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ぶんげいぶ!  作者: てとろ
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第3話 1年目「8月2日」(後編)

その後も、話が少し盛り上がるたびに三咲の表情は緩んでいった。その表情を見て見ぬふりをして隣を歩く恵美であったが、部室のある棟に着いた直後、ついに三咲が奇声を上げた。


「はあああぁぁ!もう最高です、えみりん!今、最高に『友達』してますね!わたしたち!」

「うん、いつも言ってるけどそれ超絶重いから。そんなんだから、友達少ないんだよ?」


 恵美はこの状態を密かに『友達症候群』と呼んでいる。

この高校の三年生であり、元文芸部である彼女の兄から聞く限り、三咲はかなり重い性格らしく、以前から近づく人は少なかったらしい。それを案じた兄が、少しでも話題の種になってくれればと漫画やアニメ、ゲームを与えた結果、彼以上に嵌ってしまった上に、もともとの重い性格が重症化して『アニメに出てくるような理想の友達が欲しい!』というおかしな化学反応が起きてしまったのだ。


 まったく、文芸部員はおかしい人ばかりだ……。


 どのようなコンテンツも薬と同じで効果に個人差が存在する。大多数の人が楽しみや元気を受け取り、コンテンツと健全な付き合いをしている。恵美もその一人だ。しかし、これに当てはまらない人は副作用が出る。三咲の場合は『友達関係』が少しおかしくなってしまった。

元をたどれば、加藤さん自身の性格の問題なだけだし、お兄さんにも頼まれてるから、何とかしなくちゃいけないけど……はあ、これはなぁ……。


「そうやって正直にいろいろ言ってくれるの嬉しいですよぉ!」

「それも重い!」


 そう言って、ぶっちぎりでイカれた友達を置いて、部室へと向かう。


「あ、待ってくださいよぅ。私も行きます~」


 先ほどまでの優雅な所作はそのままで、言動と表情をおかしくさせた三咲は恵美の後ろについていく。程無くして、部室の前に辿り着いた。


やっと着いた!早く部屋のひんやりとした空気を感じたい!


そう思った恵美が勢いよく扉を開けた。


「あぁ~、涼しい~」


 一気に冷気が漏れ出てきて、思わず恵美も三咲のように表情が緩んでしまう。部室には部長一人だけがいた。パソコンの前でぐったりと頭を伏せており、両手でキーボードを当てもなくガチャガチャと叩いている。伏せた頭を首だけ回転させて横を向き、扉の前の二人に目をやった。


「あ、なつめぐちゃんにみさきちちゃんだー。おはよー」

「部長、こんにちはっ」


 先ほどまでの緩みきった顔から一転、爽やかな顔で部長に挨拶をする三咲。あの顔は彼女が友達認定している人の前でするもので、そうでない人も混ざって話す時は猫を被る。そうして社会的には適合できているのが彼女の質の悪いところなのかもしれない。

 今いないということは、今日は兼部している三人は来ないだろうなぁ。ということは、今日は一人でこの圧倒的問題児たちを捌かなくちゃならないのか。……今日は早く帰ろうかな。あ、でも、暑い方が嫌だな。はあ、疲れるなぁ。

 二人は冷気が逃げないように扉を閉めると、いつもの位置に座る。部長の隣に恵美、そのさらに隣に三咲が座るという配置だ。結局、日が落ちるまでここで二人を捌こうと決意した恵美も、挨拶を返す。


「はあ……おはようって、もう午後ですよ。部長は補習なかったんですか?」

「二年生はこの前の春の補習と冬の補習が必修だから、夏はどっちでもいいんだってー。だから、私は受けないことにした!」


 首を回した変な体勢のまま、どや顔でふんすと唸る。


「別に偉そうに言うことじゃないですよ、それ……」

「それで、部長は今まで一人で何していらっしゃったんですか?」


 三咲が疑問を投げかける。


「そうなんだよ、みさきちちゃん!一人で寂しかった!」

「えっと……私はそういうことを聞いたわけじゃないんですが……」


 さすが部長。ぶっちぎりでイカれた加藤さんを相手にして戸惑わせるとは。でも、加藤さん猫被ってるから、特にさすがでもないか。というか、この二人にずっと会話させておけばいいのでは!

 名案を思い付いた恵美の隣で部長が顔を上げ、体勢を整えると今度こそ三咲の疑問に返答する。


「えっとね、部誌に出すやつの登場人物を考えようと思ったんだけど、何人出せばいいのか迷っちゃって……」

「あ、でしたら、私、プロットを書くための本持ってきてるので、貸しましょうか?」


 三咲は本を取り出そうと自分のバッグをガサゴソと探る。一方で部長はばつの悪そうな表情を浮かべた。


「うーん、プロットは書いたことがあるんだけど、その通りに行かないから、やめちゃったんだよね……だから、今回も大丈夫です!ごめんね、ありがとう、みさきちちゃん!」

「あ、そうでしたか!いえ、こちらこそ出過ぎた真似を、すみません!」


 二人してぺこぺこと頭を下げあう。そうして話が進まないことに居ても立っても居られなくなってしまった恵美は結局、二人の話に加わっていく。


「それで、登場人物を何人にするかという話でしたよね?で、部長はどんなジャンルを書くつもりなんですか?」


 それを聞いた部長はパッと目を輝かせる。


「えっ!なつめぐちゃんも考えてくれるなんて嬉しい!」

「そういうのいいですから。ジャンルを教えてください」


 冷ややかな目線を向けつつ、もう一度尋ねる。その横で『えみりんのジト目、欲しい……』とぼそりと言うのにツッコミを入れそうになる恵美であったが、なんとか耐えてスルーした。


「とりあえず、部活系のやつを書こうと思ってるよ!なんの部活かは決めてないけど、文化系になると思うよ~」

「となると、四人から六人といったところでしょうか?」

「そうなるのかな~?いずれにしても、何人か決めないと男女比もストーリーも考えられないから……」


 部長は大まかな枠組みを作った後に、まずはキャラの設定から物語を紡ぎだす。その枠組みが大雑把すぎて、こういう悩みが出てしまうのだろう。逆に、恵美は初めに世界観の設定を作り込む。だからこそ、設定厨と言われてしまうほど浮いた作品になってしまっている。一方で、三咲は全体のストーリーをしっかりと作ってから書き始める。よく言えば堅実、悪く言えばありきたりな作品になってしまうのはこのためだろう。

 三咲は二人に対して質問を返す。


「えみりん、なんで四人から六人なの?あと、男女比ってどういうことですか?」

「えっ、そうだなぁ……私も詳しくは知らないけど、キャラが動かしやすい人数の限界なんじゃないかな?あとは、三人以下だと短編でも間が持たないとかかな?」

「へぇー、そうなんですね!えみりん物知り~」


 そう言いつつ、恵美の腕をグイっと自分の体の方へ抱き寄せようとするが、そこからすぐさま抜け出した恵美は何事もなかったかのように、部長の方を向く。


「男女比の方は私も気になりますね。というかジャンル決まってるなら、決まってるみたいなもんじゃないですか?」

「え、どゆこと?」


 部長はキョトンという表現をそのまま体現したかのような表情を浮かべて、質問に質問で返す。


「え?だって、四人か六人で一対一なら、恋愛ものにしやすそうですし、どちらかの性別が多かったり、同性のみなら日常ものでキャラがよく動いてくれると思いますよ。あとは、五人で男二女三でしたら、SFにしやすそうですね」

「へぇ、そうなのかー」


 部長は阿呆みたいにポカンと口を開けて聞いている。それを見た恵美は少し声を大きくして問いただす。


「で!部長はそれを踏まえたうえでどんなジャンルを書くんですか?」


 部長は胸の前で両手をこねながら、もごもごと言葉を濁した。


「えっとぉ……それはぁ、まだ考えてないっていうか、人数決めたら決めようと思っててぇ……」


 なるほど。どうりで人数とかいうよくわからないところで悩んでるのか……。


「骨組みすら全然できてないじゃないですか。それが出来てから一緒に悩みましょう、部長。さて、加藤さん、私たちはプロット書いていこうか」

「あ、はい!す、すみません、部長!」


 三咲は力になれずに申し訳ないという気持ちと、恵美を勝ち取ったという嬉しい気持ちが入り混じった表情を部長に向ける。それを見た部長は泣きだしそうな顔で恵美の腰に抱き着いた。


「ごめんってば!すぐ考えるから!だから、一緒に考えて!」


 冷えた汗を吸った衣服が体にまとわりついてきて、不快に感じた。


「あぁ、もう!暑苦しい!それに、すぐ考えるのか、一緒に考えるのかどっちですか!もうだったらいっそのこと、この部活のこと書けばいいじゃないですか!」

「あ」


 腰にうずめていた顔を上げて、少し考え込むような表情になる部長。


「ど、どうしました?」

「その手があったか!なつめぐちゃんって、やっぱ天才?」


 恵美は部長を引き剥がすといつものように頭を抱えた。


「はぁ、もっと身近なものからインスピレーションを受けてくださいよ……」


 引き剥がされた部長は先ほどとはまるで別人のように真剣な顔で自分のパソコンに向かい合っている。

 やれやれ……やっと問題児のうちの一人の処理に成功した……。


「ねぇ、えみりん」


 息をつく暇もなく、もう一人の問題児が恵美に話しかける。


「ふぅ……なに、加藤さん?」

「私も身近な存在のえみりんのことを小説に書こうかなぁ、ふへへ」

「うん、その小説が日記風ホラー小説なら大ヒット間違いなしだ」


 はぁ。それもこれも全部夏の暑さのせいだ。雨でも降れば兼部している三人のうち誰かは来てくれると思うし、このしんどい暑さも和らぐはずだ。今度、夏を舞台にした小説書くときは絶対雨を降らせてやる。



 恵美は変な笑い方をしている三咲を横目に、持ってきてくれた『サルでもわかる!プロットの書き方』という本を開く。冷房の効いた部屋でそんなことを考える恵美の夏休みは過ぎていく。


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