第八話 魔石の欠片 その2
「ロコナさん、細い紐のようなものはありますか? できるだけ丈夫だといいんですが」
「はい、麻の糸でも大丈夫でしょうか?」
そう言ってロコナさんが糸を持ってきてくれる。
これだと一本一本が細いので、用途を考えて何本かの糸を撚り合わせることにする。
――スキル『形成』を発動 制作物:『麻の細縄』
――使用素材「麻の糸」3個
「うわ……すごい手際。そんな細かいこと、よくそんなに早くできるわね」
『形成』の発動の仕方にも色々あり、土壁を別の形に造形するときは手で触れるだけでいいのだが、今回の場合は自分の手がほぼ自動的に動いて、麻の糸三本から縄を綯っている。
元から単純な繰り返しの作業は得意なのだが、これも同じような感覚で面白い。
そして見る間にできた『麻の細縄』を材料にして、今度は魔石の欠片と『合成』する。
――スキル『合成』を発動
――使用素材1「麻の細縄」
――使用素材2「魔石の欠片」20個
「えっ……い、今の、どうやったの? 魔石に縄を通すなんて、道具もなしでどうやって……」
「タクミさん、やっぱり凄いです……こんなことができたら、きっと熟練の職人さんにも引けをとらないです」
ミリティアさんは目を白黒させ、ロコナさんは手をぱちぱちと叩いて身に余るほどの称賛をくれる。
俺にも原理は分からないが、魔石の欠片に小さな穴が空き、そこに麻の細縄が通っていく。
本来なら千枚通しや錐などが必要になる工程だが、俺の『合成』は道具を必要としない。
――レシピ『魔石片の腕輪』合成成功 完成度A
――スキル使用経験を獲得 レベルが3に上昇
――スキル『装成』を獲得
(またレベルが上がった……! やっぱり、スキルを実践で役立てることが必要なんだ)
レベル2になるまでが長かっただけに、3になるのがとても早いと感じる。
しかし遼樹たちも最初のうちだけレベルがすぐに上がっていたので、本来召喚されてからの序盤はそういうものなのだろう。
そしてレベルが上がると同時に、身体に力がみなぎってくる感覚がある。
強くなっているという実感は、ステータスの数字にも現れていた。
◆ステータス◆
タクミ・フカボリ 勇者候補生100番 男性 二十八歳
クラス:合成師
レベル:3
体力:20 魔力:15 攻撃力:18+5 守備力:15 機敏さ:15+5 精神力:25
勇者適性値:判定不能
そして『クレール麦味噌』を使った料理は攻撃力と機敏さに補正がかかると分かった。
今日は『カルボナーラ』を食べていないので守備力の補正は無いが、食事の効果は十二時間くらい続くと分かっているので、今日の朝食の味噌汁の効果は日中ずっと続くだろう。
「魔石の欠片が綺麗ですね。ミリティアさん、普段腕輪はつけられますか?」
「何言ってるの、これはロコナさんのために作ったに決まってるじゃない。タクミくん、そうでしょう?」
魔石の欠片を有効に使うために、新たなレシピを試したかったというだけなのだが――確かに、こんなに綺麗にできたし、ロコナさんにも何か感謝を伝えたいとは思っていた。
(渡りに船というわけじゃないが……し、しかし、受け取ってもらえるんだろうか。いきなり手作りの腕輪とか、重たいと思われないか……いやいや、それこそ深く考えすぎだ)
「……え、ええと。ロコナさんがよかったら、初めて作ったにしては仕上がりはいいですから、その腕輪を貰ってくれませんか」
ロコナさんはミリティアさんに、普段腕輪を着けるかと聞いた。それは、自分が着けることは全く考えていないからだ。
つまり腕輪を贈ると言っても、迷惑になってしまう可能性がある。
もし要らないと言われても、それは無理からぬことなので、俺も彼女が喜んでくれるようなものを他に――
「……ふぁぁぁぁぁっ」
「えっ……ちょ、ちょっと、ロコナさん、どこ行くの!?」
ロコナさんは急にどこから出したのか分からないような声を出すと、走って逃げ出してしまった。手に取って見ていた腕輪は持ったままだ。
そして部屋の物陰に隠れているのだが――長い耳だけが見えていて、ふるふると子うさぎのように震えている。
身体を隠して耳隠さずとは、エルフならではだ。
「……わ、私、タクミさんから色々なことをしてもらっているのに、まだお返しとかそういうことは全然できていないですし、恐れ多いといいますか、その、でも……っ」
「じゃあ、あたしが貰っていってもいい?」
「だ、駄目ですっ……あぁっ……!?」
ミリティアさんに釣られてロコナさんは姿を見せてしまう。
とても大事に、腕輪を胸に抱きしめるようにして持っている。
もうそれだけで、大切にしてもらえそうだと伝わる。
「もっと綺麗な装飾品が作れるようになるまで、それを持っていてください。俺はこれから、職人としてできることを毎日探していきます。作れるものも必ず今より増やしますから」
「……なんだかちょっと損な役回りな気もするけど。あたしもジェラルドさんに恩があるからってだけじゃなくて、ロコナさんに何かしたいって思うから。これからお姉さんが二人を見守っててあげる」
「ミリティアさん……」
「……ん? ミリティアさん、損な役回りというのは……」
気になって聞いてみると、ミリティアさんは肩をすくめて苦笑する。そして俺の肩を叩くと、また不意に距離を詰めてきて耳元で囁いた。
「ジェラルドさんは頑固な人だったけど、すごく優しいお爺さんだった。あたしのことも頼ってくれていいから、ロコナさんを絶対守ってあげてね」
ミリティアさんは、ロコナさんが置かれている状況をまだ知らない。
そしてロコナさんは、ミリティアさんに心配をかけることは望んでいないように見えた。
つまり、ミリティアさんにロコナさんの身辺を守ってもらうといったことは考えないほうがよいのかもしれない。
それをしてしまえば、ミリティアさんがバルトロ一家とぶつかることになる。
冒険者の仕事では、戦闘といえば魔物を相手にするものがメインだ。たまに野盗などを相手にすることはあるが、基本的には騎士団が統轄する守備兵が対応にあたる。
町で幅をきかせている、言うなればギャングのような集団は、冒険者の仕事としては管轄外だ。バルトロ一家は騎士団の干渉を受けるくらいの悪事を行ってはいないし、ギルドで賞金をかけられているわけでもない。
いずれ状況が変わるのを待つか、それとも――いや、焦ってはいけない。
しかし、借りられるならミリティアさんの力を借りたいと、そう考えずにはいられない。
「ミリティアさん、あの……」
話を切り出そうとしたとき、「きゅるる」と可愛らしい音が鳴った。
「……あっ。ご、ごめんなさい、ここに来るまで食事をとってきてなくて……工房に入ってから何かいい匂いがするから、つい……」
「ふふっ……ミリティアさんも、タクミさんのお料理が気になるみたいですね。せっかくですから、お昼を一緒にいかがですか?」
ロコナさんが微笑むと、どんな場合でも空気が和らぐ。
顔を赤らめていたミリティアさんだが、俺のほうを見やって控えめに頷いた。
「タクミくん、料理までできるとか……それだけ何でもできると、一家に一人置いておきたくなっちゃうわね」
「はい、本当に。でもタクミさんは一人しかいないので、我が家に居てもらわないと困ります」
こんなふうに、取り合いのようなやり取りをされるなんて、前のパーティでは考えられなかったことだ。
いや、一条さんや漆原さんに対してそういったことを期待したことはないのだが。
「ミリティアさん、俺の料理を食べると少し冒険に有用な効果が付与されると思います。食事をしたあとに、ステータスの変化を確かめてもらえますか?」
「ええ、食材によってはそういう効果が出たりもするわね」
そんな話をしながら、俺たちは昼食をとることにしたのだった。
◆ ◇ ◆
勇者候補生は念じることでステータスの確認ができるが、基本的にこの世界の住人はそういったことはできない。だが各種ギルドに登録していれば、ギルドカードを使って自分のステータスの確認ができる。
ミリティアさんは食事を終えると自分の冒険者のギルドカード(革のカード入れに入っていて、カードの色は分からなかった)を見て、今日何度目かの感嘆を口に出した。
「攻撃力が5、機敏さが5も上がるなんて……美味しいだけじゃなくて、こんな効果があるなんて。タクミくん、あなたの職業って一体何なの……?」
驚く以上に、ちょっと引かれてる?
やはり『合成』で作れるものについては、商品として売り出すにしても慎重になったほうがよさそうだ。
「本当に美味しいですよね……私、食べているといつも頭がぽーっとして、意識が遠くなっちゃうんです。本当に病みつきになってしまいました……」
「ロコナさん、その言い方だと誤解がですね……ミリティアさん、ロコナさんはこの調味料で酔っ払ってしまうらしいんです。それで、控えめにしてはいるんですが」
「ふ、ふぅん……まあ、あたしも大人だから? タクミくんがロコナさんの喜ぶようなことをしてるのなら、お咎めはなしにしておいてあげるけど」
思い切り勘違いされてしまっているが、訂正しようと必死になっても逆に怪しくなってしまいそうだ。ロコナさんには味噌と醤油はセーブして使うと話しているのだが、やはり使う量が少ないと味として物足りなくなるという問題がある。
「……あたしも時間差で酔っ払ったりしない? 今日はもう仕事はないし、ゆっくり武具の手入れをしたいからいいんだけど」
「お手入れなら、私たちクラウディール工房にお任せなのれすよ~。えへへぇ……タクミさんが作ったそのレイピアを、私が綺麗に磨き上げてあげますれす」
急にロコナさんのろれつが怪しくなる。
ミリティアさんは多少不安そうだったが、武具の手入れについては俺たちの工房に任せてくれた。
ロコナさんが自信を持って言う通り、『メイド』のスキル『日々の手入れ』によって、ミリティアさんのレイピアは新品同様に磨かれることになった。
酔っているように見えても彼女の『メイド』としての仕事ぶりはさすがとしか言いようがなく、俺も見ていて感心させられる。
「タクミくんとロコナさんって、色々な意味で相性がいいみたいね」
「そうですね、『メイド』というクラスのスキルは凄いものが多いです……ど、どうしたんですか? そんな、呆れたような顔をして」
ロコナさんは一通り働いて、今は椅子に座って目を閉じている。
というか、眠っている。
「むにゃ……タクミさん……もっと……もっとください……おしょうゆ……」
途中まで何を言うのかと焦ってしまったが、何とか平和なところに着地した。
ミリティアさんも頬を赤らめつつ、また俺の肩をぽんと叩いてから店を後にする。
「……すー……すー……」
無防備に眠っているロコナさん。
ミリティアさんが気遣ってくれたのも分かる。
眠っていても、エルフという種族の神秘的な空気は変わらない。
面と向かって言えることではないが、本当に綺麗な人だと思う。
テーブルに乗ってしまっている胸が、ちょっと苦しそうにも見えるのだが、無防備な分だけ信頼してもらえているのだから、それを光栄に思わないといけない。
彼女が風邪を引かないように毛布をかけ、俺は工房に入り『魔石片の腕輪』を作るときには使わなかった大きめの魔石を見ながら、これで何が作れるのだろうと想像を巡らせていた。
遼樹たちのパーティを外されたときには、俺は何をしたいとか、どんなふうに生きたいかなんてことを考えられていなかった。
だが、今は違う。
何もかもが、ロコナさんと出会ってから変わっていった。
できるならずっと、この工房での平穏な日々が続けばいい。
そのうちにレベルも上がって、きっとロコナさんを守る力を手に入れられるはずだ。
同時に、俺は少しでも早く行動を起こさなければならないと分かっていた。
バルトロ一家をそのままにしていてはいけない。彼らのしている理不尽は、きっと今も誰かを苦しめている。
(苦しんでいる人を助けるのが『勇者』だというなら、勇者候補生であることを諦めた俺が、今さら人を助けたいなんていうのは自分勝手な話だ。俺に、そんなことを考える権利があるのか?)
『僕たちが、匠さんのスキルを活かす方法を見つけられていたらという思いはあります。申し訳ないと言うべきは、僕らの方です……だから、これは受け取ってください』
ほとんど手つかずで残った金貨五十枚。それでバルトロ一家に引いてもらい、金輪際ロコナさんに近づかないと約束してもらう。
しかし俺は、それほど都合よくは考えられない。
筋の通らない要求に応じたあと、相手が素直に引いてくれるなんてことは、よほど優しい世界でなければ起こり得ない。
「やっぱり……俺が、強ければ……」
遼樹に、一条さんに、漆原さんに向けられる皆からの視線――勇者候補生の中でも有望と言われ、この町の冒険者ギルドで彼らの名前を知らない者はいない。
強者である遼樹たちに周囲が抱く感情は敬意だけではなく、畏怖も同じだけ込められていた。
仮にも仲間だった俺も、例外ではなかった。信じがたいほどの早さで異世界に順応し、強くなっていく仲間たちを見て、恐ろしいと思った。
それだけの力があれば、バルトロ一家も手出しをしようとは考えないだろう。
レベルが上がり、ステータスが上昇していくほどに思う。どれくらい強くなれば、バルトロ一家が手出ししない力を得られるのか。
しかし全ての人が『クラス』を持つ世界では、相手が戦闘向けのスキルを持ち、自分が持っていなければそれだけで圧倒的に不利となる。
(……先ほど獲得した『装成』……また、使い方が分からないスキルだ。これが何か分かれば……いや、俺のクラスは生産職で、戦闘向きじゃない。だったらこのスキルも、おそらく……)
これについては答えが出ないので、レシピについて考える。
この工房にある材料でレシピは思い浮かんでいるが、まだ作っていないものが幾つかある。
「ボルガノ石と月光草……これでこんなものが作れるのか」
レシピ名は『スリープスモーク』らしい。
もし窮地に追い込まれたときに使えそうな道具だったら、何かの役に立つかもしれない。
――スキル『合成』を発動
――使用素材1「ボルガノ石」1個
――使用素材2「乾燥した月光草」3個
――レシピ『スリープスモーク』合成成功 完成度B
スモーク――文字通り煙幕を発生させるのだろうか。材料が二つ分あるので、二つ作ってみて一つは使用法の確認に使ってみることにする。
町外れでテストしたところ、『スリープスモーク』は地面に叩きつけることで爆発的な白煙を起こすものだと分かったのだが、風下に煙が流れていったことで、町の周辺にいる魔物たちを眠らせてしまうという微妙に困った事態になってしまった。
月光草はそのまま食べても眠りを良くする効果があるとロコナさんは話してくれたが、食べてすぐに爆睡するようなものでもないらしい。
やはり『合成』でできるものは、通常の規格を外れたものになることが多いようだ。




