5-95 新しいふたり。
-------N.A.Y.562年8月18日 17時30分---------
わたしの名前は、メイヨウ。
沢山の命が、九龍城国の真下で毒ガスによって亡くなりました。
その子達は、良いことも良からぬことも行っていたかもしれません。
でも、それでも、かけがえのない命というものには変わりありません。
いのちは、ひとつ。
この世の中が、どんなに時を進めてもこの決まりごとは現在まで変わっていません。
わたしは、龍王様にお願いがあって、チャイナガールズの事務所まで戻り、身なりを綺麗にさせこの場でしゃがんでいるのです。
目の前には、髪の短い女性が、金色の玉座に座っています。
顔も分かっているけれど、やっぱり緊張します。
けれど、わたしは「心龍」(チンロン)であるワンメイヨウ。
必ず、成し遂げなければなりません。
散って行ってしまった、いのち。
いのちは威厳をもって弔わなければならないと思うのです。
わたしは口を閉じているのに、バクバクと心臓が鳴っているだけなのに、全身が揺れているような錯覚するほどです。
「折いって、お話をさせてください、龍王様」
「良いでしょう、ワンメイヨウ。その前に、あなたは龍王の血筋を貰っている者です。
貴方には、ぜひとも裏九龍城国の姫となって頂きたいのです」
わたしが、お姫様?
気分が動転している。
龍王様のご意向であろうと、私の意思はかたい。
例えこの身が尽きようとも、全てはあの人のために。
わたしは、顔を上げた。
目の前には、シャンパンゴールドのように、白金に輝いている女性と、その隣には、背が高くて青く短い髪の女性がわたしを見下ろしている。
「おねーさんも、賛同しちゃうな。とっても、相応しいと思うよ。メイヨウちゃん」
ごめんなさい。
わたしは、あの場所が大好きなのだ。
あの人に、引き上げてもらってから、わたしを約束通り迎えに来てくれたのだ。
「そのお言葉は、とってもありがたいです。けれど、わたしは銀龍さん。
いいえ、銀龍ターレンのために生まれてきたと思っています」
「あら、残念。おねーさんだったら、一つ返事なのにね?」
それでも、龍王様も寛大だ。
銀龍さんとは、異なる寛大さがこの方にはある。
「良いのです。貴方が選んだ道。
裏九龍城国に正式な住民権は出しますが、時間はかなりかかることでしょう。
その為に、五爪龍王の方々に、ある程度お任せするつもりでした」
「おねーさんも、とっても忙しくなるのよね? けどね、そういう考え方も嫌いじゃないよ。ねえ、龍王様?」
「そうです。あなたが切り開いたものは、きっともっと光があふれるような世界であることを祈ります。
この件は、これで終わりで良いでしょうか?」
「はい、お願いします」
わたしは、この国が大好きだ。
でも、正しいことを教えてくれるような、正しい大人がまだまだ少ない。
わたしと同じような苦しみを二度と体験させたくはないのだ。
裏九龍城国に住んでいた時、運よく自力で物事を覚えられていたが、他の子達は箸を持つのにもままらない。
字を読むことも、書くこともできない。
毎日、生き残ることだけが、全てになってしまっていた。
そういう子が、一人でもいなくなることを祈って、わたしは喉から声を振り絞った。
「龍王様、ふたつほどお願いがあります」
彼女は、微笑みながら、落ち着いた優しい口調で返してくれた。
「なんでしょうか?」
「一つは、裏九龍城国の、こんかいのことについて、なくなった子たちを供養してほしいのです」
「分かりました、とても痛ましい事件でした。こちらで全て用意しましょう。もう一つは?」
「裏九龍城国。そればかりではなく、今生きている子たちに、勉強をおしえてくださいませんでしょうか? わたしは、運よくおぼえが良い方でした。ですが、他の子達は、今生きるだけで、せいいっぱいなのです。
なかには、それがなくて、どうしてもやってはいけないことをやらざるおえない子がたくさん、たくさんいるのです」
「分かりました、それも必ず実現しましょう」
「そうね、おねーさんもその意見には賛成よ。龍王様、今後の復興後は、龍王様自身が顔を出すしかありませんね」
「そうですね、今まで行って来たのはどういうことなのか、事実を必ず伝えましょう」
わたしの名前は、ワンメイヨウ。
銀の龍と、金の龍と、そして――。
「龍王様……」
「なんでしょうか? ワンメイヨウ……」
煌びやかな人は、わたしを見下ろした。
「わたしも、かのうなかぎり、おてつだい致します」
真のわたしの心は、この国と共にここにあるのだ。
-------N.A.Y.562年8月19日 9時30分---------
一夜明けて、チャオはチンヨウに呼ばれたので、あくびをしながら神龍会にやってきた。
扉を潜ると、そこには雰囲気の異なっているチンヨウがいた。
いつも着ている黒い中国服ではなく、黒いスーツにネクタイをしていた。
鋭い瞳を、チャオへ向ける。
「チャオくん、来たまえ」
「なんだよ、チンヨウさん。妙にかしこまちゃってよお」
「君に話したいことがあるんだ。ついてきたまえ」
チンヨウは、老師を一瞥する。
「では、行ってきます、会長……」
「うむ、気をつけていってらっしゃいな……」
リビングを超えると、倉庫と思われる扉を開けると、目の前には不自然にエスカレーターがあった。
二人は、エスカレーターでずっと登っていく。
チャオはどこに行くのか聞かされていないので、不安そうにチンヨウに聞いた。
「チンヨウ、どこへ行くんだよ?」
チンヨウは、チャオに一瞥させると、口を開いた。
「我々はこの裏九龍城国へと住んでいるが、裏九龍城国と表側の九龍城国を監視している者達だ。
君には以前伝えたと思うが、クンフーは表裏一体の力が必要だ。
闇が強かったきみのクンフーだが、ルェイジー君、私、ユー副会長、その他様々な人々との交流によって
きみのクンフーは格段に成長した。その意味は非常に強い……」
エスカレーターを登り終えると、そこには一台のエレベーターがあった。
「そして、我々はこの九龍城国を監視、もしくはドラゴンマフィアが暴走しないようにと未然に防ぐのが役目だ。
警察に近いのかもしれんが……」
「言っている意味がわかんねーよ、チンヨウさん」
エレベーターが急下降し、二人の前に扉が開く。
「超高層エレベーターだ。さあ、行こうではないか、チャオ君……」
チャオは、目の前のエレベーターが、非常に手がかかっている作りであることに気づいた。
足を踏み入れると、赤いカーペットが、チャオのオンボロスニーカーの靴底を包んで沈んでいく。
エレベーターの内装も段違いだ。
周辺には金色にあしらわれた五本の爪を立てているドラゴンが、チャオを見下ろしている。
「私達は、五本の爪を持たらなければならない。ここのエレベーターは龍王様への謁見の間へと向かっている」
「龍王? 表側の国王だよな? なんでチンヨウさんが関わりあるんだよ?」
「それは、龍王様と謁見してから説明しよう。君には内緒だったが、我々の機関は発足してから本当に日が浅い。
なぜできたかというと、心龍様の調査の為だった」
「……チンヨウさん、あんたは一体……」
「龍はこの国内にも散らばっていってしまった。
龍とは、その特徴のあることを一言で表す隠語だ。銀龍は「香龍」金龍は「針龍」、
龍王様は「声龍」。そして今回は「心龍」を探していた」
ただ話し続けていたチンヨウは、そこで言葉を切った。
エレベーターの扉が、ゆっくりと開いていく。
天から降り注ぐ光が、チャオの目の奥に突き刺さった。
瞳をなんとか見開くと、目の前には大理石が敷き詰められているところへと到着した。
二人はエレベーターを出る。
黒い金属性の扉が自動で左右同時に開いていく。
その扉には、五本の爪の龍が見事なまでの芸術として彫られているのだ。
教養のない、チャオでも分かるくらいだった。
「我々は、五爪龍王と呼ばれている。九龍城国へ潜入し、あらゆる情報を統括、更にはテロなどを未然に防ぐ為に結成された。
その中でも、最も重要な任務が龍を探しだして見つけるということ」
チンヨウは、浅黒い肌の青年を一瞥すると、微かに笑みを見せる。
「五本の爪は、まだ一本かけた状態だ……」
まばゆい光が、チャオの目を照らす。
彼の瞳が、光に覆われ、反射する。
目の前には、金色の玉座に腰を下ろしている女性が一人いたのだ。
ショートカットで、上品よくまとめられた黒い髪。
化粧っ気も少なく、自然体の白い顔だ。
着ている服は、赤い色の漢服なのだが、全身をシルクで包んでいて、非常に着心地が良さそうだ。
絹みたいな、とても上品な女性がいた。
今まで体験したことないことなので、チャオは瞳を細める。
「だ、誰だ? アンタ?」
「きみが、チャオという子ですね?
私の名前は、ワンミンメイ。この国の人々は、龍王といいます。この九龍城国最大にして、最高権威の者……。
まあ、老人みたいな変装はちょっと疲れてしまうのですが……」
「え? 龍王って、男じゃねーのかよ!! しかも、ワンミンメイ……え? 銀龍ターレンの親戚?」
「親戚ではないです、私の姉です」
「君を緊急に招き入れるのには、理由がある。この国が築き上げたシステムを半分ほど捨てる」
「俺、頭悪いからもっと分かりやすく説明してくんねーかな?」
「私達は、昔の人々が作り上げたシステムに頼ってきました。
裏九龍城国という国がありながら、表側の人々はその存在を知らない人もいます。
表側の人々は、裏九龍城国という影の存在を捨ててきたのです。
私は、そういう国があってはいけないと思います」
「チンヨウも、あんたも何をやろうとしてるんだよ?」
「いいか、きみも五爪龍会に入ってほしい。いや、入れ。
今まで陰惨たる闇をずっと見てきた君だが、めげずに、素直に明るい居場所へと向かって行って、闇に屈するような存在ではなくなった。
君の成長をずっと見続けた私の感想だ。君は明るい場所へと、ゆきなさい」
「明るい世界を、地下の方々に知らせてあげましょう」
「ん? 悪い、まだわかんねーよ。龍王様……」
「つまり、きみたちにも正式な国民としてなってもらおうということだ」
「ただし、無理強いはしません。選択するのはあなたです。そのまま暗闇の中を進むもよし、明るい道を進むもよし。
それは全ての国民に選択させるつもりではあります。
今まで根付いたものは張り巡らされた根っこのように、なかなか抜けません。ですが、少しずつでもいいのでその根っこを抜きたいのです」
「でもさあ。すぐにみんな、うなずくのかなあ?」
「それは難しいだろう。だが、それでもやらなければならない。
その言葉はメイヨウ様が、心龍様が提案してくれたもの。龍王様は約束した」
「そうよ、チャオ君!」
どこかで聞いたことある声がしたのでチャオは反射的に顔を後ろへ向けた。
チンヨウとチャオが潜った黒い扉が自動的に閉じていく。
三つの影が見えていて、扉がゆっくりと閉まると、そこには顔なじみの人達ばかりだった。
ユーの姿に、チャオは不思議に感じたのか、目を細めた。
青いボブヘアーの女性は、コックの恰好や探検隊みたいな恰好ではなかったからだ。
赤いチャイナドレスなのだが、長そで、ズボンスタイルの恰好で、裾が非常に広く作られている。
シルクで出来たチャイナドレスだ。
全身に金の華柄の刺繍が全身に巡らせられている。
どこかのお姫様みたいな、上品なチャイナドレスだ。
右隣には白髪で緑色の中国服で、帽子をかぶっている老人。龚 勇志が立っている。
「ほほ、チャオ君。劇的に成長したのう」
ユーの左隣には、ゴツイ体格をしている白髪を後ろに揺っている爆裂少林寺使いの老人が立っている。
「ほほう、小さいころ以来かな? チャオ……」
「龚 勇志様に、老龍会会長、ひさしぶり!」
そして、チャオは光に照らされ、輝く瞳をチンヨウに向ける。
「チャオ君。我々、五爪龍会は君を歓迎したい……」
「でも、俺でいいの? 俺はクンフーしか信じなかった。他人や周りなんてどうでも良かった」
「だが、今はどうだ? 君はこの数日間のうちに様々な事を学んだ。クンフーも重要だが、それが全てではないということ」
「そうだ、俺は裏九龍城国で必死だっただけなんだ。世界はこの裏九龍城国のみだったんだ」
「よくぞ理解した。君は裏九龍城国内でも国の者として第一号として、皆の、裏九龍城国のお手本となってほしい。
我々は、龍王様と五爪龍会は君を助けていきたいのだ」
チャオは、光をふんだんに取り込んだ瞳を、目の前にいる龍王へと階段を踏み上っていく。
「さあ、私達と共に九龍城国を変えていきましょう……」
そして、龍王の玉座付近まで近づくと、白く細い柔らかい彼女の手を握った。
「分かったよ、龍王様。俺はバカでアホだけど、よろしく頼むよ、五爪龍会のみんな!」
ここに、五爪龍会の青年が誕生することとなった。