やまびこ
辿り着いたのは山の中だった。
「ここまで逃げればもう誰も追っては来ないわ」
こほうぎそなたはそう言うと、並んだ男の子の手をぎゅっと握りしめていたのを、離した。
彼の顔を見上げて、固い表情で言う。
「駆け落ちしてくれてありがとう、山田くん」
背の高い山田くんは顔を赤らめ、聞いた。
「いいよ。ところで、こ……、今夜は……ホテルに一緒に泊まるの?」
「こんなところにホテルはないわ。洞穴でも見つけてそこで暮らしましょう」
「えーーっ?! 野宿するのかい?!」
山田くんの大きな声が周囲に響き、驚いた鳥たちが飛び立ち、やまびこが返ってきた。
えーっ?! ……のかい? ……のかい? ……かい?
それに答えるように、遠くから少女の声が響いてきた。
どなたー? どなたー? ……なたー? ……たー? たー? たー?
「どなた!?」
こほうぎそなたはびっくりして叫んだ。
「どなた!? いるの!?」
そういえば妹のどなたもどこかのオッサンと駆け落ちしていたことを思い出す。
まさか駆け落ち先が同じこんな山の中だとは思わなかった。
「どなた!?」
もう一度叫んだその声がやまびことなる。
どなた!? どなた!? ……なた!? ……なた? ……なた?
返ってくる声もやまびことなった。
どなたー? なたー? なたー? たー? たー? たー?
「どなた!」
どなた! どなた! ……なた! た! た! た!
どなたー? どなたー? なたー? なたー? たー? たー?
それはもう、どなたの声なのか、それともやまびこなのか、わからなかった。