灰色
最終回です!
その予兆は唐突に訪れた。
ある日、いつものように私室で食事を取っていると猛烈な吐き気がした。慌てて用意された桶に顔を突っ込む。今日食べたものが全て戻ってしまった。
その後は大騒ぎだった。
慌てたラルーシィが侍医を呼んだことで、当たり前だがランタナにもそのことが伝わった。侍医を伴って現れたランタナは、私よりも余程辛そうな顔をしていて、それに少しばかり笑ってしまった。
「笑っている場合か」
真剣に怒られて、その迫真さにまた笑みが溢れる。そんな私に益々不安そうな顔をした陛下は、私をベッドへ横にさせると侍医に診るようにと命じた。
侍医は私に幾つかの質問をして、脈などを測るとフムと少し考える。
「アメリアは、何か悪い病なのか?」
その言葉に侍医は、皺だらけの顔に更に皺を寄せて「とんでもございません」と嬉しそうに微笑んだ。
「ご懐妊でございます、陛下。おめでとうございます」
その言葉に私は、驚いて何も言えなくなった。それはランタナも同じだったようで「懐妊」とポツリと呟いていた。
意外なことに誰よりも早く冷静さを取り戻したのはラルーシィだった。彼女は、その瞳に涙を浮かべながら頭を下げた。
「おめでとうございます、王妃殿下」
それを皮切りに、周りの侍女たちが次々と祝いの言葉を口にする。
すっかり祝いムードになった頃、私は漸く実感が湧いた。まだ全く膨らんでいない腹を摩ってみる。その上からランタナの手が重ねられる。
「アメリア、よくやってくれた」
ランタナの嬉しそうな顔を見ながら考える。
彼女に男性としての生殖機能はない。ということは、この腹の中にいる子は、
「陛下との、子」
呆然と呟いた私の言葉に、ランタナは何を思ったのか目を細めると重ねていた手を離した。
「アメリア、君は子が生まれるまで安静にしていろ。政務のことは心配しなくていい」
「いえ、まだ動けますし大丈夫です。辛くなったら言いますから、それまでは前と同じようにさせてください」
「ならん」
常にない強い口調に驚く。だが、その後に続く言葉は穏やかな態度に戻った。
「君の今の仕事は、元気な子を産むことだ」
そう言われてしまえば、その通りなので何も言えない。こくりと頷けば、ランタナは満足そうな顔をして侍女たちに指示を出していく。
隣の部屋に侍医を定住させるやら、王宮内でも部屋から出る時は必ず自分を呼ぶことやら、少々過保護な気がする処遇を聞きながら、腹をもう一度摩った。
陛下との子がずっと欲しいと思っていた。だけど、どうして‥‥‥どうして今の自分は、ランタナとの子じゃないことを残念に思っているのだろうか。
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「アメリア、もう少しだ。頑張れ」
「ゔっ、ぁぁぁぁ、」
握られた手を思い切り握り返す。ランタナの手に爪が食い込んだかもしれないが、そんなことを気にしている余裕はなかった。あまりの苦しさに先程から、生理的な涙が止まらない。
「王妃殿下、あと少し、あと少しでございます」
さっきから、あと少しあと少しと‥‥‥いつになったら終わるんだ!
産婆への理不尽な怒りで力を入れた時、部屋にけたたましい泣き声が響き渡った。
「産まれた、産まれたぞ!」
嬉しそうに顔を綻ばせたランタナに安心して、体の力が抜けていく。そこで私の意識は途切れた。
次に目を覚ました時は、私室のベッドの上だった。どれくらい意識を失っていたのか、先程までの騒がしさが嘘のように静かだった。誰もいなくなった部屋に、ランタナだけがベッドの隣の椅子に腰をかけていた。
「アメリアちゃん、おはよう。頑張ったね」
「赤ん坊は?」
「嗚呼、ここにいるよ。ほら」
そう言ってランタナは、腕に抱えていた赤ん坊を私に見えるようにしてくれた。彼女の腕の中ですやすやと眠っている赤ん坊の髪色は、綺麗な純白だった。私の色が受け継がれていなことに安心する。
「元気な男の子だってぇ」
「‥‥‥小さいな」
「産まれたばかりだからねぇ。アメリアちゃんも抱っこしてみるぅ?」
慈愛に満ちた顔で言われて、ひとつ頷き上半身を無理矢理起こす。
「首座ってないから、支えてあげてねぇ」
いやに慣れた手付きで渡してくるランタナとは反対に、覚束ない手付きで受け取った。
言われた通り首に気をつけて抱えれば、軽過ぎる重さが腕に加わる。
「潰してしまいそうで、怖いな」
「ふふっ、初めは皆んなそう思うんだよ」
「貴方は随分慣れているんだな」
「まぁ、初めてじゃないしねぇ〜」
どういうことだと聞こうとした時、振動が伝わったのか腕の中の赤ん坊が瞼を開いた。
あっ、と思うまでも無く目が合う。
曇りの日の空のようだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
本編はこれで完結なのですが、あと一本番外編として小話を投稿しようと思っておりますので引き続きよろしくお願いいたします!




