ある青年の回想2
「で? その人なに? お兄ちゃんの彼女?」
「こら絵里奈! 失礼だろ!!」
妹は何故か最初からこんな感じだった。
睨みつけるような目つきで小南さんを見ている。
内見に行った日から約1ヶ月後、簡単な連絡を取り合ううちに「今度ごはんを持って行くね」と申し出があり、こうして小南さんが我が家に食事を持って来てくれていたのだ。もちろん前日のうちに妹には説明してあったのだが、何故か妹は歓迎していないようだった。
「はじめまして絵里奈ちゃん。お兄さんの同級生だった小南 春香です。今日は作ってきたごはんを持ってきただけだから……」
「あっそ…………」
そう言って妹は奥に引っ込んでしまった。
俺は小南さんから重箱を受け取りながら謝った。
「ごめんね小南さん……俺の妹、人見知りな方だから……」
「ううん、大丈夫。私も急に来てごめんなさい。あ、この中1段目が筑前煮で2段目がからあげ、3段目がポテトサラダと……」
小南さんは料理の説明を順々にしていく。
どれも蓋を開けてみると美味しそうな匂いがした。
「たぶん3食分くらいはあると思うから、明日の夜に取りに来るね」
「うん、箱は洗って返すね」
「じゃあ、また明日」
そう言って小南さんは帰って行った。
「おーい絵里奈、メシにするぞ」
「んー」
奥から妹が不機嫌そうに出てくる。
食事を前にしてまた先程の睨みつけるような目つきをしていた。
「よし、いただきます」
「……いただきます」
ボソッとそう言って取り分けたからあげを口にする。
俺も同じようにからあげを口にする。からあげには2種類あった。塩が効いているのとピリッとした甘辛いタレのやつ。どちらもとても美味しかった。3段目はポテトサラダや春雨サラダなどサラダ類が入っていた。金平ごぼうもある。1段目の筑前煮も最高だった。
「めちゃめちゃうまいなこれ……!」
「ん……」
妹も言葉にはしなかったが美味しそうに食べていた。
それから、小南さんはちょくちょく食事を持って来たり作りに来てくれたりするようになった。そうしていつのまにか4ヶ月近くの時が流れていた。
「春香ちゃん、このビーフシチューすごく美味しい!」
「そう? よかった」
気がつけば小南さんは妹とも仲良くなっていた。
最近は俺が仕事中のときもお互いの家に行って遊んだり、小南さんから料理を教わったりしているらしかった。
「こんなにお肉柔らかくするの大変じゃなかった?」
「うちには圧力鍋とかあるから」
「いいな〜。私も圧力鍋買おうかな?」
「じゃあ、今度一緒に選びにいく?」
「うん!」
ビーフシチューを食べ鍋と食器を洗い終えて、小南さんはすぐに帰ろうとしていた。俺が玄関まで見送りに行こうとすると、妹が小脇を突いてきた。
「お兄ちゃん、春香ちゃん送っていったら?」
「「え?」」
「ほら、はやく!」
「じゃあ……お願いしようかな」
小南さんと共に夜道を歩いていく。
妹が言わんとしていることは何となくわかっていた。
それに、こうして小南さんが頻繁に家に食事を持って来たり作りに来てくれる理由に察しがつかないわけじゃない。だけど「どうして俺なんだろう?」という思いが拭えなかった。
「ビーフシチュー、どうだった?」
「あ、うん、美味しかったよ」
「そっか、よかった」
また、いつかのように会話が途切れた。
小南さんは……素晴らしい女性だと思う。料理ができるとか容姿が綺麗だとかそういうことだけじゃない。人として……誰にでも平等に接し、たとえ邪険にされても簡単に怒ったりせず物事を俯瞰して見ることができる。大学も名門に通っていて頭もいい。
それに引き換え、俺には何もなかった。頭が良いわけでも、カッコいいわけでも、お金があるわけでもない。それが小南さんにとって大切かはわからない。だからこれは俺の問題だった。ただ「彼女と恋人である自分」が想像できなかった。そうして俺が悩んでいるうちに、小南さんの住むマンションの前に着いてしまった。
「ここまででいいよ、ありがとう」
「あ、うん……」
小南さんが背を向ける。
いまだ、いま言わないと……
きっと俺は何度もこれを繰り返してしまう。
「そうだ、今度3人で遊園地に行かない?」
「え、俺はいいけど……」
「じゃあ絵里奈ちゃんにも言っておいてね」
「わ、わかった……」
「それと、私は優作くんが好き。だからまたお家に行っていい?」
「え? あ、あの……」
俺の戸惑う表情を見て、小南さんは不安げだった。
真っ直ぐに彼女の目を見ることができなかった。
「ダメ……?」
「ダメじゃないけど……なんで俺なの? 小南さんならもっと……」
「もっと、なに?」
「俺よりもっと良い人がいると……思う……」
俺が見ると、彼女の目には涙が浮かんでいた。
「いないよ……優作くんの言う"良い人"がなんなのかわからないけど、私には優作くん以上の人なんていないよ。今までも、これからも」