1日目
もういいんだ。
僕の勝手だろう?
「僕の人生なんだから」
いつの間にか、僕は眠っていたようだ。
意識がハッキリしないまま、目を覚ますとそこには
「かなで!ちょっ、みんなー!奏が起きたわよー!」
少しがたいの良い、赤いストールを肩に羽織り、前下がりのボブヘアーの女性は僕に背を向け叫ぶ。彼女の野太い声に多少の違和感を覚えながら、眠気で再び目を閉じる。
今わかることは、僕は自宅で眠ったつもりが
ログハウスのような場所でご丁寧にベッドの上。
僕の横には声が野太い女性。
僕の名前を知っていて、『みんな』がいる…?
…よくある転生ものか?
僕は転生できたのか?
ははっ、なんちゃって。
多重夢って感じかな。
深く考えずにぼんやりとしていると、
ドタドタと慌ただしく騒がしい足音が聞こえた。
と、次の瞬間米俵ほどの重さが腹に降ってきた。
「ゔぇっ!!」
僕は思わずえづいた。
「かなでー!心配したんじゃよー!よかったあ!よかったあー!!!」
悶え苦しむ僕を無視して
米俵はおいおいと泣きながら僕に頬ずりをする。
さすがに目を開けると、見知らぬ人が増えていた。
「ま、これで一安心やな!士郎、つきっきりでありがとうな。お疲れさん」
関西弁の男は、がたいのいい女性の肩をトントンと叩き労い部屋を立ち去った。
「やだ!ありがと!って、士郎って呼ばないでよ!ちゃんとバンビって呼んでー?!」
立ち去る男に向かって『士郎』はまた大声で叫ぶ。
まて、情報量が多い。
「士郎…?」
僕は思わず心の声が漏れた。
「あっ、そうなの。あたし。今の言葉で言うと、トランスジェンダーかしら?見た目は男みたいだけど、中身は女!バンビって呼んでね〜!」
士郎と呼ばれた女性はウインクと投げキッスをする。
寝起きにこのテンションはきつい。
夢であってくれと願った。
「バンビは誤解されやすいが良いヤツじゃよ!無論、ここにおるヤツは、みな良き家族じゃ!」
米俵は横たわっていた僕の頬ずりを止め、
ガバッと上体を起こして僕の頬を両手で挟む。
まだ10もいかないほどの少女に見えた。
飛び乗ってきた重力で米俵と感じたのだろう。
小動物を腹に乗せているような軽さだ。
白のワンピースと白く綺麗な長い三つ編みをひとつに括り
見つめられたその瞳は綺麗な透き通るような碧。
アルビノ、という子だろうか?
彼女の神秘的な外見に見惚れていた時
「リーナ、乱暴はいけません。奏、あなたはここへ来て1週間眠っていたのです。話さなくてはならない事もあります。もちろん体調次第ですが…」
穏やかでありながら芯の通った声が僕の横で聴こえた。
ハッとしてそちらに目をやると、
金髪ベリーショートの女性が無表情で僕を見下ろしていた。
鋭い眼孔のせいか彼女の気迫に、少し怯えて声が出せずにいた。
「夕飯は食べるに決まっておろ?のぅ?まあ今日は流動食じゃがな!」
遮ってリーナと呼ばれた少女は何故か得意げに言う。
誰に問いかけたわけでもなく、僕は思った言葉を発した。
「…聞かせてください。ここはどこですか?」
士郎が嬉々として答える。
「ここはね〜?!あたしたちは『ティアレ』って呼んでる無人島なの。この無人島にいるのは、あなたの上に居るリーナ。隣の金髪のハノン。さっきの関西弁の男の子、騎壱。士郎ことバンビのあたし。それから」
士郎の視線の先は、
部屋の隅で薄いピンクのパーカーのフードを深く被り、
制服の様なプリーツスカートを履いた人がいた。
その人は士郎の紹介を受け、僕に会釈をした。
「あの子、しらべ。あなた、奏の6人だけよ。」
「…なんで、僕はここにいるんですか?」
和やかなムードは、僕の質問で部屋がピリついたのを感じた。
『しらべ』を除く3人が顔を見合わせる。
少し間が空いて部屋の外から声が聴こえた。
「それなあ、俺らにもわからんへんねん。6人みんなで浜辺で干上がってたんよ。俺が最初に目醒まして、そこから芋づるで起こしたけど、唯一、今まで目を覚まさんかったんが奏や」
トレイに6人分のカップと麦茶を乗せ、
八重歯を剥きだし笑いながらやって来た関西弁の『騎壱』。
改めて見ると、20後半の洗練された顔立ち。
服装は地味ながら、彼が学生であれば、
間違いなくカーストトップの雰囲気を醸し出していた。
誰にでも人懐っこいイケメン陽キャか…
とてもじゃないけれど、僕は近寄れない。
リーナが騎壱に向け
「わしはコーヒーにせえとあれほど!」とぼやき、
騎壱は「じゃかしい!」と
仲睦まじいやり取りに恐縮しながら
「助けてくれてありがとう。なぜ、僕の名前を知っているんですか?」
次の疑問を投げつけまもなく
「ボクがみんなに教えたの!」
ポンッ!と音と煙を立て僕の目の前に現れたのは
額にはツノが生え、背中には竜の翼、猫の顔と犬耳、
狼のような四肢、ワニのような尻尾を携えた、
両手サイズほどの、恐らく2次元から飛び出してきただろう、
得体の知れない生物だった。
「は?」
謎の生物と突然の登場に理解が追いつかず
戸惑ってしまい周りに目をやると全員の表情が曇っていた。
「ボクはフェン。あ!怖がらなくていいよ。こう見えてボク草食だから食べないよ。人間美味しくないし〜。」
フェンはクルクル軽快に部屋を飛びまわる。
「そして見た目どーり!ボクは神さまの使いなのだー!すごいでしょ!すごいでしょっ!」
再び僕の目の前までやってくると
とんでもないことを言い出した。
なんだって?神様の使い?
状況が飲み込めず呆然としているとフェンは続けて
「…ノリわるーい。ま、いいけど!ところで奏。ボク、とっても優しい神さまの使いなんだ。神さまはキミに『ここに残る』か『キミのいる場所へ帰る』か。選んでいいよってさ。」
そんなの、決まってる!
「かえ」
る。
と言いたかった僕を遮りフェンは続ける。
「すぐにとは言わない。1週間後、答えを聞かせて。神さまはここにいるみんなに『幸せに』なってほしいんだ」