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この列車が止まるまで  作者: ねこまみれ。
9/11

ある青年の回想1

「起きろ、起きろ絵里奈」

「んん……あと5分……」

「そう言ってもう30分だぞ! 学校あるだろ!」


 いつものように寝ぼける妹を起こし朝食を作り始める。

 俺が10歳、妹が6歳の頃に両親は交通事故で他界した。

 それから10年。お世話になっていた養護施設を出て俺と妹は2人で都内の安アパートに暮らしている。大学を出ていない俺が都内で働ける場所はそう多くはなかった。給料も決して良いとは言えない。それでも朝は妹が起きるのを確認し、夜もそれほど遅くならない内に帰ってきて一緒に食事をすることができる。十分過ぎる生活だった。


 残る心配と言えば妹の進学についてだ。俺は大学に行く余裕がなかったし養護施設も出なきゃならなかったから仕事に就く必要があった。子供の頃なりたかった職業も諦めざるを得なかった。だけど妹には自分がなりたいものになってもらいたい。妹も先月から近所の飲食店でアルバイトを始めているから、その稼ぎと俺の貯金と奨学金を併せれば大学に行くことくらいはできるだろう。


「じゃあ、俺は先に行くから」

「んー、いってらっしゃい」


 髪はボサボサで目もショボショボとしたままの妹に見送られて仕事へ向かった。俺は、本当なら漫画家になってみたかった。子供の頃に読んだ漫画がおもしろくて、小学生になったばかりの頃はよく絵を描いていた。だけど両親が亡くなって妹と2人きりになった時、妹と暮らしていくには漫画家はあまりにも不安定だと諦めた。

 そして俺が選んだのは小さな不動産会社での事務仕事だった。大きくなくてもなるべく安定していて決まった時間に帰れるところを選んだ。


「九重くーん! お客さまにお茶を出してくれるー?」

「あ、はーい! すぐに!」


 そう窓口にいる社員に頼まれ給油室に向かう。

 棚から湯呑みを3つ出して急須の出来立てのお茶を注いでいく。


「はい、こちらお熱いのでお気をつけください……」

「あれ、九重くん?」


 突然、お客さまの1人から声をかけられた。

 振り向くと、声の主は大学生くらいの女性だった。

 あれ……? この顔どこかで……


「えっと……こ……小南さん?」

「うん、あ、あの……久しぶり……」


 久しぶりに再開したあまりよく知らない同級生との間に流れる特有の気まずさがあった。小南さん、確か小学校から中学校にかけての何度か同じクラスになったことのある同級生だったはずだ。ただ、同じグループとか仲が良かったということはない。そもそも俺はあんまり友達いる方じゃなかったし……


「あら、お友達?」

「う、うん。中学生の時の同級生」

「そうなの? ちゃんと働いていて偉いわねぇ」


 小南さんが隣にいる女性と話していた。

 どことなく小南さんに似ている。きっと母親だろう。

 その様子をどこから見ていたのか事務所の奥から社長がやってきた。


「九重くんのお知り合い?」

「あ、はい。中学の同級生で……」

「九重くん、内見案内とかできるよね?」

「えっと、一応何回かはやったことあるので大丈夫かと……」

「そっか、じゃあこの案件は九重くんに任せようかな」

「え? えっと……」


 俺が戸惑っているうちに社長が小南さんと小南さんの母親の前に出て行って簡単な挨拶を済ませ、いつのまにかとんとん拍子で話が進んでこの案件は俺が担当することになってしまった。



「えっと、この部屋は収納が充実していて……」


 次の週末、俺は小南さんと2人で内見へ来ていた。

 前回に物件のピックアップは済んでいるので、あとはそれと小南さんのニーズが噛み合うかを確かめなきゃならない。小南さんは大学2年生で20歳を迎えるにあたって一人暮らしを始めたいらしかった。

 彼女は俺が部屋について説明するたび真剣に頷いている。だけど、俺は少し気になっていることがあって説明を中断して質問してみた。


「えっと、そういえばお母さんは?」

「あ、えっと……今日は仕事があるみたいで……」


 来るはずだった小南さんの母親は仕事の用とかで来れなくなったと言い出し、俺は何故か小南さんと2人きりで内見を周っていた。距離感も掴めないままに事務的な説明をこなしていく。


「こんな感じだけど、どう?」

「うん、ありがとう……」


 しかし、小南さんは浮かない様子だった。

 何か不安でもあるのだろうか? そもそもはじめての一人暮らしなんだから不安はあって当たり前か。俺は少し考えてから切り出した。


「小南さんは、なんで一人暮らしを?」

「え?」

「あ、なんか理由あるのかなーって」


 訊いてから「しまった」と思った。

 業務以上に踏み込んで訊くのは良くなかったかもしれない。それに同級生とはいえロクに関わってこなかったヤツに訊かれても戸惑うのは当たり前だった。だけど、小南さんは気にしていない様子で話し始めた。


「えっと、私の家が通ってる大学から遠かったんだけど、お父さんが20歳になるまでは一人暮らしダメって言ってて……」

「あ、それでこのタイミングで一人暮らしなんだ」

「うん、お父さんも約束だからって許してくれて……」

「そっか……」


 会話が途切れた。

 上手い返しも見つからない。

 そもそもこの話をどう広げるつもりだったんだ俺は……


「九重くんは、もう仕事しててすごいね」

「え? あぁ、うちは親がいなかったし、俺が妹を大学に行かせてやりたかったからさ……そもそも選べなかっただけだよ」

「うん、それでもすごいよ」


 進学せず働いていることを引け目に感じることはあってもこうして同級生から褒められるようなことがなかったから戸惑ってしまう。だけど小南さんが嫌味でそれを言ってるのではないとわかった。彼女の言葉にはそうした裏を感じさせない真っ直ぐさみたいなものがあった。

 そしてまた会話が途切れた。


「内見はこれくらいでいいかな? あとは一度帰って相談とか……」

「あ、あの…………」

「え、なに?」


 内見を終えて俺が部屋を出ようとすると、小南さんが唐突にスマホを差し出して来た。画面にはQRコードが映し出されている。

 え、えっと……これは?


「あの、LINE、交換しない?」

「え、あ……うん」


 スマホを取り出して差し出されたQRコードを読み込む。

 妹と会社の同僚くらいしか登録されていない俺のフレンド一覧に小南さんのアカウントが追加される。同級生の女子と連絡先を交換したことが一度もなかった俺はそのやり取りに緊張しながらもその日の内見を終えた。

次回は1/29(金)に投稿します。

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