第四話 初めての客
玄関から入ったところにある、以前は商品となる武具を並べていたであろうスペースには、今は在庫が残っていない。お客さんはその光景に目を丸くしつつも、ロコナさんに向き直って微笑んだ。
「お久しぶり、あたしはミリティア・パラディス。ロコナさん、前より大人っぽくなっちゃって。前に来たときは、王都で仕事をしてるって聞いたけど」
「はい、お久しぶりです。祖父のことがあって、この工房に戻ってきました。今は父と母がいない間、仮ですが工房主をさせていただいています」
そう言うロコナさんの顔を見て、ミリティアさんの表情が曇る。それでも彼女は振り絞るようにロコナさんに笑いかけた。
「……ジェラルドさん、行っちゃったんだね。精霊王の森に呼ばれてるって、前に来たときにも教えてくれてたから」
ロコナさんは頷きを返す。ミリティアさんはこぼれた涙を拭うと、加工部屋の入り口に立っている俺に気づいて、慌てて後ろを向いた。
「ああ、びっくりした……他にも人がいるなんて。泣いてるところなんて、そうそう人に見せるものじゃないんだからね」
「すみません、お客様。驚かせるつもりはなかったんですが」
「……そのお客様っていうのは堅苦しいから無しでいいよ。ジェラルドさんにはお世話になったし、これからもこの工房にはお世話になるつもりで……って、そうもいかないか」
俺の格好を見て職人ではなさそうだと分かったらしく、ミリティアさんは肩をすくめる。
武具や装飾品を作っていたこの工房に用があり、冒険者の出で立ちをしているのだから、彼女はここに武具のことで用があって来たということだ。
「今日は、前にジェラルドさんに作ってもらった武器が壊れちゃって、修理をお願いしに来たんだけど……そういうことなら、他の工房のお世話になるしかないかな」
「申し訳ありません、お客様……いえ、ミリティアさん」
「うん、それでいいよ。そっちの男の人は、ロコナさんの旦那さん?」
「っ……い、いえ、その、タクミさんはまだ……っ」
「そ、そうです、まだ今日初めて出会って、ここで働き始めたばかりで……」
「そうなの? ふふ、それにしてはいい雰囲気じゃない。タクミくんも『鍛冶屋』なの?」
「いえ、俺は『鍛冶屋』ではないですが……ものを作る職業の一種ではあります」
「ふぅん……?」
俺のクラスでは、彼女の要望である武器の修理はできないと思う――いや、スキルの使い方によるだろうか。といってもどう『合成』で武器を直すのか、すぐには思いつかない。
(『合成』でも、使い方によっては修理できるのか……いや、できるかもしれないと言ってできなかったら、彼女に時間を取らせることになる)
ロコナさんの祖父――ジェラルドさんが工房主だったときからのお得意様。逃したくない顧客ではあるが、俺が『鍛冶師』でない以上、新しい客層を開拓していかなくては――と考えていると、 ミリティアさんがこちらを見ている。
その視線は俺ではなく、俺が持っているものに向いていた。
「……で、その武器……レイピア? それも見たことないくらい形が凝ってるみたいだけど」
「あ……え、ええと。これは、今俺が作ったものです」
「えっ……『鍛冶屋』じゃないのに武器が作れるの? そんなクラスがあるなんて初めて聞いたけど……」
ロコナさんが「話していいか」というふうに俺を見る。特に隠すことではないので、俺は頷きを返した。
「実はタクミさんは、勇者候補生として召喚された方なんです」
「っ……そ、そうなんだ……勇者候補は、特別なクラスになることがあるっていうもんね。それで異世界から召喚されてるって聞いたことがあるよ」
(召喚されると特別なクラスに……マグダレーナも副騎士団長のアレクトラさんも、そんなことは言ってなかったが。言う必要がないから言わなかっただけか……?)
他の勇者候補生のクラスを確かめたわけではないが、遼樹の『ソードマスター』も、強力なクラスではあるが珍しいと言っている人はいなかった。
「そうなんだ、勇者候補……こんなところで会うなんてね。戦闘向きの職業以外になることもあるっていうしね……」
「元いたパーティからは外れましたが、それでも遊んでいるわけにはいきませんから。何とか、この工房で働いて貢献したいと思ってます」
「そういうことなら……タクミくんが持ってる武器を見せてもらってもいいってこと?」
「は、はい、勿論です。どうぞ、見てみてください」
ミリティアさんは持っていた武器――細身の剣をテーブルの上に置く。レイピアに近いタイプの武器を使っているから、関心を持ってくれたようだ。
「これ、鞘はないの?」
「あ……」
「申し訳ありません、鞘は用意できておりませんので、刃にはお気をつけください」
考えてみれば、剣を持ち運ぶには鞘が必要だ。そんなことも失念しているとは、武器を商品とするうえでの心構えが足りなかった。
「ごめんごめん、鞘は革職人のところで作ってもらえるから大丈夫。金属の鞘も使いやすいけどね、剣の質が一番大事だから」
ミリティアさんはからからと笑うと、『魔刃のレイピア』の柄をしっかりと握る。すると、俺が握ったときと同じように刀身が光を帯びた。
「これって……持ち主の魔力に反応してるの……?」
彼女の反応は、初めて見るものを前にしたときのものだった。
彼女のレベルがどれくらいかは見ただけでは分からないが、冒険者としての経験は豊かなように見える。装備品は良いものだし、彼女自身の風格も、俺のレベルでは正面から向き合うと圧倒されそうだ。
「ミリティアさん、いかがでしょうか……?」
ロコナさんがレイピアについて恐る恐る聞いている。
真剣そのもので剣を見ていたミリティアさんは、それに気づいて表情を緩めた。
「うん……まだ、実際に使ってみないと分からないけど……この剣、どうしてこんなに軽いの? それにこんな形に加工するなんて、かなり熟練の職人じゃないとできないと思うんだけど」
「ええと……俺も、材料があれば作れるというだけで、形は頭で思い浮かべたものをそのまま再現することができるので」
「頭で……って、そんなことができるものなの? さらっととんでもないことを言うよね……」
ミリティアさんは自分の持っていた武器と持ち比べる。
軽くて振りやすくても、武器としての威力がどうなるかはわからないので、俺も必ず使える武器だと売り込むことはできない。
「……この武器に、どれくらいの値段をつけるつもりなの?」
「それは、工房主のロコナさんに決めてもらおうかと……材料が材料ですから、銀貨五枚にでもなれば十分だと思ってるんですが」
「っ……そんな値段で売ろうなんて、本気で言ってるの!?」
ミリティアさんはレイピアを置いて、俺に詰め寄る。鼻先が触れそうなくらいの距離まで一気に来られて、俺は思わず後ずさりそうになる。
「す、すみません、武器の値段には疎くて……」
「この武器に使われてる金属は、たしかにその辺りで売ってる武器と変わらない……でも、加工の過程でかなり性能が高くなってると思う。いったい、何をして作ったの……?」
魔石のかけらを砕いて、魔力の宿った部分を集め、なまくらのレイピアに合成した。
それだけ聞くと、廃材を使ってリサイクルしたように受け取られてしまう――実際その通りと言えなくもないが、それを銀貨五枚で売ると言ったら怒られてしまいそうだ。
「あ、あの。ミリティアさんは、この武器にどれくらいの価値があるとお考えなのですか……?」
ミリティアさんはしばらく思案して、二本の指を立ててみせる。
「銀貨二枚……教えてくれてありがとうございます、ミリティアさん。初めて作った武器にそれだけ値段をつけてもらえたら、俺としても嬉しいというか……」
「……金貨二百枚」
「「……えっ?」」
俺とロコナさんのリアクションが揃って嬉しいな――なんて言ってる場合じゃない。
「ミ、ミリティアさん、それはいくらなんでも……金貨二百枚って、この町で一年間暮らしていくのに十分な金額じゃないですか。俺の作ったレイピアにそんな価値があるなんて、光栄ではありますが、さすがに買いかぶりすぎですよ」
「……あたしは正直なことを言ってるの。あたしは炎を宿すことのできる細剣を使っているけど、この剣はそれとは違う種類の強さがある。軽くて、強力な攻撃を繰り出せる……ただ持っただけでも魔力に反応してるのよ? 実戦で魔力を込めた攻撃を繰り出したら、どうなるか……」
「そ、それなんですが……俺やロコナさんでは、この武器の性能がどれくらいのものかを使って確かめることができないので、これを使いこなせる人に試用してもらえたらと思っていたんです」
事前に考えていたことではある。俺の作ったものが、本当に実用に足りるのか。
この武器を見込んでくれた彼女に頼んでみたい。彼女が思うような価値が、本当にこのレイピアにあるのかを。
ミリティアさんは腰につけている革のポーチを開けて、中から貨幣を取り出す。
テーブルの上に置かれたのは――金貨が三枚。
俺が自己申告したよりも、十五倍も多い金額だった。