第六話 メイドの奉仕
味噌と醤油の完成度は『B』だったが、その味は俺の渇望していたものに他ならず、夕食の準備を始めた現在も、内心でかなりテンションが上がっていた。
「タ、タクミさん、そんなにたくさん『みそ』……? を入れるんですか?」
まだ味噌という言葉が言い慣れないようだが、味噌汁を作るために味噌を野菜の入った鍋に溶き入れていると、ロコナさんは少し慌てた様子を見せた。
「ロコナさん、味噌と醤油は使い切ってもまた作れますから安心してください。ちなみに今作っている料理は『野菜スープの味噌仕立て』です」
味見用の小皿などがあると料理人気分になれそうだが、現状では無いので大さじにスープを掬い、こぼれないようにもう片方の手で受けつつロコナさんに差し出す。
――レシピ『野菜スープの味噌仕立て』合成成功 完成度B
――スキル使用経験を取得
完成度をA以上にするには、よりよい食材を使うか、足りない材料を埋めなくてはいけないのだろうか。今回足りなかったのは、味噌以外に旨味をプラスするダシなどだ。だが、味噌だけでも十分にいい味が出ている。
「さあ、味見をしてみてください」
「っ……は、はい。んっ……はぁぁっ……!」
醤油のときよりさらに反応が大きい。
野菜入りの味噌汁なんてそんなに珍しいものじゃないが、エルフのロコナさんにとっては、どうも味噌と醤油はものすごく好みの味らしかった。
この街の料理は、味付けがシンプルで旨味を感じにくい。
そういうことなら、味噌や醤油だけでなく、動物性のダシや、昆布ダシなども使えれば、あっという間に繁盛する料理店ができてしまいそうだ。
エルフのロコナさんだけでなく、他の住人にも受ける味であればだが。
「……こんなに美味しいものを教えてもらえるなんて。タクミさんは本当に……」
「ロコナさん、味はどうでした?」
「あ、は、はいっ、とっても……あの、一匙だけでも夢を見ているみたいというか、身体がふわふわして、どこかへ飛んでいってしまいそうでした」
味噌汁の感想にしては幽体離脱もとい逸脱しているように聞こえるのだが、いいのだろうか。
シンプルな味噌汁で、ダシは野菜から出る甘みなどしかないので、俺としては昆布か節系のダシを加えたいところではある。この世界では昆布が食材として流通している場所があるのだろうか。
「じゃあ、あとは沸騰しないように火加減を注意して……」
「はい、それは私に任せてください。生活魔法の扱いは得意なので」
料理に使う炎は、ロコナさんの魔法によって調節されている。沸騰しないようにというオーダーに、ロコナさんは見事に応えてくれた。
「……あ、あのっ、タクミさん、はしたないことだとは承知のうえで、その……」
俺も何となく察することができるようになってきた。
「遠慮なく味見してください。火傷をしないように気をつけて」
「はい……すみません、かき混ぜているだけでも、ぽーっとしてしまって……こんなふうになったのは初めてです」
控えめに匙で味噌汁をすくい、味見をするロコナさん。
味噌汁は毎日ではないほうがいいかもしれない。
いくら気に入ってもらえても、ロコナさんが艶っぽくなりすぎてしまう。
エプロンをつけている姿もあいまって、俺は不覚にも、あらぬ妄想をしてしまう。新婚の奥さんを横から見ている旦那さんは、きっとこんな心境なのだろうか。
(っ……なんて図々しいことを考えてるんだ、俺は。そういうところだぞ、よくないのは)
つい、では済まないようなことを想像してしまい、自分を戒める。
同居するといったって浮ついてはいけない。
信頼は積み重ねるのに時間がかかっても、崩れるのは一瞬だ。
「タクミさん、先程準備していたもう一品はどうしますか?」
「あ……そ、そうですね。そろそろ焼き始めましょう」
俺はあらかじめ、下準備しておいた肉を取り出す。
市場で買った塩漬けの豚肉を水に漬けて塩を抜き、醤油を塗りこんで置いておいたものだ。
塩気がきつくなりそうだが、塩漬けといっても表面に塩がすり込んであるだけなので、塩抜きをすると肉の旨味が濃くなり、適度に塩味を抑えることができるはずである。
「よし……焼いてみるか」
フライパンは無いので、浅い鍋に脂身を塗りつけ、豚肉を入れる。
肉に熱が通ってきたら、大さじ一杯の醤油を鍋の端を伝って回し入れる。
――レシピ『塩豚の醤油焼き』合成成功 完成度A
――スキル使用経験を取得
(おっ……今回は足りない材料がないからか、完成度が上がった!)
醤油が焦げる香ばしい香りが立つ。
バター醤油、にんにく醤油といったアレンジをすればさらに完成度は上がるだろうが、これでも十分すぎる出来だ。
「ロコナさん、できましたよ」
「……タクミさん、今、いったい何を……私、このままだとどうなってしまうのか……」
ロコナさんは頬に手を当てて、火を落としてもジュウジュウと音を立てている肉を見つめる。
俺は禁断の料理を作ってしまったのかもしれない。
『合成』を覚えたことで、俺は材料さえあれば地球のレシピを再現することができるようになった。醤油と味噌が作れたということは、装備品に限らず食料、あるいは薬なども合成できる可能性もある。
俺が『使ってもいい』と認識できる素材を多く手に入れることで、武具だけでなく、お客さんのあらゆるニーズに応えられるようになるかもしれない。
この工房の中にあるものについても、使えるものがないか改めて探させてもらうのもいいだろう。
そんなことを考えつつロコナさんの方を見ると、彼女は未だにうっとりとした表情を浮かべていた。
「……あっ、す、すみません、私、ご飯のことで頭がいっぱいで……」
「ははは……じゃあ、食べながら話をさせてください。これからのことについてなんですが」
「はいっ、配膳は任せてください、お料理のスキルは覚えられていませんが、他のことについてはこれでも専門のメイドですので」
「配膳に使えるスキルって、何だかすごく便利そうですね」
「『おもてなし』というスキルがあって、これがあるとお客様に好印象を持っていただけるんです。配膳だけでなく、メイドとしての色々な場面で生かせるスキルなんですよ」
えっへん、と胸を張るロコナさん。
そうすると、豊かな膨らみが強調されてしまい、見ないようにしていても視線が行ってしまう。
「……え、ええと、タクミさんもこの工房に来ていただいたばかりですから、できるだけおもてなしさせてくださいね。お料理は任せきりですけど、他のことなら何でも……あっ……」
「その、何でもというのは……」
「あ、あのっ、その、何でもというのは、できる限りということで、私たち会ったばかりなので、できる限りというのも、ちょっとずつというか……っ」
「ちょっとずつでも助かります。お祖父さんの大事な工房ですから、勝手に触ったりはしません。工具や素材で使えるものがあったら一つずつ確認させてもらえれば……ってロ、ロコナさん?」
ロコナさんは何か慌てている様子だったが、俺が話している途中からぴたっと動きが止まり、みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「……そ、祖父のものは、使えたら使ってほしいと言っていたので……その、何でも使っていただいて大丈夫です」
「ありがとうございます。それでロコナさん、食事が終わったら何かお手伝いすることはありますか?」
「いえ、今のところは……タクミさん、お風呂には入られますよね? 私、これから薪を割ってきます。当面の分を使ってしまっていたので」
そういう力仕事こそ俺に任せてほしいのだが、ロコナさんにはそういう発想はないようだ。
一条さんは荷物持ちなど俺がやって当然という態度だったが――と、前のパーティにいた頃のことを思い出しても、徐々に気持ちが沈まなくなってきている。
必要とされてする仕事と、何もできないから命じられる雑用では全く違う。俺は今日一日、色々とやってきたのに、まだ全く疲れていないし、やる気に満ち溢れていた。
「薪割りって、斧を使ってするんですか?」
「はい、祖父が作ったものがありますので」
「じゃあ、その斧を使わせてもらってもいいですか。木材も俺の技能で加工できるようになるかもしれないですから」
あまり手伝おうとしすぎても、重いと思われるかもしれない――一瞬そんな考えが浮かぶが、ロコナさんは嬉しそうに笑いながら言った。
「日々の暮らしに使う薪割りも、メイドのお仕事なんです。タクミさんに薪割りのお手本を見せてさしあげますね」
この世界では化石燃料は使われておらず、燃料といえば薪であり、薪割りは生活を構成する仕事の一つだ。ランタンなどの明かりには油を使うが、炊事や湯沸かしとは必要な火力が異なる。
鍛冶に使う炉を高温にする際には、ロコナさんの祖父とお父さんは鍛冶スキルを使い、コークスを作って使っていたそうだった。
今はコークスの在庫は工房にはないので、仕入れるか、もしくは作り方が分かれば『合成』できる可能性もある。
実際にロコナさんに薪割りを見せてもらうと、実にこなれたものだった。
俺も手伝わせてもらって何本か薪を割ると、彼女は拍手をして褒めてくれた。
照れくさいが、今は何をしても充実しているとしか感じなかった。




