最強に腰の引けたものたち
おれの名前は『なざほうれ まこと』。かわいい三人の娘を持つ、なざほうれ家の父親だ。
今、おれの目の前に、顔中を汗でびっしょびしょに濡らして立っている男がいる。
あの世界最強を謳う拳法一族『こほうぎ家』の大黒柱──そう、こいつこそがあの悪名高き『こほうぎオブロン』だ。
今、おれに呼び止められ、そいつは何もない空白を背景に、足下を汗で水たまりのようにしている。
フッ。噂に聞いていたより随分と臆病なやつだ。
このおれに、拳法で勝てる自信がないのか?
『五獣』と呼ばれ、恐れられるおれ達、『こほうぎ狩り』の、その中でも間違いなく最弱の、このおれに?
「どうした? 怖いのか? 顔中、汗でびっしょびしょだぞ?」
こほうぎオブロンは、おれを見ながら、そう言った。
おれは顔の汗を手で拭きながら、笑ってやった。
「いや。ハハハハ! 汗でびっしょびしょなのはおまえの顔だぞ? 強がりを言うな」
「ま……まあ、とりあえず、行くぞ?」
「ど……、どこへだ?」
「いや、わかれよ。『行くぞ?』と言ったらこの場合、喧嘩の始まりを意味する……つまり、『かかって行くぞ?』『攻撃すんぞ?』という……」
「い……、痛そうだな」
「ああ……。殴られるのは痛い」
「や……、やめにするか?」
「……出来れば」
おれたちはくるりと背を向け合うと、そのまま別方向へ歩き出した。
騙し討ちをされるかと気になって、チラチラと振り向いてみるたび、こほうぎオブロンのほうもチラチラとこちらを覗っている。
フッ。臆病者め。
おれは心の中で、こほうぎオブロンに勝利した。