九重 絵里奈
「はじめまして、絵里奈さん。ご協力いただきありがとうございます」
「あの、兄は……目を覚ますんでしょうか……」
焦りから挨拶を飛ばしてしまったことに自分では気付かなかった。
私の兄、九重 優作はかれこれ3ヶ月以上を覚ましていない。このまま眠ったままという可能性は十分にある。いや、眠ったままでいてくれるならまだ良い。眠りに落ちたまま死んでしまった"被害者"さえいるのだ。こうして生きているだけまだ良い方だった。
だけど、それは物事を客観的に見たときの話だ。自分の唯一の家族がこうなって「良い方だ」なんて思えるはずがなかった。
「お願いします、どうか……」
「えぇ、わかっています。しかしそれには絵里奈さん、あなたの協力とお兄さん本人の力が欠かせないのです。そして、場合によってはあなたも戻れなくなる可能性もある。それでも協力してくださいますか?」
目の前の男はそう言った。
私も兄と同じように戻れなくなる可能性がある。それはもう1ヶ月も前に聞かされていたことだった。それでも兄を救う方法がそれしかないのなら、私はもうそれに縋るしかなかった。
「はい、覚悟はできています……」
「ありがとうございます。もちろんこちらとしても手を尽くします。腕のある技術者のサポートを含め万全を期すつもりではあります。そしてもし、あなた自身に危険が及びそうになった場合は、お兄さんを諦める覚悟も、同様に持っていてください」
「………………わかりました」
男の言葉は優しさであると理解していた。
しかし、それは同時に私にとって何より非情な言葉でもあった。
両親を幼い頃に亡くした私にとって兄が全てであることを、この男は理解していた。その上で私に「兄を諦めろ」というのだ。もちろん恨み言が無駄なことはわかっていた。男はそれが仕事なのだ。
「さて、これから会う技術者についてですが……」
「はい、一応確認しています」
「そうですか。これから彼にあなたとお兄さんの記憶の全てを共有していただく必要があります。なるべく綿密に」
「はい、わかっています」
「それでは向かいましょう」
私は男と共に車に乗り込んだ。
次回は1/22(金)に投稿します。