3-1 銀龍、白虎院を訪問。
銀龍は黒い中国服を身に包み、九龍城国内を自動AIタクシーを利用し、移動していた。
九龍城国は、AIシステムでほとんどの車は統轄されている。
オートメーションばかりではなく、もちろんマニュアルも用意されている。
マニュアル時は、余計に入り組んだ場所や、狭い場所などはマニュアルに切り替えて運転する人もいる。
入り組んだ場所に、銀龍がポケットマネーで運営している孤児院が、九つある。
なぜ九つかというと、九龍城国には九つの省と、通称セントラルと言われている中央省とで国が成立している。
九つの省に一拠点ずつあって、チャイナガールズを引退した者達が、孤児院を運営している。
一拠点ずつ、銀龍と同期のクンフーの達人が必ず一人はいるのだ。
本日の訪問は、白虎拳の達人であり、ヤーイー、更にはホンホンとリャンリャンの師匠でもある白虎院に銀龍は訪問していた。
錆びた引き戸の門構えを引いて、入った瞬間思わず手が出てしまった。
男の子が、銀龍に突如拳を出してきたのだ。
「銀龍シェンシンくらえ!!」
銀龍は直線状に来た、男の子の拳を片手でぱしり、と、握り、ひじの部分を掴んだのち、そのままぐるりと回る。
男の子の肩に手を乗せ、レンガ造りの地面へとふせさせた。
「テメェ、相変わらず元気良すぎだぜぇ……ったくよぉ」
「イテテ!! シェンシン、早すぎだよ!!」
「うるせぇ、こっちは20年以上クンフーやってるんだぜぇ。ひよっこの拳なんぞ、大したことねぇ」
「シェンシンはなしてよーーーー!!」
銀龍は、男の子を見下げながら笑う。
「へっ、嫌だね。ウーイン」
「シェンシン、おねがいはなしてよ!!」
「しょーがねーな」
銀龍は、肩においてある掌をどけ、男の子を開放する。
孤児院の引き戸から、子供たちに囲まれながら歩いてくる女性の姿が見えた。
背中には、赤ちゃんがいる。
銀龍は、その女性の付近までやってきて挨拶する。
「よお、シュエジー!」
シュエジーという女性は、銀龍を見下げながら軽くあいさつした。
背中の赤ちゃんをあやしながら、シュエジーという女性は身体を揺らす。
「お、銀龍じゃん。元気してた? はーい、よしよし」
「おうよ、相変わらずだぜぇ。どうでぇ、孤児院で困っていることはねぇか?」
白い銀髪に、髪はショートカットで無造作にばらついている。
シュエジーは、にっこりと笑う。
左八重歯がキラリと光った。
師匠に似るという言葉はこのようなことなのだろう。
まるでリャンリャンやホンホンみたいに、八重歯がでているのだ。
「今のところ、ないよ。だけど、この間の戦線の時に連れてきてくれた子が、まだそんなに打ち解けていないかも……」
「ああ、あのコステロどもを始末した時に、捕虜になっていた子だよな。少しずつ打ち解けてほしいところだぜぇ」
ルェイジーが保護した、褐色肌の女の子だ。
中国語は話せるようだが、どうやら微妙に異なる血が混じっていて、恐らくスパニッシュか何かの血が入っているだろう。
銀龍の勘だが、推定年齢から察するに十一歳ぐらいと思われる。
シュエジーの周辺にいる子供たちが、目を輝かせて、銀龍を見上げている。
一人の幼いお団子頭一つだけの女の子が、銀龍のひざ元まで抱きついてきた。
「シェンシン、大好きー!!」
銀龍は、女の子の頭を撫でながら笑う。
「シンウー、元気していたか?」
女の子は銀龍を見上げながら、無垢で純真な笑顔をさせる。
「うん、銀龍のおかげでシンウー、元気だよ!!」
シンウーは、とてつもない戦場で、保護した記憶があった。
それは、ユグドシアル大陸の、最南端での輸送任務であった。
いつ死んでもおかしくない状況の中、彼女を何とか救い出し、保護したのだ。
「銀龍、いつでも遊びに来てね!!」
銀龍は微笑させる。
「ああ、いつでも来てやらぁ」
「シュエジー老子、たまにはクンフーで散打でもやるかい?」
シュエジーは、背中に抱えている赤ん坊をよしよししながら、答える。
「いいよ、この子が泣き止んだらね」
銀龍の運営している孤児院では、15歳ぐらいの者達が手伝ったり、お世話したりもするし、
クンフーも叩き込まれている。
下手な大人よりも強く、たくましい。
銀龍は、一人一人の成長がとっても楽しみで、クンフーを抜かしてしまえば、趣味ともいえる。
そして、お昼時。
今日は劉龍飯店でご飯を取らず、銀龍とシュエジーは子供たちと一緒にお昼ご飯を澄ました。
子供たちが寝静まったところ、シュエジーと銀龍は孤児院の庭でお互いに一礼をした。
「さぁてとぉ、やりますかい?」
銀龍とシュエジーは右手裏同士を合わせる。
これは「聴頸」というものである。
お互いに手を合わせて、相手の動きを読むというものだ。
そして、チャイナガールズ達もその技術を持ち合わせている。
二人とも深い呼吸をさせ、同時に目を開く。
シュエジーは、両拳を虎みたいに構える。
シュエジーは、二つのクンフーを持っている。
一つは、現在の白虎部隊隊長のヤーイーが得意なジークンドー。
もう一つのクンフーは白虎拳と言われるものだ。
ホンホンやリャンリャンのクンフーの基礎、元祖ともいえるので破壊力は彼女達以上だ。
そして、銀龍は両方の掌を胸元の高さまで構える。
双辺太極拳だ。
シュエジーはしゃがみ込み、跳躍、銀龍の胸元まで膝蹴りをお見舞いしようとするが、銀龍は片方の掌の裏で払う。
シュエジーは一歩踏み込む状態になり、バランスを崩す。
銀龍は彼女の太もも裏に手をかけ、キンナ術(関節技)で捕らえようとするが、彼女はそのまま前転し、銀龍の技をかわした。
二人は再び向かい合う。
今度は、銀龍が一歩踏み込み、右掌をシュエジーの鳩尾めがけて、突き出す。
対し、シュエジーは、手首を掴み銀龍の突き手を防ごうとする。
そして、そのまま膝を出す。
銀龍は左手で、彼女の膝を一握りで掴み、一気に彼女の膝の神経をツボで防いだ。
「イテテテテ!!」
銀龍は頸を読み取り、瞬時に相手の弱点ポイントを掴み、極力少ない力で抑え込んだのだ。
シュエジーはそのまま細い太ももを抑えながら、銀龍に抑え込まれた。
「ま、参った、銀龍。頼む、勘弁してよ」
銀龍は、すぐにシュエジーを開放した。
「ったくよぉ、さすがに腕は落ちたか?」
「そうかもね、銀龍が戦ってくれているおかげで、私は戦う必要がなくなったよ。でも、子供たちに教えるためにクンフーはしっかりとやってるよ」
「そりゃあ、良いこったい。テメェらが幸せだったら、喜んでオレは戦うぜ……」
シュエジーは、銀龍を見つつ、立ち上がり、笑顔になる。
八重歯が丸見えだ。
「銀龍、ありがとう」
「なあに、お互い様だぜ。ここの運営を任せっきりだからな。お安い御用さ」
「そういえば、他の元チャイナガールズも元気だった?」
「ああ、元気だぜ。何だったらスマートコンタクトレンズで連絡とったらどうでぇ?」
「いや、いいよ。私はドライアイだから、無理だし、ここの子たちのお世話で結構いっぱいいっぱいだし」
「そりゃあ、わりぃな」
「この子たちも含めて、皆銀龍には感謝している。しかも、しっかりと裏九龍城国みたいな人たちのような、闇を背負っているような瞳には子供たちはなっていないし」
「ふん、やつらと一緒にしちゃあいけねぇぜ。引き続き、よろしく頼むわ。シュエジー老子……。
それと、ドラゴンマフィアもここの縄張りに手を出した時には、対応頼むぜ」
「うん、わかった。全ては銀龍ターレンのために」
「よせやい、もうテメェさんは引退した身だぜぇ」
銀龍は、傍に置いてあったポーチへ向かい、キセルを取り出し、火をつけた。
「シュエジーよぉ、またぁ、クンフーやろうぜ」
と、そのまま孤児院を出ていった。




