陛下の連れてきた聖女
久しぶりの投稿です。一度書いてみたかった聖女もの。
「陛下、其方の女性は?」
私の言葉に煩わしげに眉を顰めた陛下を見て、こんな時ですら心がチクリと痛んだ。それに気がつかないふりをして、陛下の隣に堂々と立っている女性の観察をする。
髪はこの国では珍しいほどの純白で、瞳は曇りの日の空のような灰色。胸元が大きく開いたデザインのドレスからは豊満さが伺えた。見るからに軽薄な女は、陛下の御前だというのに自身の長い髪を詰まらなそうに指で弄んでいた。
出そうになる溜息を気力だけで抑え込んだ時、漸く陛下が口を開いた。
「我の命の恩人であり、聖女だ」
「聖女、でございますか」
私の困惑した声は女にも届いたのだろう。空虚な目をした女が、私を見てにっこりとその真っ赤な唇を歪ませたのだ。
「ランタナって言うの。よろしくね、王妃ちゃん」
あまりにも失礼な女の物言いに、私だけでなく私の後ろに控えている侍女も唖然とした。
「‥‥‥陛下を助けたこと感謝する。だが、私のことは王妃殿下と呼ぶように」
「えぇ〜、王妃ちゃんの方が可愛くない?」
「可愛い可愛くないの問題では無い」
「むぅ〜、ユリーさまぁ、王妃ちゃんって呼んでもいいよね?」
ランタナと名乗った女は、甘ったるい声を出して陛下の腕に絡みついた。普段、何をしても無表情の陛下は女の行動に仕方なさそうに笑って、次いで私に向き直った。その時には既に、女に向けていたような優しい顔はなく、いつもの冷淡な顔に戻っていた。
陛下の綺麗な青い瞳は、私の前で穏やかだったことは一度もない。
「アメリア、ランタナは我の命の恩人だ。呼び方くらい好きにさせてやれ」
「呼び方ひとつで、私の評価に関わります。陛下も、せめて人前では名前で呼ばせるべきではないかと」
「くだらん。呼び方ひとつで落ちる評価など、落としておけ」
陛下はそれだけ言うと、女を腕に絡ませたまま去っていった。
その背中を呆然と見ていた私と、振り返った女の目が合う。瞬間、女のその瞳に楽しそうな色が宿ったような気がして、腸が煮え返るような心地になった。
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この国の王妃である私、アメリアは嘗てない事態に混乱していた。というのも、陛下の乗った馬車の馬が暴走して横転。視察先で重体だという知らせが入ってきたのだ。
これに、王宮は上を下への大騒ぎになった。
かく言う私も、業務を停止してすぐに対応すべく、侍医を陛下の元へ送った。考えたくはないが、陛下が亡くなった場合のことも今から考えておかねばならない。
しかし、数時間後、覚悟した私の元へ届いた報告は拍子抜けするものだった。
曰く、陛下は命の危機を脱した。
報告はその一言だけだった。報告を持ってきた文官に聞いても、それ以上のことは陛下が帰ってきたら直接説明するの一点張りだった。陛下がそのように指示したのなら、これ以上問い詰めても無駄だろう。
それならばと、陛下は何時頃帰ってくるかと聞けば当初の予定通りだと言われ、ますます混乱した。数時間前までは危ないと言われていた陛下が、予定通りに帰ってくる? 違和感しかなかったが、とりあえず今は命が助かったことを喜ぶべきと判断して己を納得させた。
だが、どうしてだか嫌な予感は拭えなかった。
私の予感は的中したと言うべきか、数日後帰ってきた陛下の隣には妖艶で見目麗しい女が立っていたのだった。