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第三話 小さな一歩



 食事が終わったあと、俺は近くにある共同の洗い場に向かって食器を洗った。ロコナさんを外に出すのは心配だったというのもあるので、遠慮するロコナさんを説得して任せてもらった。


 焦げ付いた鍋も、ブラシを使ってこすったら綺麗になった。しかしかなり力が必要なので、やはり男手を頼ってもらって良かったと思う。


 工房に帰ると、ロコナさんがお茶を入れて待ってくれていた。


「お帰りなさい、タクミさん。お手数をかけてすみません」

「いや、気にしないでください。家事でできることがあったら、何でも手伝いますから」


 この工房で雇ってもらうことが決まったが、宿泊先を決めなければならない――とさっきロコナさんに話したのだが、それでは宿賃がかさんでしまうからということで、工房の二階にある部屋を貸してもらえることになった。


 住み込みということなら、家事もできるだけ手伝いたいと思う。しかしロコナさんは、家事はもともと得意というか、なんと専門職ということだった。


「私が与えられたクラスは、実は『メイド』というものなんです」

「メ、メイド……そんなクラスがあるんですね」


 驚きを顔に出すと、ロコナさんはきゅうう、と耳まで真っ赤になる。無神経な反応をしてはいけない、と自分で自分に釘を刺した。


「工房主の祖父がいて、両親も職人のクラスなのにとお思いになりますよね。私も、小さな頃からずっとそう思ってきました。ですが今は、クラスは神様の導きで得られるものですから、誰もが受け入れて、そのクラスを全うするために生きるものだと思っています」


 その話を聞くと、ロコナさんは何事にも真摯な人なのだと思う。会ってから好感が持てる要素しかなく、話せば話すほど新しい魅力が伝わる。


(……だ、駄目だ。美人で性格もいいし、スタイルも……そのうえクラスはメイドさんなんて、俺はどうしたらいいんだ……いや、どうもしちゃいけないんだが……)


「このメイドというクラスにも、得意な家事の分野がいろいろとあって……お料理を特別美味しくするようなスキルはなくて、お掃除や、人のお手伝いをするときに役立つようなスキルをいくつか覚えています」

「そうなんですか……いくつかということは、ロコナさんはレベルが高いんですね」

「私のレベルは5になります。祖父のお手伝いをしていて、レベルが上がって……お気づきと思いますが、私は人間とは違う種族で、魔力が多いんです。ですから一日に多くスキルを使うことができて、時間をかけてここまで上がりました」


 レベル5――8級の冒険者としても通用するレベルだ。遼樹たちはレベル10以上で7級だが、6級まで上がれる実力はすでにあるらしい。


「スキルを使えば上がる……俺も、時間があればスキルを使うようにはしていたんですが。それだけではレベルは上がらないんでしょうか」

「まあ……そうだったのですね。スキルは、効果的に使わなければ経験が蓄積されません。先ほどのような使い方であれば、私から見ると効果的だと思うのですが……」


 その話を聞いて、目から鱗が落ちる思いだった。


(そうか……俺が今まで『形成』を使ったときは、何かの役に立つことが無かった。効果的な使い方ができれば、俺でもレベルが上がる……のか?)


「あ、あの……差し出がましいことかもしれませんが。私もこの工房を預かる資格を持てるくらいには、大人として認められているという自負があります」

「は、はい。ええと……つかぬことをうかがいますが、ロコナさんのお歳は……」


 尋ねると、ロコナさんは胸に手を当てて、自信に溢れた様子で言う。


「私は十八歳です。もう大人なので、この世界のことについては、タクミさんにしっかりとお教えできる自信があります」


 彼女が手を当てた部分、そらされた胸が思い切りこちらにせり出してきていて、思わず視線が誘引される――もちろん、そんなことを気にしている場合ではない。


(じゅ、十八歳……エルフは長命な種族だから、ある程度成長したら姿が変わらなくなると聞いたけど。俺よりも十歳も下だなんて……)


「……といっても、私もまだレベル5です。父や母はレベル10を超えていますし、職人ではない姉も私よりレベルは高いです。ですので、人に何かをお教えするのは初めてですが……私、頑張ればできないことはないと思っていますので」

「な、なるほど……それは心強いですね」


 年齢のことで動揺していた俺は、上の空でぼやけた返事をしてしまう。ロコナさんはそれを見咎めて、席を立つとテーブルを回り込み、俺の横までやってきた。


「この世界においては、レベルは目安であって、高ければ強いというわけではありません。上がる上限にも個人差がありますし、レベルに関係なく力が強かったり、武道を習っていたりして強いという人はいます。あの男の人たちはレベル3くらいだったので、私でも一人だけなら、レベル差があるので簡単に捕まって、タクミさんに迷惑をかけることはないと思います」


 俺はロコナさんの華奢な姿を見て、守らなければならない存在とばかり考えていたが――彼女は一度捕まりかけたからといって、恐れてばかりもいない。


 理不尽な行為に対して怒り、立ち向かおうとする気持ちがある。彼らがまた来たときのことを恐れてばかりで何も手につかないなんてことは無いとわかって安心する。


「……メイドが専用として使える武器のようなものは、向こうにあるほうきなどですが。前に彼らとは違う借金の取り立て人が来たときに、つっかえ棒にしたので折れてしまいました」

「前から、あんな強引な取り立てを受けていたんですね……」

「はい。毎回、代わる代わる違う人が取り立てに来るんです。揃って言うのは、私ならお金を稼げるし、悪いようにはしないと……そういう人は信用してはいけないと母が言っていたので、言いつけを守っています」


 ロコナさんは自分の容姿がどれくらい魅力的かという自覚がない――それで母親から言われたことをそのまま受け取っているのだろう。


 バルトロ一家は、借金の回収を名目にしてロコナさん自身を狙っている。そのうえ、バルトロ一家の中でも、ロコナさんの争奪戦のようなことが起きているのだろう。


「私はメイドのお仕事で貰っていたお給金でも、十分な暮らしをできていました。祖父の遺した借金も、積み立てていたお給金で返済することができました」


 ――彼女が自分で頑張って働いた貯めたお金を、すでにバルトロ一家は受け取っていた。


 それでなお、契約になかった法外な利息を求め、ロコナさん自身を連れていこうとまでしている。


(……何とかしないとな。そんなこと、許せるわけがない)


 何とかなるだろうではなく、確実に状況を好転させなくてはいけない。そのためにできることを、今から探していかなければ。


「それなら、利子が残ってるなんて理由で取り立てを受けるのは理不尽です。役人に事情を話しても分かってもらうのは難しいかもしれませんが、それも方法の一つとして考えましょう。本来なら、真っ先に選ぶべき方法だとは思うんですが……」

「……クラウドバークの守備兵の方々は、バルトロ一家の人たちには関与しようとしません。それにも何か理由があるのかもしれませんが、あまり疑うことをしてもいけないと思っています」


 俺は癒着という言葉をすぐに思い浮かべたが、確証がないのにそう決めつけるのは確かに尚早だ。だが、町の住民が窮地に陥っているのに助力が何もないというのは、守備隊という組織に対して疑問を持ちもする。


 警察などとは違って、治安を守ること以上に、「街自体の防衛」に力を注がなくてはならないということは知っている。魔物が街に侵入しないよう、守備隊は街の外に出てかなり広い範囲を警戒しなくてはならないので、街中で姿を見かけること自体が少なかった。


 そのために、勇者候補生が各地の街に派遣されているわけでもある。魔物や山賊退治といったギルドの依頼を受けることは、住民を守ることにも繋がるからだ。


「では役人の力を借りるのは、もし可能ならということで……ロコナさん、この工房ではどんなものを作っているんですか?」

「祖父と父は、武具や装飾具を作っていました。あちらの加工部屋に金属加工に用いる炉があります。工具などは、借金のかたに持っていかれてしまったものもありますが……」


 武具を作る種族といえばエルフよりドワ―フというイメージがあるが、そうと決まったわけでもない。クラウディール家は鍛冶で身を立てていたということだ。


「加工部屋を見せてもらうことはできますか?」

「はい、こちらになります」


 炉のある金属加工部屋に案内してもらう。熱がこもるからか、風が通りやすいように工夫されているが、それでも炉に火が入れば相当暑くなるだろうというのは想像がつく。


 ハンマーや金床かなどこといったものはそのまま残っている――あとは石のようなものが積み上がっているが、確かに色々と鍛冶に必要そうな道具が見当たらないような気もする。


「このハンマーは、磨いて使えるようにはしてあるのですが……私は『鍛冶師』ではないので、祖父や父のように武具を作ったりすることはできません」

「……お祖父さんが亡くなったことは、ご両親には?」

「手紙で伝えましたが、父はまだこちらには帰れないとのことでした。王宮に品物を納品する専属の職人をしていて、今も大切なお仕事を任されているそうです」


 工房には職人がいない――そして、ロコナさんは職人に類する職業ではない。


 工房運営を軌道に乗せて、お金でバルトロ一家と話をつける。それも一つの方法とは思うのだが、それとは関係なく、クラウディール工房が可能な限り、ロコナさんのお祖父さんがやっていた当時と近い形で経営できるようになるのが理想的だ。


「この工房でものづくりをして、それを商品として生計を立てる。それが、当面の目標と考えて間違いありませんか」

「は、はい……職人の方を雇うことも考えましたが、お給金を用立てることができなくて……」

「俺も鍛冶は素人ですし、専門職でもない。専用のスキルがなければ、金属加工などで商品になる武具を作ることはできない……」


 多少は俺もこの世界のことは分かっているが、自分の認識が間違っていないか確認する。ロコナさんは静かに頷き、壁にかけられたハンマーを手にとった。


「『鍛造』などの金属加工スキルを持っていないと、金属を仕入れて加工しても、売り物になるような武具は作れません。クラウドバークには、そういったスキルで作られた武具を売っている商店があります」


 その商店に納品するには、素人が作った武具では品質が十分ではないということだ。


 俺が頑張ったところで武具が作れるかと言われたら、職人に教えてもらったとしても長い修行期間が必要だろう。


(ゲームの武器や防具は、数え切れないくらいモデリングしてきたけどな……それと実際に作れるかというのは、次元が違う話だ)


 今でも頭の中に、ファンタジーもロボットものも問わず、武器防具の形はいくらでも浮かぶ。


 こちらの世界に来て、似たものを実際に見たことがある。元の世界で考えられているような武具は、実際に異世界でも通用するということだ。


「俺も、ものづくりに向いたクラスだとは思うんですが……もう少し、自分のスキルについて研究してみたいと思います。料理にスキルを使っても、おそらく経験が……ん?」

「あっ……そういえば、お話しようと思っていたのですが、タクミさんの作られた『カルボナーラ』を食べたときに、魔力が回復する感覚がありました」

「俺もそんな気がしました。それに、守備力……というんですか。守りが硬くなった気も……」


 今まで、特殊なハーブなどを口にしたとき以外は、そんな変化が起こったことはなかった。


 自分の能力は念じれば確認することができる。今の守備力がどうなっているか――。



 ◆ステータス◆

 タクミ・フカボリ 勇者候補生100番 男性 二十八歳

 クラス:合成師

 レベル:2

 体力:15 魔力:10 攻撃力:12 守備力:12+3 機敏さ:12 精神力:20

 勇者適性値:判定不能



(レベルが上がって強くなってる……守備力は、カルボナーラの効果で3上がってるのか。もし割合で強化されるなら、この効果は馬鹿にならないんじゃないか?)


 今までレベル1のままだったので、自分の強さを確認する気も起こらなかったが――これが、レベルが上がるという感覚なのか。遼樹たちのレベルが上がるほど、彼らが俺を哀れむように見ていた理由が今さらに実感できた。


「ロコナさん、あのカルボナーラに使った材料に特別なものはありましたか?」

「いえ、いつも市場に売っているものです。卵は仕入れがないと手に入らないのですが……ふだん自分でお料理をして食べても、魔力が満ちてくるなんてことはありませんでした」


 ロコナさんの言う通りなら、俺が料理をしたときに特殊な効果が付加されるということになる。


 これが『合成師』の能力――料理のレシピが今後も増えていくなら、補助効果のおかげで戦闘にも間接的に貢献することができるようになる。


「タクミさんは、お料理に特別な力を与える『クラス』なのでしょうか? でも、私を助けていただいたときに使われたスキルは、それとはまた違うものでしたね……」

「言われてみれば、あれも料理に使えなくはないですね。でも、料理というよりは、俺の技能はどうも色んな素材を組み合わせるというか、『合成』するものなんじゃないかと思います。『合成師』という職業なので、当然といえば当然なんですが」


 しかし当然であるはずのその事実に、レベル2にならなければ気がつくことができなかった。


 ロコナさんを助けるためにスキルを使う――それがなければ、今も当てもなく街を歩いていたのだろう。


 勇者候補らしいことをしたことが、成長に繋がった。脱落した後でそんなことになっても、皮肉のようにしか思えないが、成長できたことは素直に喜びたい。


「『合成師』……初めて聞くクラスです。勇者候補生の方は、世界で唯一のクラスを得ることもあると聞きますが……」


 これまで多くの人と会ってきただろうロコナさんが、他に一人もいないと言うなら確かに希少だろう。世界で唯一というのは、さすがにないとは思うが。


「武器や防具を作るのも、ある意味素材の組み合わせではありますし……いや、そう上手くはいかないですかね」


 工房を再始動するために、俺のスキルが使えたら。


 料理のレシピは思い浮かんでも、今は何のレシピも思い浮かばない。それはそうだ、ここは武具を作るための場所で、そのための材料は残ってはいない。


「この石の山も、武具の材料に使われるものなんですか?」

「それは魔石のかけらです。それを砕いて、魔力が宿っている部分を選別して、鋳溶かして成型をするとか……すみません、祖父のしていた仕事については、あまり見せてもらえなかったので」


 ロコナさんの祖父は、『メイド』のクラスを与えられたロコナさんが、一人で工房を守らなくてはいけない状況になるとは思わなかったのだろう。それは仕方ないことだ。


「じゃあ、この魔石も『使えそうなら使っていい材料』ということですか?」

「はい、ですがこれは祖父も『くず石』と言っていたようなもので、使えるようにするにはかなりたくさんの魔石を割らないといけませんし、そのままでは……」



  ――スキル『合成』に必要な『レシピ』を作成



「っ……!」


 ロコナさんが頷いてくれた瞬間だった。また、突然に閃きが生まれる。


 料理のレシピが浮かんだときもそうだった。『使っていい素材』を認識したときに、新たなレシピが生まれる――魔石のかけらを、俺のスキルが素材として認識したのだ。


「タ、タクミさん、どうかされましたか? 急に真剣なお顔をされて……」

「……この魔石だけじゃない。必要なものが、もう一つ……」


 俺は持ってきていた頭陀袋のところに戻り、壊れた武器や防具の中から、一つを取り出す。それは、刃が鈍って使えなくなったなまくらのレイピアだった。


「タクミさん、一体どうなさったんですか?」

「あ……す、すみません、驚かせてしまって。この工房で武具を作っていたのなら、俺も似たようなことができるかもしれないと思って……この魔石のかけらを、使わせてもらえませんか」

「この魔石のかけらを……は、はい、分かりました」

「これを砕いて、魔力の宿った部分を選別します」

「で、でも、『鍛造』や『溶鋼』のスキルがないと、魔力の宿った部分を集めても、何も作ることは……」

「できるかもしれません。いや、失敗するかもしれませんが……すみません、曖昧なことしか言えなくて」


 料理を作るのとは訳が違う。だが、『合成師』というクラスの本能のようなものが、俺の内側から訴えかけている――材料は揃っている、必ず作れると。


 ハンマーを借り、金床に魔石のかけらを置いて、砕く――粉々になった破片の中から、指先でつまめるほどの大きさの光る粒を見つけ、選別していく。


「あ、あの……」

「ロコナさん、危ないですから少し離れて……」


 言いかけたところで、ロコナさんは俺からそっとハンマーを受け取る――柄を持つ時に手が触れて、思わず力を緩めてしまった。


 ロコナさんはハンマーを持つと、恥ずかしそうに頬を赤らめながら言った。


「わ、私も、レベルは5ですので……タクミさんのお手伝いができると思います」


 そして俺は、十歳も年下のうえに、華奢な女性のロコナさんの方が、レベル差もあって俺より『力』の能力値が高いということを知るのだった。



「えいっ……!」


 ハンマーが振り下ろされて、十個目の魔石のかけらを砕く。かけら一つにつき、魔力が宿っている部分も一つずつ見つかった。


 ロコナさんは額ににじんだ汗をハンカチで押さえる。ハンマーを振るう前に髪をアップにしていたが、首筋に薄っすらと汗の玉が浮かび、亜麻色の髪が張り付いている――思っている場合ではないが、素直に言ってとても色っぽい。


「ふぅ……タクミさん、これだけ砕けば大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫です。ここからは気をつけてください、俺も何が起こるかわからないので」

「は、はい……っ」


 ロコナさんは金床に向かうための椅子から立ち上がり、加工部屋の外に出ていく――かと思ったが、思い直したのか、そろそろと戻ってきた。


「その……何が起こるのか、しっかり見ていたいので……」

「分かりました。じゃあ……やってみますね」


 魔力の宿った粒を全部、左手に取る。そして、右手にはなまくらのレイピアを持つ。


 俺は頭の中に、これから『合成』しようとしているものの完成像を思い浮かべる。


「……っ、タクミさん、魔石の粒が……光って……っ!」


 俺は今まで、『形成』できるものは地面や土壁などに限られていると思ってきた。


 だが、そうではなかった。『形成』は、『合成』を行うための過程に使うスキルでもある――鋳溶かさなければ成型できない魔石の粒を、『合成素材として必要な形』に変えられる。


(土壁を腕に変化させて、装備品を身に着けさせた……あの時俺は、知らずにこれと同じことをやっていたんだ。土壁を『素材』にして、『守備兵』の腕を作った……『合成』のスキルは、それよりもっと高度な加工を可能にする……!)



 ――スキル『合成』を発動

 ――使用素材1「なまくらのスティール・レイピア」

 ――使用素材2「魔力結晶」10個



 右手に持ったスティール・レイピアを、魔石の粒が補修していく――いや、『合成』されていく。


「……くっ……うぁ……」

「タクミさんっ……!」


 食事で魔力が回復していても、消耗する魔力が上回っている――意識を失いかけたところで、俺はまたロコナさんに支えられた。



 ――スキル『心の支え』を発動

 ――『ロコナ』の魔力を半分『タクミ』に供与



「ロコナさん……」

「私の魔力も使って……お願いします……っ!」


 こうなっては、もう失敗などできない――身体に湧いてきた力を全て、『合成』の完遂に費やす。


「うぉ……ぉぉぉぉっ……!」


 レイピアに、最後の魔石の粒が吸い込まれ――眩い輝きが放たれて、全体の形が思い描いていた姿に変化していく。



 ――レシピ『魔刃のレイピア』合成成功 完成度A

 ――『魔力結晶』の複数使用による能力強化 +10



「っ……な、何か……凄いのができた、ような……」


 なまくらのレイピアだったとは思えないほど、そのレイピアは風格というか、ただならぬ威容を感じさせる姿をしていた。


 まさに魔法剣といった見た目――ぐっと握ると淡い光を帯びる。見た目だけの武器でなければ、これは商品として通用するんじゃないだろうか。


「え、ええと……ロコナさん、これは売り物になるでしょうか?」

「は、はい……」

「ロコナさん……あ、あの……」


 魔力切れを起こしかけたとき、ロコナさんに後ろから支えてもらった――その状態のままなので、彼女は俺の背中に寄り添ったままだ。


「お、俺はもう、大丈夫ですが……」

「はい……大丈夫……あっ、は、はいっ、す、すみませんっ……!」


 謝られることは全くないし、離れていくときに寂しさを覚えたりもする――俺はこんなに本能に正直な人間だっただろうか。


「でも……作ろうとして、本当に作れてしまうなんて。魔石の粒を使ってそんな加工の仕方をするのは、祖父の作り方とは全く違います」

「これが『鍛造』などのスキルで作れるものと同じように実用的なのかは、誰かに使ってもらわないとわからないですね。これをクラウディール工房の製品として売ったときに使えなかったりしたら、評判に関わってきますし」

「『鑑定』をしてもらえば性能はわかりますが、とても需要のあるスキルですので、依頼をしてもかなり長い順番待ちになると思います……ギルドに依頼を出して、冒険者の方に使っていただくという方法もありますね」


 そう――この世界において『鑑定』は一部のクラスしか持たない、貴重なスキルである。


 鑑定を終えるまで時間がかかるので、ロコナさんの言うとおり、一週間に一つの品しか鑑定してもらえないということもザラだ。そのため、俺が持っている頭陀袋の装備も鑑定できておらず、見た目で判断して処分すると決まった。


「まだ、売り物になるかはわからないですが。壊れた武具を再利用することができれば、工房製の武具として売り出すこともできるかもしれないですね」


 ここに来たばかりの時は見えなかった明るい兆しが、思いがけずこんなに早く見えてきた。


 高揚する気持ちを隠せない俺に、ロコナさんも嬉しそうに微笑んでくれる。


「こんなに綺麗なものですから、もし商品にならなくても、私は素敵だと思います」


 もし駄目だったとしても、俺を落胆させないように――ロコナさんはそのためだけに、気遣ってくれているわけじゃない。


 もしこれが駄目でも、俺は必ずロコナさんの助けになれるように、この工房で売り出せるものを作ってみせる。


「私は……タクミさんが一生懸命に、この工房のことを考えてくれて嬉しいです。胸がいっぱいで、言葉にできないくらいで……」

「……ロコナさん」


 この工房に二人きりでいるということを、今さらになって初めて意識する。


 元の世界で恋人がいたりしたわけじゃない。俺が関心を持つような女性は、みんな他の男が放っておかないくらいに魅力的で、気がつけば誰かと付き合っていて――そんなことが三度くらいあったくらいで、自分は一生女性と縁が無いものだと諦めていた。


「あなたは私のことを助けてくれて、お料理の失敗も怒らなくて……この工房でお仕事をしてくれるとも言ってくれました。こんなに沢山のものをもらってしまって、何をしたら返せるのかって、今もずっと考えていて……」


 ロコナさんの瞳が潤んでいる。午後の日差しが木窓の隙間から差し込み、薄暗い加工部屋の中で、彼女の亜麻色の髪に光の波が生まれる。


 彼女がこちらに近づく。俺は何もできないまま、彼女をただ待つことしかできずに――。


 そのとき、カランカラン、とドアベルの音が聞こえてきた。ロコナさんは長い耳を震わせて、その場で小さく飛び上がる。驚いてつい身体が動いてしまったようだ。


「ごめんください、どなたかいらっしゃいますかー?」

「っ……は、はーいっ、少々お待ち下さい、すぐに参ります……っ!」


 ロコナさんは身だしなみを整えたあと、玄関ドアまで来客を出迎えに向かう。俺も今何が起きようとしていたのかと思い返し、照れくささを覚えつつ、どんな人が来たのかと様子を見に行った。


 聞こえてきた声は快活そうな女性のものだった。ロコナさんが扉を開けて入ってきたのは――銀色の髪を持ち、女性用の軽鎧で身を固めた、冒険者としては優美な容姿をした人物だった。





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