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嫌いな女

昨日の続きです。

「王妃殿下‥‥‥また、あの女が来ています。通しますか?」


いつも優しい顔をして私の世話をしてくれている侍女のラルーシィが、こんなに不機嫌そうな顔をするのは初めてかもしれない。そう思うと、とても笑える状況ではないというのに笑えてしまう。


「ラルーシィ、あの女ではなく聖女候補だ。呼び方に気を付けないと、陛下に何をされるかわからんぞ」

「陛下のことなんて知りません。お嬢様という伴侶がいながら、他の女を連れてくるなんて、本当にもう信じられません!」

「‥‥‥ラルーシィ、呼び方に気を付けろ」


私が苦笑いしながら言うと、ラルーシィはハッとした顔をして頭を下げた。


「申し訳ございません、王妃殿下」

「いや、構わない。お前には、結婚前から世話になっているからな。間違えることもあるだろう」


ラルーシィは私が王妃になる前である、侯爵令嬢だった時から世話をしてくれている人物だ。その当時から、私のことを一番に考えてくれて、こうして陛下に嫁ぐ時も一緒に着いてきてくれたのだ。本人に言ったことはないが、私は彼女のことを母親のように信頼していた。


「ラルーシィ、聖女候補を通せ」

「宜しいのですか? ご政務中ですのに」

「聖女候補殿を門前払いしたとなったら、陛下が黙っていないだろ。それに、少し話せば彼方も満足する」

「‥‥‥畏まりました」


ラルーシィは納得していないような顔をしながらも一礼すると、他の侍女二人を連れて部屋を出ていった。そして、ラルーシィと入れ替わるようにして現れたランタナは溢れんばかりの笑顔で私の元へ近寄ってくる。私は特に椅子から立ち上がることもせず、それどころか持っていたペンを机に置くことすらしなかった。


「王妃ちゃ〜ん! 今日もお仕事忙しそうだねぇ」

「‥‥‥聖女候補殿、要件は?」

「えぇっ〜、要件無いと、会いにきちゃダメなのぉ?」

「申し訳ないが、私はこれでも忙しくてな。こう毎日、なんの先触れも無く来られると困る」


聖女候補が王宮に連れてこられて一週間。何故だかこの女は、お昼を過ぎた頃に私の元へふらりと現れては、中身のない話をしてくるようになったのだ。それも、毎日。

最初の何日かは門前払いしていたが、そのうちに聖女候補に泣きつかれたらしい陛下から話を聞くようにと叱責されてしまったのだ。

だから、こうして仕方なく何の意味もない会話に付き合っている。

ランタナは、そんな私の気も知らずに、仕事机の上に浅く腰をかけると此方を振り返った。にっこりと微笑むその赤い唇は、憎たらしいことに相変わらず魅力的だった。


「ねぇ、王妃ちゃんはさ、運命って信じる?」


いつもに増して唐突な話に思わず手を止めてしまった。

全く、本当にいやらしい女だ。

暗に自分と陛下は運命だということを、私に言いたいのだろう。こんな問いかけには適当に返しておくに限る。


「‥‥‥そんなこと、考えたこともなかったな」

「私はねぇ、信じてるよ。その方が楽しいからぁ〜」

「そうか」

「あっ、王妃ちゃん、全然響いてない時の顔してるぅ〜」


この女のこういう妙に勘がいいところが嫌いだ。今だってそう。私は全く表情を変えなかったのに、この女は心の内を読んできた。


「会った時から思ってたんだけどさぁ、王妃ちゃんってすっごい綺麗な顔してるよねぇ」

「‥‥‥」

「そんだけ綺麗なら黙ってても男が寄ってきたでしょう」

「‥‥‥生憎だが、私は陛下以外の男性は知らない」

「ふぅ〜ん、そうなんだ。もったいなぁい。私が王妃ちゃんくらい綺麗だったら、色んな人と恋をするけどなぁ」


つまらなそうに唇を尖らせたランタナを横目で見て、何を言ってるんだと内心毒ついた。

ランタナは、軽薄な女ではあるが顔は一級品だ。陶器のように美しい肌に、曇りの日の空のような灰色の瞳、おまけに純白の髪。この国の貴族ならば、陛下の妃にどちらがふさわしいかという質問にまず間違いなくランタナと答えるだろう。


というのも、この国には少し変わった風習がある。それが、王族は髪が白いものが好ましいというものだ。その理由は初代聖女であり我が国の五代目王妃キャロライン様の髪が白かったからだ。偉大な功績を残した彼女を敬拝して、白は神聖な色といつしか呼ばれるようになった。そして、いつのまにか、王族は白であるべきという風習が生まれたのだ。


くだらない風習。


だが、私はこの風習に随分と苦労させられた。私の派手なオレンジ色の髪は、王族にふさわしくないと婚約前から散々言われたのだ。

過去にも、私のように髪が白くない王族も勿論いた。その場合は皆、元の色を落として髪を白くしたそうだ。私も例に洩れず、婚約が決まったその日に脱色して本来のオレンジ色を落とした。そのせいで、どれだけ手入れしても髪先は傷んでしまう。

だから、自分の容姿が綺麗だなんて思ったことは一度もない。周りは綺麗だと囃し立てるが、顔なんて私にとってはどうでも良いことだった。だって、顔が幾ら綺麗でもこの白い髪は紛い物なのだから。


このランタナという女が嫌いだ。


私の容姿を褒めるふりをして貶めるこの女が嫌いだ‥‥‥陛下と並び立った時に似合いすぎるこの女が、何よりも嫌いだ。


「聖女候補殿、悪いが今日はこの辺で帰ってはもらえないだろうか。私にも、予定があってな」


これ以上この女と話していると、何かしてしまいそうだ。だが、そんなことは出来ない。

この女のことは嫌いだが、この国に住んでいる国民だ。国を治めるものは、私情で動いてはならない。国民に害を与えるなんてもっての外なのだ。


「‥‥‥ふぅん、そっか。王妃ちゃんも忙しい身だねぇ。なら、私は部屋に戻ろうかなぁ」


少しだけ不服そうな顔をしたランタナは、それでも「ばいば〜い」と言いながら素直に部屋を出て行った。それを見送って漸く肩から力を抜くことが出来た。


「疲れた」


陛下は、ここ一週間、ずっとランタナのいる部屋に通われている。口さがない貴族たちからは既に、寵愛がランタナに移ったともっぱらの噂だった。

本当に陛下は、あの女の何処がいいのだろうか。私には永遠にわかりそうになかった。









陛下に呼び出されたのは、丁度そんなことを考えていた晩のことだった。

一時間後にまた投稿したいと思いますので、よろしくお願いいたします!

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