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1000年の時を越えて

作者: しし

ザーーザーーザーー



聞きなれない音が耳の中を掻き立てる。激しく、けれども静かな音。



「……んん」



 少年は朝のひかりを浴びて、深い眠りの底から意識を取り戻した。



「ふぁぁ……」



 体は鉛のように重たく、目はまだ眠たいのか半目を保ち続ける。手を大きく広げ、寝そべっている重たい体をなんとか寝ぼけ気味に起こしてみると、何だか不意に周囲に妙な異変を感じた。


 耳を流れる音、鼻をくすぐるにおい、やわらかくざらざらとした地面の肌触り。全てが違和感となって少年の心を事細かに刺激する。


 少年はついに、ぱっちりと目を開いた。すると、そこに現れたのは今まで少年が見たこともないような輝く景色だった。真正面にある埋もれた太陽がオレンジ色のライトを発し、それを映し出す広大な海のスクリーンには、こちらへとつなぐ道ができている。


そして、道の外側には、クリアブルーの荒原が地平線の先へとどこまでも繋がっている。少年は、言葉のしようがなく、数秒間動けずにいた。音すら、においすら、肌触りすら感じずに、ただただ目の前の光景だけを憧れ人を見るように見つめていた。






 少年が遠いうわの空から戻ってきたのは、太陽が完全に姿を現した時だった。


 しばらく見ていた少年は、やっと満足したのか、目を閉じ、不意に視線を自分のほうへと動かした。そこで、少年は目を見開いて驚いた。


 砂の地面が波に浸っているのだ。海を見た時から、陸はそこまで続いてないことはしっかりと分かってはいたが、その波は少年の足にかからずとも劣らない位置まで蔓延っていた。つまり、ゼロ距離メートルの狭間をまたいで、海があるのだ。


 少年は血の気が引く思いで、恐る恐る後ろを振り返った。そこには、一本のしなった細い木とわずか5メートルほどで途切れた地面が、普段と変わらぬ面持ちであるだけだった。


 少年はしばらく頭が真っ白になり、はっとして思わず立ち上がった。足元の地面を両目から俯瞰してみると、その土地は直径約5メートルの円型の、自然の極致ともとれたきれいな島だった。


 その時、少年には、海岸からここまでどうやって流されてきたのかという一種の疑問が頭をよぎっていた。だが今の少年にとって理由などどうでもよかった。言いようもない絶望感だけが、少年の周りを包むように冷たく覆っていた。






 目覚めてから、どれくらい経っただろうか。正確には分からないが、太陽の角度からしてもう2、3時間は過ぎたに違いない。


少しばかり冷静さを取り戻した少年は時々遠方を見回すも船やら、生き物やら、人やらの形は何一つ見えない。


 あれから、少年は未だにこの状況を受け止められずにいた。少年は記憶が無いのだ。もちろん現世の記憶はある。家族の記憶、友達の記憶、そして、自分の記憶。それはあるのだが、一つだけ、そう、なぜここに辿り着いたのか。この出来事だけが分からなかった。考えても、考えても、分からなかった。


 そこで、少年は、それ以上は考えても無駄だけしか残らない、意味のないものだ。そう思い、考えるのをすっぽり諦め、何か島を出る手段はないかと頭の中を模索し始めた。だが、それは意味を為さなかった。


 探索のため、島の周りを歩いてみても、1分も経たずに一周できる上に、落ちているものなど塵のような砂ばかりだし、海辺を散策しても透明な水の中には生き物が1匹足りとも出ず、出るのは白く染まった石ころだけ。おまけに樹木には、葉が散開するのみで実はひとつもついていない。


 少年はこの現状を目の当たりにして、一瞬のうちに再度絶望し、木にもたれかかり下を向いてうずくまっていた。


ホームシックと言えば聞こえは悪いが、少年は、家に帰りたいというただ一つの願いに捉われていた。少年はこの島の自然に囚われてしまったのである。






 太陽がついにてっぺんへと昇った。ギラギラと光を浴びせる太陽は波の荒々しさを静かに映発している。波は島を喰らうように襲い、島の半径は半分程度縮んでいる。


 少年は、お腹を空かせ、今にも気が飛びそう面持ちで視界に映る海をどことなく睨む。息を荒く吐きながら、歪んだ顔をにじませて何とか思考を頭に残し続けた。


 だが、必死に抗うものの、それも長くは持たない。少年はついに限界を感じ、ふっと力を抜いた。


 その時だった。突然後ろにもたれていた木が揺れたのだ。途端に少年の顔面は砂の地べたに突っ込んだ。そして、そのほんの一時により少年は現世へと舞い戻った。


 少年は無心で立ち上がると、違和感のあった後ろを向く。そこには、島に打ち上げられたであろう物体が転がっていた。


 その正体は、海に炙られたにもかかわらず、新品と同じくらいに綺麗なしろがね色のヘルメットだった。少年は一瞬躊躇し、すぐにヘルメットへと駆け寄った。詳しく見てみると、何故かヘルメットが濡れていない。不信に思う余裕もなく、一心不乱にヘルメットをかぶった。


 すると、少年は体が引きちぎれるような思いを体感し、長らく悲鳴を上げた。そして、同時に頭から意識が飛んでいく。


 数秒後、少年はたったひとつの無人島からすっかり姿が消えていた。樹木は嵐を呼ぶかのように、未だ小刻みに揺れ動き続けている。






…ここはどこ?黄泉の国?なんか声が聞こえる。誰だろう?



「…た。こうた。こうた、大丈夫か?」


 ハッと意識を取り戻すとそこは見慣れた場所だった。そして、横にいる人を見た時、僕は短い間忘れていた記憶全てを取り戻した。


「ハアー。無事でよかったよ。こうたがこのタイムヘルメットをかぶった時は、どうなることやらと思ったが。…行ってきたんだな未来へ」


 そうだ。僕は博士の作ったタイムヘルメットがサイズが小さいのを聞いて、他の人に黙ってこっそりかぶったんだっけな。それで、未来に飛んでいく途中にヘルメットをうっかり落としたんだった。無事に現実に戻ってこれて本当に良かった。けど、でも、じゃあ、あの無人島は博士の家の未来で、他の家は…。


 僕は鳥肌が立ち、目を虚ろにさせ、気分を紛らわすため、ふと時計を見た。時計の針は5時を指していた。記憶を探っていくと、確か4時あたりに博士の家へ訪問していたことを思い出した。どうやらこのヘルメットは未来へ行くと時が遅くなるらしい。


 唸りを上げていたお腹も今では、パンパンに膨らんでいる。僕は少し疑問に思ったが、それは博士の声でかき消された。


「それでどうじゃったんじゃ、1000年後の未来は?やっぱりロボット化が進んでいたかの?」


子供みたいに目を輝かせて喋る博士に僕は少しの間迷ってから、こう答えた。


「今とあまり変わらないよ。そうだな、変わったことといえば、動物が絶滅して動物ロボットができたことかな。」


「そ、そうかそれは残念だな。まあでも動物がロボットになったのなら、人間そっくりなロボットも作れるかな……」


 一人でぶつぶつ言っている博士を横目に僕はニコリと微笑んだ。人類が絶滅する時、それは1000年、100年あるいは10年後かもしれない。それでも、未来は続いてるんだ。


「博士、未来は自分達で作るんだよ。」


僕はこう言うと、足を力いっぱい踏みしめ、鳥籠から飛び立つひなのように博士の家から飛び出した。









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― 新着の感想 ―
[良い点] 空想科学のシニカルなテーマを、少年の視点に託して柔らかめに表現しているところが良かったです。 [一言] ほかの方の作品を短編で良いのでたくさん読んで、自分なりのネット小説に相応しい文法を取…
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