5-96 その影出づる時、サムライ魂カカゲル。
-------N.A.Y.562年8月19日 11時00分---------
オレは、銀龍。
九龍城国は、これから復興が始まる。
忙しくなる前に、まずはホンホンの事が心配だぜぇ。
病室の手前までくると、左右の三つ編みを後頭部にまとめている女の子が、オレを見上げる。
「ぎんりゅうターレン、べつに来なくてもよかったのですよ」
オレは、眉をひん曲げて答えた。
「うるせぇ、リャンリャン。たまにはよぉ、テメェさんたちの事を見てやらねぇとよぉ」
「すなおじゃ、ないのですねー」
「ったく、これからよぉ。復興とか、龍王の大規模な、なんだ? カミングアウトも控えているっつーのによぉ」
「とにかく、はいりましょう!!」
リャンリャンが、病室の引き戸に手をかけて扉を開けた。
左奥には、ベッドの上で上半身だけを起こし、開いた外の景色をひたすら眺めている。
ホンホンの黒く長い髪が、ベッドの所まで流れているのだ。
顔は、リャンリャンとそっくりだが、別人だ。
ホンホンは、リャンリャンが来たのを気づいたのか、こちらへと振り向く。
ホンホンは、まだ本調子ではないのか、リャンリャンを見るなり一言だけつぶやいた。
「リャンリャン……」
リャンリャンは、オレが目の前にいるのにも関わらず、表情をぐしゃぐしゃにさせ、大きな瞳から大きな粒を流し始めた。
「うう、ホンホン~!!!」
呆気にとられているホンホンの視線と、オレの視線が合う。
「へっ、ずいぶんとまあ、スッキリした顔だな?」
「ごめん、銀龍。あたしは白虎部隊としてダメだったね」
「ま、確かに。だがよぉ、テメェさんにはまだまだ手伝ってもらいてぇことが山ほどあるんだぜぇ?」
大泣きして抱きついているリャンリャンをよそに、ホンホンは純真無垢な瞳でオレを見つめてくれている。
「たとえば、どんなことを?」
「そうだなぁ、まだまだこの国は発展していく。だからよぉ、その為にもテメェさんの力が必要ということでぇ。
それじゃあ、だめかぁ?」
ホンホンは、なかなか負けん気が強いところがある。
だが、誰よりも素直なところがある。
そこが、周囲の者達よりもかなり強みがあるところだ。
ホンホンは、大きく口を開けてニッコリと笑った。
「うん、わかったわ、あたしまだまだ稼ぎたいしね!!」
ホンホンとの面会が終わった後、オレとリャンリャンはセントラルを背中にして歩いていた。
オレは、セントラルに一瞥させると、キセルを咥える。
「リャンリャン、ついでだぁ。劉龍飯店にでも行くかぁ?」
リャンリャンは、ホンホンと同じようにまぶしい笑顔をさせてくれた。
「よいですね!! いきましょう!!」
八月半ばの、蒼い空が雲を作り、巨大なセントラルタワーが黒い影を作り出す。
――そうでぇ。
影と光は、一緒にある。
クンフーもそうだが、この国自体もその影と光が必要だ。
オレは、光なのか影なのか分からねぇが、とにかく傭兵として、この国の為にすることはまだまだ沢山あるぜぇ?
だからよぉ、もうちょい長生きしなくちゃぁいけねぇ。
セントラルの影は、より一層長くなり、背中をあずけたオレ達を覆ってくれたのだった。
-------N.A.Y.562年8月25日 11時00分---------
メガネをかけた秘書が、書記長の所にまで書類を持ってきた。
今回のテロ事件を、銀龍に相談していた女性、イーだ。
「書記長、本当に良かったのでしょうか?」
「うむ、なにをだね?」
「ヨウ大佐を、外してしまって。彼は統制を執る者として、優秀だったと思いますが? 今後は、国をもっとひとまとめするために、彼の力が重要で、必要ではなかったのではないのでしょうか? 五九天安門事件での実績もありますし……」
「いいかい、時間と言うものは二度と元に戻すことが出来ない。
資源は、木から始まり、石油が主だった。
現在はパーティカルロイドという粒子が主にもなっているのにも関わらず、時間は二度と元に戻すことが出来ない。
意味がわかるかね?」
「パーティカルロイドが主流になっている時代でも、時間というものだけは操ることが出来ない。
そう言いたいのですね?」
「正解だ。そして、これからは我が中華人民共和国も、更なる繁栄のために、民主主義をもっと前面に出していくことであろう。
つまり、ヨウ大佐は国の為に未来を預けられなかった。
実に惜しかったが、国の者としては落第点だったのだよ」
「確かに、今後はもっと国民を徹底的に管理しなければなりません。
これ以上、キツくしめあげてしまうのと、国民が再び爆発しない事を祈るのみです」
「まあ、爆発したら、潰せばいいだけのこと。圧倒的な暴力の前では、国民はひれ伏すのみだ。
最悪、戦車だけではなく、ロケット軍も必要なのかもしれん」
「ロ、ロケット軍までもですか……」
「我々の思想は、国民を徹底的に管理し、暴走を防止することだ。今までも、これからもだ」
「色々と教えて頂き、ありがとうございます。お手間をとらせました」
男は、右手を出し、彼女に向けて手を振った。
「いいや、良いんだ。イー中佐。優秀で頭の良い君だからこそ、教える気になったんだ」
女性は、男に一礼をさせると、豪勢な扉を開けて、書記長室から出て行った。
-------N.A.Y.562年9月1日 1時00分---------
粒子灯を最小限に絞っているので、畳に敷き詰められている部屋に、真っ黒に塗りつぶされた細身の男が一人。
右手に頭をのっけて、寝そべっている。
男の手前には、刀一本と、脇差一本が置いてあるのだ。
彼の武器なのは、明らかである。
何かを咥えつつ、横たわっている影は口元に何かを咥えているようだった。
棒らしき物を咥えていて、棒の先からは銭湯の煙突を思い起こさせるような煙が昇っている。
男が咥えているのは、キセルだ。
口許からのびたキセルの先端から煙が天井へと昇っていて、持ち手には桜の柄が鮮やかに、煌びやかに散らばめられている。
本体が、桜柄なので日本キセルだ。
それも、普通のキセルとは異なり、丁寧に漆塗りをされて金箔まで散りばめられているのだ。
男は紋袴を着こんでおり、身なりはそこそこ汚いが、鋭利な視線はどの軍隊の者よりも切れ味が違う。
顔は陰になっていて、眼光だけ闇夜を切り裂き、刃物のごとく反射し瞳が浮かびあがる。
くつろいでいる男の背中に、呼びかける大きな姿があり。
その男は、丸太のような図体で、ブタのような顔つきではあるが、デブと一言で片づけるのは、失礼である。
図体の大きな男は、寝そべっている影に身を沈めている男に話しかけた。
「アニキ、活動家たちとコネクションをしてきましたぜ?」
男は、座禅を組みつつ身体を起こし、目の前にあるツボに向けて日本キセルをひっくり返した。
「ご苦労で、候。拙者、日本赤軍にいた頃を思いをつのらせ、候。時間は、何時ぐらいだろうか?」
部屋の雰囲気は、時代錯誤も甚だしいところではあるが、ここは中国である。
男が歩くごとに、畳が沈み込み、軋む。
「アニキ、学生たちと会うには、なるべく中国国防軍、政府、情報の閉鎖力が必要だよ」
図体の大きい男は、単なる豚ではなく、頭の回転もなかなか早いようだ。
「では、どうするか? 九蔵殿にでも頼むか、候」
「そうだね、アニキ。九蔵だったら、そういう情報戦術は得意だから、任せよう」
紋袴を着た男は、立ち上がり、刀と脇差を腰にぶら下げた。
図体の大きい男を通り過ぎ、男は話しかけた。
「なあ、アニキ、どこ行くんだよ?」
顔が真っ黒に塗りつぶされている男は、引き戸の扉に手をかけると振り向いた。
「今宵は、少し体のキレが悪い。少し剣術の鍛錬を重ねようかと思い至った、候」
「アニキ、少し興奮気味ですぜ? オレも付き合うぜ?」
「そうだな、拙者と手合わせお願いする、候」
二人は、日本一色で作られたアジトを出て行ったのだった。
―カォルーンセングォ毒ガスパラダイス編・完―