3-32 シャオイェン、ラジオDJになる。その2
銀龍は目の下にクマができたまま、何とか意識を覚まそうとした。
その為、中央省に戻るために坂を上がりながら、ゆっくりと九龍城国の周辺を眺めながら歩く。
すぐ目の前に老人がいた。
その老人は、おでこを壁につけたまま歩いている。
壁があるので、もちろん進むことなどない。
「おばあさんや~待っておくれ~~」
お婆さんが前に歩いている姿などない。
そのおじいさんは、呪われたように進まないままただひたすら足だけ動かしている。
反対側の民家を見上げてみる。
見た感じ分からなかったが、銀龍の観察によると二階のバルコニーでちょっと太めのおばさんらしき人が、ジョーロに土を入れている。
「ほら、もうすぐで花壇が完成するわ」
などと、ジョーロを植木鉢と勘違いしている。
更には、中央省側へ向かいながら進んでいると、野菜の売店所らしきところは、どう見ても店員と客とのやり取りがおかしい。
「はい、390クーロンドルね?」と、野菜を渡さずに竹で編んだ籠を渡している。
「おいおい……野菜は売られねぇのかよぉ?」と、銀龍は銀色の中国キセルをくわえながら、アジアンカオスという九龍城国を眺めている。
メインストリートから外れた裏路地に視線を流す。
ネコがそこにはいた。
野良ネコなど珍しくはないが、その行動が変だった。
野良ネコが普通の煮干しらしきものを食べながら、顔を恍惚させた表情で食べている。
「んにゃうんにゃうにゃう」と、言いながら食べまくっている。
「まさかよぉ、マタタビは食わねーがよぉ、スンゲー興奮しているな。単なるカツオだぜぇ?」
そして、そのとなりにいる二人の子供も様子がおかしかった。
「かくれんぼしよーぜ……」と、普通に言葉はしっかりしているが、突如ジャンケンを始めて、指先を出した。
「あっち向いて、ホイ!!」
「それぇ、かくれんぼかぁ? どんだけフェイントなんだぜぇ……」
その奥にいる路上パフォーマーが、妙な様子だった。
3メーターほどの竹馬に乗って、色々な技を披露するのだろうが、仰向けになったまま、竹馬を装着して足をシャカリキに動かしている。
意味不明だ。
「ほうら、ごらんなさい!! この格好をするだけでも大変なんだよ!! 皆様~~拍手!!」
あっち向いてホイをしていない子供たちが、静寂の中拍手をする。
その中の一人がボソリとつぶやいた。
「すごーい、ネコさんが竹馬を装着して歩いている~!!」
裏路地の民家らしき入り口から、バン!! と、子供が元気よく出てきた。
元気が良いのは一向にかまわないが、その姿には問題があった。
ブリーフパンツ一丁で、手にはヒモみたいのが繋がれている。
恐らく犬を飼っているのだろうと、銀龍は紐を追ってみると、その先には太ったオッサンが首輪にされている。
「うおおお!!! マジか!!」
太ったオッサンの姿もブリーフ一丁で、たぶん、犬になっているのだろうか?
プルプル脂肪を震わせながら、汗ばんでいて気持ちが悪い。
そして、通りかかる銀色の美しい女性に向けて吠える。
「ニャン!! ニャンニャン!! うー、ニャン!!」
「うへぇ、しかも犬なのか、猫なのか分からねぇ……」
あまりにもカオスすぎるのか、逆にハイになってるのか分からないが、とりあえず「青龍省」の裏路地へと入ってみた。
まだ夏場なので、裏路地はコンクリート製の民家と民家に挟まれているような感じになっている。
2階は洗濯物を干すためにぶら下がっているTシャツや靴下が交互に交差していて、他の民家も同じように干してる。
風が流れるので、洗濯物はひたすらはためている。
それが順繰りに奥へと続いているのだ。
その下で、隣人同士が言い合いをしていた。
見てくれはハゲのオッサンと、七三分けのオッサンが言い合いをしていた。
身長は大体同じぐらい。
「お前!! ここまでがオレのテリトリーだったんだ!!」
「いんや、ここが私のテリトリーなんだ!!」
突如言い合いを始めたかと思ったら、二人とも構え始めた。
構えからにして、ハゲのオッサンは蟷螂拳、七三のオッサンは少林拳だった。
緊張感はマックスだ。
双方とも、なかなかの手練れっぽい雰囲気をかもち出していて、ぱたぱたとなびく洗濯物も今まで以上に強く揺れたような気がした。
練功もなかなかとみた。
ついに、張りつめた糸は切れ、ハゲのオッサンが手を出した。
「チョキ!!」
七三のオッサンは、「パー!!」と叫び、チョキを受け止める。
「グー」「パー」「チョキ」と、次々に見えないスピードで受けとめたりなどしている。
そのスピードはすさまじく、銀龍の動体視力でも目を凝らさないと見えないぐらいだ。
過剰で熾烈なジャンケンは、やがて音速並みに到達し、銀龍のセミロングの長い黒髪が巻き上がる。
「いや、クンフーじゃねぇのかよぉ。ジャンケンなのかよぉ……」
銀龍は重い足取りで巻き上がる髪など気にせず通り過ぎる。
次に待っていたのは、カラスだ。
だが、銀龍は自身の耳を疑った。
「もー、もー」とカラスが鳴いているのだ。
立ち止まり、キセルをくわえたまま、ボーっとして見た。
間違いない。
カラスですら、寝不足になっていたのだ。
「もぉー、もぉー!!」と、カラスはゴミ箱を漁りながら、エサだか袋だかよくわからないものを突っついている。
この国は、完全にシャオイェンにおかされていたのだ。
「ったくよぉ、とにかく素敵すぎだぜぇ……」
そんなこんなで、銀龍はオフィスへ戻ってきた。
金龍が振り向いた。
「あら、お帰りなさい」
「外……ヤバかったなぁ……」
「いつもの事じゃない?」
「いや、多分、国の人々? 猫猫? カラスカラス? いや、鳥鳥? とにかく、耳がある全ての動物はレベルマックスだ……」
「……そうね」
「だめだ、シャオイェン警報は、伊達じゃねぇっていうとだぜぇ。それとよぉ、はやくレイレイに戻ってきてもらわねぇとよぉ。国が小壊滅するわ……」
「そ、そうね……」
カオスな周辺を見渡して疲れすぎたのか、銀龍のクマは余計に広がっている。
そして、瞳が青くなった。
ソファーに寄りかかった状態で、中国キセルをくわえたまま天井を仰ぐ。
「あーレイレイ? 悪りぃ……もう限界だ……」と、連絡した。
レイレイは香港に住んでいるので、九龍城国から実家は近い。
3時間後ぐらいに自動ドアの扉をくぐってきてくれた。
大股を広げたまま、銀龍はずっと上を見つめている。
「ターレン、とりあえず来たよ……」
銀龍は、黒いソファーに座ったまま、右手を軽く手を挙げ、挨拶。
「よ、悪すぎるよなぁ。実家に帰省中にすまねぇ……」
「い、いや、まあしょうがないんだけど」
「どうだった? 街の周辺は?」
「……もう凄かったわ……。ネコがワンワン吠えるなんてかわいいものよ。
九龍城国に入国する橋の辺りから、次々と皆湖へとダイブして行ったり、なんか両手を突き出して波動拳!! なんて言ったり、挙句には座禅を組んだままジャンプしながら歩いている? 人もいたり……」
「どうでぇ? カオスだろぉ?」
「なんか、突き進む方向が間違っているカオスさだわ。原因はどうせシャオイェンでしょ?」
「そう、その通り。さっきなんかよぉ、剣の演武をしている人がいたんだけどよぉ、なんか長ネギを振り回していたぜぇ」
その話を聞いたレイレイは、右ほおをひくつかせた。
「そ、そう……斬新すぎだわ」
「で、そこでうちらがよぉ、考えたのはよぉ。レイレイとシャオイェンとでラジオやってくれや。ギャラは勿論払う」
「え!? わたし!! わたしそんなに喋るの得意じゃないわ」
「何言いやがんでぇ、テメェさんは唯一シャオイェンをうまくコントロールしてるじゃねぇかよぉ」
「え、でも……」
「すまん、本当に九龍城国を救うと思って!! 頼む!!」
レイレイは、両腕を組んだまま考えた。
眉をしかめたまま、とりあえず許諾した。
「しょうがないわね、ターレンの頼みだったらやるしかないわ」
「とりあえずよぉ、クンフー套路場を収録する場所として仮設で組み上げてみた。
そっちで、待っててくれよぉ」
「りょーかい、ターレン」
レイレイはそのまま自動ドアをくぐって、隣の套路場へと足を運んだ。
全てのセットは、メイヨウが組んでくれて、パイプ椅子に簡素な足をたためる仮設のテーブルがある。
テーブルの上には通信機材が乗っているが、その通信機材はノートパソコン1台と、マイクが二本ある。
普通のノートパソコンだが、チャイナガールズ特別製で、いつも使用している通信方法も扱えるっぽい。
マイクのそばにはペラ紙1枚。
レイレイはそのペラ1枚を手に取り、見てみた。
簡素な脚本だった。
番組名は「シャオイェンとレイレイの朱雀レイディオ」と書かれていて、このセンスは確実に銀龍だとレイレイは思った。
「……あいさつ、アドリブ。二人とも話す、アドリブ……」
レイレイは、手を震わせた。
「こ、これ絶対放送事故がおきるわ……!!」
ガチャリと、扉が開く音がして、レイレイは廊下側の出入り口に視線を向ける。
銀龍とシャオイェンが入ってきた。
「ほれよ、シャオイェン……」
「銀龍隊長、ここで……喋っていいのでしょうか?」
「おうよ!!」
「どれくらい喋っていいのでしょうか?」
「好きなだけだぜぇ!!」
「24時間でも!!」
「おう、レイレイはしっかりと睡眠時間を与えさせてやってくれよなぁ……」
「ありがとうございます!!」
シャオイェンの瞳が十字を切ったように、瞳がキラキラしている。
すかさず、レイレイは銀龍に声をかけた。
「ちょ、銀龍ターレン、このペラ1枚書いたの、ターレンでしょ!!」
「大丈夫、大丈夫だってよぉ……」
「放送事故る!!」
「テメェさんたちの、なんだ? 戦闘へのアドリブっぷりはよぉ、信じてるぜぇ……」
「……アドリブねぇ……」
「ま、とにかくなんだ? この目的は、シャオイェン警報の数を減らすということが最もの目的なんだぜ!!」
レイレイは、口を真一文字にむすんだ。
な、何か他にやりようがあるような気もするが……。
「とりあえず、テメェさんたち座ってみな?」
二人は、パイプ椅子に座りテーブルの間で向かい合った。
「ではでは、コホン。シャオイェンと」
「レイレイの」
「朱雀レイディオ!!」
二人は同時に声を合わせて口を開く。
「と、いうことで、このお時間がやってまいりました。まずは、私シャオイェンと」
「こんにちは、朱雀部隊隊長のレイレイ」
「とで、お送りします!! ということで、レイレイさん。九龍城国国内でも私たちはまあまあ有名ですが、ユグドシアル大陸から帰ってきて、ようやく落ち着けたような感じですかね?」
「そうね、最近は友達と一緒に遊ぶというか、コスメにはまっているわ!!」
「はいはい、コスメですね。ま、ようはお化粧というやつで、お化粧は太古の昔からあって、あれはクレオパトラの時代からあったそうです」
「そうなの!?」
「そして、クレオパトラのなかでも有名なお話がありまして、昔のお化粧って鉱石を削って作っていたらしいのです。そして、あまりにも新しすぎるので、お風呂もなかったので、化粧を落とさずに寝ていたそうですね。そして、目が開かなくなることもしょっちゅうだったそうです」
「そ、そういう時は、どうするのよ……」
「まあ、大体美しいといわれていた女性にはかならずおつきの者が側にいたでしょう。なので、おつきの者が対応してくれたと思われます」
「へー、そうなのね。ちなみにさ、あなた化粧してるの?」
「私はビジュアル的にそんなに可愛くないので、薄化粧ですね」
「その割には肌キレイじゃない」
「……そうなのでしょうか? まあうちの傭兵部隊は本当に女っ気があるのはイェチンさんぐらいですからね」
「私だって、本当はオシャレしたいわよ」
「あなたは、ルーキーでしょうね」
「……まあ、確かに。ここ最近だし、アイシャドウもたまにやるぐらいだし、そもそも論、中華人民共和国がベースになっている九龍城国は思いっきり影響受けてんのよね。
で、あんまり化粧せずに勝負するというのが、根幹にあるから、化粧などは本当に最近よね」
「内乱が多い九龍城国でしたから、本当にそういった意味では余裕が出てきたのでしょうね」
「そうね、最近の最近よね。そして、色々な娯楽が普及してきているのも、うちの国ならではよね?」
「そうそう、500年前のゲームタイトルもあったりしていて、結構遊んでいる人いるみたいですよ?」
「まあ、そういうのは、うちの部隊だったらファリンちゃんおしよね!!
「彼女は非常にゲームもうまいのですが、それ以上にあらゆるサブカルチャーにおいて彼女の右に出る者はいません……。それでですね……」
銀龍は待機所にいた。
ガラス越しで二人のやり取りを見ていた。
「いい感じじゃねーかよぉ。しかも、これでだいぶ抑えられるな」
右手の扉から金龍が入ってくる。
「思った以上に、うまくいきそうじゃない?」
「ついでに、ラジオ局みたいの作っちまうか?」
「そんなに良い機材集めなくても、ほとんどがパソコン1台でできるから、いんじゃない?」
「ま、あとは二人にある程度任せて、配信しちまおうぜぇ?」
「編集とかは、誰が得意かしら?」
「まあ、ちょっと考えてみるわ……」
こうして、シャオイェンとレイレイのラジオ局が始まったのだ!!
えっとですね、作者近況でご報告はさせて頂いていますが、一応今回で
「チャイナガールズ!!達の破壊的な日常」は一旦終了です。
そして、お次へつながる、「カォルンセングォ毒ガスパラダイス」編はまだ完結しておりません。
なので、一度全部書き終えてから毎日更新を再開させていただきます。
しばし、お待ち頂くよう、よろしくお願いします。




