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第十話 改良型石鹸 その2



 俺は二人と身体の一部がくっついた状態のまま加工部屋に入り、『水精の雫』と『石鹸』を用意する。


 動きにくいとはいえ、三人で協力すれば何とかなった。俺が製作に入ると、ミリティアさんたちは緊張しながら見入っている。


「じゃあ、早速始めます」

「「はいっ」」

「はは……何か、先生にでもなった気分ですね」


 軽く冗談を言うと、申し訳なさそうにしていたミリティアさんの表情も和らぎ、ロコナさんも微笑んでいた。


 『水精の雫』は青い液体で瓶の中に入っている。それと粉状の石鹸を木製のボウルに入れ、スキルを発動させた。



 ――スキル『合成』を発動

 ――使用素材1「黄花油の粉末石鹸」

 ――使用素材2「水精の雫」



 石鹸と青い雫が混ざり合う。


 そして予想していたようには固まらず、水色をした半透明の液体ができあがった。



 ――レシピ『アンチアース・ソープ』合成成功 完成度B



 『泥つき』という状態異常は、土精霊の力によって発生する。


 『アンチアース・ソープ』は土精霊の影響を洗い落とす――精霊同士はさまざまな干渉を起こすため、今回はそういった効果が得られるということらしい。 


 青い液体石鹸を瓶に移す。


 『形成』で表面を窪ませ、中身が分かるように入っているものの名前を書いておいた。


「……まずこれで、二人の『泥つき』を治せればと思うんですが」

「は、はい」

「それで……問題は、どうやって洗うかよね……」


 服の上からくっついているのなら服を脱げば取れると思うところだが、そこは異世界の厄介なところで、『脱いでもまた引き寄せられてくっついてしまう』のだ(加工部屋に入る前に検証済み。だから二人とくっついたままで『合成』をしたのである)。


「こうなったら……しょうがないわよね。洗うところまではくっついてるわけだから」

「そ、それでいいんですかね……何か対策はしたほうがいいと思うんですが。俺は男ですし」

「だ、大丈夫……あたしが言うのも何だけど、くっついてるっていっても身体の一部分だけだから……何とかなるんじゃない?」


 『泥つき』の状態異常による不可抗力といえばそうなのだが――前にロコナさんと風呂場で一緒になったのに、またこういう状況になってしまうとは。素直に役得と喜ぶわけにもいかなくて複雑だ。せめて俺がくっつかなければ、ロコナさんとミリティアさんの二人で洗い落とせたのだが。


「……あっ。そ、そうですよね……タクミさんと一緒に……で、でも大丈夫です。私、タクミさんの裸なら見たりするの慣れていますし、別に全部が見えちゃっても平気です」

「えっ……ええっ……? 二人ってやっぱりそういう……そ、それなら二人はいいけど、逆にあたしが一緒なのは駄目じゃない?」

「そんなことはないです、私が大丈夫ということは、ミリティアさんも大丈夫になると思います。そうですよね、タクミさん」

「……俺には何も答えられそうにないですが。一つ……打開策というには消極的ですが、俺が自分を許せそうな手段は思いつきました」

「許す……なんのことですか? タクミさんは全然悪くありませんよ?」


 ロコナさんの頭の上に、大きな疑問符が見える。


 きっとこの人は本当に、俺が罪悪感を覚えるようなことはなにもないと思っているのだ。


「……ロコナさんって、なんていうか……ううん、タクミくんもいつも大変ね」

「いや、これは彼女の美徳であって、俺が大人になって心が汚れているだけですから」

「汚れはタクミさんの作った新しい石鹸で落としましょう。では……どうしましょうか、まずお湯を沸かさないと」


 三人四脚というほどの不自由はないが、薪を余分に割っておいてよかった。


 俺たちは『泥つき』のままで湯沸かしを終え、入浴の準備を整えて、身体の一部がくっついたままで器用に服を脱ぎ、浴室に入るというミッションを遂行した。



     ◆ ◇ ◆



 湯船から立つ湯気が、浴室の空気を適度に湿らせている。その中では、いつも聞いている声も少し違って聞こえる。


「あっ……すごいです、わしわしってしなくてもいっぱい泡が……あっ、ミリティアさん、泥が落ちそうですっ……!」

「ちょ、ちょっと、ロコナさん、そこは慎重に……く、くすぐったい……っ、あはははっ」

「駄目ですよ、じっとしていないと。わぁ……ミリティアさん、すごくお肌が綺麗です」

「え、ええと……それは『泥パック』というもので、栄養価の高い泥は肌に良いって聞いたことがあります」

「そうなんですね、……あっタクミさん、ずれちゃってます。もっときつくしますね」

「無防備そうに見えて、そういうところはしっかり厳しいわね……ロコナさん」

「ふぇ? 厳しいですか? ではちょっと緩めて……これくらいで大丈夫ですね」


 そう、俺は二人とくっついたままなので、一緒に浴室に入っている。


 そして俺が思いついた、女性二人の空間にかろうじて入ることが許される方法とは、俺が目隠しをすることだった。


 しかし俺を挟んで左にロコナさん、右にミリティアさんがくっついているので、左手はロコナさんの右手にくっついており、右手はミリティアさんの左手にくっついているという状態になっている。その状態で、目の前で二人がお互いを洗い合っている。


 今はロコナさんがミリティアさんを洗っているようだ。


「ふんふん、ふふんふ~……」

「ロコナさん、本当に楽しそうね……ああ、ちょっとすっきりしてきた。顔の泥は本当に厄介なのよね、視界が遮られちゃって」

「ミリティアさんはとてもお綺麗ですから、顔が隠れてしまうのは勿体ないです。とんでもない魔物さんですね」

「ここまできたから全部話すけど、あたしが倒してきたのは『マッドシューター』ていう、泥沼で育ったスライムなのよ。パーティを組んだ冒険者が依頼を受けない理由はなんとなく察してはいたけど、まさかここまで厄介だとは思わなかったわ。これで金貨十枚、タクミくんはどう思う?」

「確かにパーティじゃ受けられない、難しい依頼ですね。金額は妥当か、安いくらいだと思います……そんな仕事を見事にこなすなんて、ミリティアさんはすごいと思います」

「そ、そう……? 別に褒めてほしかったから今の話をしたっていうわけじゃないんだけど、あ、ありがと……」

「ふふっ……ミリティアさんが照れてます」

「照れてるとかじゃなくて……ああもう、ロコナさんったら楽しそうにして。そんなこと言う子はこうしてあげる。はい、わしゃわしゃ~って」

「あっ、くすぐったいです……耳は駄目です、自分でしますから……ふぅ、駄目ですよ? エルフの耳はとっても敏感なんですから」


 何というか、いいのだろうか――こんなやりとりを聞いていて。


 そして俺の泥はどうやって落とせばいいのだろう。ミリティアさんとくっついたままで彼女がロコナさんを洗うために色々動いているので、ハラハラしてしまう。


「……タクミくんって意外に身体がしっかりしてるのね。その姿だけ見たら、十分戦えそうなんじゃないかと思うけど、どうなの?」


 ――俺は蚊帳の外で良かったのだが、話を振られてしまった。


 筋肉には自信があるんですということは一切ないが、褒められて悪い気はしない。


「荷物持ちで身体は鍛えられたみたいですが、ステータスの数値はレベル相応ですからね」

「ということは、あたしがタクミくんと腕相撲しても勝っちゃうのかな。ねえ、後でやってみない?」

「大丈夫です、間に合っていますから」

「そう、間に合って……え? ロ、ロコナさん、どうしたの? 笑顔が怖いんだけど」

「怖くないですよ? しーっかり泥を落とさないと。ミリティアさん、次は背中のほうを落としますね。後ろに回れないので、前から失礼します」

「そ、それはしょうがないけど、くすぐった……それに胸がつかえちゃうわね……」


 二人がどういう姿勢なのかは想像がつく。


 だが想像しすぎると後悔することになる。


 泥がつかないようにとタオルを使っていないので、ロコナさんは素手でミリティアさんを洗っている。今は抱きつくようにして、背中に手を回して洗っているところだろう。


 相当に親しくなければ許されない体勢だ。


(俺は背中にまではくっついてないし……というか、落とす部分が少ないから、先にやってもらえればその時点で解放されたのでは……?)


「ふぅ……だいぶ綺麗になりました。次は……」

「ロコナさん、まだ取れてないわよ。まだ洗ってないところがあるみたい」

「ど、どこでしょうか……あっ、ミ、ミリティアさん……」

「あはは……ロコナさん、腕だけでそんなにくすぐったいの? タクミくん、ロコナさんって相当くすぐったがりみたいよ」

「だ、駄目ですっ、タクミさんにそんなこと教えたら……」

「あ、そうだ……タクミくん、さっきロコナさんがあたしに近づいたときに、上のほうまで泥が飛んじゃったの」


 上のほう――いや、服を着ているわけだから、泥がついたとしても上半身ではない。そういう意味ではセーフなのだが、もっと上となると顔だろうか。


「あ、あの、ミリティアさん、そこは自分でできますから、タクミさんにお願いしなくても……」

「まあまあ、そこはあたしも恥ずかしい思いをさせられたお返しっていうか、ロコナさんに対する日頃の感謝を伝えたいというかね?」

「ぜ、全然お話が繋がってないですっ……だ、だめっ、そこは……っ!」

「ミ、ミリティアさん、一体何を……」


 ミリティアさんにくっついている手を引かれ、泡をつけられて、持っていかれたのは……ふにふにとした柔らかい部分だった。


「こ、これって……」

「……みみ……ですっ……私の……そ、そんなに優しくしないでくださいっ……」

「タクミくん、しっかり落としてあげてね。あたしが見てるから。ロコナさん、しばらく我慢するのよ」

「そ、そう言われても……み、耳は……エルフの、一番弱いところ……なんですからっ……」


 やはり耳なのか――と感心している場合ではなく、泡で泥を落としたあと、ぬるま湯で丁寧に泡を落とす。耳はデリケートな部分なので、細心の注意が必要だ。まして目隠しされている状態ならなおさらである。


「タクミくん、何かすごく集中してる……もしかして目隠ししたほうが感覚が鋭くなるタイプだったり?」

「ひぁっ……そ、それなら、タクミさん、目隠しなんてしてても見えてるんじゃ……」

「い、いや、全然見えてはいませんが。ちゃんと洗えてますか?」

「は、はい……とっても心地よかったです……」


 感想としてどうなのかと思うが、どうやら俺は任務を遂行することができたようだ。


「……俺はあまり泥がついてないので、先に泥を落としてもらえるとありがたいんですが。というか、この石鹸で『泥つき』が治るか、まだはっきりしてないような……」

「それはだめです、タクミさんにはミリティアさんを洗うのを手伝ってもらうんですから。髪にまで泥がついちゃってるんですよ? 一人ではとっても大変です」

「えっ……あ、あたし、二人が先に『泥つき』を解除できたら、後は一人で大丈夫だから……タクミくんにも迷惑がかかっちゃうしね。あ、あはは……」

「だめですよ? タクミさんに私のお耳を洗ってもらって、ミリティアさんは何もしないなんて。ミリティアさんもお耳か、同じくらい弱いところを洗ってもらってください」


 ロコナさんは決して、世間的に言うところの『天然』というわけではない。根はとてもしっかりしている。というか、意外に根に持つタイプだ。


「よ、弱いところって言われても……よりによってそんなところ、タクミくんに触らせるわけにいかないでしょ。そうよね、タクミくん」

「あら……? ミリティアさん、胸のところに何か……ここが弱点ですか?」

「じゃ、弱点じゃなくて、それはっ……み、見なかったことにしておいて。優しいロコナさんなら、あたしを本気で困らせたりしないよね?」

「ぜ、全然優しくなんてないですけど……そこまで言われたら仕方がありません。タクミさん、ミリティアさんの弱点は首筋です」

「ちょ、ちょっと、いつの間にそんなの見抜いてっ……タクミくんも諦めてないで、ちょっとくらい抵抗をしなさいっ……あっ、待って、本当に首はっ……」


 女性の弱点は、女性同士だとよく分かるということか。


 いや、感心している場合でもないのだが。



 結局、三人がほとんど身体を洗い終えるまで『泥つき』は解除されなかった。

 放っておくと数日泥が落ちないというから『アンチアース・ソープ』の効果はあったと言えるが、さらなる改良が必要なのではないかと思う結果となった。



 ――『アンチアース・ソープ』によって地属性が中和

 ――『タクミ』『ロコナ』『ミリティア』の『泥つき』が解除



「ふぅ~……誰かと一緒に湯船に入るのは、子供の頃以来です」


 俺は先に浴室から出て着替える――二人はバスタブに浸かっている。ミリティアさんは仕事を終えたばかりだし、二人でゆっくりしてもらいたい。


「この家のバスタブは大きいわよね……それにしてもロコナさん……」

「はい?」

「その……お風呂に入ると楽だったりする? 普段重たいでしょう」

「……えっと、その……楽というか、軽いです。開放感があって」


 何の話か、俺の拙い想像力でも分かる。


 ロコナさんの胸が、お風呂の中で浮力を発揮しているということだ。


 しかしミリティアさんも、大きいほうだと思うのだが。


 いや、普段から見ているわけではない。


「タクミくん、大丈夫なのかしら……本当、色々な意味で」

「はい、タクミさんはいつも元気です。でも、工房でものづくりをしていると魔力が減るので、そのときは私の魔力を分けています」

「ロコナさん、そういうスキルを持ってるのね」

「はい、生活に関わるスキルが主に習得できるそうなんですが、それ以外のものもあります。あっ、そうです……武具や道具の手入れにも使えますけど、『日々の手入れ』はこういうことにも使えるんですよ」

「え……な、なに? じんわりしてあったかい……スキルを使ってくれてるの?」

「毎日のお肌のお手入れです。ミリティアさんはとても綺麗なお肌をしていらっしゃいますが、冒険のあとは念のためにしておくといいと思います。お顔をこうして……」

「ありがとう、ロコナさん……ああ、気持ちいい。ロコナさんの手って魔法みたいね、ちょっとしてもらっただけですっきりするわ」

「どういたしまして……あっ、ミリティアさん、私は大丈夫ですよ?」

「いいからいいから。小さくて綺麗な手……メイドさんだった頃も『日々の手入れ』をしてたのね。同じ女性として見習いたいけど、あたしはなかなかできないなぁ」

「そんなことありません、私はミリティアさんみたいな女性に憧れます……強い女の人になりたいので……」

「あたし? あたしは強いっていうか……ただ意地っ張りなだけなのかもね」


 二人の話は続いているが着替えも終わったので、これ以上聞いているわけにはいかない。


 こんな穏やかな時間を続けていくために、何ができるか。


 今はもう少しでいい、強くなるための時間がほしい。


 レベルアップと食事で能力が上がったなら、スキルが戦闘向きでなくても戦えるようになるかもしれない――そうすれば、この暮らしを守るために戦えるのだから。





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― 新着の感想 ―
[一言] 18禁ゲームやギャルゲーの字数稼ぎシナリオみたいなエピソードですね ゲームは絵やアニメがあるので序盤に挟んでもいいのでしょうが小説の場合、それがないため できれば、序盤でなくもう少し展開…
[一言] お嫁さんが2人になる可能性があるな……。(〃ω〃)
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