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危険な誘い

少し長めです。

『ランタナが聖女鑑定を拒んだ』


王宮中は、この話題で持ちきりだった。

なんでも、王妃になったら自由がなくなるから嫌だと言ったらしい。陛下もランタナの意向を大切にしたいようで無理強いはしないとのことだ。

もちろん、私の耳にも入ってきており驚きはした。だが、私はそれ以上にランタナの意向を大切にして無理強いしない、という陛下の判断に驚きを隠せなかった。陛下は利益のためなら、手段を選ばないお方だ。そんな陛下が、ひとりの女の意見を聞くなんて、本来ならばあり得ないことなのだ。


どうやら陛下は、国のことを二の次に考える程にランタナを愛しているようだ。


それは、聖女鑑定のことを聞いた余程の人が思ったようで、陛下の寵愛が移ったなんていう噂も同時進行で流れていれる。


「‥‥‥馬鹿らしい」

「王妃殿下、何かございましたか?」


誰にも聞こえないと思って呟いた言葉は、付き合いの長いラルーシィにだけは聞こえてしまったようだ。私は誤魔化すように笑うと、政務の手を止めて立ち上がった。


「いや、何でもない。少し出る」

「何か必要な物がございましたら、私どもがお届けしますよ」

「いや、そうもいかない。何しろ書庫に用事だからな」

「‥‥‥そう、でございますか」

「そう暗い顔をするな。丁度気分転換もしたかったしな」


ラルーシィを含めた三人の侍女たちが、顔を見合わせて心配そうにした。きっと、政務室を出たら王宮中に流れている噂のせいで、私が好奇の目に晒されるのではないかと心配してくれているのだろう。

その気遣いは嬉しいが、今はとにかく体を動かしたかった。だから、私は何も気づかないふりをして微笑むのだ。


「では、私どももご一緒致します」


ラルーシィは、仕方なさそうに笑うと部屋の扉を開けてくれた。






─────────────────────────






王宮の書庫には、色んな情報が保管されている。機密性の低いものから高いものまで様々だ。

情報はその国の価値になる。

我が国も例外ではなく、この書庫は部外者は立ち入り禁止となっていた。資料の持ち出しも、余程のことがない限り禁止となっているのだ。王妃である私でさえも、持ち出すとすれば手順を踏まねばならない。それくらい、ここに保管されている情報というのを陛下は大切にされていた。この書庫の管理人に一言伝えて中に入ると辺りは紙とインクの香りで満たされていた。この香りを嗅ぐと、婚約者になったばかりの王妃教育を受けていたあの頃を思い出す。


──無力で無垢で純情で、いつか必ず陛下がこちらに振り向いてくれると信じて疑わなかった愚かな自分を。


目を閉じてため息を吐く。


それだけで、泣いている幼い自分を頭の中から追い出した。

目的の資料を見つけるために歩き出した時、目線の端で純白がきらめいた気がした。驚いて其方を見ると、いつも以上に露出の多いドレスを身に纏った女が優雅に資料を読んでいる。

その資料は、この国の歴史について書かれたものだった。


「如何してここに‥‥‥」

「あっ、王妃ちゃん! 執務室以外で会えるなんてラッキーだなぁ」


ランタナは、資料を乱雑に棚へ戻すと嬉しそうに私の元へ近づいてきた。後ろに控えていたラルーシィが、警戒したようにランタナを睨む。


「そんなことを聞きたいのではない。どうして、部外者の貴方が此処に入っているのかと聞いているのだ」


ランタナが正式な聖女であれば、全く問題なかった。しかし、ランタナが聖女鑑定を拒んだ今、彼女に聖女になるという意志はない。だからといって、陛下の側室になったというわけでもない。この王宮内での彼女の立ち位置は、未だに陛下の客人。

つまり、部外者に他ならないのだ。

そんな女が、書庫の立ち入りを許されているはずがない。それに、もしランタナが先に書庫にいたのなら、入室する際に声をかけた管理人が私に何も言わないはずがない。


「えぇっ〜、その話詰まんなくなぁ〜い? もっと、別の話にしたいなぁ」


話を変えようとしたランタナを見て、確信する。


「勝手に入ったな?」

「ううん、ちゃんとユリー様に許可とったもん」

「部外者の貴方の入室を陛下が許可したと? 笑わせるな。この件は、然るべき処置を取るから覚悟するのだな」


私がそう言っても、ランタナは飄々とした笑顔を崩さなかった。不快に思って口を開こうとした時、凛とした声が割って入ってくる。


「何をしている」

「あっ、ユリー様だぁ」


近衛騎士を引き連れた陛下は、私に目もくれず一目散にランタナの元へ行くと、心配そうに彼女の目元を優しく撫でた。


「外へ行くと言って、一向に帰ってこないから心配したぞ」

「ごめんなさぁい」

「何があった」

「別に何もないよ」


はぁ、とため息を吐き、陛下は漸く私の顔を見た。


「何があった」


冷たい無表情な顔。この顔以外向けられたことがないと思うと、酷く惨めに感じた。


「報告します。聖女候補‥‥‥いえ、ランタナがこの書庫に無断で侵入していたので、尋問していました」

「そんなことでランタナを責めていたのか?」

「そんなことではございません。陛下の客人だからといって、何でも許されるというわけではないのです。ルールは守っていただけませんと」

「ルール、ルールと口を開けばそればかりだな、お前は。抑、ランタナはルール違反などしていない」

「どういうことですか?」


私の問いかけに、陛下は蔑んだ目をした。


「我が許可したのだ」


その言葉の意味が、最初わからなかった。


この書庫は陛下が即位されたばかりの頃、当時宮仕えだったあるひとりの貴族が資料を持ち出し他国へ情報を売ろうとしたことがきっかけとなり、厳重なルールが敷かれることとなった場所だ。その場所に、聖女鑑定を拒んだ怪しい女の入室を許可する。

正直に言って正気とは思えなかった。


「陛下、即位されたばかりの頃を忘れたわけではありませんよね?」

「ランタナは、素直で嘘のつけない女だ。お前と違ってな」


陛下はランタナの肩を抱くと、私の前から去ろうとした。しかし、それを止めたのは意外なことにランタナだった。


「待って、ユリーさまぁ、私、王妃ちゃんと二人きりで話がしたいなぁ」

「‥‥‥する必要などない」

「おねがぁい」


陛下は仕方ないような顔をして、ランタナの肩から手を離すと歩き出す。それに伴って、私の後ろに控えていた三人の侍女も渋々といった様子で去っていく。特にラルーシィは最後までこちらを気にしていた。

全員がその場からいなくなったことを確認すると、ランタナは振り返ってにっこりとまた笑った。


「陛下の寵愛が王妃ちゃんに戻ることは、もう無いと思うよ」


無邪気な女の言葉に、そんなことを言うために私を引き止めたのかと途端に如何でも良くなった。


「馬鹿馬鹿しい。寵愛が戻る? 貴方が此処に来る前から寵愛なんて元々なかった。そんなこと貴方に言われるまでもなくわかっている」


こんなことしか言えない自分が情けなかった。早くこの場を去りたくて歩き出そうとした時、ランタナに腕を掴まれた。想像以上に強い力に驚く。

王妃にするにはあまりにも不遜な態度だ。それでもこの女は咎められることなんてないのだろう。


「そんな泣きそうな顔しないで」

「何をする!」


ランタナに目元を拭われて、思わず突き飛ばすように距離を取った。焦った私とは違って、突き飛ばされたランタナは然して気にした様子もない。それどころかまた私に鼻がくっ付くほど近づくと、今度は抱き寄せるように腰を掴まれた。


「ねぇ、王妃ちゃん。あの男、二人で殺しちゃおうよ」

不穏になってきました。

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