01 一体いつから転生特典は選べるものだと錯覚していた?
本編スタートです
俺はいつも逃げていた。
人から逃げて、世の中から逃げて、そして自分からも逃げてしまった。理由は自分でもよく分からない。多分、怖かったのだろう。いつの間にか俺は、逃げる癖が付いていた。
小さい頃から、騒がしい所には近付かないようにし、意見を求められれば誰かに賛同する。周りからは大人びてるとか言われてたが、そんな評価も曖昧に受け流していた。
そんな学校生活の舞台が中学校に変わって1ヶ月くらいだっただろうか。日直という面倒な役割が俺に回ってきたのが2回目の時ときである。つい出来心で仮病を使って学校を休んでまった。
それから何となく学校に行きづらく、そのまま俺の引き篭もり生活が始まった。
親は気に掛けてくれたが、曖昧な返事や沈黙でやり過ごし続けていた。そのまま中学は終了してしまった。
その間、家で何をしていたかとしていたかと言うと、アニメやマンガ、ゲームなどだ。その中でも特に、オンラインゲームにハマっていた。
パソコンは父のお下がりがあった。お下がりと言っても、父はSEだったので、性能としてはかなりのものだった。
プレイしていたのはよくあるMMORPGもので、俺の戦闘スタイルは速度重視のヒットアンドアウェイ。一撃離脱戦法だ。
モンスターやNPCではこの戦法は飽きやすいので、PKばかりしていた。ターゲットは低レベルプレイヤーや、戦闘後で体力を消耗したプレイヤー。あっという間に接近し、攻撃して去って行く。
そしていつの間にか、PK数は全プレイヤーの中でズバ抜けてトップになっていた。ただ、そんなプレイを続けていたせいで、多くのプレイヤーの恨みを買ってしまった。
もちろんギルドには所属してないし、フレンドもゼロ。顔見知りはいなくもないが、それは全て俺を狙ったPK。
殺る殺られるかの逃亡ライフだが、これはこれでスリルがあって面白かった。画面越しでは恨みや憎しみは感じないし。
心のどこかで、このままではいけないんだろうなと思いつつ、俺は部屋に篭もった不健康な生活からは抜け出せずにいた。
そんな碌でもない人生を送っていた俺だったが、ある日、気分転換に近所のコンビニに向かって歩いていた。
途中の交差点で赤信号を待っていると、隣に女の子が立ち並んだ。小学生くらいだった。
よほど急いでいたのか、信号が待ち遠しくそわそわしており、信号が変わった瞬間飛び出した。
横から何かが迫ってくる。速度を上げたトラックだ。あの速度ではブレーキも間に合わないだろう。
気が付けば、俺は飛び出していた。
女の子を突き飛ばして、俺は立ち止まる。
それが引き篭もりの体力の限界だった。
これで俺の人生は幕を閉じるのだろう。
短い人生だったな。
死ぬのは嫌だな。
死にたくないな。
でもどうしようもないな。
そうだ、この先、碌でもない人生が続くのなら、ここで死んだ方がマシかもしれない。
逃げてばかりの人生だった。
それが最期に人助けが出来た。
それなら、生きた価値もあったと言えるだろう。
場違いにもトラックの運転手と女の子に感謝しようと思ったところで、その時がやってきた。
全身を引き裂かれるような痛みが走った。
痛い!
痛い痛い痛い痛い!
血がどんどん減っていく。
怖い!
怖い怖い怖い怖い!
呼吸も困難になってきた。
苦しい……。
苦しいよぉ……。
誰か、誰か助けて。父さん、母さん、苦しいよぉ。
痛みと恐怖と苦しみで感情が埋められていく。
他には何も考えられなくなっていく。
これは地獄だ。
逃れられない、痛みと恐怖と苦しみ。
それが永遠と続いていた。
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苦しい。怖い。苦しい。怖い。
いつしか痛みは無くなり、苦しみと恐怖だけが続いていた。
真っ暗で何も見えない。
何処へ向かっているかも分からない。
何も掴めない、宙を漂う感覚。
苦しい。怖い。苦しい。怖い。
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苦しい。怖い。苦しい。怖い。
まだ続いていた。
終わりがあるのだろうか。
先が見えない心配から、更に恐怖心が増していく。
苦しい。怖い。怖い。苦しい。怖い。怖い。
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苦しい。怖い。怖い。苦しい。怖い。怖……ん?
突然、真っ白の光に包まれた。
苦しみは吹き飛ばされ、光の安心感から恐怖も消えた。
何が起きたのか分からないが、助かったのならそれでいい。
何処からともなく声が聞こえる。
『人の魂よ、意識はありますか?』
もうだいぶ意識は朦朧としていたが、なんとか自我を思い出してきた。
(あなたは?)
『申し訳御座いませんが、私がどのような存在か、お答えすることはできません』
聞こえるというよりかは心に直接話しかけているかのような感じだ。
声は発することは出来なかったが、念じることで伝わるのか返答が返ってきた。質問に対する答えにはなっていないが。
どんな存在であれ、地獄から解放してくれたのだ。感謝の念しか湧いてこない。
だんだん落ち着いてきた。
周りを見渡そうとしたが、見えるのは一面の白色だけだ。自分の体も見えず、感覚もない。相手の姿も見えない。
ひとまず、声を掛けてくれる存在を何て呼ぼうか。目に見えないからスケさんとか呼んで良いのだろうか。
『どうぞご自由にお呼びください』
(俺は、どうしてここに?)
『あなたは死を迎えました。しかし、あなたが最期にとった行動は非常に尊く、賞賛に値するとのことです』
そんなに凄いことだろうか。
『人のために己の命を掛けることなど、そう簡単には行えないものです。そこは誇っても良いですよ。ただ、あなたは少々、自分の事に対して投げやり気味です。そこは直した方が良いですね』
直すも何も、もう死んでしまったし。
『通常は死後に人格を残しておくことはございません。今からの特別な処置の為に意識を保って頂いております』
もしかして、本来はあそこまでの辛い思いをしなくて済んだのか?
『普通は記憶が無いだけで、苦しみは続きます。それも果てしない、悠久の時を』
それは、嫌だな。
『話を戻します。あなたには、新たな人生というチャンスを与えることとなりました』
新たな人生……結局最期は悲惨な死を迎えるとなると、素直に喜べないな。
『それはあなたの生き方次第です』
生き方か、善処しよう。
『それで、元の世界で生き返らせる訳にも行きませんので、特例として別の世界に転生して頂きます』
異世界転生、それを聞いて俺は心か躍り出すのを感じた。ラノベやアニメで夢見ていたことが、今ここで現実となっているのだ。これで喜ばない若者はいない。
これまでの鬱屈とした人生から、ラノベの主人公のような輝かしいチートハーレムライフを満喫するのだ。
『転生先は過酷な世界ですので、特別な能力をプレゼント致します』
転生特典キター! スケさん太っ腹ー!
これで異世界ライフが左右されるのだ。慎重に選ばねば。
『彼の地では人族は職業がステータスやスキルを左右します。職業の中でも生まれながらにしか就くことが出来ない特別なものがあります。それは天職と呼ばれます。あなたには天職を授けましょう』
なるほど、職業か。ステータスもあるというのだからゲームみたいな世界とみた。
特別な職業となると勇者が定番だろうか。他には賢者とか、神子とか、国王も含まれるのか?
『細かいことは現地でお聞き下さい。さて、あなたに適正がある天職は…?』
聞けるかなぁ。引き篭もりでコミュ障の俺に聞けるかなぁ。
しかし、どうしたのだろう。スケさんが戸惑っているように見える。
(何かマズいことでも?)
『いえ。ただ、適正のある天職が1つしか無かったものですので』
(なん……だと……!?)
『一体いつから特典は選べるものだと錯覚していたのですか?』
スケさん、相当動揺してるみたいだな。
選べないなんて、なんか凄く損した気分だけど、まあ、貰えるだけ有難いとするか。
『では、天職も確定したところですし、転生を開始します』
えっ、もう終わり!? 何の天職かも教えてくれないの?
(ちょ、待っ、心の準備が……)
『それでは、あなたの新たな人生に幸あらんことを』
唐突に別れを告げられ、そこで俺の意識は途絶えた。
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とある王国の城下町。大通りの中央に噴水のある広場がある。いつもは人で賑わっているが、まだ日も昇らない早朝には誰もいない。
そこに突然、黒い霧が人並みの大きさの塊となって現れた。深い闇を濃縮したような霧で、人一人くらいは余裕で包める程の大きさだ。
やがて霧は人型となり、一人の人間が現れた。背は高く、体つきは丈夫そうだが、姿勢が猫背で気弱そうな雰囲気を纏っている。
東の空が少しずつ明るくなってきて、男の顔が顕わになる。端整な顔立ちをしていても、目つきは酷く荒んでいた。うっすら見える街並みを男が見渡し、荒んだ目のまま不気味に笑った。
「ふ、ふはははは。ここが、俺の世界だ」
その低い声を聞いた者は、誰もいなかった。
今回の死亡シーンは、筆者の死にかけた体験をもとに書きました。
生きている素晴らしさを少しでも感じて頂けたら幸いです。