ある老人の回想5
「お父さんは嘘つきだ!!」
優太が小学生になって初めての授業参観の日の朝だった。
その日は前から玲子と2人で行くと優太と約束をしていたのに、朝になってかかって来た会社からの電話で私は行けなくなってしまった。今日の道徳で、お父さんやお母さんへ伝えたいことを作文にしているのだと優太は楽しそうに話してくれていた。だからお父さんは絶対に来て欲しいと言っていたのに……。帰りには美味しいお寿司でも食べようとも約束していたのに、それに間に合うかもわからない。
優太は泣きながら私のお腹を力いっぱい殴りつけて、そのまま走って外に出て行ってしまった。この子が産まれた時に「これだけはやるまい」と決めていたこと内の1つだった。私も昔単身赴任でなかなか帰ることのなかった父に同じことをされて、とても寂しい思いをしたのを今でも薄らと覚えている。それと同じことをしてしまうなんて……
「こら優太!」
「いや、悪いのは俺だから……。玲子、優太を頼む。頑張ってお寿司には連れて行けるようにするから……」
結局、その日は深夜まで仕事の対応に追われることになった。
家に帰って来た時は既に優太は眠ってしまっていて、私は謝ることすら出来なかった。優太はとても大人しかったと玲子が言っていた。怒っているはずなのにそれを表に出すことはなく、文句を言うこともなかったらしい。ただじっと我慢して普段通りに振る舞っていたと。自分が情けない。これじゃあ優太の方がよっぽど"大人の対応"だ。
「作文読む?」
「うん、読むよ……」
玲子から渡された優太の作文を開いた。
400字詰めの作文用紙で2枚分。1枚は母である玲子に向けて。もう1枚は父である私に向けてだった。そこには、この6年間積み上げて来た優太との思い出が詰まっていた。一緒にプールに行って遊んだこと。公園の広場で自転車が乗れるようになるまで特訓したこと。2人でお母さんの誕生日にケーキを手作りしようとして失敗したこと。オセロをやって勝てなくて悔しかったこと。キャンプでお父さんの焼いたお肉がおいしかったこと。仕事でスーツを着て行くのがかっこいいこと。
そして、作文の枠をはみ出した外側には「おとうさん、あさなぐってごめんなさい」と書き足されていた。それを読み終わると、玲子は私にハンカチを渡して来た。私の目からはいつのまにか涙が溢れていた。
明日は日曜日だ。朝起きたら優太と仲直りしよう。優太への感謝をいっぱい伝えて抱きしめてあげよう。そうしたら、お昼にはお寿司を食べに行って、そのあとは優太が行きたいところに連れてってあげよう。遊び疲れて優太が眠るまでたくさんたくさん一緒に遊ぶんだ。
次回は1/1(金)に投稿します。