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第一話 捨てる勇者パーティあれば拾うエルフあり その1




 ――セイレーンの月 クラウドバークの街 大通り 午後九時過ぎ



 荷物をまとめて宿を出ると、日差しが出ているのに辺りが薄暗く見えた。


 三ヶ月もここで過ごせば、パーティメンバー以外にも顔見知りはいるし、他の勇者候補生のパーティもいる。


 彼や彼女らに見られるのは気が引けて、俺は皮のクロークのフードを深く被った。


 レベルに合った装備をしないと性能が発揮できないので、まだ一般市民の平服と変わらないような装備しか持っていない。


 だが、荷物は多い。布の頭陀ずだ袋を担いで歩いているのだが、中に入っているモノがガチャガチャ音を立ててうるさかった。



『店で処分できなかった装備品でよければ、持っていってもらって大丈夫ですよ』

『そんながらくた、持っていくだけ荷物になると思うけれど……』

『マーケットのはずれにある露店なら、がらくたも買い取ってもらえるって聞いた』



 魔物を倒したあと手に入るものが、全部そのまま使える有用なアイテムということはない。


 壊れた武具は買い取り拒否になることも多く、街のゴミ廃棄場は市民が優先なので、手続きをして料金を払わないと捨てられない。


 貸し倉庫を借りることもできるが、一ヶ月の料金が金貨一枚――おいそれと、当座の軍資金を使ってしまうわけにもいかない。


 どこかで無償で引き取ってもらえたり、二束三文でもいいから値段をつけてもらえないだろうか。


 そんなことを考えつつ、俺はひとまず当座の仕事を探していた。ギルドで薬草採りや木材集めの依頼を受けることもできるが、ゴブリンにすら苦戦するのに魔物の出る森に行くのは自殺行為だ。


 価値がなさそうなものは拾わないというのは、荷物持ちの俺には許されなかった。一見役に立たなさそうなものに魔石がついていたりして、使える装備だったりしたことがあってから、一条さんは見つかったものは全部回収するようにと俺に言ってきたのだ。



『必要がないものかどうかは、鑑定しないとわからないんでしょう? それなら全部必要ね』



 荷物持ちは男の仕事と言わんばかりで、俺も別段文句はなかったのだが、いかにも必要なさそうながらくたまで拾わされるのはさすがにメンタルを削られた。


 中には動物の髑髏などもあったりして、骨ばかり集めさせられたときは呪われそうな気分になったものだ。


(おかげで多少筋力はついたが……レベルが上がらないと、『クラス』に応じた技能が覚えられないんだよな)


 レベルを上げるには経験を積み、『クラス』に応じた条件を満たさないといけない。


 遼樹の場合は『剣』を使い、自分と同じレベルの魔物を倒すこと。


 一条さんは魔物を『調教』すること。


 漆原さんは『魔法』でパーティに貢献することとなっていた。


 自然にレベルが上がるような条件になっているほど勇者向きと言われていて、一人前の冒険者と見なされるレベル13にいちはやく達した遼樹は、クラウドバークの街でもすでに有名人になっていた。


 俺もスキルを使って条件を満たせばいいはずだ。レベルが上がらないクラスだとか、初めから詰んだ状況ではないと思いたい。


 俺のようにレベルが上手く上がらない人間を、この世界では『不能者』という。別の意味に取られかねないが、それ以上に憐れまれる対象というのが問題だ。


 宿屋の女将さんは俺のレベルが上がらないこと、雑用担当であることを知っても優しくしてくれたが、彼女の厚意に甘えても根本的な問題は解決しないし、何より自分が情けなかった。



『あなたって転生する前は、会社にとって必要な人だったの?』

『一条さん、それじゃまるで匠さんが、転生する前から……』



 今更一条さんの言っていたことが頭を過ぎる。その横で涼しげに笑いながら、遼樹は何を言おうとしたのか。


 胸の中に沸き立つものがある。いくら役に立たなくても、俺が会社でどうだったかなんて関係はないことで、彼女に何か言われる筋合いはない。


 しかし、自分でも否定できない部分がある。


 言われるままに仕事をして、必要なら休日を返上して、有給を消化している同僚に文句も言わず、やっと休日を取れると思ったら上司にここだけの頼みだからと仕事の穴埋めをさせられ、その後飲みに付き合わされ、さんざん飲んでいい気分になった上司が言ったことがこれだった。



『深掘、また頼むな。おまえがいてくれてよかったよ』



「――ッ!!」


 何を言われても飲み込んできた。


 会社の中で上手くやっていくには、上の言うことに逆らうべきじゃない。だから煮え立つような怒りを覚えることがあっても、貼り付けたような笑顔でやり過ごしていた。


 そして今も、人目につく往来でいきなり激昂するなんてことはできないと自分を抑えている。


 それはそうだ。いくら鬱憤が溜まっていても、周囲に当たっても仕方がない。


 今俺がするべきは、荒れることじゃない。


 そう自分に言い聞かせると、狭くなっていた視界が広がる感覚があった。


「……必要な人、か」


 雑用でもなく、便利な小間使いでもない。


 どんな形でもいい、もっとまっとうに、どちらが上でも下でもない人間関係を作りたい。


 何にせよ、まずはクラウドバークの市民として無難に生きていくことだ。


 さんざん俺を使い走りにした一条さんを見返したいという気持ちもなくはないが、レベル1の俺がレベル10相手にできることなど、実際問題として何もない。


 遼樹も途中からは完全に俺を見下していたし、俺を切り捨てると決心したらしい時期も一番早かった――それでも三ヶ月待ったのは、雑用がいたほうが便利だからというくらいだろうか。



『あなたは何も貢献していないんだから、それくらいの仕事はちゃんとこなすことね』

『匠さんはよくやってくれてるじゃないか。一条さんは厳しいね』

『厳しい? 私は端的な事実を言っているのよ。それとも、使えないからこんなときくらい役に立ちなさいって言ったほうがいいのかしら?』

『そう思っていても、僕らは今のところパーティなんだ。和を乱すことはすべきじゃない』



 遼樹は公平ではあったが、俺を擁護することはしなかった。いつ俺を外すかと考えていることを『今のところ』という言葉が示しているのに、そのことを考えないようにしていた。


 そして、あのとき何も言わずにいた漆原さんが、俺に対してどう考えているのか。年上として体裁を取り繕うこともできず、ただお荷物である俺への評価なんて、芳しくないのは当然だ。


 だが、このまま侮られたままでいいのか?


 俺がいなくなって良かったと、あの三人がそう思ってそれで終わりでもいいのか?


「お兄さん、往来の真ん中で立ち止まっちゃ駄目ですよ」

「あっ、す、すみません……」


 後ろから中年の女性に声をかけられる。


 怒られてしまったかと思ったが、どうやらそういうではないらしい。


「あまり大きな声じゃ言えないけど、このあたりじゃバルトロ一家って人たちが幅を利かせてて、わざと人にぶつかって因縁をつけるようなことをしてるんです。さっき近くで見たから、気をつけたほうがいいですよ」

「は、はい……気をつけます。わざわざありがとうございます」


 そう――俺が一人で放り出されても即座に絶望したり、途方に暮れたりしないのは、異世界の人々が冷たいばかりではないからだ。


 今の場合、俺のことを街に慣れていない人間だと思って声をかけてくれたのだろう。


 バルトロという名前は聞いたことがあったが、ギルドの仕事を毎日こなしていたため、街の中でいざこざに巻き込まれることはなかった。


(まあ、雑用で街を回ってるときも、危険な目には遭わなかったけどな……運が良かったのか)


 この辺りはクラウドバークの商店街にあたる区域で、パーティで行動しているときも雑用でも足を運んだ。


 食料店、武具の店や薬の店、異世界ならではの魔石屋など、さまざまな店がある。単独行動できる時間も限られていたから、まだ足を踏み入れていない店も多くあった。


 もし、どこかの店で仕事の募集でもしていたらと思い、この辺りにやってきた。


 勇者候補生が職を求めるなんてことは基本的にありえない。四人パーティでギルドに登録し、魔物退治などの仕事で収入を得られるからだ。


 魔物を倒して得たものは、魔物が所持するに至った経緯に関係なく、倒した人が所有権を主張できる。魔石は売却益が大きいので、一つ手に入れるだけでもまとまった資金を得られるのだ。


 最初は『合成師』に向いている仕事についてもギルドで教えてもらおうとしたが、この世界に召喚された人間が与えられる職業は現地の人にとって未知のものが多いらしく、残念ながら俺の職業もその一つだった。


 初めは遼樹たちも俺の職業の特異性に多少は期待してくれていたのだが、レベルを上げる方法がわからない状態が一ヶ月続くと、ほぼ興味を無くしてしまった。


 無関心よりも嫌われるほうがマシとは良く言ったものである。あの一条さんも最初と比べると棘のある発言が減ったが、そもそも俺に話しかけてくること自体がほとんどなくなっていた。


 漆原さんは遼樹や一条さんとは違い、俺に対してもパーティの一員として別け隔てなく接してくれていたが、他の二人に対しても態度があまり変わらなかったので、元からあまり感情を出さないタイプだったのだと思う。


 遼樹が高校三年で、一条さんは二年、漆原さんは一年――そして俺が二十八歳社会人。確かに俺が抜けたほうがバランスはいいのだが、遼樹は天然で女性を口説くようなところがあったので、俺がいなくなった途端に二人に――というのは邪推が過ぎるだろうか。


 考えていても仕方ないので、頭を切り替えようと思った矢先。


 大通りの脇道に入って歩いていた俺は、何か言い争うような声を聞いた。


「今日はどういった御用でしょうか。お借りしたお金は、ちゃんとお返ししたはずです」


 毅然とした女性の声。


 物陰から声の主の姿をうかがうと――帽子を被った若い女性が男性二人と相対していた。


 どうやら女性は『クラウディール工房』というところの人のようで、店の扉の前で何か揉めているようだ。


「前に受け取ったのは元金ってやつだ。金を借りたら利子をつけて返さないとな」

「……そんなこと、前は一言も言っていなかったのに」

「俺たちも人間だ、うっかりしてることだってあるさ。あまりツンツンするなよ、俺たちはこれから上手くやっていこうって話をしに来てるんだぜ? そうだよなあ、兄貴」

「全くだ、弟よ。なあ姉ちゃん、俺たちはバルトロ一家じゃ比較的話の分かるほうなんだぜ。条件次第じゃ、利子をチャラにしてやらなくもない」

「あなたたちが不当な取り立てをしていることを、街の守備隊に訴えます」


 出された条件に全く乗らず、女性はそう言い切る。玲瓏な美貌を持つ彼女が放つ毅然とした言葉に、男たちも気圧されたかに見えた――しかし。


「こいつは正当な証文さ。これを役人に見せれば、咎められるのはロコナさん、あんたの方だぜ?」

「……こんな……このサインの筆跡は、祖父のものじゃ……!」


 男に証文を見せられた女性が青ざめる。


 それを見て笑っていた男二人は、急に豹変し――女性の腕を取って強引に引っ張った。


「いやっ……!」


(っ……あいつら……!)


 取られた手を振り払おうとした拍子に、女性の被っていた帽子が外れ路地を転がる。


 亜麻色の長い髪が広がる――そして、耳の辺りまで隠す帽子で分からなかったが、女性の耳は長く、尖っていた。


「あんた、自分の価値をもうちょっと理解しておくべきだったな。ロコナ・クラウディールさんよ」

「この国じゃエルフは希少種族だ。まして、あんたみたいな両親ともにエルフとなるとそうそうお目にかかれねえ。それも若い女となるとな」

「……卑怯者……初めから、お金を返してもこうするつもりで……っ!」

「おっと、スキルは使うなよ。もしあんたが暴れれば、このへんで贔屓にしてる店の連中が困ったことになるだろうなあ……なあ、弟よ」

「なあ兄貴、そろそろ黙らせといたほうがいいんじゃねえか? この街の守備兵なんて腑抜けた連中だから、こんなとこまで律儀に見回らねえだろうけどよ」

「おう、そうだな。適当に喋れないようにしとけ」

「こんなこと、絶対に……大精霊様は、お許しにならないっ……んっ、んんーっ……!」


 エルフの女性は弟分らしい男に背後に回られ、布か何かで口を塞がれてしまう。


 このまま連れ去られてしまったら、彼女が何をされるか分かったものじゃない。


 だが、レベル1の俺がどうにかできるような相手ではない。


 パーティを追放されたばかりで袋叩きにされ、重傷を負って――所持金も奪われるだろうし、そうなったら悲惨どころでは済まない。


 頭の中に、二人の俺がいる。


 一人は関わっても何もできないと言う。


 もう一人は、見過ごしたら必ず後悔する、何でもいいから行動を起こせと叫んでいる。


 このまま隠れていれば、見なかったふりをすれば、危険な目には遭わない――だが。



『そして願わくば、あなたが勇者になられることを願っております』



 俺をこの世界に送り込んだ彼女――マグダレーナはそう言った。


 今の俺は勇者候補から脱落した、いわば落第生だ。勇者にはとてもなれそうにないし、魔王の軍勢と戦って世界を救うことなんて夢のまた夢だ。


 だが、目の前で困っている人を助けようとするくらいはできる。確実に助けられるなんて保証がなくても、これ以上、俺は俺自身に対して失望したくはない。


「――ッ!!」


 俺は持っていたガラクタの詰まった頭陀袋を担ぎ上げ、チンピラたちから見えない位置で盛大にぶち撒けた。金属の棒や武具のパーツがバラ撒かれ、盛大な音がする。


「うわっ……な、なんだ、誰か来やがったのか!?」

「こ、こら、てめえっ……クソ、鍵をかけやがった!」


(お、思ったより音がでかい……だが、怯んでる場合じゃない!)


 音で気を引いたスキに、エルフの女性は男の手から逃れて、工房の中に滑り込んだ。


 これで二人が立ち去ってくれれば良いが、そう上手くはいかない。男たちは工房のドアを壊しかねない勢いで強引に開けようとしている。


(上手くいくかどうか分からないが、やるしかない……!)


 ぶち撒けたガラクタ武具の中には、片一方しかないガントレット、研がないと使えない守備兵の剣があった。


 俺はそれらを拾い上げるが、これらだけでは足りない――だが、考えてみれば、俺のスキルで利用できる『材料』は、周りを見れば幾らでもあった。


(この辺り一帯は、建物の壁が『土』でできてる……それなら……!)


 土壁に手を当て、俺が持つ唯一のスキルを発動する――『形成モデリング』を。



 ――スキル『形成』を発動 制作物:『守備兵の腕』

 ――使用素材1「土壁」

 ――使用素材2「穴の空いたブロンズ・ガントレット」

 ――使用素材3「なまくらのスティール・ソード」



 俺は『クラス試し』のとき、目の前のウッドゴーレムを見ながら、地面の土を利用してミニチュアのゴーレムを作った。


 今はそうではなく、頭の中でイメージを膨らませ、『守備兵の無骨な腕』を想像した。土壁を材料にして作られた腕は持っていたガントレットをイメージ通りに装着し、剣を握る――動かなくてもいい、『影』さえできてくれれば。


 俺は飛び出していき、あたかも後ろから守備兵が駆けつけているかのように演技をしてこう叫んだ。


「――こっちです、人が無理やり連れていかれそうになってます!」


 心臓が破裂しそうな思いだった――思った通りの方向に影が伸びる時間でなければ、俺の作戦は成り立ちすらしなかっただろう。


「くそっ……いつも仕事しやがらねえくせに、こんな時に……っ!」

「兄貴、向こうから抜けられるぜ! ロコナさんよ、近いうちにまた来るからな!」


 男たち二人が逃げていく。俺が轟音を立てたからか、本当に後から人が集まってきた――その喧噪も、男たちを遠ざけるために一役買ってくれた。


「お、おい……兄ちゃん、大丈夫だったか?」

「うわ、ひでえな……チンピラどもが、ガラクタを捨てていきやがったのか」

「あ、いえ……ここは俺が片付けておきます。心配してくれてありがとうございます」


 近くの店の人らしい男性二人が声をかけてくれるが、この武具が散乱した状況を俺自身が作ったとは思わず、気遣ってくれる。


「この街も、『勇者候補生』なんて人たちがいてくれてるわりには治安が悪くなる一方だ。兄ちゃんも気をつけな」

「ん……でも、あんた、どこかで……」


 俺もその『勇者候補生』の一人だと、容姿を見れば分かる人もいるだろう。召喚された人間と、現地の人ではやはり雰囲気というか、そういうものが違うらしい。


「……いや、何でもない。大変だと思うが、頑張れよ」


 気遣うようなことを言い、男性は俺の肩にポンと手を置くと、二人して立ち去る。


 俺が遼樹たちと一緒にいたこと、『勇者候補生』の一員ということに気がついたのだろう。


 それが過去形だということも、この状況を見れば伝わるだろうか。何となく、深く追及するべきではないと思われただけか。


 いずれにせよ、最悪の事態にはならずに済んだ――のだろうか。男たちの捨て台詞を見る限り、この場だけ凌いだだけだが、それでも。


「……はぁ~……」


 遅れて安堵がやってきて、その場にへたり込む。


 もし借金取りらしき男たちが立ち去っていなかったら、今頃どうなっていただろう。


 戦闘向けのクラスを与えられていたら、自分の身を守り、戦ってエルフの女性を助けることもできた。しかしそれなら、そもそも追放されていないわけで。


「……まあ、なるようにしかならないよな」


 独り言に返事をしてくれる相手もいないような状態は、早いうちに脱したいものではある。


 俺は身体を起こすと、散らばっていた武具の回収を始める。いくつかパーツが転がって、武器工房の入り口近くにまで移動していた。


 土壁から生えた腕は、もう一度『形成』を使って元に戻せるだろうか。周りの土を集めて『守備兵の腕』を作ったので、壁が薄くならないように戻しておかないといけない。


「すみません、材料を貸してもらいました。元に戻させてもらいます」



 ――スキル『形成』を解除

 ――制作物『守備兵の腕』を解体

 ――魔力低下による行動制限



「っ……!」


 土壁から生えていた腕が、元の状態に戻る――さすがにそんなことを起こすには、相当な魔力を消費するだろうということを失念していた。今まで俺は『スキルの解除』を試したことが無かったのだ。


 自分のスキルについて、試せる限りのことは試しておくべきだった。そんな後悔も後の祭りで、俺は魔力切れらしき状態に陥り、近くの壁に寄りかかる。



 ――スキル使用経験を獲得 レベルが2に上昇

 ――スキル「合成」を獲得



(レベルが、上がった……三ヶ月間、全く上がらなかったのに)


 喜ぶべきことなのだろうが、意識が朦朧としてそれどころではない。


 魔力は空気中に含まれているもので、呼吸をしているだけでも時間をかければ微量ずつ回復する。何とかまともに動けるまで、やり過ごすしかない。



「……あ、あの。もし……」



 まともに立っていられないほどの目眩を覚えて、俺は誰かが近づいてきたことにも気づかなかった。


 金色の髪を持つ、エルフの女性。俺の意識が朦朧としているからではなく、近くで見ると、妖精のように可憐な容姿をしている。


「……あっ、す、すみません。ちょっと目眩がしただけで、すぐ動けるようになりますから」


 思わず見とれてしまっていたなんて悟られるわけにいかず、取り繕うようなことを言う。


「い、いえ……さっきのこと、見ていました。あなたが助けてくださったのですね」

「助けた……というか……」


 確かにそうなのだが、恩を着せるようなことはしたくないので、『助ける』という表現には語弊があると思った。我ながら、細かいことを気にしすぎだとは思うが。


「あの時は、自然にああしたいと思ったので……それより、俺こそすみません。守備兵を呼んだっていうのは、あなたを連れて行こうとした連中を追い払うための嘘だったので……」


 戸締まりをして、工房の中にいた方がいい。それとも、本当に守備兵に通報すべきか。


 エルフの女性は表情を陰らせ、首を振る。そして、男たちが逃げていった方向を見ながら言った。


「あの人たちは、祖父の知人にお金を貸していました。祖父は連帯責任者となっていて、私にも返す義務があります。お役人の方に知らせても、私が実際に連れていかれるところを見ない限りは、守備兵の方に助けていただくことはできません」


 転生する前、友人が借金の連帯保証人を頼まれて悩んでいたことを思い出す。


 保証人になっても、借金をした本人が返済さえすればいいのだが――そうは言っても、なかなか性善説では考えられないものだ。返済の意志があっても、事情があって返せないということも往々にしてあるだろう。


「その……あなたのお祖父さんや、他のご家族は……」

「祖父は三ヶ月前に亡くなりました。家族は……父と母、姉がいますが、今は王都の城下町で暮らしています。父と母は王様の耳に届くほどの職人ですから」


 エルフは長命な種族なので、容姿から想像できる年齢より長く生きていることが珍しくないというが、それでも彼女一人で工房に残っているという状況は、やはり訳ありではないかと思う。


 次に何を言っていいのかと迷ううちに、エルフの女性は散らばっていたガラクタを集め始めた。頭陀袋に入れてもらうように頼み、俺も片付けをする。


 あくまでも俺は通りがかりで、これ以上関わるべきじゃない。俺は彼女の借金を代わりに返すこともできないし、さっきのごろつき二人を何とかしてやれるほどの強さもない。


 何もできないなら、詮索するべきじゃない。


 しかし――何もできなかったと、時折思い出しながら生きるよりは。余計なお世話と言われても、もう少し話を聞きたい。


「これで全部でしょうか。足りないものはありませんか?」


「は、はい、お手数をおかけしました」


 片付けを終えて、礼を言って。それで、別れる――頭の中で色々考えても、結局行動に移すことはできない。


 それでは会社にいた頃の俺と、何も変わっていない。同じであり続ける理由はないのに。


「……私は、ロコナ・クラウディールと言います」

「……えっ……あ、ああっ、ええと、俺はタクミ・フカボリです。申し遅れました」


 すっかり名乗ることも忘れていたのは、俺が彼女――ロコナさんと話すことに少なからず緊張していたからだった。


 間近で見ると、本当に息を飲むような美貌を持っている。亜麻色の髪に、瑠璃のような碧の瞳。肌は透き通るように白く、町娘のような素朴な服装ながらも、片耳につけたイヤリングが女性らしさを際立たせている。


「……前にも、あなたが大きな袋を持って町を歩いているところを見ました。冒険者の方が、必要のないものを手に入れて売りに来たのかと……今回は、前よりも荷物が多いみたいですね」


 パーティの雑用をしているところを、ロコナさんに見られていた。ありえる話ではあるが、これまで一度も町で見かけたことがなかったので、そんなこともあるのかと驚くしかない。


「その……今日は、実を言うと仕事を探しに来たんです。もともといたパーティでは、あまり役に立つことができなくて」

「まあ……タクミさんは、『勇者召喚』というものでこちらの世界にいらっしゃったのではないのですか?」


 やはり「召喚された人間」は、それなりに目立つし、見れば分かるくらいではある。


 勇者召喚でこの世界に来た俺がパーティを外れた。それだけでも、役立たず認定を受けてもおかしくない――あまり失望させるようなことはしたくないが、


「……勇者候補の方にも、色々と事情があるのですね。詮索するようなことをしてごめんなさい」


 ロコナさんはそう言って頭を下げてくれる。そんな必要はどこにもないのに。


 俺は自信というものを完全に無くしてしまっていて、悪い方向ばかりに考えが向いてしまう。


 しばらくはこんな状況を、変えたくても変えられない。そう思っていたのに。


「今は大変なときかもしれませんが、きっと、頑張っていれば良いことがあります」


 ――励ましの言葉。落ち込んでいる俺に気を遣っているだけじゃなくて、自然に背中を押してくれるような声。


 パーティを外れるときにも優しい言葉をかけてもらいたかったとか、そんな泣き言は考えたくもないが――俺の本心は。


「そ、そんなこと……私から、偉そうに言えることではないと分かっています。でも、私のことを助けてくれたあなたが、落ち込んでいるのは、いけないと思って……っ」


 何も言えないでいる俺を見て、ロコナさんはさらに励ましてくれる。


 俺をパーティから外した三人を見返したいとか、なぜ望んでもない召喚をされて、俺がこんな目に遭うのかとか――そういった負の考えが、別のものに変わっていく。


「そう……ですね。ヘコんでる場合じゃなかったですね」

「へこむ? それは、落ち込むということですか?」

「はい、正直を言うと、色々あって挫折感みたいなのを味わっていたところで……でも、まだ何も諦めたりする必要はないと思いまして」

「そうだったんですね……良かった。少しでも元気が出たみたいで」


 そう言って微笑むロコナさんを見ていると、自分でも驚くような考えが浮かぶ。


 この人のために何かできないだろうか。


 美人に弱いと言われたらそれまでだが、久しぶりに前向きな気持ちになれたのは、間違いなくこの人のおかげだ。


「あの、これからタクミさんは……あら?」


 話の途中で腹の虫が鳴る。よりにもよってなタイミングで、顔が火を噴く思いだった。


「す、すみません。朝はあまり食べてなくて、昼もどうしようかと考えてたところで……」

「そう……だったんですか?」


 きょとんとした顔で俺を見るロコナさん。見た感じは俺より結構年下に見えるが、物腰は淑やかで、優しいお姉さんという雰囲気がある。そんな彼女に小首を傾げさせてしまっている俺は、いい歳をして何をやっているのだろう。


「じゃ、じゃあ俺、その辺りで昼食を……」

「あ、あのっ……私、お料理はそれほど得意ではないんですが、ちょうどお昼の準備をしようとしていたところなんです。その途中で、あの人たちが来て……」

「そ、それは災難でしたね……」


 じゃあ俺はこれで、とは言いにくくなる。どちらかといえば、まだロコナさんと話したいと思っているわけだから――だが、初対面で食事をお世話になるというのはいいんだろうか。


「…………」


 ロコナさんは黙ってしまう。それはそうだ、女性から誘ってもらうのを待っているだけなんて受け身ではいけない。


「……そ、その……もし、お邪魔しても大丈夫でしたら……」

「っ……は、はい。ぜひ……」

「ロコナちゃん、さっきから家の方から焦げてるような匂いがしてるけど大丈夫?」


 工房の隣に住んでいるらしい女性が出てきて、声をかけてくる――ロコナさんは最初何を言われているのか分からないようだったが、遅れて口に手を当てて目を見開く。


「大変……っ、お鍋がずっと火にかけたまま……!」

「す、すぐに何とかしましょう!」



 慌ててロコナさんと一緒に工房に入ると、台所で火にかけられていた鍋が焦げ付いていたが、幸いにも火事が起きたりという大事にはならなかった。





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