逃げない
今日ちょっと遅くなりました。すみません。
「皆、今宵はこの国の更なる発展を願って、共に楽しもう」
招待した貴族たちから、溢れんばかりの拍手が送られた。
ランタナの一声でパーティーが始まった。
私とランタナは、ファーストダンスを踊るために会場の中心へと向かう。聞き覚えのある曲が流れ、互いに挨拶をすると私たちは手を取り合った。周りを取り囲む貴族たちの視線を感じながら二人で踊る。
ランタナは、元王妃だけあって上品さと気品さを感じさせながらも堂々とした踊り方だ。
「こうして、踊っていると益々妖精のように愛らしいな。飛んでいかぬように捕まえておかねばな」
「‥‥‥えぇ、逃げぬようにしっかりと捕まえておいてくださいませ」
ランタナに添えていた手の力を少しだけ強めると、彼女は一瞬目を見開いた。だが、それもすぐに元の微笑みに戻る。
「アメリアちゃんが、そう決めたのなら、逃げないように支えてあげる」
その微笑みは陛下とは程遠い軽薄さだった。
曲が終わり、再び挨拶をする。溢れんばかりの拍手を受けてファーストダンスは終わった。
会場にいる貴族たちと挨拶を交わしていると、隣国の王太子とその妃を見つけた。ランタナに目で合図をして二人で王太子たちの元へ向かう。
「王太子殿下、妃殿下、隣国からの来訪感謝する」
「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます」
形式的な挨拶を交わすと、王太子と妃は二人で顔を見合わせて微笑んだ。毎年思うが、この夫婦は本当に仲が良い。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「あっ、いえ、陛下と王妃殿下のダンスがあまりにも素敵だったものですから、お二人を前にそのことを思い出してしまいました」
陛下の問いに王太子が嬉しそうに答えると、妃も応戦するように言葉を発する。
「私たちもお二人のようになりたいと、そう話していたんですわ」
「それは、嬉しいことを聞いたな、アメリア」
「えぇ、お褒め頂きありがとうございます。ですが、お二人は既に素敵なご夫婦ではありませんか」
私の発言に、二人はまた照れたように笑い合う。「ありがとうございます」と返した王太子と妃は、にこにこと笑いながら言葉を続けた。
「我々は年々愛を深めあえる関係でいたいと、そう思いながら過ごしているのです」
「お二人の去年に増した愛を見ることが出来て、私たちも負けていられないとそう思えましたわ」
それだけで来訪した甲斐があったと、そう言い残して二人は去って行った。
「去年よりも仲良く見られたっぽいねぇ〜」
耳元で囁かれたランタナの声に、苦笑いを返すしかない。
それはそうだ。
なんせ、去年のパーティーでは陛下がファーストダンスを嫌々踊っているのが丸わかりだった。招待した貴族たちも隣国から来訪した二人にもわかったことだろう。
それが今年になって、急に嬉しそうにで踊っていたら驚かれるのも無理はない。
そう思っていると、私たちの前に今度はプール公爵が現れた。
「陛下、本日はお招き頂きありがとうございます」
「プール公爵、今宵は存分に楽しんでいってくれ」
ランタナの言葉にプール公爵はわざとらしい程恭しく一礼する。そして、次に顔を上げた際にはいつものように値踏みをするような目で私を見つめてきた。昔からプール公爵は、私のことが気に入らない。だから、いつもこんな目を向けてくるのだ。
「そうでした、陛下。本日は娘も連れて来たのです。マリーン、陛下にご挨拶しなさい」
プール公爵に促されて一礼した娘は、薄ピンク色のドレスに身を包んだ美しい少女だった。清楚で上品な顔立ちは、数年前に病気でこの世を去った公爵夫人によく似ていた。
「嗚呼、確か社交界デビューしたばかりだったな」
「えぇ、そうでございます。娘ももう立派な大人です‥‥‥漸く陛下のお役に立てる年となりました」
「娘が小さい頃から、お前は我の役に立っているが?」
「有り難きお言葉」と言いながらも、プール公爵は次いで「ですが、」と言葉を続ける。
「役に立つのは娘でございます」
雲行きが怪しくなって来た。
「‥‥‥何が言いたい」
「はい。私はこの三年間、王妃殿下おひとりに負担をかけ過ぎていたと反省しておりました。ですが、これからは王妃殿下の責務を我が娘にも負わせてくださいませ」
「つまり、お前の娘を側室にしろと」
「結果的にそうなるやもしれません」
矢張りそういう話か。
プール公爵の娘マリーンは、元々陛下の婚約者候補として挙がっていた人物だった。だが、協議の結果、当時まだ幼子だったマリーンは婚約者にするには幼すぎるという声が多く出たため、最終的に陛下と年が同じ私に決まったのだ。
マリーンが社交界デビューしたら、何かしらの打診があるだろうと思っていたが、真逆建国記念日のパーティーでしてくるとは思わなかった。
「そういう話ならば、気持ちだけで結構だ。我は、アメリアを愛でるだけで精一杯だからな」
ぴしゃりと迷いなく言い放った言葉に、それでもプール公爵は引かなかった。
「しかし、王妃殿下だけでは、解消できない問題もありましょう」
私だけでは解決できない問題‥‥‥つまり、世継ぎ問題のことを言っているのだろう。王妃となって三年になるが、未だに子が出来る気配がない。もしかしたら、私に何か問題があるのかもしれない‥‥‥そう思うのは一度や二度ではなかった。
そろそろ問題になる頃だろうと思っていたが、人から言われるとこんなにも傷つくものなのか。
隣で何か考え込んでいるようなランタナを盗み見る。何をそんなに悩んでいるのだろうか。
真逆、プール公爵の提案を受け入れるつもりなのだろうか。
もう一度、プール公爵の隣で優雅に微笑んでいるマリーンを見る。見れば見るほど美しい少女だ。社交界デビューしたばかりで、まだまだ世間知らずのところはあるかもしれないが、そんなことはランタナにとって取るに足らないことだ。なんせ、彼女はその外見のみしか見ないのだから。
ランタナが、私よりもマリーンのことを気に入ってしまったら‥‥‥その時、私はどうなるのだろうか。
猛烈な不安が押し寄せた。
その時、左手があったかい物に包み込まれる。隣を仰ぎ見ると、ランタナが口をパクパクと動かしていた。
──案ずるな。
ランタナの口元は確かにそう動いた。
「アメリアだけに解決できぬ問題は我も共に解決出来るように努めよう。プール公爵が、気負う必要はない。気持ちだけありがたく頂いておくことにしよう」
ランタナは口元こそ笑っているが、その目は剣先のような冷たさを孕んでいた。それは、冷酷な陛下そのものだった。
その様子に、周りにいた貴族たちも何かを感じ取ったようで、さりげなく私たちの様子を伺っている。
「‥‥‥出過ぎたことを申しました」
「今日はめでたい日だ。そう暗い顔をするな」
ランタナがそう言うと、顔を青くしたプール公爵とマリーンは、そそくさと去っていった。
こうして、少しの波乱を呼んだ建国記念日のパーティーは無事に終わった。
余談だが、プール公爵との一悶着は隣国の王太子とその妃によって隣国でも語られた。そのおかげで、陛下と私の仲は良好と光の速さで噂になったのは僥倖だった。
記念パーティーは無事に終わりました。
あと二、三回で最終回の予定です。最後までよろしくお願いします!




