壊したい
もう一つ投稿
「ランタナに、聖女鑑定を受けさせることにした」
陛下の政務室へ伺うと、開口一番にそう言われた。いつも通りそこには何の感情もこもっていない。
ランタナは聖女として、陛下がここに連れて来た。そろそろ神殿で聖女鑑定を受けて、大々的に正式な聖女として国民に公表する時期と私も考えていた。
「いいと思います」
「わかっているのだろうな? それがどういう意味か」
「はい、重々承知しております」
この国に聖女が現れるのは、ごく稀だ。だが、過去に現れた例も幾つかある。聖女を手に入れるために国内外で乱闘騒ぎが相次いで起きたという歴史も残念ながらあるのだ。
その際に、我が国はある法律を作った。
それが、神殿で鑑定を受けて聖女と認定された者は陛下の王妃となるというものだ。もし王妃が既にいた場合は、元の王妃を側室とし聖女を新たな王妃とする。
つまり、ランタナが聖女として正式に認められるということは、私が側室になるということを意味していた。
王妃教育をしていた頃、この法律のことを知り長い歴史の中で幾人の王妃が苦渋の選択を迫られたのだろうと、そう他人事のように思っていた。
真逆自分がそうなるとは思わなかったが。
「お前には矜持というものは無いのか」
不意に響いた蔑んだような声に、思考を戻す。陛下の無表情以外の顔を見たのは、久しぶりだった。それが、こんな顔とは思いもしなかったけど‥‥‥。
「王妃となって三年。お前のことを愛しいとは一ミリも感じたことはないが、王妃としての手腕だけは評価してきた。だというのに、お前は唯一の評価を何の抵抗もなく捨てるのだな。お前にとって、王妃はそんなに退屈なものだったか」
貴方がそれを言うのかと笑いたくなった。
この三年、陛下が楽しそうにしているところなんて一度も見たことがなかった。いや、三年だけではない。私が陛下と婚約してから、ずっと彼が楽しそうな顔を見たことがなかった。
幼少の頃から陛下は、私の側にいると退屈そうにしていた。
先代の国王が若くしてこの世を去ったことで、陛下は二十歳で即位されることとなった。婚約者であった私も、それと同時に王妃となった。若き王であることで国民は心配したが、そんなのは杞憂だった。
陛下は完璧な人だ。
自分という個人を完全に殺し、国単位で利益を考える。迷いのない判断に冷酷だと言う人もいたが、国をまとめる者には時に冷酷な判断も必要だ。先代の国王もそう考えていたからこそ、当時第三王子であったユリー様を王太子にしたのだろう。そして、国民はそんな強い王に憧れた。その気持ちは理解できる‥‥‥私だって、婚約した頃からずっと陛下のその強さに憧れて支えたいと願ってきたのだから。
だが、その役目ももう終わりだ。
「この三年、貴重な経験をさせて頂きました。今後は側室として陛下を支えていきます」
「‥‥‥ランタナが王妃となったら、政務はお前に任せる」
「わかりました」
これから、私は側室とは名ばかりの政務をこなすだけの妃となるのだろう。
「本当につまらん女だ」
私の王妃としての生活は、陛下のそんな一言で幕を閉じようとしていた。
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陛下からの話があった翌日、ランタナがまた私の部屋へ来ていた。今日も飽きもせずに、私の仕事机に腰掛けて話し続けている。
「私、聖女鑑定を受けるようにって、ユリー様から言われちゃった」
「嗚呼、知っている」
「えっ、王妃ちゃん知ってたんだぁ」
「聖女鑑定には王妃の許可も必要だからな」
「ふぅ〜ん。いいの、それで?」
こてんと首を傾げたランタナを一瞬見て、目線をすぐに書類に戻した。
「何か問題が?」
「だってぇ、私が聖女に認定されちゃったらぁ、王妃ちゃんは王妃でいられなくなっちゃうんだよぉ〜」
「そうだな」
「何とも思わないわけ?」
「それが法律だ」
何とも思っていないように返事をした。表情の隠し方は王妃教育で一番最初に教えられたことだ。きっと、顔には出ていないだろう。
「嘘つき」
だというのに、この女はいつだって私の本心を読んでくる。
「何とも思ってないなんて嘘。本当は何よりも悔しいくせに」
不意にランタナが、私の握っていたペンを取った。
「私、別に聖女になりたい訳じゃあないんだよねぇ‥‥‥もし、王妃ちゃんが聖女鑑定を受けないで〜って、私に可愛くお願いしてくれたら受けるの拒否しちゃうかも」
楽しそうに笑うランタナを見て、なるほどそれが狙いかと納得する。私は、ランタナからペンを取り返すと机の上に置いた。
「そう言えば、私が貴方に懇願するとでも思ったのか」
「う〜ん、まぁ、ちょっとだけ」
「私は聖女鑑定を止めるつもりはない」
「でも、それだと、王妃ちゃんは側室ちゃんになっちゃうよ」
「聖女は癒しの力に長けている。どんな傷も治す力は、この国にとって必要だ。その存在を私の個人的な理由で隠蔽することはない。
私は、国の利益を考えて動くだけだ」
王妃となってから三年。自分の個人的な欲求なんてとうに捨てた。
私はいつだって、国全体の利益だけを考えて生きてきたのだ。だから、今回のことだって妨害するつもりはない。
私の王妃という座を手放したくないという感情は、この国にとって不利益にしかならない。
「‥‥‥窒息しちゃいそうだね」
ランタナにしては珍しく呟くような小さな声に、思わず顔を上げた。ランタナは変わらず楽しそうに笑っていた。だが、その瞳は先程の無邪気なものとは違って、怪しい色を帯びている。
「全部全部ぶちまけて、何もかもを壊して、全てを手放して終えばいいのに」
いつもよりも濃く見えるその灰色の瞳から、如何してだか目が離せない。
「私が、壊してあげたいなぁ」
一時間後にもう一つ投稿出来たらいいなぁと思っています。