4-20 復讐の龍。
-------N.A.Y.562年 8月16日 14時32分---------
ルェイジー達は、闇市場から牙龍会へと向かっている。
服部半蔵と遭遇する危険性を考えていたが、すぐに牙龍会と接触した方が良いという、皆の答えだった。
ずっと地下道を歩いているので、ルェイジーは方向が少しずつ分からなくなる。
九龍城国を真上から見上げると、北西に移動しているのは何となくわかる。
だが、細かいところは裏九龍城国のメンツ全員分かっているのだ。
現在歩いている通路は異常に狭いので、一人ずつでしか歩けない。
先頭はチャオ、次にルェイジー、ユー、チンヨウの順だ。
チャオはランタンを持ったまま、地下道を歩いている。
「死体操るって本当に厄介だな。オレ達とは接点がないからまだいいけど、仲間とかだったら、本当に最悪だよな」
チンヨウが答える。
「そうだな、考えたくもない。我々はバトルドレスを着用していないが、もし可能性があるとしたら、
ルェイジー君を執拗に狙ってくる可能性が強い。だが、ルェイジー君を何が何でも守るつもりだ」
ユーは、探検帽にヘッドライトをつけたままのスタイルに変更している。
相変わらず、結構重そうなリュックもお供にしているのだ。
「チンヨウシェンシン、おねーさんだってルェイジーちゃんを守るわよ」
狭い道を越えると、目の前には鉄製の扉が見えてきた。
チャオは説明しながら、扉のステンレス製のドアノブに手をかける。
「牙龍会は、二つの顔があるんだ。一つは違法執刀医として……俺もお世話になったことがある。
それと、もう一つは……」
チャオは鉄製の扉を開けた。
錆びた鉄同士が擦り切れるような音を響かせて開く。
四人は順繰りに建付けが悪そうな扉をくぐる。
扉を開けると、金網がはられているリングに、スポットライトが当たっている。
リングの形状は正方形で、出入口は手前と奥にあり、リングはコンクリートらしきもので底上げされている。
投げ技、擒拿術を食らったら、ひとたまりもないだろう。
その中で目立つ者が一人。
白衣を着用していて白髪交じり。で、七三に分けた髪の眼鏡をしている男が一人だけ立っていた。
右手にはマイクを持っていて、レフェリーのつもりなのだろう。
だが、白衣なのだ。
スポットライトがあまり明るくないので、チャオは服部半蔵かと思ったが、違っていたようだ。
ルェイジーが甲高い声で、レフェリーらしき男に向けて人差し指を出した。
「アイヤ、闘技場に白衣の人!! すごい審判アルネ!!」
男は遠くから歩いてくる方へ視線を向ける。
「ちょっとした、予行練習をしてましたあ。そうですか、あなた達が我々を嗅ぎまわっていたのですねえ。チンヨウさん?」
男がこちらへ顔を向けると、眼鏡が反射して表情が見えない。
リングは少し底上げされているので、チンヨウは階段をのぼり、フェンスを開けて闘技場の中へ入る。
「ようこそ、いらっしゃいませ。牙龍闘技場へ……」
「単刀直入に言おう。牙龍会会長、あなたに疑惑がかかっている」
男は、ぐにゃりと唇を歪ませる。
真上から降り注ぐスポットライトが余計不気味に生える。
「ほおぉ、どのような疑惑でしょうか?」
「そなたのところで、いくつかの情報が入っている。今回の服部半蔵に白衣を提供しているという情報だ」
「それが本当だったら、どうしましょうかあ?」
「貴様も分かっているだろう、我々は横のつながりが強い。共同関係の仲だ。だが、あやつをここに入れてはいけなかった!! 我々は断じてそれを許さない!!」
「ほほう、ではここで戦いますか? 私はねえ、あなた達のように強力なクンフーは持っていない。
だが、人体の構造は理解していますよお? どこの静脈を切れば、どれだけ出血し、貧血状態になってから動けなくなったり、関節の構造も理解していますよおぉ……」
「なるほど……」
「ちょっとまったぁあ!!」
場外からその声が聞こえた。
白衣の男は後ろへ顔を向ける。
ルェイジー達が立っている奥側の暗闇から大男が現れる。
その体格は大きく、狭い裏九龍城国の生活では困りそうだった。
黒い髪は長髪で、龍のひげのように細い眉を吊り上げて、復讐に満ち溢れている顔をさせていた。
「吕 彪会長。あなたが出る幕ではありませんよ。私にやらせてください」と、フェンスの扉を開いて、身を屈まさせて闘技場の中に入る。
「いいでしょう、姚 国安さん。相手はチンヨウさんでよろしいのでしょうかあ?」
男は人差し指を、場外にいるルェイジーに向ける。
「いいや、そこにいる髪を縛っている紫色の髪の女だ!! テメェのお陰で会のやつら全員からバカにされた!!」
ユーはルェイジーに視線を向ける。
「なに? あの恨みつらみが重なったみたいな。ルェイジーちゃん、知り合い?」
ルェイジーは首をかしげる。
「アイヤ? ルェイジー知らないアルヨー」
男は声を荒げる。
「テメェ!! 間違いねぇ、アル口調で、中華料理屋の小娘!!」
何を察したのか、ビャオは眼鏡のフレームを親指と人差し指で挟み、かけなおした。
「ああ、そうですかあ、あの件ですねえ。我々が表側の九龍城国で闘技場を作りたくてですねえ。
その為に色々とお店が邪魔でしたので、交渉をさせに彼らに行かせたのですよお。
ですが、なかなか帰ってこないので、次の日に迎えに行ったらですねえ、何と中華料理屋の窓ガラスを突き破って壁に衝突して、気絶している彼がいたのですよ……。
コンクリートの壁にはヒビが入っていて、なんとまあ、人体の超越をしたパワーだったのでしょう。
あなたを解剖してみたいですねぇ……ルェイジーさん……」
「子供、しかも小さい女の子にやられた!! ってーなればよぉ。
全メンバーからバカにされる、俺の給料も減る、女房にも愛想をつかされる。
とにかくだ!! 中華料理屋の小娘よ、再戦だ!!」
チンヨウは眉を歪ませて、腕を組んだ。
「ふん、闇落ちクンフー使いらしいな。ルェイジー君は神童だ。むしろ、その神童から拳をもらえた。
そういう考え方は出来ないのか?」
「うるせえ!! いいからそいつと戦わせろ!!!」
「ルェイジー君、きみはどうする?」
「アイヤ、クンフー知る者、皆友達アルネ!! でも……」
スポットライトを真上から浴びている、ルェイジーの前髪が影となり、瞳が不気味にうっすらと青くなる。
スマートコンタクトレンズの影響ではなく、相手に目いっぱい殺意を持っている、青く灯される瞳だった。
彼女の瞳が細くなる。
「……闘技場が壊れても良いアルか?」
白衣で眼鏡の男は、うっすらと笑った。
「いいですよお、どれだけあなたのクンフーが強力なのか目の前で見てみたいです……」
「ビャオ会長、ありがとうございます!! 紫色の髪の小娘、こっちへ来い!!」
男は腕を組んで、ルェイジーを待つ。
チンヨウとビャオは場外へと向かう。
ルェイジーと入れ違いになるとき、チンヨウはルェイジーに声をかける。
「きをつけたまえ、ルェイジー君。きみはあのような闇落ちクンフーになってはいけない……チャオにもそうなってほしくない」
「アイヤ、ルェイジー大丈夫ね。銀龍ターレンに救われたアルネ!! チャオくんも大丈夫アルネ!!
困ったときは、チャイナガールズに来るヨロシ!! チャオくん強いし、良いクンフーアルネ!!」
チンヨウは、少し微笑をさせて場外へ。
ルェイジーとヤオは向かいあった。
ヤオの体格は、裏九龍城国で幾度とない修羅場を逃れてきている体格だ。
無駄な脂肪がなく、上腕二頭筋が異常に発達している。
身長はルェイジーを簡単に見下げられるくらいに高く、体格も恵まれている。
唇を歪ませた。
「ふん、この間は油断した。だが、今回は違う!! 俺の少林拳で殺してやる!!」
「アイヤ、殺す良くないヨロシ!! クンフーは皆のもの、強くなるばかりはクンフーではないアル、ヨロシ!!!」
場外にいる、ユーが口を開く。
「すんごい体格差だね。おねーさん心配しちゃう」
チンヨウは鋭い瞳でルェイジーを見守る。
「相手は完全に少林拳だな。少林拳は外家拳と言われている」
チャオが口を開いた。
「しってるぜー、あれだろ? 外側から鍛えるから、套路の動きもド派手。
でも、俺には不向きだなー」
「不向きもそうだが、チャオ君。君にはそうなってほしくないのだ。闇落ちクンフー使いにはな……」
ルェイジーとヤオは向き合っている。
ヤオは、ゴキリと指の関節を鳴らす。
ルェイジーは腰を落とし、両手を広げている。
「ヤオさん、暴力はいけないアルネ!! 暴力で解決良くないヨロシ!! じゃんけんで解決するのが一番ヨロシ!!」
「ジャンケンで、解決だとぉ? 」
男は額に血管を浮かび上がらせている。
ビャオが叫ぶ。
「ではあぁ、始めてください!!」
ヤオは体格の有効性を利用して、鋭いヤクザキックを右、左と放つ。
ルェイジーは、チャイナドレスの裾を左へ右へと、かわす。
「アイヤ!!」と、ルェイジーは肩を突き出して、タックルをさせる。
マーメイお得意の技、鉄山靠だ。
だが、ヤオは両腕を腹の辺りで交差させ、ガード。
この時、忘れていたことがある。
ルェイジーはご飯の量が足りていないことを。
彼女のおなかが「ぐー、きゅるるぅー」と鳴る。
ヤオはそのまま両腕を広げ、ルェイジーを吹き飛ばす。
体重の軽いルェイジーは真後ろへ飛ぶが、地面を一度転がり、勢いを殺す。
背中にはフェンスが間近だ。
チャオは思わず叫んだ。
「ま、まずい!!」
チンヨウは眉を少しだけ動かした。
「いや、そんなに追い詰められてはいない。きみもわかるだろう。ルェイジー君のパワーは並ではないことを!!」
男はすでに巨大な体躯を動かし、そのまま鋭いヤクザキックをもう一度放つ。
ルェイジーはその重い一撃を止めるため、腕を胸元で交差させ、お腹に力を入れる。
彼女の背中にあるフェンスに大激突し、鉄製のフェンスが歪み大きく揺れた。
「やばい、すげぇ一撃だぜ、あれ!! チンヨウさん!!」
「まあ、よく見てみたまえ。彼女の真の強さはそこにあらず……」
顔を歪めさせ、ヤオは決まったという顔つきで、ルェイジーを見下ろしていた。
だが、顔を俯いていて、表情は見えない。
そして、彼女はすすり泣き始めた。
「……ひっく……かが……」
ヤオはそのまま、足を引っ込めればよかったのだ。
「どうしたぁよぉ、おじょうちゃんよぉ……」
自身の足とフェンスでロックしている足が徐々に押されていく。
「お腹が……」
ヤオはこの時、思った。
地雷を踏んだことはないが、その衝撃が全身を伝わる。
余裕の笑みが徐々になくなり、ヤオは無駄な冷や汗をかき始めていた。
「な、なんだ、このバカ力は!!」
フェンスとヤオの足で挟まれているルェイジーは、四肢に力を入れ始め、背中のフェンスは更にふくらみ大きくゆがんでいく。
「お腹が……すいた、アルネーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ルェイジーが大きな瞳からポロポロと涙を流しながら、爆発した。
ヤオの大きな足を押し返し、ヤオが後ろへと押し返され突如吹っ飛んだ。
身長2メータの大男が、あっという間に金網へと激突。
四方を囲っている、フェンスは大きく揺れる。
「気功ユニット、全開アルネ!!」
ルェイジーの全身に気功が巡る。
眉間、鳩尾、子宮のあたり、背中。
これが数秒間に何万回も回転し始める。
「行くアルネ!!!」
チンヨウも、さすがに危険を察知した。
「みんな、フェンスから離れろ!!なるべく部屋の入り口近くまで!!」
チャオも叫ぶ。
「うわ、なんかやべぇ、俺にもわかる!!」
今まで余裕の笑顔をさせていたヤオは顔をひきつらせた。
感じたこともない、イヤな予感しかしないのだ。
「地面をも揺るがす猛起硬落 摇动地面猛起硬落 アルネー!!!!」
ルェイジーは、瞬間的に数メートル跳躍し、足を着地。
地上で地震が起こったかのような衝撃が走り、揺れが一気に強くなる。
波が地上を一度揺らし始めてから、底上げされていたコンクリート製のリングが一気に砕け始める。
リングは、クレーターを作り、砕け散ったコンクリートがミサイルを撃ち込まれたかのように、場外へと粉々に飛散する。
そして、その衝撃波はやまず、四方を囲っていたリングの金網とヤオ、二つセットになってすべて吹っ飛んだ。
チンヨウたちも室内の壁際へと逃げていたが、金網が吹っ飛んでくる。
チャオは即座に寝そべってから、横から飛んできた金網を両足で天井へと打ちあげる。
吹っ飛ばされたヤオは、固い地面を幾度も転がり、壁のところに頭をぶつけて、気絶した。
普通の一般人だったら、粉々に砕けていただろうが、ヤオも危険を察知してか、瞬時に自分の身体の中に気功を回し、衝撃に耐えるようにしていたのだ。
吹っ飛んだ右隣には、ひしゃげたフェンスが、壁へぶつかり、がしゃりと音をさせた。
ビャオは、白衣姿のまま、ヤオの瞳を無理くり開けて、携行用ライトをかざす。
「うむ、命に別条はありませんねえ」とつぶやく。
そして、彼の鎧みたいな上半身を退けて、ヤオの胸を「ふんぬ!!」とそらす。
「いやぁ、さすがですねえ、ルェイジーさん。あなたをもっと調べたくなりましたあぁ」
スマートコンタクトレンズでビャオが指示を出したのか、今までスポットライトだけだった部屋が一気に明るくなった。
部屋は結構広く、小さなお店が八つぐらい入りそうだ。
コンクリートのがれきの上で突っ立っているルェイジーに向けて、チャオが扉のそばで叫ぶ。
「てめぇ、殺す気か!!」
「アイヤー、お腹がすきすぎているアルネ!! 加減わからないアルネ!!」
牙龍会
吕 彪
性別 男性
身長 170
年齢 45歳
体格 細身で白衣を着ている。
クンフー 執刀術(蟷螂拳ベース?)
所属 牙龍会
髪型 白髪交じりの七三分け
メスを両手に持っている男。
牙龍会の会長。
メガネをかけていて、絶えず不気味な笑みをさせている。
地下闘技場を経営していて、ケガした選手なども色々と施術したりもしていて、
起業家としても非常に頭の良い男性。
だが、見てくれは普通ではないので勘違いしやすいのと、絶えず白衣を着用しているので、非常に不気味に思われがち。
違法執刀医でもあり、裏九龍城国の中でも最も腕の良い医者。
ベールに包まれていることが多く、扱っているクンフーも謎が多い。
人がどのような所を傷つければ怖がることや、
どこを分解すれば腕が動かなくなるなど、計算ずくで全てをこなす。
元はといえば、中国国防部の衛生兵だった。
だが、濡れ衣を着せさせられて、国防部を出ることなった。
毒ガス鷺沼への白衣の提供はこの男がしていた。
だが、悪人というのではなく、黒龍会が作った架空会社に白衣を送っていたにすぎない。
姚 国安
性別 男性
身長 2メータぐらい
年齢 30前半
体格 筋肉ムキムキ
クンフー 少林拳
所属 牙龍会
髪型 長髪
少林拳らしく、超筋肉ムキムキ。
5年前、ルェイジーに吹っ飛ばされた、少林拳使いの男。
非常に屈強な身体を持ち、幼いとはいえ、ルェイジーに吹っ飛ばされても生還できているくらい、
防御力が高い。
つまり、気功の量が多く、体内の気の回転力も高いため、生存できたと思われる。
今回、ルェイジーに再び恨みつらみ合わせて、狙ってくる。




