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第十話 改良型石鹸 その1



 『スリープスモーク』を作った二日後。


 他にも非常時に使えそうな道具が作れないかと思ったが、現状の素材で思いつくレシピにそれらしきものは無かった。


 これまでのレシピにもあったように、『合成』で作ったものを素材としてさらに『合成』するという工程もあるので、作成された『レシピ』でできるものを全て複数個作り、いかなる素材を要求されても対応できるようにしておく、というのが理想ではある。


 しかし工房に残っている材料には限りがあるので、何かの素材になるかもしれないからといって、用途の分からないものを手当り次第に『合成』することもできない。


(レベルによって作れるレシピが変わる……なんてこともあるのか? 料理関係のレシピが、色々材料が使えるようになっても思いつかないんだよな)


 カルボナーラ、クレール豆の醤油、味噌を使った料理。他にも俺が知っている料理は数多くあるのだが、『合成』でできるものでないと複雑な工程が必要で作れないものが多く、簡単そうなものでも『レシピ』が思い浮かばなかったりする。例えばタルタルソースなどがそうで、材料はあるが『レシピ』は作成されない。


 何でも『レシピ』を使って作れるわけではなく、一部のものに『レシピ』が存在し、『合成』することで特殊な効果がつく。俺のスキルはそういうものなのだろうか。


「何でも作れたら『合成師』というより、『創造師』みたいになるもんな。元クリエイターって意味じゃ、そっちの方がある意味合ってるか」

「タクミさん、タクミさんっ! 石鹸のことでご報告がありますっ!」

「あ……お、お帰りなさい、ロコナさん。練り石鹸はどうでした?」


 石鹸を売りにいっていたロコナさんが帰ってくる。


 材料を仕入れて、近所の奥さんたちの分だけ作った練り石鹸。『パピルマ草』という水辺に生える植物が、この街ではサラダの材料として使われているのだが、これが『パピルス紙』のレシピの材料だったので、作った紙で石鹸を包装し、売り物としての体裁を整えたのだ。


「もう、皆さん目を丸くされてました。今までお洗濯のために使っていた木の実の汁より、泡がきれいでいっぱい立つんです。それにお花の香りがして……」

「香り付けは植物性の材料なら何でもできますよ。花や果物を石鹸の中に入れたり、練り込んだりもできますし」

「それなら私、今度森に行ってお花を……」


 ロコナさんは言いかけて、言葉に詰まってしまう。


 森には魔物が出る。森に出向く他の住民たちも同じではあるが、ロコナさんにはそれだけではなく、備えなければならない危険がある。


「今はまだ駄目ですけど、いつか……お花や木の実を貰いに行きたいです。エルフは森で、大精霊様にお祈りをして、恵みをいただくことが生業なりわいですから」

「……そうですね。街の外に出るところを、あいつらに見られたら危険だ」


 街の中でもロコナさんは常に周囲に気を配っていなくてはならない。俺がついていて彼女のことを見守っていても、このレベルの低さでは、腕力に訴えられてしまうとどうにもならない。


 それならロコナさんの護衛を頼みたい――そう思って本人に提案もしたが、護衛がつくということは、彼女が日常的に関わる人々にも影響を与えることになる。常に誰かに見られている状態で、いつも通りの生活を送ることは難しいだろう。


「……私が今、いつも通りに外に出ているのもわがままだと分かっています。タクミさんが来てくれる前は、まだ取り立ての人も来ていなかったので、あまり心配せずに過ごしていました。でも、それも、怖いことを考えないようにしていただけなんです」

「向こうがそこまで悪意を向けてくるとは思わなかった……それは、仕方ないと思います。俺も不当な利子を要求されて、自分自身にも危険が及ぶなんて、縁のない話だと思っていましたから」

「……私もです。そう言ってくれるタクミさんがいなかったら、私……どうしたらいいか分からなくて、何もできなくなっていたかもしれません」


 ロコナさんは微笑む――不安を抱えていても、彼女は俺にいつも笑顔を向けてくれる。


 何よりも人に心配をかけまいとするところが彼女にはある。そのためには、空元気であっても笑うことができる。


「……タクミさんの石鹸の評判がいいので、少し得意になっちゃいました。私、やっぱりお家にこもっていなくてよかったです。近所の奥様方と一緒にお洗濯をしながらお話をしていると、私も奥さんになったような気がして……」

「それはよ……えっ?」


 それはよかった、と言いかけて、良いか悪いかといえば良いのかもしれないが、そういう問題でもないことをロコナさんが言ったと気がつく。


「皆さん、旦那さんや子供さんの服が綺麗になると喜んでもらえるって言うんです。自分のおしゃれ着を一番丁寧に洗うっておっしゃる方もいますけど、きっと両方ともの気持ちがあるんだと思います。私もタクミさんの服を綺麗にお洗濯できると嬉しいですし、それを着てもらえるともっと嬉しいです」

「は、はい……ロコナさんに洗ってもらった服は、すごく着心地がいいですよ。今まで数日に一度洗えればいいほうだったので、少し申し訳ないんですが」


 汚れた服を洗ってもらうのは悪いと思ったが、ロコナさんにはそんな理屈は通用しなかった。俺の服は風呂上がりには回収されており、翌日には問答無用で洗濯されていた。


 『メイド』であるロコナさんは毎日洗濯をしないと気がすまない主義である。


 彼女の持つ『質実剛健』というスキルは水仕事においてつきものの手荒れなどを防ぐ効果があり、そのあたりの心配はないのだが、この街の住民の慣習という意味では、毎日洗濯をするというのは有り体に言うと『普通ではない』部類に入る。


 その彼女でも、今までは洗っても落ちない汚れがあって悩ましかったという。石鹸を作って一番喜ばれたのは、近所の奥さんたちより何より、ロコナさんだったというわけだ。


「実は、最初は洗う前に匂いを嗅いでみたんですけど、少し酸っぱい匂いでした。でも、それくらいなら祖父や父の仕事着と比べたら可愛いものですから。私だって、薪を取ってこれなかったときはなかなか湯浴みができなかったり、服を洗えなかったりしますし」

「ははは……ええと、何と言えばいいのか……」


 これからは薪は俺が割るし、服も洗うことはできる。だがロコナさんの服を洗うとなると、別の覚悟が必要だ。


 しかし匂いを嗅がれていたとは――想像すると何とも言えないものがある。この可憐なロコナさんが俺の服をどうやって嗅いだのだろうか。俺の拙い想像力では上手くイメージできない。


「……あっ、酸っぱい匂いというのはですね、嫌というわけじゃなくて、タクミさんが毎日頑張っていたことがよく伝わってきて、私も頑張ってお洗濯をしなきゃなって思いました」

「い、いえ、それは気にしてないですが。いや、今後は嗅がないでもらえたほうが安心はできるんですが、ロコナさんのすることは止められませんし」

「よかった……だって、洗う前と洗ったあとで二度嗅がないと、どれだけいい匂いになったか分からないじゃないですか」


 言い方が多少問題なだけで、しっかり洗えたかどうかを確認したいとロコナさんは言いたいようなので、俺も深く考えずに許容すべきだろうか。


 そんなことで悩むのもどうかと思うが――などと考えているうちに、ロコナさんがはたと何かに気づいたように俺を見ていた。


「……タクミさんが今着ている服は、どれくらいになっているんでしょう」

「ど、どれくらいにと言うと……だ、駄目ですよ、着てる状態で嗅ぐのはっ……」

「少しだけです、襟元を少しだけ……気になってしまうと引き返せないんです、そういうことってよくありますよね」

「お、俺はあまりないというか、人の服の匂いを嗅ぎたくなること自体が……っ」


 ない――と言う前に、ロコナさんはあれよと言う間に距離を詰めてくる。


 レベル5とレベル3では機敏さに差が――と、ステータスに責任を転嫁している場合ではない。


「ちょっとだけです、ほんの少しだけですから……ね?」

「そ、それに許可を出してしまうと、これからどうなるのか……」


 肩に手を置いて止めたりなどもできないので、接近されるがままになる。


 亜麻色の髪からふわりと香る花のような匂い。


 自分の香りのほうがよほど魅惑的だということに、彼女は自覚を持ってくれていない。 


「どうなるかと言われたら……思い立った時に嗅がせていただきますけど」

「そ、それはやっぱり……っ」


 問題があるのでは、と言おうとしたところで。カランカラン、とドアベルが鳴った。


「はーい。どちら様ですか?」


 何となくだが、来客は借金取りなどではなく、危険なわけではない――と思うのだが、別の意味で妙な予感がする。


 ロコナさんが開けていいものか迷っているので、俺が代わりに出ることにした。


 ドアを開け、そこに立っていたのは――


「…………」

「うわっ……ミ、ミリティアさん……?」

「……分かってはいたけど、『うわっ』は酷くない?」


 ――ミリティアさんで間違いなかった。


 7級に昇格したという彼女だが、何か難しい依頼を受けてそうなったのか。


 それとも別の理由なのか。


 いずれにせよ、酷い泥まみれな姿になってしまっていた。


 俺の後ろから様子を見ていたロコナさんは、その姿を見て驚き、一も二もなく彼女に駆け寄る。


「大変っ、ミリティアさん、泥の沼で転んだんですかっ……?」

「あ、あんまり近づくと危ないよ、ロコナさんっ……」

「そんなこと、全然構いません。それよりミリティアさんを早く綺麗にしてさしあげないと……」


 ロコナさんはミリティアさんの手を取って連れて行こうとする――だが、ミリティアさんが「あっ」と声を出す。


「あ、あれ……? ミリティアさん、これって……取れなくなっちゃってますか?」

「ああ……ごめんね、先に伝えられなくて。この泥は、他の人が触っちゃうと『伝染』しちゃうのよ」

「そ、そうなんですか……人同士がくっついてしまうんですね。もし地面にくっついちゃったらここまで歩いてこられませんしね。良かったです、無事に帰って来られて」


 ロコナさんは驚いてはいたが、自分がミリティアさんとくっついてしまったことより、ミリティアさん自身のことだけを心配していた。お人好しというか、やはり彼女は優しい。


「まず事情を話させてもらうとね……ちょっと、泥を吐く魔物にやられちゃって。『泥つき』っていう状態異常にされちゃったの」

「『泥つき』……くっつくと取れない特殊な泥ということですか」


 俺が言うとミリティアさんは頷き、しゅんとしてしまう。


 彼女としても他に頼るところがなく、この工房に来たということらしい。


 命の危険はなさそうだが、人とくっついてしまうとは厄介な状態異常だ。


「このままだと宿にも戻れないし、普通に洗っても落ちなくて……前のときは自然に回復するまで、森で野宿するしかなかったのよね」

「森が安全なときならいいですが、魔物が出るときは危険です。こちらに来てもらえてよかったです、さあ、中に入ってください」

「えっ……そ、そうじゃなくてあたしは、ここで何かいい知恵をもらえないかなって……タクミくん、どうやって落とせばいいかわかったりする?」

「そ、そうですね……泥汚れなら『石鹸』で落ちるかもしれないですが」


 『泥つき』という状態異常が治るかどうかは分からない。そう言いかけた瞬間だった。



 ――スキル『合成』に必要な『レシピ』が発展



(そうか、あの材料を石鹸に混ぜれば……)


「ロコナさん、工房に『水精の雫』という薬が置いてあったんですが、これは使っても構いませんか?」

「はい、大丈夫です。それはもともと、水精霊の魔法を使ったときにできるお水で、祖父が鍛冶をする時に使っていたものなんです」

「『水精の雫』って……飲むと水の耐性がつくポーションじゃなかった? それを飲んでも『泥つき』は治らないと思うけど……」

「たぶん、そのまま身体にかけても効果はあると思いますが、それでは液体の量が足りません。俺が作った『石鹸』に足すことで、『泥つき』を解除することができるはず……だと思うんですが。まだ使ったことがないので、狙った効果が出るかは賭けになります」


 すでに効果が実証されているものでなければ、なかなか人に勧めることはできない。


 俺が『泥つき』になって試せればいいのだが、その泥を吐く魔物はレベル8のミリティアさんでも苦戦するわけで、レベル3の俺では攻撃を食らうこと自体が命取りになりかねない。


 かといってミリティアさんにぶっつけ本番で使ってもらうというのはいかがなものだろう、と考えていると、『がっし』と俺の腕をミリティアさんが掴んできた。


「あぁ……つ、つい迷惑はかけられないからって、引き留めようとしちゃって……」

「あの……ミリティアさん…………これで俺もくっついたってことですか?」

「ええと……ご、ごめんなさい! タクミくんが『泥つき』を治す石鹸を作ってくれるまでは、どうやっても取れないかも……」

「ええっ、そんな……タクミさんまで『泥つき』に……!?」


 ロコナさんがミリティアさんにくっつき、ミリティアさんの手が俺の二の腕にくっついている。


 これで三人仲良く『泥つき』ということになってしまった。


「……ミリティアさん、この状態になると、泥で汚れる以外にどんな問題があるんでしょう」

「ええと……一度ついた泥は取れないから、どんどん泥攻撃を受けると動けなくなっちゃうのよ。これでも、あまり攻撃を受けないうちに倒したんだけどね」

「ああっ……つい、顔を触っちゃいました。タクミさん、私どんなふうになってます?」

「そ、そんなに泥はついてないですが……とりあえず、急いで石鹸を改良します。それが終わったらお風呂を沸かしますから」

「タクミくん、ほんとにごめんね。この埋め合わせは絶対するから」



     ◆ ◇ ◆


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[一言] くっついてしまった3人。 石鹸、お風呂……ラッキーすけべの予感!
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