ある青年の回想3
「お兄ちゃんがヘタレだからじゃん……」
ジトりとした視線が刺さる。
自宅に帰ってから2時間。俺は妹から説教されていた。
内容は全て小南さんのことについて。
帰った時、小南さんから告白をされたことは妹にバレていた。
いや、むしろ最初からそうするつもりで妹が俺に「小南さんを家まで送るように」と言ったこともわかっている。
「なんで? お兄ちゃんは春香ちゃん好きじゃないの?」
「いや…………それは違うけど……」
「じゃあなんで? 意味がわかんないんだけど」
「だからさっきも言ったろ……」
「釣り合わないとかってやつ? そんなん言い訳じゃん」
そして妹は「もういいよ」と言って自分のスマホをいじり出し、通話状態でそれを渡してきた。表示されている名前はもちろん小南さん。
「あ、もしもし……」
『はい……優作くん?』
「ごめん、小南さん……さっきは……うっ」
ドスッ、と正座している俺の横っ腹に妹の蹴りが入る。
そちらを見ると、何も言わずとも妹の目が「そうじゃないだろ」と語りかけてくるのがわかった。
「あの、俺と今度遊びに行ってくれませんか?」
『……………………』
沈黙が流れる。
俺が小南さんの告白を断ってからたった2時間。
こんな都合のいい申し出を受けてくれるわけがない。
失礼にも程がある。俺は再び口を開いた。
「あの、やっぱり」
『行く』
「え……?」
『で、どこに行くの?』
「あ、えっと、遊園地……とか?」
『わかった。来週の日曜日でもいい?』
「うん、じゃあ来週の日曜日で……」
約束の日曜日。
俺が集合場所に決めた駅に10分前に着くと、小南さんはすでに到着して俺を待っていた。そして、今日の小南さんは遠目からでもいつもより少しソワソワとしているのがわかった。
「おはよう小南さん。ごめん、待った?」
「あ、優作くんおはよう。大丈夫、私も今さっき来たところだから」
「えと……じゃあ行こうか」
「うん……」
そう言って改札にICカードをタップしてホームに降っていく。
そしてまた沈黙。やばい、何か話さないと……
「優作くん、緊張してる……?」
「え? あ、いや……うん……」
「そっか。私もちょっと緊張してる。ほら、この前に告白して断られたばっかりだから、どんな顔して話せばいいかわからなくて……」
「ごめん…………」
「いいの。私も少し焦ってたかもしれないし、ああいうのはもっと落ち着いて話せる時にすればよかったって思った。あ、電車来たよ?」
ホームに着いた電車に乗り込む。
各駅停車しか停まらない駅から乗る各駅停車だから、それほど混んではいない。小南さんは「ここに座ろう?」と言った。
「次の駅で乗り換えだから、俺は立ってるよ……」
「んーん、今日は各駅で行こう? ゆっくり話したいから。ダメ?」
そう言って小南さんは俺の袖を引いた。
ゆっくりと小南さんの隣に座ると、腕が少し当たる。
思えば、こんなに彼女の近くにいるのは初めてかもしれなかった。
自分の熱が伝わっているんじゃないかと思うと余計に緊張しそうだ。
「今日、なんで誘ってくれたの? 絵里奈ちゃんに言われた?」
「えっと…………そうなんだ。ごめん」
「いいよ。わかってたから」
「でも、だけど、そうじゃなくて……」
「……?」
「俺も…………小南さんとちゃんと話したかったんだ。俺は小南さんが好きだ。だけど、小南さんと付き合った時にガッカリされないか不安だった。でも、絵里奈から怒られた。そんなのは言い訳で、小南さんの気持ちと向き合って出した結論じゃないって……」
俺は深呼吸をした。
いま言わなきゃきっと言えない。
「小南さん、俺と付き合ってください」
「…………はい」
小南さんが真剣な目で返事をくれた。
いまにも心臓が飛び出そうなほどに高鳴っている。
「えと……1回車両変えようか……」
「そうだね……」
気がつけば、周りにいる数人の乗客たちが全員こっちを向いていた。
ここが電車の中であることなんて途中から忘れていた。
俺たちは2人で隣の車両に移動して再び席に着いた。
そのとき、小南さんが俺の手を優しく握った。
「あの、優作くん」
「な、なに……?」
「これからもよろしくね?」
「あ……えと、こちらこそ……」
手を握って肩を寄せ合ったまま電車に揺られていく。
次回は2/12(金)に投稿します。