その後
あれから3年。
つかさと正之助は交際しながらも隊長業務に追われる日々を送った。
最初は人間でありながら隊長に就任した2人と隊士達との間で軋轢が生じることもあったが、その度に正之助が腕っ節で解決していた。
つかさは女であるため特に奇異の目にさらされることもあった。しかし、そのほとんどが彼女の人柄によって解決された。
稀にそれでは済まない輩も出てきたが、彼女の強さを実際に体感すると納得したようだった。
鬼ヶ島の組に属すると分かることだが、彼等は実力主義者の集まりと言っても過言ではない。
つかさと正之助は就任試験合格のあとも修練を積み力を伸ばしていった。
力を得るための努力を惜しまず、修練を確実にものにしていく2人を隊士達が認めるのは時間の問題だったのだ。
「ところでマサ隊長。つかさ隊長とはいつ祝言を挙げられるのですか?」
1番隊の武術の稽古の時間、正之助は1人の隊士に声をかけられていた。
「は? しゅうげん? ……結婚のことか?」
「あぁ、確か人間の階層ではそう言うのでしたか!その…けっこん、というのはされないのですか?」
「……。結婚、ねぇ。」
「はっ、も、もしや、もう夫婦であらせられましたか!? 噂話では2人は夫婦ではないと聞き、俺はてっきり…!」
「いや、その噂は正しいぜぇ?」
「は、そ、そうでしたか。では…?」
「ま、俺はともかく。アイツの幸せはそんな急いで決めることじゃねぇだろ。」
「は、はぁ。そうでありますか…。俺は、お2人は大変仲睦まじいように見えますが…。」
「ぶはっ。"仲睦まじい"って何だよ、ウケんだろうが。」
「そ、そうですか?」
「そんな事よりお前こんなとこで油売ってていいの? これ以上サボったら鼻折られるぜ、俺に。」
「はっ!はい! すぐに戻ります!」
「おー、そうしろそうしろ。」
隊士は慌てた様子で稽古に戻っていった。
その日の夜、正之助は隊舎の中にあるつかさの部屋に来ていた。
つかさの部屋は、ほとんど隊長に就任した頃のままと言って良いほど物が少なかった。
正之助は窓際を陣取って窓の外を見ている。
この部屋は隊舎の3階にあるため、窓の外から街が見れて、なかなか良い景色だ。
そんな簡素な部屋で、つかさは布団を敷いていた。
「それで? 話って何?」
敷いた布団にゆっくりと座りながら、彼女は正之助に向き直る。
「おぉ……。」
なかなか話を切り出さない正之助に違和感を覚えるものの、つかさは彼の気が向いて話しが始まるまでは布団の上で小説でも読むことにする。
そして本を数ページめくったところで正之助が喋り出した。
「お前、結婚する気あるか?」
予想外の話題に、ドクリと胸が鳴る。
つかさは小説を閉じて布団の上に置いた。
そして何と言おうか逡巡している間に、正之助がガシガシと頭をかき混ぜながら再び口を開く。
「つーかよぉ、俺はもっと後でも良いんじゃねぇかと思ってたんだがよ。まぁ何だ、ガキが欲しいなら早い方が良いとも言うだろ。だからアレだ。……お前に合わせる。お前はどうしたい。」
正之助はいまだ窓の外を見ている。
が、その耳が僅かに赤く染まっているのをつかさは見逃さなかった。
そして自分の顔にも熱が集まって来ている感覚を覚える。
つかさは彼に近づいてその服を少し握った。
正之助の指がピクリと動く。
「子供はどっちでも良いかな。仕事もあるし。でも結婚はしたい。今、したくなった。」
「……そうかよ。」
ようやくつかさの方を向いた正之助は、そのまま彼女にキスを落とす。
2人の影が、重なった。
「じゃあ五十嵐のオッサンに報告しねぇとな。」
「……うん。」
一つになった影が、床に倒れ込んでいった。
*
そして、現在。
つかさと正之助は、鬼塚の命令である島国に来ていた。
その島国の名は、"ルタルガ王国"。獣人の国である。
ルタルガ王国のとある港に降り立った2人。
港というだけあって、特有の潮風を感じながら歩き出す。
待ち合わせはこの辺りのはず、とつかさが考えていたその時。
2人の背後に、外套のフードを目深に被った3人の人影が近づいた。
そのうちの1人がつかさ達に声をかける。
「おいおい、鬼ヶ島から使者が来るっつーから来てみたものの……人間がこんなとこに何の用だぁ?」
男の外套から覗く腕には、赤い鱗がびっしりと生えている。
「あん?」
喧嘩腰の正之助に、慌ててつかさが挨拶しようとする。
「私たちが、その"鬼ヶ島の使者"です。鬼塚様の命でーー」
「いいや。そんな大層なもんじゃねぇよ。言うなればコイツはただのヒモで、俺はちょっとしたサイコだ。」
つかさの言葉を遮って適当な事を言う正之助をつかさが肘で小突きながら訂正した。
「いや、今は違うでしょーが。私たちは元ヒモと元サイコの、五十嵐組1番隊隊長です。鬼塚様の命で来ました。」
fin.