1-24 戦場の物理学者登場
ドレスを着ている一般女性が、突如「きゃあ!!」と叫んでいる。
犯人はすぐに分かった。
綾たちが雇っているオカマ達と同じくらいの体格をしている、男性が一人やってきたのだ。
頭は金髪で、スキンヘッド、首周りは以上に太く、昔ながらの傭兵という感じだ。
右目は痛々しい傷でふさがれていて、見えていないだろう。
葉巻をくわえながら、銀龍に壁のように立ちはだかる。
「よぉ、ニクラウス・シュティラーの旦那ぁ。相変わらず元気かい?」
ニクラウス・シュティラーは、にやにやしながら、見下ろし葉巻を外す。
「よう、双龍コンビ。生きていてくれて嬉しいぜ。お前たちは美貌の塊だからな」
銀龍は壁の頂をみる。
「うっせぇよ、旦那にはわりぃが、オレ達は高すぎるぜ。国ぐらいの価値があるからなぁ」
「言うねぇ、ちょっと前まではコロコロしていて、可愛かったのによ、いつの間にこんなに凶悪になったんだよ」と、いうセリフを吐いているが、怖がっているそぶりは見せない。
伝説の傭兵は、後ろにいる金龍と視線を合わせた。
「よ、金龍ちゃん。元気しているかい?」
「ニクラウスさんも、お元気で何よりです」
「お前たちには特に言っておかなきゃなぁ。戦争にはルールはないが、どんな時でも人情は捨てるな。ま、わかっているだろうけどよ、人情を捨てた時点でその戦争は負ける。俺の体験談さ」
銀龍は、訝しく眉を寄せる。
「なんで、オレ達にそんな話してくれるんだよ」
ニクラウスは、葉巻を再び口にする。
「なあに、お前さんたちを俺が認めたというだけさ。俺は滅多にこんなことは話さねぇよ。じゃな、銀龍ターレン、金龍シェンシン」
そう言葉を捨てていくと、また、どっかの令嬢のお尻を触りながら、大男はほかのところに向かった。
「あれが、伝説の傭兵ねぇ。オレにはまだわかんねぇよ。凄いんだか凄くねぇんだか」
「実際に戦場で見ないと、実力というものは分からないものよ」
銀龍は、ウェイトレスからワインを貰う。
あっという間に飲み干す。
「しかしまぁ、オツムの悪いオレでもわかるくらい、有名な奴らがいっぱい来るな」
「そうね、綾ちんは昔から交流は広かったもの」
「そうだな」と、銀龍は西洋の絵に書いたような場所から、石造りのバルコニーへと酔い覚ましに向かう。
「金龍、酔いを覚ましてくるわ。テメェは勝手に楽しんでな」
「分かったわ」
外では、花火が上がっていて、一階の方では商店街が幹並みに鮮やなライトをきらめかせている。
活気がある街だ。
そして、誰かに声をかけられた。
「どうだい、君も楽しんでいるかい?」
銀龍は、振り向いた。
目の前には、西洋風の、イギリス王室のような赤い軍服を着ている。
身長は銀龍よりも高く、暗がりなのであまりよく見えないが、上品な色の金髪に青い瞳だ。
「アンタは誰だよ……」
「大分酔っているみたいだね、銀龍ちゃん。いや、王神美さん」
「ふん、よくオレのこと調べてるじゃねーか」
「綾がお世話になったね」
「なっ!! テメェはもしかして」
「ハミルトン翔といいます。以後よろしく、シェンメイターレン」
「いや、銀龍と呼んでくれ。あくまでビジネスできている」
「君は、美しいね。言葉で繕っているが、本当は優しい人だ」
「よせ、オレに話したって、んなの通用しねぇよ」
「口説いているわけじゃなさいさ。本心で話しているだけだ」
「っせぇ、オレはとうに三十路だ。テメェに惚れてもらう義理なんてねぇし、今後も独身でいるつもりだ」
「そうかい、それはなぜだ?」
「オレは九龍城国に誓っているからだ。人として、傭兵としてな」
「君は自信の想像以上に、女らしいよ。その香水だって、僕のタイプだ」
「ふん、男は基本信用しねぇ。特に戦場にいればいるほどにな……」
「構わないさ、僕は君のそういうしっかりしているところが人として尊敬できる」
「ったく、何が尊敬できるんだよ。オレの何が分かるんだ」
「わからないから、こうやって会話しているじゃないか」
「テメェさんとは俺との世界は成立しねぇよ。お坊ちゃんとは住む世界がちげぇ」
「そうかい? 住んでいる世界は一緒だよ。夜空だってずっとつながっているじゃないか。そのどこが違うんだい?」
「うるせぇ、これ以上話すんじゃねぇ、オレにも近づくな」
「やだと言ったら?」
シェンメイは、背の高いお坊ちゃんの眼前に拳を縦に突き出し、止めた。
「拳で倒す」と、踵を返し、背中を流れているセミロングの髪がふわりと広がる。
ただ、翔はその姿を青い瞳で、ずっと見ていた。




