ある老人の回想6
「父さん、母さん、俺この人と結婚するよ」
その日、優太が1人の女性を連れて来た。
優太が産まれてから既に26年の時が経っていた。
隣にいる女性の雰囲気は少しだけ妻に似ている気がした。
少し2人のやり取りを見ていたが、それだけでお互いに尊敬し合える関係を築けているのだとわかった。私は自分の中で込み上げるものを抑え切れる気がしなくて、少しお茶を淹れてくると言って玲子にその場を任せて1人キッチンへと向かった。
ずっと"子供を育てる"ということの正解がわからなかった。
優太や玲子の前では安心してもらおうとできる限り毅然と振る舞ってきたが、もしかしたらどこかで親として何か至らないことをしているのかもしれないと心配だった。優太との約束を守れなかったことだって1度じゃなかった。贔屓目もあるかもしれないが、玲子はずっと妻として母親として立派だった。優太だって疑いようもなく自慢の息子だ。
ただ1人、自分だけが立派に父親としてやれているかずっと不安だった。あの時、家族のためだと自分を言い聞かせながら仕事に向かい優太との約束を破ってしまったあの瞬間がずっと心に残っている。ずっと忘れられないでいる。あの時から自分だけが家族としての資格を失ってしまったんじゃないかと悔やみ続けている。
だけど、今日この瞬間、優太がこうして素晴らしい女性と巡り逢えたこの日になってようやく……もしかしたら自分が優太という人間を育てて来れたんじゃないかと思うことが出来る気がした。
私はキッチンで1人手をついて必死に込み上げるものを抑えようとしている。それでも目から流れる涙は止まらなかった。止まらなくてどうしようもなくて、私はずっと顔を上げられないままでいる。
「父さん」
その時、後ろで優太の声がした。
こんな姿を見られるわけにはいけないと思い涙を拭い振り返る。
「ど、どうしたんだ? 麻美さんを放っておいたらダメだろう?」
恥ずかしさを紛らわすためにそう言った。
だが、優太の目は真っ直ぐにこちらを見ていた。
その目を見て、私も真っ直ぐに向き合わなくてはならないと思った。
「父さんに言いたいことがあるんだ。今まで育ててくれてありがとう。父さんにも母さんにも、俺はたくさんのものを貰ったよ。たくさん与えてもらった。夫婦とはこうやって支え合って行くものだって、親になったらこうするんだって、俺はたくさん見てきた。だからきっとこれからも大丈夫だ。そう思えるのは父さんのおかげだ。ありがとう」
優太は目元を手で押さえている私を抱きしめた。
もう私は感情の決壊を抑えられなかった。こんなにも色んな感情が溢れ出て止まらないのは生まれて初めてだと言えるほどだった。
「優太……ありがとうは父さんのセリフだ。産まれて来てくれてありがとう、元気に育ってくれてありがとう、お前にこうして父さんと認めてもらえるだけで……父さんはずっと自分を誇っていられる気がする」
「うん……父さんは最高の父さんだったよ……ありがとう……」
次回は1/8(金)に投稿します。
ようやく1つの折り返し地点を迎えます。