空き巣
空き巣はたやすく不法侵入した。窓の鍵が開いていたからである。
どう見ても女の子の部屋であった。ぬいぐるみやマスコットや、かわいいものがたくさん置いてある。
「チッ……。金目のモノはなさそうだな」
憎むようにそう言うと、他の部屋を物色しようと歩き出し、そこでようやくベッドにこほうぎこなたが寝ていることに気がついた。
びくっとしたのち、猫のように固まって様子を見る。どう見てもベッドの上の少女は眠っている。ネコ耳金髪の細い身体の少女だ。ミイラのように気配がなく、寝相がまっすぐ過ぎるので、なんか気がつかなかった。
空き巣は女性経験が豊富である。ゆえに理性を失って悪さをしようなどとは考えなかった。クローゼットの引き出しの中のパンツなどにもそれほど異常なまでの興味はなかった。少女に気づかれぬよう、金目のモノを求めて、そろ〜りそろりとドアのほうへ向かう。
するとこほうぎこなたが言った。
「すうぴい」
空き巣はびくっと身体を硬直させた。少女の様子を窺う。
「すうぴい」
「……なんだよ。寝息か? 眠ってる……ん、だよ、な?」
「すぬうぴい」
「おっ、起きてやがんのか!?」
空き巣は思わず本人に聞いた。
返事はない。ただの屍のように眠っている。
ほっとして空き巣が隣の部屋へ向かおうとすると、こほうぎこなたが寝言を言った。
「オレンジカシス……」
「それを言うならカシスオレンジじゃねえのか……」
空き巣は思わず小声でツッコんだ。
「とどめドリンク」
「なんだそりゃ。そんなドリンクあんのかよ……?」
空き巣はまたもや、今度は思わず少し大きな声で、ツッコまされた。
「あっ。あたし、あみだドリンクがいい!」
「どんな夢見てんだ? 友達にパシリさせてる夢なのか? っていうか、とどめドリンクはもういらねぇのかよ!?」
「こんにちは、お父さん」
空き巣はドキリとした。
彼には4歳になる一人娘がいた。
今、空き巣に入った家の見知らぬ少女から、寝言で『お父さん』と呼ばれ、自分は何をしているのだろう? と、強く思ってしまった。
『やっぱりこんなこと……やめて帰ろうか』
空き巣は思った。
『真面目にやるんだ。どんなに生活が苦しくても、辛くても、他人様に迷惑をかけちゃいかん。アヤ(4歳)のためにも、アヤ(4歳)に恥ずかしくないお父さんになるんだ! よし、やめて帰ろう!』
そう決心して踵を返すと、ベッドの上のこほうぎこなたが半身を起き上がらせていたので飛び上がりそうになった。
寝ぼけまなこで、ハムスターの無数に描かれたパジャマを着て、少女はじーっとこちらを見ている。
終わった! 空き巣は思った。
こほうぎこなたは言った。
「これは……空巣?」
「あっ……。うん、そうだよ。空想……。っていうか、夢ユメ。引き続いてお眠り?」
「あなたは……空巣?」
「うん。実はね、君の頭の中にしかいないんだ。忘れてお眠り? ハハ、ハハハ……」
「あ、そうか。間に『き』を入れないと通じないんだった……」
「き?」
「空き巣?」
バレた! 女の子は寝ぼけていたのではなく、ただのバカだった! 空き巣はパニクって懐から、念のために持って来ただけのつもりだった包丁を取り出した。警察に突き出されて空き巣の前科を背負うよりは殺人を犯して逃亡したほうがいいとか思ってしまった。すべてはアヤ(4歳)のためだった。玩具を欲しがるアヤのために、クマさんのぬいぐるみを買ってやりたいがためだった。
包丁を振り上げた空き巣の目の前で、こほうぎこなたは再びベッドにミイラのようにまっすぐになり、寝ていた。
「すうぴい」
『これは……』
空き巣は思った。
「すうぴい」
『神なのか……』
「すぬうぴい」
『俺を……許してくれると……見逃してくれると……』
「すぬうううぴい」
『やり直せ、ということか……』
空き巣は涙を拭い、くるりとやって来た窓のほうを向いた。その顔はあかるく笑っていた。お礼に置いて行けるものは何かないかと探したが、なかったので、ちょうどその時手に持っていた包丁を置いて行こうかと思ったが、やめて、代わりにかわいく棚に並べてあったこほうぎこなたのコレクションの中からクマのぬいぐるみを1つ手に取ると、ああ最初からこうすれば良かったんじゃね? と思いながら、ぺこりとひとつお辞儀だけすると窓を閉めて、帰って行った。
月が窓の外でにこにこ笑っていた。
空き巣はカーテンを閉め忘れたのだ。
朝になって東向きの窓から射し込む太陽はたぶん、不快なほどに眩しいことだろう。