パッケージ
昨日の続きです。
ランタナの発言をもう一度考える。
「何百年も前?」
「うん、魔女は寿命が長いからねぇ、これでもぉ、アメリアちゃんよりも結構年上なんだよぉ〜」
「そう、だったのか」
「そうなんだよぉ」
にこにこと変わらず微笑んでいるランタナを見て、一瞬話を終わらせようと思ってしまった。
「いや、いや、いや、そうじゃない。貴方が長生きしているっていうのはわかったとして、王妃だったというのは、どういうことだ? 歴代の王妃の中にランタナという名前はなかったはずだが」
「そりゃあ、ないよ。だって、私は殺された王妃の身代わりやってたんだもん。名前だって顔だって、今とは全く違ったんだからぁ」
「殺された王妃!?」
王妃が殺されたなんて、そんな事実は歴史に残っていない。
「そんな話聞いたことないぞ」
「私が隠蔽したんだもん。当たり前じゃん」
罪悪感を全く感じさせないケロッとした物言いだった。
「‥‥‥詳しく聞いても?」
「う〜ん、あんまり覚えてないけど‥‥‥確か当時の側室ちゃんと王妃ちゃんが喧嘩してぇ、側室ちゃんが王妃ちゃんのことを衝動的に突き飛ばしちゃったとかだったかなぁ。それで、私に泣きついてきたから全部隠してあげたんだぁ」
薄々思っていたが、今の私の状況と殆ど同じだ。そうか、だから、ランタナは死体の処理も政務も手慣れているのか。
「あの時も思ったけど、他人に成り代わるって凄く面倒。特に王族は周りの目が多すぎるし、政務は退屈。おまけにバレたら拷問の末に死刑が確定。もう二度とやるかって思ってたけどぉ、惚れた相手にはおんなじことしちゃうもんだねぇ」
この話は終わりとばかりに寝ようとしていたランタナの手を取る。
「ずっと気になっていたんだが、私のどこを好きになったんだ?」
別に聞かなくてもいい問いだった。だが、どうしても気になった。ランタナは面倒とか退屈とか、そう思ったことをもう一度やるような女ではない。自由で奔放で享楽的な女、少なくとも私はそう思っている。
加えて案外情熱的な女でもあるから、惚れた相手に頼まれれば何でも言うことを聞いてしまいそうなところがある。だが、生憎私には惚れられる心当たりが全くなかった。
ランタナと初めて出会ったのは、陛下が連れてきた日。出会ってからまだ日も浅い。
今でこそ色んな会話をするが、陛下が生きていた頃はまともな話なんて殆どしたことがなかった。
だから余計に気になる。
どうして、ランタナは共犯者になるほどに、私を好きになったのだろうか。
「そんなの決まってるじゃなぁ〜い。顔だよ」
当たり前のように言い放つランタナに、呆然としながらも口だけは勝手に動いていた。
「そ、それだけ?」
「それだけってぇ、顔が美しいっていうのは人間にとって一番大事なことだよ」
確かに顔は判断基準のひとつだ。男も女も第一印象は顔だ。中身よりも見た目で選ぶという人は、少なくはないだろう。だが、その理由だけで共犯者になる人はいったいどれくらいいるのだろうか。
「ふふっ‥‥‥アメリアちゃん、人間ってさ、中身なんてみぃんな対して変わりないんだよ。愚かで浅はかで卑しく弱者のくせに狡猾だ‥‥‥勿論、私も含めてね」
にこりと笑ったランタナの目は、ゾッとするほど何も映していなかった。
「でも、見た目は違うでしょう。美醜は目に見えてはっきりとわかる。どうせ中身が同じなら、パッケージが美しい方がいい。そう思わない?」
理解できなかった、何も。
顔が好きという理由だけで命をかけて私に協力する気持ちも、人間の中身を嫌悪する理由も、その全てがよくわからないままだった。
その時、唐突に思った。
──元々、理解するなんて無理な話だ。
この女は自由で奔放で、自分の欲に忠実だ。
普通、顔で好きになったとしても相手に何か思われるのが怖くて、正直になんて伝えないものだ。だが、ランタナは違う。
彼女にとって、人にどう思われるのかなんてどうでもいいのだ。
いや、それだけではない。
ルールや秩序、その全てがどうでもいいのだ。
だから、今も昔も罪悪感というものがまるでない。
彼女は普通ではない。
だから、理解することなんて無理なのだ。
「‥‥‥貴方はきっと、私の顔が醜くなったら簡単に私を捨てるのだろうな」
それは嫌だなと思った。
その反面、そういう何者にも縛られない自由なところがこの女の魅力なのだと思った自分に驚いた。
「やだなぁ、私って、意外に一途なんだよぉ。一度好きになったもんは、最後までちゃんと見届ける」
飄々とした女の態度からは、嘘か本当かの判断もつかない。
本当に自由奔放な女だ。
陛下はきっとランタナのこういうところを好きになったのだろう‥‥‥陛下はその身分のせいで生まれた瞬間から、色々なものに縛られていたから。
私は、この日初めて陛下のことを理解できた気がした。
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朝早くにランタナが出て行き、私も政務に向かうための準備をしていた。三人の侍女たちが、着替えを手伝ってくれている。
青色のドレスを手に取ったラルーシィが「陛下の瞳の色ですよ」と嬉しそうに笑った。
「陛下の色‥‥‥」
確かに青は陛下の色だ。深海のような濃い青色。
今日は生憎の天気だ。
どんよりと曇った空を前はなんとも思わなかったが、今は嫌いではなかった。
「灰色が着たい」
心の中で思っていた言葉が、気づけば口からこぼれ出ていた。自分で自分に驚いていれば、目の前にいたラルーシィは私以上に驚いていた。
「なんだ、間の抜けた顔をして」
「いえ、王妃殿下が外見について意見を仰るのは、初めてでしたので」
「‥‥‥そうだったか」
「えぇ、えぇ、そうでございます。いつも、私共が好みをお聞きしても、差し支えないものをとしか言いませんのに」
ラルーシィの言葉に、他の二人の侍女たちもうんうんと首を振る。
「今日はそういう気分なんだ」
「でしたら、こちらにいたしましょう」
ラルーシィが取り出してきたのは、シンプルなデザインだが裾に繊細な花の刺繍が施されている美しいドレスだった。
「嗚呼、それで頼む」
「そうなりますと、お顔もいつもよりも華やかに仕上げた方が似合うでしょう」
「こちらのドレスなら、この耳飾りも似合うと思います」
「髪は上げた方がいいですよね!」
三人の侍女たちの張り切った声を聞きながら、ランタナは気づいてくれるだろうかと、そんなことを思っていた。
昼過ぎにランタナが、私の執務室に用事があって来た。建国記念日のパーティーのことで確認しておきたいことがあるらしい。
ランタナは、執務室へ入るなりこれでもかと着飾った私を見て、一瞬動きを止めたものの、直ぐに冷静な声で人払いした。
「アメリアちゃん、どうしたの? 今日なんかあったけ?」
「いや、別に、何もない。偶にはこういう格好もしてみたくてな‥‥‥似合ってないだろうか?」
「そんなわけないじゃん。いつもに増して綺麗だよぉ。でも、アメリアちゃんって、用もないのに自分を着飾るタイプじゃないでしょう? だから、びっくりしただけ」
「そ、そうか‥‥‥」
「それに、」
ランタナが私の顔を覗き込んで、優しく笑った。
「灰色着てるの珍しいからさ、私の瞳を意識してくれたのかと思って、嬉しくなっちゃった」
気づいてくれた。
顔に熱がたまるような感覚がして、慌てて俯く。
「‥‥‥ふふっ、意識してくれたんだねぇ。嬉しい」
ランタナは陛下の顔のまま、本当に嬉しそうに目を細めた。そして、私の髪をゆっくりと撫でていく。心地よい感覚に目を閉じると、唇を塞がれる。
パチンと、髪留めが外された。
驚いて目を開ければ、至近距離で恍惚とした瞳と目があった。
「嬉しいからぁ、もっと綺麗にしたげる」
その瞬間、私の視界の端にオレンジ色が映った。はっとして髪を手に取れば、その色は元のオレンジ色を取り戻していた。
「嘘っ、」
「その方が、似合うよ」
「困る。こんな色、人に見られたら、何を言われるかわからない。戻してくれ」
王族は白色と決まっているのだ。今更、オレンジに戻したなんて知られたら、よくないことを言われるに決まっている。
「戻せって、これが元の色でしょう?」
「だが、この色では困るんだ!」
「‥‥‥そんなに焦んなくても、大丈夫だよぉ。私以外には、白色に見えるようにしてあるから」
「本当か?」
「本当、本当。アメリアちゃんの綺麗な姿は、私だけに見えてればいいの」
「‥‥‥この髪、私は、嫌いだ」
「そう? 私は好きだけどなぁ。夕焼けみたいで、すごく綺麗」
そう言うとランタナは、私の髪に唇を落とす。
「そんなことを言うのは、貴方ぐらいだよ」
ランタナの考えていることが、少しだけわかる回です。




