プロローグ・3
異世界に召喚され、王都から馬車でこの街に送られてから、俺たち――いや、遼樹をリーダーとするこのパーティは、この街の冒険者ギルドで実績を上げ、『冒険者10級』から、中級冒険者の仲間入りとされる『7級』まで上がっていた。
その『7級』に昇格するために、ギルドから請け負った仕事が『小鬼の洞穴』という、ゴブリンの巣の壊滅だった。
俺たちはそれを苦もなく成し遂げた――いや。
ありのままの事実としては『俺以外が』と言うべきだろう。
俺は戦闘には参加したが、貢献はできていない。
危惧していた通り、『クラス試し』によって判明した『合成師』の能力は、全く戦闘に向いていないものだったのだ。
一人ずつのクラスについて端的に説明すると、以下のようになる。
久瀬遼樹、クラスは『ソードマスター』。主なスキルは『剣技【達人】』。文字通り、剣を装備することで無類の強さを発揮する。
実に勇者候補生らしく、彼だけが最初からレベル3でスタートしたということもあって、有力な候補として注目されていた。街では彼のことをすでに勇者と呼ぶ者もいるほどだ。
一条世里奈、クラスは『テイマー』。主なスキルは『調教』。魔物を屈服させて従わせたりできる彼女は、さらにレベルが上がって『チャームボイス』を習得し、魔物以外でも魅了できるようになった。
漆原藍乃、クラスは『賢者』。主なスキルは『全魔法』。その名の通り、あらゆる種類の魔法を習得できる素養を持ち、レベルが上がるごとに新たな魔法を習得して、攻撃・回復・補助の全てにおいて活躍している。
そして俺はといえば――『合成師』。どうやら『生産系』らしく、その名前の通り『合成』に関わることができるらしいのだが、レベル1で使える初期スキルは『形成』一つだけだった。
この世界では、スキルを使ったときにその名称が脳裏に浮かぶ。それで『形成』なのだと分かったのだが、最初はどういったスキルなのか全くわからなかった。
騎士団が訓練用に使っている、攻撃をしてこない『ウッドゴーレム』という魔物でスキルを試すこと、それが『クラス試し』なのだが、遼樹は剣を振るってゴーレムの腕をスパッと斬り裂き、一条さんは鞭を振るってウッドゴーレムを調教してしまい、漆原さんは炎と風の魔法を組み合わせて攻撃した。
俺はというと、『形成』のスキルを使いたいと念じることで発動させることはできたのだが――それを見たときの、他の三人の反応は芳しくないものだった。
『形成』の効果は、地面の土でウッドゴーレムを模した人形を作るというだけだった。それも、三十センチほどの高さしかないものを。
ウッドゴーレムは俺の作った人形をあっさり踏み潰した。
ウッドゴーレムのコピーとして作られた人形なので、攻撃するとダメージが跳ね返るとかそういう能力があったら良かったのだが、何も無かった。
――そう、何も無かったならまだ良かったのだ。
ウッドゴーレムはある程度ダメージを与えると動かなくなった。それで『クラス試し』は終わったのだが、一条さんは俺にこう言った。
『もう一度スキルを使ってみてくれる? 何か特殊な効果があるかもしれないし』
それは「本当にあれで終わりなのか」というニュアンスだった。
俺はすでに、自分の立場が危ういことを感じ取っていた――他の三人は、勇者候補生として目に見えて優秀なクラスで、持っているスキルも分かりやすく強力だったからだ。
『分かった、もう一度やってみよう』
その時まで、まだ俺は年長者として落ち着いた振る舞いをしようとしていた。
三人が見守る中で、俺はもう一度スキルを発動させた――すると。
ウッドゴーレムのミニチュアを作ったときと同じように、一条さんを模した非常に精巧な泥人形が『形成』された。
遼樹は爽やかに笑いながら『これを壊さないように売れたら資金集めにいいかもしれないですね』と言った――するとなぜか、一条さんは自分の身体を抱くようにしながら俺を見た。俺は邪念など一切なかったのに、濡れ衣にも程がある。
『あなたのスキル、女性の近くで使わないようにね。つまり、私たちと一緒に行動しているうちは使うなということよ』
『い、いや、俺はこのスキルを悪用するつもりは……』
『これから戦う必要が出てきたとき、あなたのスキルが何かの役に立つの? 大道芸なんかには使えるかもしれないけど、こんな小さな人形じゃ役に立たないわ……あなた、いったいどういう仕事をしてたの? それがあなたのクラスに関係あるんじゃないの?』
一条さんに問い詰められ、俺はゲーム会社でキャラクターモデリングなどの仕事をしていたことを明かした。
その技術が『形成』に生かされたというのは俺自身としては納得がいかなくもない。ないのだが――いかんせん、戦闘に向いた技ではないのはまずかった。これから魔物と戦わされるらしいのに、ミニチュアを作っても意味がない。
そして俺は戦闘にもろくに貢献できず、経験を積むことができなかった。
パーティ全員に均等に経験が入るなんて都合のいいことはなく、活躍しなければ経験は積めない。ミニチュアを幾つも作ってみたが、それだけでレベルは上がらなかった。
結果として、二ヶ月目からは完全に荷物持ち兼雑用係となり、収穫として得られたものを店に売りに行ったり、食事をする店を予約したり、朝が弱い一条さんと漆原さんの機嫌を害さないように起こしたりする役割を――駄目だ、高校二年と一年の女子にパシリにされている大人なんて情けなさすぎる。
俺は三ヶ月経ってもレベル1のままだった。
◆ ◇ ◆
――集団召喚から三ヶ月後 クラウドバークの街 冒険者の宿『森の夜明け亭』
遼樹がレベル13、一条さんと漆原さんがレベル10になり、冒険者等級が『7級』まで上がった翌朝のこと。
俺は朝食のあとに宿の談話室に呼び出され、待っていた三人を代表するかのように、遼樹が話を切り出した。
「匠さん、僕たちは充分待ちました。けれどこれ以上一緒にいると、あなたを危険に巻き込むことになる」
――まさか会社をクビになるときのような思いを、異世界に来てから味わうことになるとは思わなかった。それも、クビを宣告する人事部の役は年下の男子高校生という、コントでも見ないような状況だ。
真面目に勤務していればいきなり切られたりしないような会社に居ただけ、良かったのかもしれない。ブラックめな会社では、働きさえすれば人材を選ばなかったのかもしれないが。
しかしここは、与えられた雑用をこなしているだけで居場所を与えられる世界じゃない。
「深掘、あなたは勇者を目指すより、他の平穏な生き方を見つけた方がいいと思うわ。あなたのクラスはやっぱり戦いには向いていなかったのよ」
俺が『使えない』と判断したあたりから、一条さんは俺のことを呼び捨てにするようになった。それ自体は別に構わないが、俺が敬称を使うのに向こうが呼び捨てでは、完全に関係性のバランスは崩れ、優位はあちら側にある。
「……もう少し、待ちたかった。でも、もう……連れていくだけで、危ないから」
漆原さんは言葉通り、根気強く見てくれていたと思う。
だが、俺の技能は戦闘に貢献できず、最初の資金で購入したウッドメイス――つまり削った木の棒――も、『棒術』なんかのスキルがなければほとんど役に立たなかった。
三人の装備は『必要だから』と適宜更新されている。
俺は最低限の布の服とウッドメイスだけ――まるで村人が勇者の一行に紛れてるみたいな状態だった。
「僕たちはこれから、本格的に勇者と認定されるように功績を上げるつもりです。そのためには……パーティのメンバーを、同じくらいのレベルで統一することが必要になってきます」
おわかりですね? という顔で遼樹が言う。
彼は誰よりもパーティで貢献してきたし、先導もしている。
リーダーとしての振る舞いは板についているし、誰も遼樹がリーダーだと疑わない。
気が強く、他人を支配するような能力を持つ一条さんでもだ。
しかし俺が雑用を続ける限りレベル1のままである目算が高いことを知っていて、それを当然のことのように考えていたフシがある。
弱い者、役に立たない者は利用していいし、捨ててもいい。
だが、実際に切り捨てられる側に立って、何も言わずに受け入れるわけにもいかない。
ここで必死にならなければ、俺は路頭に迷う――例え寄生と言われようが、この三人と一緒にやっていければ、勇者候補として失格の烙印を押されずに済む。
召喚した人間が優秀ではなかった。要らなかった――そう思われた時に芳しくないことが起きるのは想像に難くない。
ならば無理を承知で、縋りつくしかない。
「え、ええと。俺はこれまでパーティのサポートをやってると思ってたんだが、その仕事ももう必要ないっていうことなのか」
「ええ、僕らもギルドの仕事などで十分な収入を得られるようになりましたから。匠さんには今まで、本当にお世話になりました」
「今まで、深掘には手に入れた素材や使えない装備を売ってきてもらっていたけれど……その役割は、あなたでなくてもできるものね。今まで雑用のようなことをさせてきてごめんなさい。あなたも勇者候補生であることに変わりはないのに」
「い、いや……それは……」
何の役にも立てない俺は、雑用をするしか居場所を作る方法がなかった。
俺は悪くない、悪いのはこんなクラスを与えられた運の悪さだ――なんて、とても口に出せないほど情けない言い訳だ。
しかし、レベル1では他のパーティに入れてもらうことなどできないし、基本的に四人組の勇者候補生で、俺のことを必要としていて、欠員が出ているパーティなんて見つかりそうにない。
「こ、これから、何とか自分のスキルを活かす方法を探してみる。レベルを上げる方法が見つかったら、俺だって……そうだ、ウッドメイスで敵を倒してみるっていう手だって……」
「僕たちがサポートをして魔物を弱らせて、匠さんにトドメを刺してもらうこともしましたが、それでもレベルは上がりませんでした。これまで言いづらかったんですが、あなたのクラスは……」
俺自身、薄々と分かっていたことではあった。
三人はレベルが上がるほどに強くなっていき、倒せる魔物も目に見えて増えた。
なのに俺は、今でもゴブリンと戦うことさえ命がけになる。
奴らが意外とすばしっこく、殺意も高くて手強いなんていうのは言い訳にならない。一条さんと漆原さんでも、レベル1のときから自分一人で倒すことができていたのだから。
「深掘がこれからどうやっていくのか、私たちもちゃんと考えていたのよ。だから心配しないで」
俺の居ない場所で、三人でそんな相談をしていたのか。
無理もない、俺を外したほうがこのパーティは上手くいく――そんなことは俺も分かってる。
「その相談をする前に、俺に言ってくれれば、もっと違うことを考えられた。俺を外す前提で考えていたなら、雑用を続けさせたのは何だったんだ? 考える時間があれば、俺も別のことで貢献することを考えた。もっと必死に……」
「それで、匠さんが確実に成果を出せると思いますか? 可能性は低いと思いますよ」
どうやってレベルが上がるのか。
なぜ俺にだけ特殊な条件が課されているのか。
それとも、簡単な見落としをしているだけなのか。
なぜ俺だけがこんなに理不尽な目に遭うのか――考えは、いつもそこに行き着き、暗い感情から目を背けて今日まで来た。
「匠さんとは、この三ヶ月の間パーティとしてやってきました。アレクトラ副騎士団長から決められたこととはいえ、僕はあなたに感謝しています」
それは雑用を担当したこと、このパーティに残留するために粘ろうとしないこと――その両方に向けての感謝だろう。
遼樹は勇者らしく、いつも公正であろうとする。
これまでもギルドで受けた仕事の報酬などは四等分にしようと提案していたが、俺が辞退していた。貢献しないのに分け前を受けとっていたら、もっとパーティを外されるのは早かったかもしれない。
「パーティメンバーは、必ずしもずっと固定というわけじゃない。メンバーの変動はよくあることだそうです……ですから、勇者候補生だからといって、匠さんがこの街の住人としてやっていくのはそれほど不自然なことじゃありません」
「これも三人で話し合ったのだけど……当面生活していくための資金をあなたに渡すわ。これまで受け取らなかった報酬の分配分についても、あなたが希望するなら……」
一条さんは俺が無能であると判断してからは冷たい態度を取っていたが、こんな時だけ温情を見せる。それが俺を惨めにさせるとは分からないだろうが、あえて言うこともない。
遼樹と同じように、一条さんにも元の世界に帰りたいという意志がある。
勇者として魔王を倒せば、その方法が分かるかもしれないという考えがあるのだ。
その絶対的な目的のために、俺は必要ない。
俺も望んでこのクラスを選んだわけじゃない。
それでもクラスが人間の価値を決めるこの世界では、俺の価値は限りなく低く、勇者候補生としては皆無と言っていい。
――それなら俺がするべきことは、恨み言を言うことじゃない。
追放を勧められても、最後に出ていくことを選んだのは俺自身だった。それがただの虚勢であっても、そういう形をつけておきたい。
「三人にも、これから大きい額の金が必要になることはあるだろう。俺がいくらか受け取るのも申し訳ない……だから、これは受け取れない」
「僕たちが、匠さんのスキルを活かす方法を見つけられていたらという思いはあります。申し訳ないと言うべきは、僕らの方です……だから、これは受け取ってください」
ここで文無しで出ていったほうが、彼らは気に病むだろう。だから、どうしてもと言われた段階で受け取る。
ちっぽけなプライドだと分かっているが、金で簡単に割り切れたとは思ってもらいたくない。
「遼樹は謝らなくていい。一条さんの言う通り、誰にも責任はないよ」
縋り付くという考えを捨てると、妙にすっきりとしていた。
初めから、俺たちには縁がなかったのだ。騎士団から勝手に組む相手を決められたのだから、合わなければ抜けることになる。
何も珍しいことじゃない、よくある話だ。
だから、必要以上に辛いと思うこともない。
「俺は俺で、なんとかやってみるよ。みんなも頑張ってくれ」
「はい。明日から、別の宿を取りましょう」
「いや、今日出ていくよ。今はまだ日が高いから、他の宿も見つけられるだろう」
「そうですか……分かりました。どうかお元気で、匠さん」
「深掘……さん。短い間だったけど、ありがとう。身体には気をつけなさい」
「…………」
漆原さんの言葉はよく聞こえなかった。彼女は俯いていて、前髪で顔が隠れて表情も見えない――しかし、他の二人みたいに微笑んでいないのは分かる。
できるならそんな思いはさせたくなかった。
同じときに召喚されたというだけの縁でも、俺も彼らに認められて、パーティとして上手くやっていく。そうできていれば、こんな思いはしなくて済んだ。
――俺が抜けたあと、彼らはより勢いを増して、勇者候補として駆け上がっていくのだろうか。
俺が席を立つと、遼樹もそれに倣って、俺に右手を差し出してきた。
俺はそれを握り返した。最後くらいは大人らしくあろうと、わだかまりを忘れて。
その日俺は、レベル1のまま、所属していたパーティを抜けた。
渡された布袋に入っていたのは、金貨五十枚――宿代を含めても、三ヶ月は暮らしていけるだけの額だった。