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プロローグ・2



 目を開けると、辺りに色が戻っていた。


 どこを向いても真っ暗闇だったあの空間は、異世界に行くまでの通過点のようなものだったらしい。


「おお、参られましたか。100番目の勇者候補生どの」

「おお……この方が百人目の……」

「今までに召喚された方にも、同じような服装の方がいらっしゃいましたな……」


(同じような……俺と同じスーツってことか? サラリーマンを複数召喚して、勇者をやらせようなんて効率がいいと思えないが……)


 考えながら、俺は周囲に視線をめぐらせる。


 壁も床も石造りの建物の一室。足元に召喚陣と同じような模様が描かれていて、部屋の中には数人の、中世を思わせる服装をした人物が立っていた。


 そのうちの一人、灰色がかった金髪の好青年然とした男性が声をかけてきている。


 目鼻立ちはくっきりとしていて、俺の知っている欧米人と印象が近いが、彫りがそこまで深かったりはしない。


 喋っているのは異世界の言語らしいが、なぜか意味がわかる。自動的に翻訳されているとしたら、どういった原理なのか――。


「転移したばかりで戸惑っていらっしゃるかと思いますが、私達は敵ではありません。どうかご安心を」

「あ、いや……すみません、少し考えごとをしてました」


 とりあえず名前を名乗るべきだ。名前が先で、姓を後にして名乗るべきなのだろうか。


 転移する時に頭の中に流れてきた情報では、『タクミ・フカボリ』と表記されていた。とりあえず名前が先で名乗ってみて、間違えていたら修正すればいい。


「ええと、初めまして。俺はタクミ・フカボリです」

「フカボリ様ですね、かしこまりました。そのお名前の響きからすると、同じ国の出身者の方が他にもいらっしゃいます。パーティを組むときに配慮されるでしょう」

「パーティ……全員が競争相手ってことじゃないんですね」

「ええ、勿論です。百名の勇者候補の方々には、それぞれ四名ずつでパーティを組み、候補生としての適性を示していただければと思っています」


 俺の他に、三人の仲間がいる。


 そう考えると安心もする反面、また違う危惧が浮上してくる。


 その三人と上手くやれればいいが、そうできなかった時はどうなるのか。


 パーティの組み直しというわけにもいかないだろうから、なるべく関係を良好にする努力をしなければいけない。


「ではフカボリ様、こちらにどうぞ。今回の召喚においては、副騎士団長のアレクトラ殿が候補生の方に指針を説明しております」

「あ、いや……その前に聞いてもいいですか。ここは一体どこなんですか?」

「これは失礼いたしました。ここはラ・ティアレ王国騎士団の訓練場です。あちらに広場がありますので、まずそちらにおいでください」


 王国騎士団――そう言われて、ここが異世界であるという実感がさらに強くなる。


 先に召喚された人々を待たせるわけにもいかない。


 候補生が百人もいれば、さぞ賑やかだろう。


 それとも、召喚されたことによる緊張で、みんな静粛にしているのだろうか。


 結果から言えば、その想像のどちらも外れだった。


 通路をしばらく歩き、たどり着いた広い空間には、十数人が残っているだけだった。


(コロッセオみたいな場所だな……おお、馬がいる。騎乗訓練とかに使う場所なんじゃないのか、ここ)


 馬上にいる十数名の騎士たちは、どうやら勇者候補生たちを見張っているようだった。


 物々しい武装を見る限り、かなり厳重に警戒しているようだ。


 もろに監視されていると自覚しつつ、俺と同様に場違いな服装をした人たちがいるところに近づく。


 どうやら、一パーティずつ支度金を渡されて出発しているらしい。


「あの人がそうなの?」

「おそらく。同じくらいの年齢かと思ったけど、そこはランダムなのかな」

「…………」


 制服を着た姿からして、高校生くらいだろうか?


 金色の髪が目立つ気が強そうな少女と、涼しげな顔をした茶髪の少年と、何も言わずにこちらを見ている、クールな雰囲気の少女がいる。


 三人は俺の方を見ているが、直接話しかけては来ないで、遠巻きにしているだけだ。


 他のパーティに声掛けをして送り出しているのは、只者ではないという雰囲気の、長い赤髪を持つ女性騎士だった。彼女がアレクトラという人だろうか。


 彼女のほうから俺に近づいてきて、手を差し出してくる。小手をつけていない手を握り返すと、思ったよりも華奢な手をしている――しかし、握る手は力強い。


「は、初めまして……」

「あなた様が百人目の勇者候補生どのですね。私はラ・ティアレ騎士団の副団長を務めております、アレクトラ・ローエングリンと申します。早速ご紹介させていただきます、こちらがあなたの仲間となる方々です」


 武装した姿には迫力があるのだが、この女性騎士もかなりの美人で、笑顔で話しかけられて安堵する。


 こんなところにいきなり連れてこられて誰も信用できない、とまでは言うつもりはないのだが、裏表のない笑顔に見えて好感が持てた。


 しかし――もしかして、この三人が仲間なのかとかと思ってはいたが、制服姿の学生三人とくたびれたサラリーマンでは、見るからにアンバランスに思える。


「ようやく来てくれましたね。最後の一人は召喚に失敗でもしたんじゃないかと思って、心配していたんですよ」


 三人を代表するように、爽やかイケメン男子が話しかけてくる。


 運動系の部活に入っているのかそこそこ日焼けしており、ハーフか何かなのかと思わせる顔立ちをしている。


 さぞ充実した学生生活を送っていたのだろう、異世界に来て軽やかに振る舞う余裕はちょっと羨ましいものがある。


 学校にいるときに召喚されたのか、脱いだブレザーを手に持ち、白シャツにチェックのズボンという姿だ。革靴は異世界歩きには向いてなさそうだが、俺も人のことは言えない。


「僕は久瀬遼樹くぜりょうきと言います。最初の仲間とはできるだけ長く一緒にやっていきたいと思っているので、よろしく」

「あ、ああ……よろしく。俺は深……」

「私は一条世里奈いちじょうせりな、本当ならあなたみたいな人とパーティを組むなんてありえないけれど、成り行き上仕方がないわね。使えそうなら使ってあげるわ」


 ろくに名乗らないうちに話に割り込まれる。それどころか、いきなり下僕みたいな扱いをされてしまった。


「……何を黙ってるの? 返事くらいしたら?」

「い、いや……ちょっと驚いただけだよ」

「異世界に来たばかりで落ち着かないのは分かるけれど、年長者なんだから堂々としたら?」


 正面から見てはいないが、それでもとんでもない美少女だとは分かっていたので、ずいっと前に出てこられて思わず後ずさってしまった。


 だがそれが、彼女には気に食わなかったようだ。『引かれる』なんて経験は、今までの人生でしてこなかったのだろうか。


「一条さん、僕たちは協力してやっていかないといけない。上下関係とか、そういうのは無しにしていこう」

「こういうことは早めにはっきりさせておかないと気が済まないのよ」


 どうしてもマウントを取りたいらしい世里奈。


 いや、頭の中ですら呼び捨てにするのは何か気が引けるのだが。


 彼女もいかにもお嬢様学校らしい制服を着ているので、俺とは十歳は軽く離れているはずだ。


 それで全く年上として扱われないというのもどうなのだろう。


「それで……あなた、何か言いかけてなかった?」


 割り込んでおいてそれか、と正直を言ってイラッとするが、ここは自制する。


 怒っても仕方がない、妹よりも年下であろう彼女は、俺から見ればまだ子供だ。


「俺の名前は深掘匠ふかぼりたくみだ。俺だけ一回り年上みたいだが、よろしく頼むよ」

「一回り上……本当に? こう言ってはなんだけど、新入社員みたいに見えるわね。年齢のわりにまだ深みがないというか」

「はは、深みって。そういうの、一条さんは見ただけで分かるんだ」

「…………」


 久瀬君が笑い、もうひとりの少女は感情の見えない瞳で俺を見る。


 二人とも世理奈の発言を否定するわけでもない――俺も見るからにしっかりした人間だとは思っていないが、ここまで侮られてはいい気はしない。


 たぶん世里奈――年下とはいえ呼び捨ても何なので、今後は一条さんとしておく――は、俺が想像する通りに相当にいいところのお嬢様で、周囲に気を遣ったりすることを求められずに生きてきたのだろう。


 そう考えれば、この高飛車というか、居丈高な態度も何とか我慢できる。


 そうやって自分に必死で言い聞かせている時点で、俺は結構不安になっている。


(……このメンバーと、果たして上手くやっていけるんだろうか?)


藍乃あいの、あなたはどう思う? 異世界に来てしまった以上は、年齢ではなく実力至上主義でやっていくべきでしょう。そう思うわよね?」

「……実力は必要。けれどそれについて考えるのは、私たちの『クラス』がどんなものなのかが分かってからでいい。名前から想像する通りに強いとは限らない」


 藍乃と呼ばれた少女は小さな声だが、しっかり自分の意見を言う。寡黙なのかと思ったがそうではなく、深謀遠慮な人だということか。


 一条さんと比べてマウントを取ろうとしないのは安心できる。


 だが、実力がなければシビアな目を向けられてしまいそうだ。


「私のクラスは『テイマー』だけれど、ゲームなどでは定番の職業なんでしょう?」

「はは、そうだね。『モンスター使い』っていうことだと思うから、魔物の調教ができたりするんじゃないかな。その延長で、人間も調教できたりしてね」

「可能性としてはありうるけど……そんなことができても意味がない」


 意外にブラックなことを楽しそうに言う久瀬君を、藍乃さんは至って真面目にたしなめる。


 それにしても『テイマー』とは、俺の持っているイメージ通りなら、どういう能力を持っているか分かりやすい職業だ。


 俺の『合成師』は、どちらかというと生産職というやつのように思える。勇者に向いているとは思えないのだが――一条さんの反応が芳しくなさそうで、自分のクラスを明かしにくくなってしまった。


「遼樹もいかにも戦いが有利になりそうなクラスだし、あとはあなたも前に出て戦えるようなクラスだと助かるわね」


 男が前衛でなければいけないと誰が決めた、と言いたいが、白い目で見られそうなので黙っておく。


 『合成師』が近接戦闘向きだったら一条さんの期待に応えられるが、望み薄だろう。

 ステータスもランクが低かった気がする。他の人と比較したわけではないが「うわ、俺のステータス、低すぎ……?」というレベルじゃないと信じたい。


 そうこうしているうちに、他の残っていたパーティが出発し、残るは俺たち四人だけとなった。


 説明などを終えた女騎士――アレクトラさんがこちらにやってくる。


「大変お待たせしました。こちらが支度金の銀貨二百枚になります。装備品を整えたり、当面の宿代などにお使いください」


 一パーティで銀貨二百枚が支給されるらしく、一人一人に硬貨らしきものの詰まった袋が渡される。促されて中を見ると、鈍く光る銀貨が入っていた。


「勇者候補生といっても、手始めに何をすればいいの? あなたたちの出した条件を受け入れるのだから、しっかり説明してほしいわね」

「候補生の方々には、これから野外訓練場に赴いていただき、そこで『木人』を相手に自分たちのクラスについて把握していただきます。その後は、勇者にふさわしい実力をつけていただくため、冒険者ギルドに登録するなどして活動していただきます」

「へえ……ギルド、やっぱりあるんですね。こういう世界だからそうなのかなと思ってましたが」


 久瀬君が軽い調子で言うが、アレクトラさんは聞き咎めることもなく、ただ彼を見返して微笑むだけだった。


 ただしイケメンに限るというやつかは分からないが、久瀬君の資質が高そうだと見られているのは空気でわかる。


 俺を見る視線は、よれたスーツ姿が異世界の住人にも頼りなく映るようで、あまり評価が高そうとは言えない。同情というのか、そういったニュアンスが感じられるのは気のせいではないだろう。


「王都の城下町で活動していただいても良いのですが、ここは騎士団の守備管轄に入っておりますので、勇者候補生の方々には経験を積んでいただくために、国内各地の街に分散していただきます。野外訓練場での『クラス試し』が終わりましたら、馬車を手配いたしますので」

「クラス試し……それで能力の良し悪しが分かるっていうことね。私に限って悪いなんてことはありえないけれど」

「本当にこれから異世界での冒険が始まるわけか。まあ、一度経験しておく分には悪くないね」


 久瀬君の言い方からすると、彼は元の世界に帰れると思っている――勇者候補生としてのミッションを達成する自信があるということか。


「…………」


 ――そして、なぜか藍乃さんにじっと見られている。


 無言で見つめられると、悲しいかな、小心な俺は自分が悪いことをしたかと思ってしまう。


「……え、ええと、俺もできるだけいい能力だと良いと思ってるよ」


 とりあえず当たり障りのないことを言う。俺にそんなことを聞きたいようには見えないのだが。


 これくらいの年齢の子が考えていることなど、ジェネレーションギャップのある俺には容易に察せない――と、内心冷や汗をかいていると。


「……漆原藍乃うるしはらあいの。呼ぶときは、下の名前でいい」

「あ、ああ……ありがとう。藍乃さん、でいいのかな」


 彼女はこくりと頷く――それが言いたかったというのなら、なんというか律儀な子だ。


「高校一年生の子に、何をたじたじになってるのかしら……」

「藍乃ちゃんに無言で見られたら、僕も何て言っていいのか困るだろうな」

「……『ちゃん』はやめて。似合わないから」


 三人が同じ学生ということで、無条件に結束しているというわけではないようだ――というより、藍乃さんの性格が孤高というか、そういう感じなのか。


「じゃあ、早速『クラス試し』に行こうか。どんな結果が出るか楽しみですね」

「あ、ああ……」


 久瀬君が率先して先頭を歩き、俺たちはコロッセオのような場所から出ていく。


 まだ俺は、楽天的に考えていた。


 『合成師』という職業でも、何か分かりやすい長所などがあって、無難に居場所を確保できるものだと。


 自分の考えが甘かったことを、俺はそれから間もなく思い知らされることになるのだった。





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