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第十二話 再会と決意



 俺がクラウディール工房に来てから七日目の朝。


 市場で朝採れの食材を買うことを日課にしていたロコナさんは、いつも帰ってくる時間に戻らなかった。


 どうしたんだろう?


 胸騒ぎがしてくる。


 その時、ドンドンと裏口の戸が叩かれ俺のことを呼ぶ声がした。


 いつも卵などをおすそ分けしてくれるマドレーヌさんの声だ。


「旦那さん、旦那さんっ……!」


 扉を開けると、憔悴しきったマドレーヌさんが中に入ってきて、力なくその場にくずおれてしまう。手を差し伸べようとすると、彼女は俺に縋りつくようにして言った。


「ロコナちゃんが……っ、バルトロ一家に連れていかれて……っ」

「っ……!」


 この町で生活する上で、外出は避けられない。俺が全て請け負うと言ったが、ロコナさんは町の人と会うことをしなくなったら心配をかけてしまうからと、毎日外に出続けた。



『心配なさらないでください、私はこう見えても魔法が使えますから。借金取りの人たちが来ても、簡単に捕まったりしません。逃げ足だって速いんですよ』



「……バルトロ一家は、このクラウドバークに住んでる誰もが恐れてる人たちで……市場に店を出してる人たちも、みんな言いなりになっているの。それで、ロコナちゃんが連れていかれても、誰も……」


 それでも、彼女は町に出ることを怖がらなかった。


 それが強がりだということを、俺も分かっていた。分かっていながら、彼女の気丈な振る舞いを見て、大丈夫だと思い込もうとした。


 時間が状況を解決してくれる。そんな甘いことが通じるわけもないと分かっていながら、『強くなってロコナさんを守れる少し先の自分』に何もかもを託した。


 それでは、遼樹たちのパーティにいて、彼らの活躍を遠目に見ているだけだった自分と何も変わっていないのに。


「……バルトロ一家の頭目……バルトロのところに、ロコナさんは連れていかれたんですね」


 マドレーヌさんは頷くことしかできない。


 彼女もそれほどのショックを受けたのだろう。そして、悲しんでもいる。


 俺だけでバルトロ一家のところに乗り込んでも、きっと返り討ちに遭うだけだろう。


 それでも――。


 彼らは絶対にやってはいけないことをした。守備兵が彼らに極力関わらないようにしていようとも、町で恐れられている連中であっても、もう関係ない。


「っ……旦那さん、一人だけじゃ……っ」

「難しいかもしれませんが、守備兵の人たちに伝えてくれませんか。これはもう借金取りなんかじゃない、人さらいだ。一刻も早くロコナさんを助けないといけない」

「で、でも……っ」


 難しいどころか、守備兵は何もしてくれはしないのだろう。市場という目立つ場所で連れていかれたのに、それでも動かなかったのだから。


 騎士団のアレクトラさんは、こんな蛮行を許すような人には見えなかった。この町の守備隊の状況を彼女は知らないのかもしれない。だが、それは今考えても仕方のないことだ。


「俺はずっとロコナさんについているべきだった。それでも一緒にいなかったのは、ロコナさんにあまり心配しないでほしいと言われたから……彼女を守りたいからといって彼女の自由を奪うのは、してはいけないことだと思った。でもそれは、俺が臆病だったからだけなんです」


 ロコナさんのことに深く立ち入ろうとして、拒絶されることを恐れた。


 それは俺が、彼女の家で一緒に暮らすうちに、恩人という以上の感情を抱いていたからだ。工房主と職人という関係でなくてはならない、その関係を壊したくなかった。


「……そんな……旦那さんのことを、ロコナちゃんはいつも、笑顔で話してくれてました。タクミさんが来てくれたから、久しぶりに楽しいって気持ちを思い出したんだって……」


 彼女も俺といるとき、楽しいと思ってくれていた。あの笑顔に俺は救われて、久しぶりに前向きな気持ちになれた。


「だから、心配をかけられないとも言ってました。ロコナちゃんが一人で外に行って、無事に帰ってきたら、その分だけタクミさんに心配をかけずに済むって……彼がもっと笑顔でいられるって」


 俺も、ロコナさんも同じだ。


 互いのことを想うからこそ、踏み入ろうとしなかった。そのすれ違いを、悲しい結果で終わらせてしまうなんて、許せるわけがない。


 俺はロコナさんを失くしたくない。だから、助ける。


「悪いのは、旦那さんじゃありません。バルトロ一家の無法を知っていても何もできない、私たちです……っ」


 そう思ってくれる人がいるなら、この町はきっと、もっと暮らしやすい場所になる。


 バルトロ一家がいる限り、安心して暮らせない人は俺たち以外にもいるだろう。それでももう少し時間があればと、期待を重ねて今日まで来てしまった。


「マドレーヌさんは、この工房に来たことを悟られないように家に戻ってください」

「……旦那さん……やっぱり、行くんですね」


 心配してくれているのは分かる。しかし、もう時間がない。


「いつも、新鮮な食材を届けてくれてありがとうございます。また改めてお礼をさせてください」

「そんなこと……二人が無事に戻ってきてくれるだけで、私は……私は……っ」


 この町で穏やかに暮らしたい。


 みんなが同じ気持ちでいる。


 俺とロコナさんもそうだ。


 二人で色々な人と関わって、これからも日々を過ごしていきたい。


 そのためには戦わなければならない。


 自分の弱さを知っていても勝ち目が薄くても、ロコナさんだけは守る。


 その思いが嘘でないなら、できることはいくらでもあった。



     ◆ ◇ ◆



 身支度を終えて、俺は外に出る。


 守備兵とバルトロ一家が癒着しているなんて疑惑がある中で、町の銀行がどれだけ信用できるのか分からないが、俺が個人で持っている資金などはあらかじめ、全てクラウディール工房に権利を帰属するとして預けておいた。


 もし俺に何かあっても、ロコナさんに何かを残せるように。


 そんなことをしても、ロコナさんを助けられなければ自己満足に過ぎない。


 俺はレベル3のままで、『装成』の使い方も結局分からずじまいだ。身体一つでバルトロ一家と戦っても、勝ち目は薄いだろう。


(だが……俺にはロコナさんのいる場所が分かる。隙を突いて彼女を助ける、何としても)


 なぜロコナさんの居場所が分かるのか。それは、俺の『合成』で作ったものを身に着けた人がいる場所を感じ取ることができるからだ。


 ミリティアさんにレイピアを渡したあとも、その不思議な感覚はあった。町外れのある方向に時折意識が引き寄せられたのだ。同時に、ミリティアさんが無事に冒険していることも、何となく俺には分かった。


 『魔刃のレイピア』と『魔石片の腕輪』では反応の強さが違い、ロコナさんの腕輪については彼女と一緒に暮らしているうちに徐々に感じ取れるようになっていた。集中してようやく感じ取れるほどかすかな気配だが、確信できる。俺が向かう先に彼女がいると。



 クラウドバーク中心街の北側、『裏町』と呼ばれるところに向かう途中、冒険者ギルドの近くを通った。ここは、遼樹たちが滞在している宿の近くだ。


 そう思った矢先――


「……深掘、さん」


 ――一条さんに声をかけられる。


 その隣には、遼樹と漆原さんの姿もあった。


 一条さんは別れ際と同じように、俺に敬称をつけて呼んだ。


 新たにテイムしたのか、人が乗れるほど大きな虎のような魔物を連れている。眼光が鋭く獰猛そうだが、一条さんに顎を撫でられると目を細め、されるがままになっている。


「この子は昨日の依頼でテイムしたのよ。魔獣の群れを外れて狩られそうになっていたんだけど、私のスキルでおとなしくさせてあげたの。まだレベルが11にならないのは気に入らないけど、それも時間の問題でしょうね。で、深掘さん、あなたは?」


 一条さんはレベルが上がっているはずがない、という憐憫の視線を向けてくる。


 彼女たちと別れてまだ一週間であり、こんな短い期間で何か変わるわけがないと考えているのだろう。


 だが、俺は変われた。ロコナさんのおかげで。


「俺もそれなりにやっているよ。三人も元気そうで何よりだ」

「僕らは次の級に昇格するための依頼を受けようと思っているんですが、難度の高い依頼が常に入っているわけじゃありません。それで、今日は自由行動にしようと思ったんですが……一条さんが、一度匠さんの様子を見に行かないかというもので」


 あの日から、二度と会うことはないだろうと思っていたので、その言葉は意外だった。同じ町にいるうちはすれ違うことくらいあったとしても、あえて話をすることもないのだろうと。


「私たちは同期だもの。あなたがいくら成長しないからって、それで放り出したって思われていたら寝覚めが悪いでしょう? だから、一度くらいは会いに行ってあげようと思って。資金の金貨は足りている? もう使い果たしたなんてことはないでしょうね」

「ああ、大丈夫。何も心配することはない、俺もいい大人だ」


 挑発するような一条さんの言葉選びも、今となっては懐かしいものでしかない。


 しかしそんな俺の態度が、一条さんの気に沿わなかったようだ。


 彼女は腰に手を当て、苛立つように俺を見据えてくる。


 情けないことだが、前の俺だったらこの目を見た瞬間に跪いてしまいたくなっていただろう。


 このお姫様は男を屈服させようとする天性の気質を持っている。


 遼樹は遼樹で、自分の力に絶対の自信を持っている。


 この二人と一緒にいても上手くやれる漆原さんを、俺は年下ながら尊敬している。漆原さんは、ただあるがままに振る舞っているだけなのかもしれないが。


「あなた、あのスキルで『それなりにやっている』なんて言っても強がりでしかないわよ。私たちがこの町にいるうちしか、あなたの面倒を見てあげることはできないの。苦しいなら素直に言いなさい」

「僕は匠さんがそう言うのなら、そのまま信じますよ。あのスキルを活かす方法に、僕らが気づけなかっただけで……誰かが見出してくれるってことはありそうですからね」


 遼樹の話し方にはこういうところがある。彼は自分の推測を補強するために、相手から情報を引き出そうとするのだ。まだ少年らしさを残した整った容貌ながら、そういったなんとも食えないところがある。


「お金ならもう一度くらい援助してあげる。でも、私たちから察してほしいというのは……」

「悪いが、今はあまり話していられない。時間がないんだ」

「っ……!?」


 一条さんが驚いたといった様子で言葉に詰まる。


 俺が息を切らして走り、急いでいたことは分かっているはずだ。


「あ、あなた……変な強がりはやめなさい。私たちに会って安心してるんでしょう? あなたが私たちのパーティを出て一人で上手くやっていけるなんて、そんなことがあるわけ……」

「……一つだけ教えて。どうして時間がないのか」


 一条さんの言葉を遮って、漆原さんが口を開く。


 彼女はいつもそうだった。大事なこと、必要なことを言うときだけに発言する。


「助けたい人がいるんだ」

「……それなら、なおさら助けを求めるべきでしょう。深堀、あなた一人で助けられるの? 私たちの力を借りたほうがいいとは思わないのかしら」


 一条さんの言っていることは、十分すぎることに分かっている。ここで彼らの力を借りられるなら、それがロコナさんの為にもなることを。


「僕らに遠慮をする必要はありません。勇者候補生は、人々を守るために力を使うことを許可されています。もし荒事になるような話でも、咎めを受けることはない」

「私のヴォーパル・ティガーの力を試してみたかったし、少しくらいは骨のある相手だといいんだけれど。深掘、あなたに拒否権はないわ。私たちの方が、あなたよりずっと上手く――」

「――そうでもないよ?」

 不意に背後から声がして、そのまま俺の前に出たのは――ミリティアさんだった。

「あなた……ミリティア・パラディスだったかしら。まさか、あなたがその人とパーティを組んだっていうの?」


 そんな事実はない。


 ないのだが――ミリティアさんは俺に目配せをして、楽しそうに言った。


「ギルドの仕事を一緒にしてるわけじゃないけど、タクミくんとは縁あって時々組ませてもらってるの。彼のスキルを見たら、元いたパーティの人はどうして彼を外したんだろうって不思議だったんだけど……なるほど、って思っちゃった」

「……あなたも、この世界の人としては珍しいクラスについているみたいだけど。勇者候補生で、あなたたちよりレベルも高い私たちを挑発するなんて、考えなしと言うしかないわね」

「喧嘩を売るつもりはないよ。ただ、タクミくんを助けるのはあたしの仕事なの。あなたたちがいくら強くても、勇者候補生でも、それは譲れない。ごめんね」

「……ミリティアさん」


 彼女の口ぶりからするに、事態を知って駆けつけてくれたことは間違いなかった。


 何かの用があって工房に来たか、それとも町での騒ぎを聞いたのか。


 俺から言えるのは、彼女に対して感謝しかないということ。


 来てくれたことに対して、そして――助けると言ってくれたことに対してだ。


「そう……深掘の余裕はそういうことだったのね。せいぜい、捨てられないうちにレベルの一つでも上げてみせることね」


 一条さんは捨て台詞のようなことを言って、虎のような魔物と共に立ち去る。


 それを見送って苦笑したあと、遼樹は邪気のない笑顔で言った。


「もし二人では難しいようだったら、遠慮なく知らせてください。もっとも、僕らがそのとき近くにいるかは保証できないですが……ご武運を祈ります」


 遼樹は一礼して歩き去る。


 最後に残った漆原さんも、遅れて彼らについていった。


「……と、そうこうしてもいられないわね。タクミくん、ロコナさんのいる場所は?」

「おそらくバルトロ一家のところに……方向は分かってます」

「じゃあ、助けるって宣言もしたし、ここからは二人でパーティっていうことで……行くよ、タクミくん……っ!」


 ミリティアさんは相当に足が速い。ステータスの『機敏さ』が俺の倍以上ありそうだが、俺の全力に合わせて少しペースを落としてくれた。


「すみません、俺のレベルが低いせいで……」

「ううん、あたしもレベル8からなかなか上がらないし……あの人たちのレベルを聞いて落ち込んだりもしたけど、でも最後に勝つかどうかを決めるのはレベルじゃないから。あたしだって、絶対にロコナさんを助けたい。クラウディール工房に、ロコナさんとタクミくんが揃ってなきゃだめ。今日も、明日も、明日からずっと先も」

「はい……必ず、ロコナさんを取り返します」


 ミリティアさんは頷き、俺の示す先へと走る。


 そして、俺たちはその建物を見つけた。


 周囲の建物と造りが似ていて、普通の住宅にも見える。


「一階か二階か……下からくまなく探していくしかなさそうね」

「いえ、ロコナさんは二階にいます。一階にも人がいるでしょうから、できるだけ戦いを避けて二階に向かいましょう」

「……タクミくんを見てると、やっぱりレベルが全てじゃないって思う。お世辞でも何でもない、正直なあたしの気持ち」


 ミリティアさんはそう言って微笑んだ。


 そんなことを言われると、なんだか照れくさいな。



 その後、俺たちは建物の裏に回る路地を見つけると、そこからは慎重に移動して、見張りの目を逃れて侵入の糸口を探すのだった。


(ロコナさん、どうか無事で……今助けに行きます……!)





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― 新着の感想 ―
[一言] うーむ、一条さんはタクミを切り捨てたことを後悔しているんだろうな。 ここで自分達に頼ってくれれば、それを契機にもう一度仲間に……なんて心の片隅で思っていたんだろうけど。 ツンデレって理解され…
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