魔王 VS 勇者と愉快な仲間達
「待ちなさーい!」
そう言われて待つ人はいるのだろうか。
背後から聞こえてくるやかましい女の命令には耳を貸さず、俺は全力で逃げ回っている。
絶世の美少女に追いかけられるなんて、本来は誰もが羨むシチュエーションである。「アハハハ、捕まえてごらーん」みたいな事を、人生で一度は言ってみたいと思わなくもないが、そんな余裕はこれっぽっちもない。
俺と彼女の関係は、魔王と勇者なのだから。
「閃光剣! はっ! せぃっ! やあぁっ!」
勇者お得意の光の剣術を使って、斬撃を飛ばしてくる。
それを俺は避ける、避ける、更に避ける。しかし、最後の一撃を擦ってしまった。
俺のステータスは防御と速度に特化しているから、これくらいは何てこともない。
ふと、後方から別の魔力を感じた。勇者の仲間の誰かが術式を組んだのだろう。感覚からして属性は火と風と思われる。
「ヨーコ、下がれッ! 空破爆翔刃ッ!」
ヨーコとは勇者のことだ。
次の瞬間、もの凄い勢いで何かが刃と共に迫ってきた。あまりの速度に驚いたが、咄嗟に動いて回避を試みる。
何とか攻撃は躱せた。だが問題は前方に飛び出した何か、それは大剣を携えた男剣士だ。これで挟み撃ち。厄介なことをしてくれる。
「うおおおおッ、燃えてきたーッ!」
セリフだけを見ると熱血野郎が興奮しているだけのように思えるかもしれないが、実際に身体が燃えていたのだ。
恐らくは風魔法の移動速度上昇に炎魔法の爆風を合わせて飛んできたのだろう。
「だが、こんな炎にやられるオレ様では無いわッ!」
あれだけの速度なら本人にも相当なダメージを負うはずだが、見たところ平気なようだ。
上手く対策をしてあるのか。敵ながら感心する。
「やばいッ、体力が半分切った! 回復薬を……って燃えてるッ!?」
前言撤回。ただの馬鹿だった。
こんな男に気を取られている場合ではない。早く逃げ……おっと。
「ジョン! あなたの勇士は忘れないわ! あなたの屍を越えて、私は魔王を打つ!」
「人を勝手に殺すなーッ! うああッ、あっちぃいいいッ!」
剣士ジョンがのた打ち回っているのを尻目に、勇者と俺は攻撃と回避を続ける。
早く離脱しないと、更に面倒なことになるな。
「ヨーコ! って、うわっ! おっさんが燃えてる!? おのれ魔王、成敗してくれる!」
しまった、後衛にも追いつかれてしまった。現れたのは魔法使いの少女だ。
てか、燃えているのは俺のせいじゃないし。いや、俺を追いかけて燃えたのだから俺のせいか?
「リーナ! お願い!」
「任せて! フローズン・キャッスル!」
リーナと呼ばれた少女が発動させたのは高度な氷魔法だ。一瞬にして周囲を氷で閉ざされ、俺の身体を覆うように氷が成長してくる。
そのまま全身を凍らされて身動きがとれなくなる。魔法攻撃無効のコートが無ければ即死だった。
「おおッ、氷か! 助かったぜリーナロッテ、これで火が消せる!」
「ちょっと! あたしの氷を溶かさないでよ! 脆くなって魔王が逃げ出したらおっさんのせいだからね!」
そんな簡単に壊せる氷なのか? あ、でも俺は攻撃力が低いから例え脆くても無理か。そこも計算済みだとしたら何か悔しいな。
氷の純度が高いのか意外と見通しが良く、話し声も辛うじて聞こえる。ボッチの俺への当てつけか?
「やっと追いつきましたぁ。無茶しないで下さい、ジョンガルドさん」
ついに、勇者パーティーの4人が揃ってしまった。回復役の僧侶が来たからには剣士も復活するだろう。これで何事も無く逃げ切れる希望は潰えた。
「来たかッ、ミアの嬢ちゃん これくらいやんなきゃオレじゃねぇよ、ガハハハハッ!」
「まったくもぅ。回復しますね……エナジー・ヒーリング!」
これで勇者パーティーは体勢を立て直す。そして俺を倒す算段を立てて実行しようとしている。
どうしようもないので、勇者のパーティーメンバーでもじっくり眺めているか。
剣士のおっさんは目の肥やしにはならないが、他は女子である。美少女である。
例えやられても悔いが残らないよう、この目にしっかり焼き付けておこう。それが紳士としての正しい最期だ。たぶん。
それにしても、おっさんがハーレムしてるとか軽く嫉妬ものだな。前に見た時はもっとクールで渋いおっさんだったが、戦闘になると性格変わるタイプなのかね。確かジョンガルド・ヴァーレイグって名前だったっけ。
氷魔法を放ってきたのはツインテールのロリっ子、リーナロッテ・ウィズダム。天真爛漫な女の子。無邪気に笑いながら強力な魔法を唱える様はなんとも恐ろしい。俺はロリコンじゃなから普通に逃げる。服装はとんがり帽子にローブといった、まさしく魔法使いの装いだ。そう、魔法使いであって、魔法少女ではない。別に期待なかしていないんだからね。
回復魔法を使った真面目そうな子はミア・シャンティーン。ザ・清楚って感じだな。見た目も能力も癒やし系。教会のシスターみたいな恰好をしている。みたいなじゃなくて本物のシスターか。あんまり邪な気持ちを向けるとなんだか申し訳なくなってくるような純真無垢な少女。これが本物の清らかな乙女というやつか。やはり逃げるしかないな。
そして因縁の女勇者、ヨーコ・タカノセ。漢字で書くと高之瀬陽子。そう、俺と同じ日本人である。俺は転生で彼女は召喚だそうだけどな。ポニーテールに気の強そうな顔立ち、健康的な体育会系女子ってところか。何回か装備が変わっているが、下は必ずミニスカで腿まであるブーツだ。戦闘服に絶対領域とかあざと過ぎだろ。そんな装備で大丈夫か?
「ヨーコ! 準備はいーい?」
「大丈夫、問題ないわ」
「一番いいのを頼むぜッ」
攻撃の準備が整ったようだ。やっと解放される。氷魔法を解除もしくは破壊されるのを見計らって、逃走する準備をしておこう。
「あたしから行くよー……ザ・タイム・スロウ!」
馬鹿な、時間魔法だと!? そんなことまでできるのか、あのロリは!
「私からはこちらを……アタック・ダブリング」
おいおいおいおい、そこで攻撃力強化かよ。 しかも、敵の動きが早送りのようになっているのはリーナロッテの時間魔法のせいか。俺の体感時間を遅くしているのだろう。
この状態はヤバいかもしれな。だが、これはもしかして。
「うおおおおッ! 燃えてきたーッ! 奥義ッ! 業炎連獄斬ッ!」
だからおっさんは暑苦しいって。
剣に真っ赤な炎を纏って連続で切りかかってくる。相当な熱量なのか、剣が氷に触れた瞬間に氷は解けて水蒸気となっていた。俺の膨大な防御力からして一撃のダメージは少ないが、徐々に体力が削られていく。
「これで決めるわ! 絶光剣!」
ジョンガルドが怒涛の攻撃の終盤を迎えたところに、陽子は上空に飛び上がっていた。スロー再生なら見えたかも。限界まで白く輝いた剣は上段に構えられている。一撃必殺の決め技なのだろう。
これならいける! このタイミングだ!
「絶防」
俺は相手には聞こえように小声で術技発動のキーワードを唱えた。
絶防、それは一瞬だけ防御力を何倍にも増幅する技だ。増幅量は発動時間に反比例するので、本来なら発動タイミングを見切らないといけない。でもこの状態なら。
「いっけええええええええええ!!」
ジョンガルドが連撃を終え後ろに飛び退いたところへ、陽子は必殺の剣を振り下ろした。極光の刃が俺に体に達した瞬間、とてつもない轟音と衝撃が周囲に響き渡った。土埃が舞い、周囲の視界が閉ざされた。
「やったか!?」
「ちょっとジョン! フラグ立てないでよ!」
「フラグってなんだ?」
「また始まったよ、ヨーコの謎発言」
「わ、私の世界じゃ常識なんだからね!」
だからこいつらは敵を前にして巫山戯すぎじゃないだろうか。
土埃が晴れて周りが見えるようになると、そこにはクレーターが出来ていた。なんて威力だよ。環境破壊はいけないぞい。
「くそ、まだピンピンしてやがるッ」
「ヤバいよあいつ! 術式の準備完了してるよ!」
そう、土埃で隠れている間に次の手を準備しておいたのだ。
ふっふっふ、今さら気付いてももう遅い! 貴様らには取って置きをくれてやろう。とか言った方がいいのかな。
「皆さん、私の近くに寄って下さい!」
ミアが防御魔法でみんなを守るのだろう。取って置きとか言っておきながら無傷で防がれてもしたら恥ずかしくて穴に入りたくなるから、黙ったままで正解だな。
ともかく組んでいた術式を開放するキーワードを口にする。
「バーニング・フィールド」
「ファイヤー・ガード!」
広範囲炎魔法を放ち、辺りが炎で包まれる。この程度の威力なら容易く防がれただろうが、視界を奪うには十分だ。
「ありがとう、助かったわミア」
「お安い御用です、勇者様。それにしてもどうして防がれたのでしょう」
「そうだよ、あたしが苦労して完成させた時間魔法のお陰で、あいつの得意な防御スキルもタイミングが難しいはずなのに! 対象の時間の流れを遅くすることで、あたし達の動きが何倍にも早く動いているようにみえるはず……ああっ、しまったぁ!」
「お? なんか気付いたのか?」
「もしかして、時間が引き延ばされて、あいつにとっての一瞬が私達には数秒になってたってた。そういうこと?」
「おいおい、逆効果じゃねえか」
「……リーナちゃん、またドジったんだね」
「ミアぁー、そんな目で見ないでよぉー。またっていうほどドジってるわけじゃない……ことないかも」
いい感じにネタバレできたところでそろそろ術後硬直も解ける頃合いだ。今回はリーナロッテのドジに救われたわけだ。
「リーナを責めても仕方ないわ。また次の作戦を練りましょう。あそこまで追い詰めれたんだから、次こそは必ず仕留めれるわ」
「だな。だが今日は、もうこれで終了かな」
「このパターン、やっぱりそうですよね。魔王、逃げますよね」
お察しの通り、逃走準備完了です。逃げるための目眩ましでもなければ、こんな隙が生じるだけの大魔術を使ったりはしない。
では、逃げるとするか。あばよ、とっつぁん。
「だあああっ、もうっ! 次はもっと凄い魔法を編み出して、メッタンメッタンのギッタンギッタンにしてやるんだからね!」
「ええ、首を洗って待ってなさい。魔王メタルロード」
遠ざける炎の中から聞こえる話し声に気を取られつつ、俺は今度こそ戦闘を離脱した。
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首を洗ってか……最近風呂入ってなかったな。次の町では宿泊まれるといいな。
てか、メタルロード? そんな名前の人は知らない。恥ずかしいから呼んでくれるなよ。
そろそろ懲りて、追いかけてきてくれなくなればいいが、また俺に戦いを挑んで来るのだろうな。俺がこの世に存在する限り、世界に災厄をもたらしてしまうのだから。
走りながらステータスを確認すると、先ほどの戦闘中にレベルが1つ上がっていた。上がって欲しくないのにも関わらず。このレベルはまるで、俺が生きていることで積み上げられた罪の重さを表しているかのようだ。
俺は溜息とともにステータスウィンドウを閉じ、この世界に誕生した時のことを思い出していた。