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第十三話 クラウドバークの鬼人 その2



「ロコナさんは返してもらう。彼女をずっと苦しめてきたことも、詫びてもらう……!」

「ああ……そうか。おまえを見た時からの、この感じは……」

「タクミくん、下がって……っ!」


 ダジルが曲剣を携えたままで距離を詰めてくる。


 その速さは、筋肉に包まれた身体から予想できないほど敏捷で、標的への情けは微塵もなかった。


 ギィン、と鈍い金属音が響く。


 俺がいる場所に繰り出されようとしたダジルの斬撃を、割り込んミリティアさんがレイピアで受け止めていた。


 しかし俺は、その位置に何の考えもなく立っていたわけじゃない。


 一階に充満した煙が、二階のこの部屋にも流れ込んできており、ダジルが切り込んできたことで、煙に自分から突っ込んだ形になる。


「……色々話してやったが、一つ忘れてたよ」

「なっ……きゃぁっ!」


 『スリープスモーク』の煙を吸い込んだはずのダジルが、曲剣を受け止めたミリティアさんに蹴りを放つ。


「ミリティアさんっ……!」


 ロコナさんが声を上げる。彼女は煙を吸い込まないように口元をハンカチで覆っている――こちらから指示をしなくてもそうしてくれたのは本当に助かる。


 ミリティアさんは受け身を取って衝撃を減らすが、ダメージは少なくない。それでも彼女はすぐに立ち上がろうと、レイピアを床に突く。


「はぁっ、はぁっ……あなたの子分は、すぐに寝てくれたみたいだけど……親玉だけあって、厄介な体質だね……っ」

「『無法者』ってのはな、毒や催眠ってのに耐性のあるクラスなんだ。悪く思うなよ」


 そんなことを言いながら、まだ使っていなかった曲剣を抜き二刀となったダジルは、まだ立ち上がれないでいるミリティアさんに斬りかかろうとする。


 ――見ていることしかできないのか。


 何でもいい、『どんなものを使って』でもダジルの攻撃を妨害するんだ。


 そしてミリティアさんが立ち上がる時間を稼がないと――。


(そうだ……どんなものでも使っていいのなら。『使える』と認識できれば……!)



 ――スキル『合成』に必要な『レシピ』を作成



「――止まれぇぇぇぇっ!」



 ――スキル『合成』を発動

 ――使用素材1「ネリコの木の床」

 ――使用素材2「ラトルゴの木の靴」

 ――レシピ『ネリラトの合板靴』合成成功 完成度C



 完成度なんて高いわけがない。床の木とダジルの木靴をこの場で合成させたのだから。


 靴の形はしていないし、普通に考えれば『失敗』だろう。


「――うおぉっ……!?」


 だが、この瞬間においては、この『合成』は何にも代えがたい成功となる。


 床の木材と履いている靴が合成されれば、どうなるか。


 バランスを崩したダジルが、思っきり前につんのめる。


 ミリティアさんは一瞬驚きながらも、好機と察するや、剣を携えてダジルより先に立ち上がる。


「クソ、なんだってんだ――って、てめえ、何をしやがったっ!」


 ダジルは俺が何かしらのスキルを使ったことを察し、その顔は虚を突かれたことへの怒りに染まっていたが、それでも最後の余裕を残している。


 ミリティアさんの攻撃では、自分を倒しきることはできない。そう分かっているからこそ、ダジルの目はぎらついた獣の光を宿したままだった。


 しかし――


「タクミさん、ミリティアさんっ……負けないで……っ!」



 ――スキル『心の支え』を発動

 ――『ロコナ』の魔力を『タクミ』『ミリティア』に供与



 彼女がそう言ってくれるなら、俺は決して負けない――負けられない。


 全てを『使える』と認識したとき、俺の視界にはあるものが映っていた。


 それは床に散らばった、色とりどりの魔石の破片。


 『魔力結晶』を選別することができなかったそれらの石が、輝きを放っている。


 くず石と言われたそれらにも、まだ力が残っていたのだ。


「――魔石の力よ、彼女の新たな『装い』を『成せ』……っ、『装成イクイップメント』!」


 赤、橙、緑、青、藍、紫、それぞれの魔石の欠片が光を放つ。


 その光がミリティアさんの身体に集まり――彼女が装備する、新たな鎧が構築されていく。



 ――スキル『装成』を発動

 ――使用素材1「ラフィナス石の欠片」9個

 ――使用素材2「マナロア石の欠片」7個

 ――使用素材3「玄武石英の欠片」8個

 ――使用素材4「デクストーンの欠片」8個

 ――使用素材5「マイドナイトの欠片」8個



 元はアクセサリーなどに加工することで、装備者の能力値を上げる効果のある魔石。


 それらは欠片になると、効果が発現しなくなってしまう。


 だが、それは力が全く残っていないということではなく、力を発現することができないだけで、眠っている力を引き出すことはできる。


 そして、魔石の欠片の最後の輝きが、ミリティアさんを強化する光の鎧となった。


「――これがタクミくんの、本当の……ううん。彼が持ってる可能性の、ほんの一部……」

「そんな奇術で何ができる……っ、俺を倒せるとでも思ってるのか、女ぁっ!」

「まだ終わっちゃいない……これで『完成』だ、ダジル……ッ!」


 さらに『欠片』ではなく、元の形を残した魔石ならば、引き出した力は欠片よりも何倍も大きくなる。



 ――使用素材6「マキシマスジェム」1個

 ――魔装『マジックアーマー・シックスカラーズ』完成



 俺が持っていた黄色の魔石(おそらく攻撃力を向上させる魔石)を取り出すと光が溢れ出し、ミリティアさんのレイピアを覆う。


 神々しいほどの輝き。光を纏ったレイピアで、ミリティアさんは研ぎ澄ました必殺の一撃を繰り出す。


「――やぁぁぁぁぁっ!」


 闇を切り裂くような、刹那の声。


 技を放つと同時に、ミリティアさんの髪がほどけ、長い髪が広がる。


 それすらも、まるで一枚の絵画のように、完成された美しさを持つ光景だった。


 攻撃を受けてもなお、ミリティアさんの前に立ちふさがろうとしたダジルだったが、口の端から一筋の血を流すと、そのまま膝をつき、前のめりに倒れた。


 魔石の力による、能力強化。


 そこから繰り出された攻撃は、全く視認できるものではなかった。


 ダジルの両手、両足が的確に刺し貫かれている。


「はぁっ、はぁっ……くっ……うぅ……」

「ミリティアさんっ……!」


 魔力の鎧はすぐに薄れて、光の粒となって霧散してしまう。


 倒れかけたミリティアさんを抱きとめると、彼女は少し苦しそうにしながらも微笑み、頷いた。


「やっぱり……タクミくんとあたしって、パーティでも上手くやっていけそうかも……」

「……はい。まだ俺は経験不足で、未熟ですが……」

「あ……」


 頷くと、ミリティアさんは驚いたような顔をする。


 そしてほどけた髪にも気づき、恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。


「こういうとき、いつもみたいに遠慮すると思ったのに。タクミくん、ありがとう……」


 ミリティアさんは俺の腕から離れ、自分の足で立つ。


 そして、まだ牢の中にいる彼女――ロコナさんを見やった。


 何も言わず、牢を開け、その中に入る。


 身を屈めようとする途中で、ロコナさんは俺に抱きついてきた。


 それと同時に、驚くほど強い力で抱きしめられる。


「タクミさん……っ、タクミさん……よかった……ミリティアさんも……」


 ロコナさんの身体は震えており、抱きしていいのか躊躇っていた俺の気持ちは決意に変わる。


 細く、とても華奢な身体。


 少しでも落ち着くようにと、背中をできる限り優しくぽんぽんと叩く。


 こういうとき、女性に対してどんなふうにしていいのかなんて、上手い考えは何も思いつかない。


 ただ時間が経つのを、ロコナさんの鼓動が落ち着いていくのを、静かに待つことしかできなかった。


 それでも、言わなければいけないことがある。


「……俺がもっと早く、勇気を出していたら……どんなことをしてでもあなたを守ると思っていたのに、もうこんな間違いは、二度としません」


 ロコナさんが俺の肩に手を置き、間近で見つめてくる。


 涙に濡れて赤くなった瞳を、それでも綺麗だと思う。


 神秘的で、その瞳に宿る輝きは穏やかで、ずっと見つめていたくなる。


「間違ってなんていません。私も、怖いことを考えることから逃げていたんです。タクミさんが工房にいてくれて、一緒に食事をして、一緒に笑って……そんな日々が続いたらって思っていたのに、強がって一人で外に出て……私、出会ってからずっと、タクミさんに迷惑をかけてばかりで……」

「迷惑なんて思ったことはありません。俺はあのとき、ロコナさんに会えてよかったと思っています。会えなかったらということを想像すると、怖くなります……そうしたらきっと今も、俺には何もなかった。守りたいと思う人も、暮らしも、何もないままだったでしょうから」

「……タクミさん」


 ロコナさんの瞳が揺れる。


 こんなとき、どうしたらいいのか――どうしたいのか、一つしか思い浮かばない。


「えーと……あたし、見てないふりしたほうがいい? ちょっと部屋を出てようか?」

「あっ……い、いえ、俺はロコナさんが無事でよかったなと……」

「は、はいっ、私もタクミさんとミリティアさんが来てくれて、助けてくれて……さっきのミリティアさんは本当に綺麗で、すごく強くて素敵でしたっ……!」


 二人揃って、何か言い訳をしているみたいになってしまう。


 ミリティアさんも思うところがあったようで、じっとりとした目をしていたが――不意に吹き出してしまって、笑い始める。


「あはは……さっきまで、やるかやられるかってところだったのに。二人といると、緊張感がなくなっちゃうわね。達成感はちゃんとあるけど」

「はい……お疲れさまでした、ミリティアさん。本当にありがとうございます」

「お礼なら、これからも武具とか色々の相談をさせてもらうってことでいいわよ。それと、二人が正式に結婚することになったら、そのときはお祝いをさせてね」

「っ……い、いや、だからですね、そういう話はロコナさんに迷惑がかかるので……」

「……タクミさん自身は、ご迷惑じゃないんですか?」

「えっ?」

「えっ?」


 ロコナさんに聞き返すと、彼女もなぜか同じ返事をする。


 明らかに俺の方が「えっ?」なのだが、微妙に話が噛み合っていない。


「っ、もう、二人を見てると幸せのおすそ分けが多すぎて、腹筋がどうにかなっちゃいそう。夫婦でのじゃれあいは家の中だけにしておいてね」

「で、ですから、ミリティアさん……もう、意地悪なんですから。本当はとっても優しいのに」

「あっ、そういうのはやめて、あたし一応クールな冒険者になりたいと思ってるから。本来人に笑顔はあんまり見せないから……って、何笑ってるのよ、タクミくん」

「いえ。ミリティアさんが俺をパーティメンバーとして認めてくれたので、素材集めを一緒にお願いできたらなと考えていただけです」

「……ギルドを通すと手数料がかかるから、直接依頼してね。面白い仕事だったらタダにしておいてあげる」


 冒険者らしいところを見せようとするミリティアさん。


 素材集めを依頼して報酬を払うというのは、確かに冒険者と工房らしい関係性といえる。


「さて……ダジルのことについては、とりあえずあたしに任せておいて」

「ミリティアさん、ギルドに報告をされるんですか? でも、無理にバルトロ一家のことに関わることはないんじゃ……」


 ロコナさんが尋ねると、ミリティアさんは肩をすくめて苦笑する。


「住民が人の目につくところで誘拐されてるのよ。バルトロ一家が奴隷の売り買いをしてることについては、さすがに賄賂なんかでもみ消せることじゃないわ。それでもダジルがロコナさんを狙ったのは、エルフを取り巻く状況が変わっているからだと思う」

「その、状況というのは……」


 ミリティアさんは言うべきかどうかを迷っているようで、ロコナさんのことを気遣うように見て、口をつぐんでしまう。


 しかしロコナさんが覚悟を伝えるように頷くと、ミリティアさんは意を決して言った。


「……魔王軍が、エルフの住む森の一つを滅ぼしてしまったの。その森に住んでいたエルフは、散り散りになってしまって……亜人狩りに遭ってしまう場合もあって、奴隷市場に出されるようになってしまった。そこでとても高い値段がついてしまって、どこの奴隷商人もエルフの奴隷を欲しがるようになってしまったらしいの」


 エルフの森とは、すなわちエルフの国に相当するものだ。広大な森にエルフの一族が暮らし、森の大精霊とその眷属たちを崇め、恩恵を受けて暮らす。


 その森は世界各地に幾つかあるというが、その一つが魔王軍に滅ぼされたらしく、その状況がエルフを弱い立場にしてしまった。エルフが奴隷として価値が高いことに目をつけ、行き場のなくなった彼らを奴隷として捕らえる者が現れたのだ。


「……魔王の軍勢が何をしているか、今まで考えようともしてこなかった。そんなことが起きているのに、遠い場所のことだと気づかずにいた……」

「タクミくんが自分を責めることないよ。あたしたちだって、知ろうとしなければ分からないことだから。魔王の軍勢との戦いが今どんな状況にあるか、王国は情報を出そうとしないの。もうこの街だって、冒険者が依頼で魔王軍の魔物と戦うようなことが増えてきてるのに」


 遼樹たちと一緒にいたときに、噂で聞いたことがあった。


 冒険者として活動して実績を上げ、一定の級に達すると、王国にとって脅威となる魔王軍の尖兵を討伐するような依頼が入ってくるようになる。


 神の使いは最初に勇者候補生を召喚するだけで、勇者たりえる強さを持つ人材を輩出する役割は冒険者ギルドという組織が担っているのだ。つまり魔王軍に関する情報も、ギルドは一般では知り得ないところまで手に入れている。


 そのギルドが、バルトロが踏み越えてはいけない部分を越えるまで放置していた。そのことに反感を覚えもするが、同時にようやく動いてくれたのかと安堵もする。


「ロコナさん、ごめんなさい……同じエルフのことでそんな話を聞かされたら、不安にさせちゃうって分かってたのに」

「いいえ。知らなくてはいけないことだと思います。エルフがどういう状況に置かれているのか……王都にいる父と母にも、手紙を書きます」

「うん、そうしたほうがいいと思う。バルトロのことなんて書いたら、すぐにこっちに来ちゃったりしそうだけどね。ジェラルドさんはそういう人だったし、ロコナさんのお父さんもきっと心配性で優しい人だろうから」

「そうかもしれません……だから、不安にさせるようなことは書かないでおきます。私が無事だということを、まず知らせたいです。それと、タクミさんのことも」

「お、俺のことですか……? いえ、確かにお知らせしないといけないというか、工房で働くことについて挨拶したいとは思ってますが……」

「今さら慌てても仕方ないんだから、落ち着いてなさい。タクミくんって私たちより年上なのに、ときどき頼りないところがあるよね」


 ミリティアさんが俺の肩を叩きながら笑う。


 戦闘において彼女に頼りきりだった俺としては返す言葉がない。


「まあ、そういうところが可愛いんだけどね。ロコナさんもそう思うでしょ」

「はい……あっ、い、いえっ、可愛いというのは、タクミさんと二人のときに言うことはありますが、その、可愛いというのもそうですが、素敵というのが強くなってきたというか……あぁっ、私、急によくわからないことを言ってすみませんっ」


 よく分からないということにしておかないと、照れすぎてこの場に存在していられなくなる。いい意味で穴があったら入りたいという気分だ。


 今回、バルトロ一家がロコナさんにしたことは看過されることはないと思いたい。


 これで守備兵やギルドが動かないとなれば、ロコナさんが連れ去られたところを目撃した住民にも何とか協力してもらうなど、安全に暮らせるように措置を講じなくてはいけない。


 こればかりはできるかどうかではなく、やってみせる。そう腹を括ってしまうと、俺はもうこれから、自分に戦う力がないからと臆することもない。


 いずれにせよ、しばらくは注意しておく必要がある。


 彼女が平気だと言っても、外出先には同行するべきだろう。




 バルトロ一家のことをギルドに報告するため外に出ると、そこには遼樹たちの姿があった。


 一条さんが目を見開く。俺とミリティアさんはまだしも、ロコナさん(というかエルフ)が一緒にいることは、彼女にとって予想外だったようだ。


「深掘……助けたいと言っていたのは、そのエルフの女性のことなの……?」

「バルトロ一家に連れていかれたとギルドにタレコミがあったそうですが。自分で逃げてこられたのならよかったですね。怪我をするようなことにならなくて」


 遼樹は爽やかに笑いながら言う。


 俺たちが今何をしてきたのか、彼らは想像もしていない。


 アジトに入ればダジルの部下は全員が眠っていて、ダジル本人はミリティアさんに敗れて昏倒したままだ。


「……バルトロ一家に賞金がかけられた。6級冒険者の昇格条件にもなってる」


 漆原さんがそう教えてくれる。


 ミリティアさんが何か言いたそうにしているので、俺は黙ったままで頷いた。


「そのバルトロ一家だけど……今、あたしたちが倒してきたところだって言ったらどうする?」

「っ……!」


 一条さんはありえないといった表情で何か言おうとするが、声が出せていない。


 あの遼樹でさえ、常に浮かべていた笑みが消えている。いつも年齢相応の少年らしくない落ち着きを保っていた彼が、初めて感情を顔に出していた。


 それは、出し抜かれたという表情。


 俺に負けたのか、という驚愕をそのまま表したものだった。


「……ミリティア・パラディス……あなたはレベル8のはず。ダジル・バルトロは、ギルドの情報ではレベル10前後……よほどスキルの相性が良くなければ、勝てないはずだ」


 遼樹の話し方は、自分に言い聞かせているようだった。


 昇格の機会を逃したこと。


 その機会をさらっていったのが俺とミリティアさんだということ。


 全てが、とても受け入れがたいことなのだろう。


「……バルトロ一家に捕まってしまった私を、タクミさんとミリティアさんが助けてくれたんです。私の目の前で、ダジル・バルトロという人を、ミリティアさんがそのレイピアで倒しました」


 俺が『装成』のスキルを使ったことまでは、ロコナさんは言わなかった。


 彼女は本当によく理解してくれている。


 俺のスキルを簡単に遼樹たちに明かすことは、あまり良策とは言えない。


 無能と見なして追放した俺は、彼らにとっては無能のままでなければならないからだ。


「深掘……さんが、その剣士の人と協力して、戦ったの?」

「ええ。でも、どんなふうに戦ったのかは教えないけど。仲間の戦い方を知ることができるのは、パーティメンバーの特権だもの。ああ、そういえば、あなたたちもタクミくんの仲間だったんだっけ」

「……言わせておけば……っ、あなたたちが嘘をついていることなんて、アジトに踏み込んでみれば分かることよ。行くわよ、遼樹、藍乃」

「二階にバルトロ一家の頭目が倒れています。ですが、タクミさんとミリティアさんは、倒した証拠として何かを持ってきたりはしていません。私が証人です」

「私たちが、バルトロを倒したことにするとでもいうの?」

「勇者候補生のあなたたちが、そんな卑怯なことはしないと信じてるけどね。あたしたちがバルトロを倒したことを信じてくれてないから、それはちょっと心配にもなるわよね……ね、タクミくん」


 ここで話を振ってくるのかと苦笑する。


 だがミリティアさんは、俺に機会をくれたのだろう。


 俺は遼樹たちのパーティを離れても、自分なりに毎日を生き、前を見て進んできた。


 今が、それを改めて告げる機会だ。


「先に進む邪魔をしたようで済まない。他の依頼で級を上げることができるといいな。他人事みたいな言い方にはなってしまうが」

「……それは、気にしなくていい。タイミングの問題だから」

「何を勝手に……深掘、これで勝ったと思わないことね。ここで私たちの力を借りなかったことを、いずれ後悔するといいわ」


 どうやら一条さんは捨て台詞的な言葉が好きなようだ。


 これで、彼女のことをツンデレだと思ったりするのは、少々楽天的と言うほかはないだろう。


「……タクミさんの世界では、こんなときにどうするんですか?」


 ロコナさんが俺の袖を引いて、小声で尋ねてくる。


 今の一条さんの前で内緒話というのは挑発と取られても仕方がない。


 現に彼女はかなり不機嫌そうな顔をしている。


「こんなときというのは……そんなときですか?」

「はい、そんなときです」


 俺はロコナさんに耳元で囁く。


 すると彼女は感心したような顔をして頷き、そして――


「タクミさんがいなくなって寂しくなるのは、あなたたちの方ですからね」


 ――ロコナさんは舌を出す。「あかんべえ」というやつだが、彼女がすると控えめで、むしろ愛嬌のある仕草だった。


 だが、一条さんに対する効果は絶大だった。


 顔を真っ赤にしてわなわなと震え、何か言おうと口をぱくぱくと動かしている。


 それを見た漆原さんは嘆息し、バルトロ一家のアジトに向かうことなく、一条さんを引っ張って裏路地を出ていく。


「な、何をっ……藍乃、離しなさいっ、私はまだあのエルフの人に話が……っ」

「今日は私たちの負け。素直に引いたほうが、傷は浅い」

「か、勝手なことを……覚えてなさい、私は絶対に認めない……っ、認めないんだから……っ!」


 認めない、と何度も繰り返しながら一条さんは退場していく。


 ロコナさんは、漆原さんに対しては会釈をしていた。


 俺も同じようにしたい気分だが、遼樹がいる手前、まだ肩の力を抜くことはできない。


 彼はバルトロ一家のアジトを見つめていたが、やがて諦めたように背を向ける。


 その顔には、いつも浮かべている微笑が戻っていた。


「漆原さんの言う通り、今日は僕らの完敗です。僕たちはあなたの能力を見いだせなかった。いえ、一緒にいるうちにあなたの能力が開花しなかったのなら、責任の一端は僕らにもあります」

「いや……俺にも甘えがあった。それに、最後に処分を任せられたガラクタにも使い道があった。追い込まれたあとでないと見つからない道もあるのかもしれない。それこそ、他人事みたいな言い方だけどな」


 遼樹は何も言わず、俺の話を聞いていた。


 ただ俺には、感じ取れてしまった。彼が今苛立ちを覚えているのは、自分に対してだということに。


「僕は一度も立ち止まるつもりはなかった。今回のことも上手く巡ってきた機会だと思っていました。冒険者として級を上げて、魔王軍を倒す……そうしなければ、僕らの役目は終わらない」


 遼樹は『勇者候補生』としての役割を全うしようとしている。


 俺はその部分においては、遼樹とは同じ方向を向いている。ただ、レベルの上がり方も、スキルの活かし方も、前のパーティでは見つけることができなかった。


 魔王が俺たちの暮らしを脅かすなら、戦う力を手に入れなくてはならない。魔王の軍勢がやってきたとき、ただ滅ぼされるだけというわけにはいかない。


「俺も、強くなろうと思う。最初にパーティを組むことができてよかった。俺は俺として、守りたい人を守っていくよ」

「……僕は一条さんと同じ気持ちです。あなたに負ける日が来るとは夢にも思っていなかった」


 差し出した手を、遼樹は握り返すことはなかった。


 しかし俺は、それでいいと思った。


 俺がどんな結果を出しても、彼らは受け入れはしないだろう。


 漆原さんだけは違うのだろうが。



 遼樹たちが立ち去ったあと、気がつくとロコナさんとミリティアさんが俺を見ていた。


「ええと……すみません、彼らとはいつもあんな感じなんです。俺の方が年上ではあるんですが、威厳を示せないというか、示そうとしたらおっさんが偉そうなことを言うなって感じでしょうが」

「タクミさんはおじさまなんかじゃありません、私より少し年上に見えるくらいです。ミリティアさんもそう思いませんか?」

「ときどき遠い目をしたりすると年上なんだなって思うけど、普段は……そうね、確かにちょっと年上のお兄様っていう感じかもね」

「お兄……『様』?」


 その敬称に疑問を持って、思わずつぶやく。


 するとミリティアさんは急に慌て始めて、ばんばんと俺の肩を叩いた。


「やだ、ちょっと言い間違えただけじゃない。タクミくんったら」


 その間違いについて詳しく聞いてみたいが、しつこくするとさすがに嫌われてしまいそうだ。


 今度こそ、俺たちはギルドに向かう。


 バルトロ一家の件について報告するために。


 ミリティアさんとロコナさんは楽しそうに話しながら、時折後ろを歩く俺の方を振り返る。


 俺が望んでいた日常を、取り戻すことができた。


 その実感が胸を満たして、高揚感がずっと続いていた。





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[一言] >これで勝ったと思わないことね。 >今日は私たちの負け。 >今日は僕らの完敗です。 (━_━)うーむ  物事を単純な勝ち負けに落とし込むことしか出来ない思慮の浅さを示す台詞なのかもしれま…
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