後悔してる?
昨日の続きです。
政務中に息抜きのために、王宮内の庭園を散歩することはよくある。何かに行き詰まった時は、別のことをしていると思いつくことが多いのだ。
一流の庭師によって整えられた庭園をラルーシィたちと歩きながら談笑していると、遠くから嬉しそうに手を振っているランタナが見えた。
ランタナの後ろに控えている近衛騎士たちが、ぎょっと驚いている。
「アメリア、此方においで」
「まぁ、陛下ったら、王妃殿下に会えたことが余程嬉しいのですね」
私の後ろに控えていたラルーシィが微笑ましそうに顔を綻ばせる。
「‥‥‥本当に自由な方だ」
雲ひとつない青空に色とりどりに咲く花々、太陽のような笑顔を浮かべる陛下。
その光景は平和そのものだった。
穏やかな気分になりながらランタナの元へ行くと、それを見計らったように彼女はしゃがみ込んだ。私も隣にしゃがむ。
「この花、美しいと思わんか?」
「これは‥‥‥スイセンですね」
どうやら、ランタナはこの花を見せたかったようだ。庭園の隅にひっそりと咲いている白い花は、別段珍しいというわけではないがランタナは気に入ったようだ。
「花は皆美しいが、この花は特別美しい。アメリアに似ているからかもしれんな」
「‥‥‥全く、そんなに気に入ったのなら部屋に運ばせましょうか」
「いや、いい。花は外に咲いていた方が美しいからな。それに、私には私の為だけに咲く花がいる」
私の目を見つめながらにこりと笑うランタナに、よくそんな歯の浮くような台詞言えるなと呆れた。だが、不思議と嫌な気はしない。
「さて、折角会えたのだし、茶でもどうだ?」
「少しなら」
「なら決まりだな」
そう言うとランタナは庭園の中央にある東屋に、お茶を用意させた。二人で席に着いて、ランタナが片手を挙げると、後ろに控えていた侍女と近衛騎士が離れたところへ待機した。
「なぁんか、昼間にこうやって二人きりで会うの新鮮だよねぇ」
「そうだな」
「陛下とは、よくお茶飲んだりしたの?」
「‥‥‥するわけないだろう」
陛下と私の夫婦関係は、結婚した瞬間から終わっていた。陛下と話すのは政務以外では殆どなかったし、閨ですら必要最低限のこと以外には話す人ではなかった。
元々寡黙な人だったからこんなものかと、そう思っていたが、今思えば少しおかしかったのかもしれない。
「そっかぁ、もったいなぁい。やろうと思えば、陛下は何でも出来た立場だったのにねぇ」
「それを奪ったのは、私だ」
「‥‥‥後悔してるの?」
「何がだ?」
「私に助けを求めたこと」
いやに真剣な顔をしたランタナと目が合う。
目の前で湯気を出しているハーブティーの匂いが、濃くなったような気がした。
後悔‥‥‥しているのだろうか?
そう聞かれると上手く答えられなかった。
罪悪感はある。陛下の生命を奪って、陛下に成り代わっている別人と暮らし、剰え体も許した。おかしなことをしたと自分でもわかっている。
だが、この生活はことのほか暮らしやすかった。
何も答えない私にランタナは微笑んで紅茶を飲んだ。
「もし、本当に辛くなったら、逃げてもいいんだよ。この状況をぜぇんぶ捨てて、この箱庭から逃げる」
「そんなこと、出来るはずないだろう?」
「どうして?」
「許されないからだ」
「許すも許さないも、アメリアちゃんの人生なんだから、アメリアちゃんが決めればいいんじゃない?」
奔放すぎる発言に、この時の私は苦笑いするしかなかった。だが、逃げてもいいというその言葉は、少しだけ私に心の余裕をもたらせてくれた。
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ランタナが、私の元に毎夜通う姿が王宮内で当たり前になってきた頃、建国記念日が間近に迫っていた。
普段の政務に加えて建国記念日に王宮で開かれるパーティーの準備も並行しなければならず、忙しい日が続いている。だが、相変わらずランタナは夜には必ず私の前に現れた。
「‥‥‥遅い」
今日も当然来るだろうと寝ずに待っているが、もう日を越えそうだというのに来ない。いつもなら、行為をするにしろ、しないにしろ部屋に来ているのに。
真逆、今日は来ないのだろうか?
とそこまで考えて、そんなことに不安になっている自分がおかしくなる。
前まではひとりで眠るのなんて、当たり前だったのに。ランタナと過ごすようになって一ヶ月。ひとりで眠るのが寂しくなった。
「ふふっ、きっと、忙しいのだな」
建国記念日が迫って、私も忙しいがランタナはもっと忙しいだろう。
なにしろ建国記念日では、この王宮で国内の貴族を集めた大規模なパーティーをする。我が国と親交深い隣国の王太子とその妃も参加する予定だ。
万全な警備態勢を整えなければならない。万が一、王太子と妃に何かあったら国際問題に発展してしまう。そのため、建国記念日は毎年、気の張る行事なのだ。
かく言う私も、招待状の手配に追われて、ここ数日はいつもよりも遅い就寝となってしまう。毎年経験している私がこうなのだ。今年初めてのランタナには、さぞ気の重い作業だろう。
もし今日も帰ってきたら、労ってあげよう。
そう思った時、部屋の外に待機していた侍女が陛下の訪れを告げた。良すぎるタイミングに笑いながらも陛下を迎え入れる。
二人きりになったところで、いつものようにランタナが抱きついてきた。
「ただいまぁ、アメリアちゃん」
「おかえりなさい。疲れただろう。茶でも持って来させようか?」
「ううん、いらなぁ〜い。アメリアちゃんの顔見たら元気になったし」
いつもの調子で笑うランタナの目の下には、色の濃い隈がくっきりと出来ていた。私がそこをなぞるように指で触れると、ランタナは私の手を包み込むように握る。
少しでも隈が薄くなれば良いと思った。
「無理するな。建国記念日の準備で疲れたのだろう。もう寝ろ」
「確かに今日は、ちょっ〜と疲れたかも」
私はランタナをベッドに座らせて、自分もその隣に腰をかけた。
「準備でわからないことがあれば、何でも私に聞け。出来る限り手伝う」
「えっ、別にないよ」
ケロッとしたその顔を見て、唐突に疑問が浮かぶ。そういえば、この一ヶ月間、ランタナは完璧に陛下の代わりを務めた。それは外見だけでなく、政務もだ‥‥‥陛下がいなくなったというのに政務は滞りなく進んでいる。
どうして今まで疑問に思わなかったのだろうか。おかしいじゃないか、一介の魔女が陛下の政務を完璧にこなせるなんて。
「ないって‥‥‥陛下の政務は魔女と言えども、慣れないことばかりだろう?」
「そりゃあ、慣れてるからね」
噛み合わない会話に内心首を傾げる。
「なぁんだ、アメリアちゃん知らなかったの。何も言わないから、勘づいてるんかと思ってたぁ」
「どういうことだ?」
「私ねぇ、この国の王妃だったんだよ。もう何百年も前の話だけどね」
そう何でもないように微笑むランタナを、私は目を見開いて見つめることしかできなかった。
夫婦らしい日々を過ごしています。




