3-20 ルェイジーママ、クンフーバーを経営する その2
二人は、その場に到着した。
そこは、何と劉龍飯店だった。
銀龍は、オカマを見た時以上に、顔をひきつらせている。
「う、うおお、いつの間に……」
「ちょっとね、とあるママさんに新たな起業をしたいと言われたから、飲食店を勧めたわ」
赤いスパンコールドレスを着ている綾は、ハイヒールを鳴らす。
「それでね、飲食店の上に更にバーを設けることで、顧客を呼び込むという事を提案させてもらったわ」
空気の読めない銀龍でも、ほぼほぼ察している。
「その、なんだぁ? どういういきさつで、こんなんなったんだ?」
「私は、傭兵家業もやっているけれど、それにプラス起業家もやっていることは知っているわよね?」
「はいはい、それは勿論だけどよぉ」
「確かに、うちは非常に大きい会社よ。
けどね、小さな顧客にも目を向けないと思って、世界中に情報を公開していたら、直接コンタクトがあったのよ。
場所は九龍城国だし、遊びに行くついでに、こういう事業もいいんじゃないかと思ってね」
「でもよぉ、飲食店どうしだったら、客のつぶしあいにならないか?」
綾は、赤くリップで塗られた唇を吊り上げ、目尻を落とす。
「それがねぇ、大丈夫なのは間違いないわ。そもそも、顧客ターゲットがちがうもの」
銀龍は、眉をしかめさせる。
傭兵という商売だったら分かるが、こういうマーケティング戦略と言うものはよくわからない。
「とりあえず、入ってみましょう!!」
二人は外階段を上がり、二階に入った。
「な、なんだぁ……これ……」
銀龍は、入るなり、九龍城国らしいカオスな雰囲気に圧倒された。
一応、見た目はバーとして成立しているが、ワイングラスを飾る代わりに、天井高く色々な中国の兵器がぶら下がっている。
それは、中国刀と言うものから、ありとあらゆるマニアックな兵器が並んでいる。
「オ、オレは嬉しいけどなぁ。おいおい、何バーなんだ?」
銀龍は、何となく察知しているが、一応綾に聞く。
綾は、自信たっぷりに、口を開く。
「クンフーバーよ!!」
「そ、そうか……」
銀龍は、綾と視線を外した。
お店が儲かるとか儲からないとかそういう意味ではなく、嫌な予感しかしない。
そして表扉から、紫色の髪をしたルェイジーをもっと落ち着かせたような人物が入ってくる。
「かなり、できてきたアルゥね……」
「う、その声は……」
銀龍は、振り向く。
「ル、ルェイジーママ」
「あら、銀龍さんアルゥね。どうしてこんなところに?」
「い、嫌な、その……」
綾が説明する。
「銀龍とは、幼馴染なのよ。かれこれ二十年以上の付き合いよね?」
苦笑いをさせながら「ああ……」と、銀龍はママと目を合わせない。
「あら、ママさんと銀龍さん、二人とも知り合いだったの?」
「ま、まあな」と、銀龍はルェイジーママに聞く。
「ちょっと、喉が渇いた。椅子に座っていいかい?」
デモンストレーションも合わせ、ルェイジーママはカウンター奥に入る。
グラスを取り出し、それを水で軽くゆすいで、乾いた清潔な真っ白な布で拭いて水をそそぐ。
銀龍は、椅子に背もたれをかけ、周辺を見渡す。
「しっかしよぉ、クンフーバーなんて確かにありそうでなかったよなぁ。
あまりにも根付いちまったもんだから、逆になかったわ」
綾は、自身満々に答えた。
「そうね、音楽をメインにしたバーとか、ショットバー、サバイバルゲームを意識したバーとかあるけど、クンフーをメインにしたバーだったら、話題性もあるし口コミも広がりやすいでしょ?」
ルェイジーママが「お待たせアルゥ」と、カウンターにグラスを差し出した。
銀龍がそのグラスを受け取り、口先に水を運ぼうとしたら、白銀の光が目をかすめグラスが斜めに真っ二つになった。
奇麗な切断面から、水は零れ落ち、テーブルの上に水たまりのように広がる。
「な……」と、口を開けている銀龍。
そして、カウンターテーブルには匕首と言われるナイフのような、中国兵器が一つ隣の席の辺りに斜めに刺さっている。
イェチンの得意武器でもある。
ルェイジーママは、平然とした顔で「防犯機能が働いてしまったアルゥね」と、一言もらし、片手で抜き去る。
「あとで、セットしなおさないと、いけないアルゥね……」
と、ナイフを平然とカウンター裏へとしまう。
「あ、綾ちゃん。ルェイジーママにどういうアドバイスした?」
綾の両目が青く光る。
スマートコンタクトレンズで、過去のやり取りを確認しているのだ。
「そうね、アイデアはこちらで出すから、防犯関係は国々によって法律もあるし、あなたたちなりにそこら辺は任せるわ。と、伝えたわ」
「ま、マジか……嫌な予感しかしねぇ。っつーことはよぉ……」
カウンター右横の勝手口から、「バン!!」と突き破る勢いで、紫色の毛髪の少女が出てくる。
「アイヤ!! 泥棒アルか!!!」
上下寝間着姿で長髪だったので、銀龍はルェイジーかどうか一瞬分からなかった。
「予想はついていたけれどよぉ。テメェも、出てくるわぁなぁ……」
ルェイジーは銀龍と綾を見た瞬間、きょとんとしている。
「アイヤ、銀龍と綾さんアルネ!! こんなところで何してアルか?」
綾は、笑顔で答える。
「お店のデモンストレーションよ?」
ルェイジーは寝ぼけまなこで、目をこすりながら答える。
「でもんすとれーしょん? アイヤ、演習の事ね!!」
銀龍は、眉根を寄せて頬を痙攣させながら、何とも言えない表情をさせる。
「す、少なからず合ってるっちゃあ、あってるぜぇ……」
ルェイジーママは、娘に顔を向ける。
「ルェイジー、防犯装置が誤作動おこしちゃったアルゥよ。まだお店は開かないから、ゆっくり寝てていいわよアルゥ」
両目をこすりながら、ルェイジーはあくびをしながら踵を返し、扉奥へと消える。
「ある意味、最強の防犯装置だな。お店がぶっ壊れなければの話しだけどよぉ……」
ルェイジーママは「そこは大丈夫アルゥよ」と、切れたコップをかたずけて、水を入れたコップを再び出した。
銀龍は酒でもないのに、ちびちびと水を飲む。
「どういうことでぇ? ママさんよぉ」
「実際、ルェイジーに全素材を試したアルゥよ」
「え?」と、銀龍はグラスを落としそうになる。
「ああ、なるほどー。そういうことだったのね」
「どういうこってぇ? 綾ちゃん」
「ずいぶんと骨組みに予算がかかったのよ。全部対ルェイジーちゃん用、超硬度チタン合金で囲っているわ」
「うええ!! マジかよ!! 予算よく大丈夫だったな」
「ちょっとね、裏技を使わせてもらったわ」
「綾ちゃん、ひょっとして……」
扉が開く音がして、青い瞳の金髪のイケメン男性が出てくる。
真っ白なスーツだ。
非常に目立つが、身長も高いし着こなしが良いのか似合う。
「やぁ、シェンメイターレン。偶然だねぇ」
銀龍は速攻でそっぽを向く。l
「そもそも、偶然じゃねーし!! 綾ちゃん、マジかよぉ」
「おかげさまで、うちの兄さんがしっかりと素材を調達してくれたわ」
「テンメェ、何しにきやがった!!」
銀龍は、酒を飲んでいるわけでもないのに、顔を赤らめている。
「やあ、妹に呼ばれてね?」
「嘘をつけよ!!」
「一緒に食事に行かないか?」
「うるせぇ!! テメェのおかげで調子が狂うわ」
「お安いもんだと、兄さんも喜んでいたわ」
「安くねぇよ……ったく……。余計なことをよぉ」
金髪で青い瞳の青年は、シェンメイを見つめている。
「シェンメイ、小籠包っておいしいのかい?」
「う、うるせぇ、声をかけるんじゃねぇ……」
顔を真っ赤にさせ、うつむいている。
「どうしたんだい? 顔が真っ赤じゃないか!!」
綾は、ルェイジーママに注文する。
「ママ、ウィスキー頂戴」
「分かったアルゥね」と、早速ウィスキーのロックを静かに出した。
綾は、口角をあげて、深紅に塗っている口紅を歪ませる。
「完ぺきね、ママ」
「練習しただけあったアルゥね」
翔も、ママに注文する。
「ママ、シェンメイと僕の分もよろしく。僕はフルーティーなビールで。シェンメイは?」
翔と視線を合わせにくいらしく、真っ赤な顔で「紹興酒」という。
「はい、紹興酒とオレンジビールアルゥね」と、二人に出した。
翔がグラスに手を添えた瞬間、シェンメイは、すぐに嫌な予感がしたので、翔に注意する。
「翔、テメェ、気を付け……」
翔が持ったグラスにナイフが空を切る。グラスが真っ二つになった。
「ワオ!! エキサイティング!!」
シェンメイはすごく小さな声で言う。
「ケ、ケガねぇか?」
「ん? 大丈夫だよ。十字聖教騎士団の演習で、ある意味慣れっこだからね。ひょっとして心配してくれたのかい?」
華麗にルェイジーママはナイフをまたどっかにしまい込む。
そして、また勝手口から扉がバン!! と、開いた。
「泥棒アルか!!」
銀龍は思わずカウンターの椅子から立ち上がる。
「ちげぇよ!!」
ルェイジーは目をぱっちりと開き、来客が増えていることに気づく。
「あ!! 翔、いたアルか!!」
パジャマ姿の、ルェイジーがぐいぐい寄ってくる。
「昨日は、どうもありがとう。ルェイジーちゃん」
「いいよいいよ、別に大丈夫アルよ!!」
「昨日は、ルェイジーちゃんに九龍城国の案内をしてもらったんだよ」
「な、なるほどな……道理で昨日もお店が休みだったわけだ」
翔は、気兼ねなくルェイジーの頭の頂をナデナデしている。
リームォみたいにしか見えない。
完全小動物扱いだ。
「んー、ルェイジー。昨日たっくさん、沢山ご飯食べたアル!!」
「テンメェ、ったくよぉ。ルェイジーにまで餌付けさせやがってぇ。そんなにオレとデートしてぇのかよぉ」
「いや、結婚したい」
ストレートで、真顔でイケメンは言う。
「え? いや、翔さんよぉ、段階っつーもんよぉ考えやがれよぉ」
銀龍は、ポーチからキセルを取り出し、くわえ、ルェイジーママがわざわざ火をくれた。
「悪いな、ママ。オレだってそんぐれぇ、わかるぜぇ」
綾は、眉根を寄せながら、一口舌の上で、ウイスキーを転がす。
お腹の方から鼻に香りが抜ける。
「翔兄さんは、そういう人だからしょうがないのよ。純真というか素直というか。極端なさじ加減をわからないという行き過ぎた真面目さというか」
「ったくよぉ、テメェら兄妹っていうんだからよぉ」
「血は繋がっていないけれどね。ハミルトン家は非常に複雑なのよねー。他にも親戚がいて、日本で女子高生のカッコウをして総理大臣もやっているし……」
「ま、政治や貴族なんつーもんには、オレぁ興味がねーよぉ」
「あ、そういえば、小さいころも翔があなたのことよく見ていたわよ」
銀龍と翔はグラスの手を同時に止める。
「どういうことでぇ?」
綾は、笑いながらウィスキーのグラスを傾ける。
「幼いころ、こっちにも顔出すことあったじゃない。その時にね、翔はね階下のカンフーの練習するあなたをずっと見ていたわよ」
「まじかよぉ、ストーカーだぜぇ」
「でもね」
「ちょっと待ってくれよ、綾。それは言ってほしくないんだが……」
「あら、良いんじゃない? 別に。銀龍はこれでもね、割と女っぽい部分はあるのよ」
「ま、誉め言葉として受け取っておくぜぇ」
「それで、彼は決めたそうよ。パワードスーツを着れるようになったら、彼女を迎えに行くと。まあ、翔はこう見えても努力家なんじゃないかしら?」
「へっ、努力なんて誰だってやるもんだぜぇ。オレだっていまだクンフーの道行く道のど真ん中だ」
「僕はね、必ず君を取りに行く。そして、必ず結婚するんだ」
「やめてくれ、オレは傭兵だ。人殺しに幸せになる権利なんてねぇ」
「それを言ったら、みんな人殺しになってしまうよ。人は必ず誰かを殺して生きている。間違えていない言葉だよ」
「ふん、そもそもオレが結婚!? ちゃんちゃらおかしーぜ。へっ、オレが一番笑っちまう」
「でも、私はあなた達、似合っていると思うわ」
「ふん、誰がテメェなんかと」
「いや、僕しかいない!!」
ルェイジーは、二人をずっと見ていて、目をこすっている。
「ママ、まだ寝てもヨロシ?」
ルェイジーママは、グラスを拭きながら、二人の言い争いを聞いている。
「あらあらアルゥ、ルェイジー。寝てもいいアルゥよ」
ルェイジーは、あくびをしながら再び勝手口へと帰った。
銀龍と翔の言い合いも収まる気配がしない。
今日も、色々な人がやってくるクンフーバーへ、あなたも行ってみてはいかがでしょうか?
ルェイジー:まだまだ、銀龍と翔、ケンカしているアルー。
ルェイジーママ:まあ、仲が良いほど、何ていうというアルゥからね。
ルェイジー:ママとパパの喧嘩、おうちが吹っ飛んだアルもんね!!
ルェイジーママ:あれは、少し困ったアルゥね。
ルェイジー:近所のチェンさんとこで泊まらしてもらったアルネ!!
ルェイジーママ:そうアルゥね、懐かしいアルゥね。(超笑顔)




