔は何処までも美しく、そして、何処までも穏やかだった。

目の前の状況と合わない女の顔は、恐ろしい。


「王妃ちゃんが望むなら、私は協力するよぉ。絶対に陛下を殺したことがバレないように、隠蔽したげる。ねぇ、どうする?」


この女に頼るべきだはない。頼れば、自分はもっと多くの悪事に手を染めることになる。

そんなこと、わかってる、わかってるけど、でも‥‥‥もう止められなかった。


この自分勝手な感情を止める術がなかった。


「‥‥‥助けて欲しい、ランタナ」


にっこりと、心底楽しそうな顔をしたランタナが一体何を考えているのかわからない。


「そう、それでいいんだよ、王妃ちゃん」


そう言うと、ランタナはすっと目を細めた。


「貴方が望むなら、今宵のことは全て悪い夢にして差し上げましょう、王妃殿下」


パチン、と女が指を鳴らした。


「ですから、貴方は暫しお休みを」


その瞬間、私は耐え難い睡魔に襲われた。

傾く体を支えてくれた腕は、きっとランタナのものだろう。その腕は陛下に似ているような気がした。

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