デザートバイキング 『ラズベリーパルフェ』
好きな人に恋人ができた。
って言うと、わかりやすく失恋だけれど、アタシの場合ちょっと違う。
「ちょっと待ってよラン。置いて帰るなんてヒドイー!」
「エリカ? あれ、彼氏は?」
「部活で遅くなるから。大会前だもん」
「待ってなくていいの?」
「いーの。待ってるの退屈なんだもん」
エリカはそう言って笑って、アタシの腕に自分の腕を絡ませてきた。思わず鼓動が高鳴る。
「はーなーせー。重いってば!」
「やだー。ランってばつめたいー」
そう。
アタシが好きなのは、数年の付き合いになる親友のエリカなのだ。
「ほらほら、これこれ、ちょーカワイイ!」
……オマエの方がカワイイって。
クマのヌイグルミを抱きしめるエリカを見ながらアタシは思う。ああ、ヌイグルミになりたい。
学校帰り。いつもの帰り道にあるキャラクターショップ。二人で帰るときはだいたい立ち寄るけど、アタシは見てるだけ。こういうカワイイのが好きなのはエリカだった。
「はいはいカワイイねーって、もしかして買うの?」
「だってだって、ホラ、一緒に帰りたいって言ってるよー?」
ぎゅーっとクマを抱きしめながら、エリカがアタシに擦り寄ってくる。アタシよりだいぶ背の低いエリカの柔らかい髪の毛が、アタシの首筋に触れてくすぐったい。ホラ。それだけのことでドキドキしちゃう。
「よし決定。お前の名前はー……クマ太ね♪」
「少しはちゃんと考えてあげなよ」
アタシがそう言うと、エリカはあははっと笑う。
その笑顔にクラクラする。
「なんかさー、ヌイグルミの増え方が尋常じゃないんだけど」
「へ? そーぉ?」
エリカの部屋。ベッドを囲んでいたヌイグルミ達は、今やテレビや本棚までその勢力を拡大していた。ちなみに、前回部屋に来たのは一週間前だ。
「気のせい気のせい。きっと繁殖したんだよ」
「それじゃ気のせいじゃないでしょっ!?」
そんなバカなことを言い合いながら、楽しい時間をすごす。
エリカに彼氏ができる前は毎日のように過ごしてたこの時間が、いまでは貴重な時間になってしまった。そんなことを考えたら何だか切なくなって、胸の奥がチリチリした。
「ランは、好きな人とかいないの?」
切なくなってる時に、その質問は反則だ。アタシは不意打ちで泣きそうになって、ぐっと眉間に力を入れた。
「……別に。いないよ」
エリカが好きなんだよ。
なんて、言えるわけない。
エリカには彼氏がいて、アタシの事は友達としてしか見てないんだから。言って失うくらいなら、言わずに我慢して、今のままでいたいもの。辛いのは……わかってるけれど。
「あのさ……実は、彼氏とケンカしちゃって」
「……え?」
「あたしのカワイイ物趣味が恥ずかしいんだって。だから、ホラ、ケータイのヌイグルミ外したでしょ?」
そういえば、少し前からエリカのケータイとかバッグから、ヌイグルミとかが減っていた。
「それで、何か、部屋のヌイグルミが増えちゃったんだ」
「そういうこと……か」
苦笑するエリカに、アタシは小さくうなずいた。
エリカが彼氏のこと好きなのは、アタシが一番知ってる。彼氏のためにちょっとでも可愛くなろうと、色んな雑誌とか見て研究してたり、スタイルをよくする運動とかもしてる。だけど……
「エリカが彼氏のこと好きなのはわかるけど……だからって、それでエリカが無理するのは違うよ」
「ラン……」
イチゴの形のテーブルに並んで座って、アタシはエリカの手をとりながら言う。
「だって……エリカが無理してんの、アタシは嫌だよ。女の子なんだから、カワイイの好きでいいじゃん! 好きなんだからしょうがないじゃん!」
「……ラン?」
心配そうなエリカの声。
ああ。アタシ泣いてる。
だって、好きなんだからしょうがないんだよ。
「彼氏にちゃんと話しなよ。もし、彼氏が嫌だっていったら……そん時は、アタシがエリカを奪うから!」
「……ラン」
ぎゅっと。エリカがアタシの腕にしがみついてきた。
「ありがと。ラン」
エリカのぬくもりを感じながら、アタシの胸は切なくて切なくて、壊れそうだった。
それからしばらくして。
「んじゃ、ラン。またあしたねー」
「ん。じゃね」
エリカが、バッグにつけた小さいクマのヌイグルミ、クマ子を揺らしながら教室を出て行く。
「……アタシも、ヌイグルミでも買おうかな」
アタシも女の子だしね。
向かうは、いつものキャラクターショップ。そういえば、一人で入るのは初めてだ。
……エリカと同じくらいカワイイのがあればいいな。