5-94 夕日の中の影。
-------N.A.Y.562年8月18日 15時45分---------
ここは、老龍省のど真ん中。
サッカー競技場予定の場所だ。
色々と物が壊れてしまったので、工期は遅れるかもしれない。
そこに、不似合いなオリーブドラブ色のテントが一つだけ立っている。
隣りにあるもう一つのテントは、跡形もなく、一直線の焦げ目をつけてフェンスも突き抜け、観客席までずっと伸びているのだ。
マーメイの放った槍の威力が凄まじく、グラウンドの傷跡が全てを物語っている。
銀龍の周辺には、緑色のチャイナドレスを着用している集団と、青いチャイナドレスをしている集団が、
ワチャワチャとお互いに喋り続けているのだ。
赤いバニーガールの恰好をしている女性と、銀色のチャイナドレスを着ている女性が向かい合っていた。
銀龍は、空を仰ぐように、バニーマムを見上げている。
「はー、ようやく捕まえたな。クソバニーさんよぉ? ご協力よぉ感謝するぜぇ?」
バニーマムは、両手に腰を添えて銀龍を見下げ笑った。
「華の青龍部隊、さっすがの働きぶりだったわ!」
銀龍は、捕らえられている鷺沼のひどい有様を見て、ため息をついた。
「やれやれだぜぇ。あれでも生きているんだろぉ? 並みの兵士だったら、死んでるよな?」
鷺沼の両腕は、関節が外れていて、両足はあらぬ方向に曲がっている。
それでも、時折、彼は叫びながら両足を動かして暴れている。
「中国人、ぶっ殺すぅぅぅぅううううアルネェェエエエエエエ!!」
「っとによぉゴキブリといい勝負だぜぇ? んでさぁ、なんでよぉ共有ネットワークで音声聞いていたんだけどよぉ。ヘリウムガス吸って、ルェイジーの方言になるんだよ?」
「さぁ? ま、ルェイジーちゃんと仲良いみたいだから、いんじゃないの?」
銀龍は、辺りを見回す。
「アスペルギルスちゃんは、どこよぉ? ゴキブリに、ヤツにもうちょい用事があるんだ」
「彼女、テントの中で待機しているわ」
「そうけぇ」と、言葉をもらすと、銀龍は中国キセルを咥えた。
テントの左右には、浅黒い肌のマントを羽織った少年と、黒い中国服を着ている男性がそれぞれパイプ椅子に座っている。
チンヨウはパイプ椅子から席をはずし、銀龍と言葉を交わした。
「銀龍、世話になったな。我々拳龍会もようやく問題を片づけれられた。感謝する」
銀龍は、キセルを口許から外すと、眉根を寄せて、苦いものを食べた笑い方をさせた。
「拳龍会さんねぇ? 五爪龍会とはよく言ったもんだぜぇ? 五爪龍王のインチンヨウさんよぉ。
テメェさんたちの機関の話、妹から全部聞いたぜぇ?」
チンヨウは、一切表情を変えず、鋭い瞳を細めた。
「そうか、銀龍。お前は、国に何を求める?」
「オレはなぁ、好きにやれればいいだけだ」
チンヨウは、右手を出した。
「お前の言動よりも、銀龍、そなたのクンフーが全てだ」
銀龍はその手を、細い指先で握る。
「よろしく頼むぜぇ? 妹のことはよぉ?」
ヨウは、その様子を遠方で見つつ、チンヨウを見つめると眉根を寄せつつ、中指で眼鏡をかけなおした。
「あの男。中国国防部の、特殊部隊でみたような……」
チンヨウは、銀龍がテントに入るのを確認した後、眼鏡をかけている背の高い男と視線が合う。
ヨウは男を見下げると、口を開いた。
「チャイナガールズのヨウと申します。あなたは以前中国人民解放軍にいましたか?」
「む、貴様は、確かチャン・ヨウ大佐ではないのか?」
「私は大佐ではなくなりました。以前、五九天安門事件ではお世話になりました。
解放軍の大尉殿?」
「私はもう大尉ではない。君と同じように国を捨てたのだ。天安門事件の事実を捨てるため、この九龍城国へ逃亡してきた。現在の私は、拳龍会のイン・チンヨウだ。申し訳ないが、そう呼んでほしい」
「分かりました、イン・チンヨウ殿」
チャオは、両手を頭の後ろにまわして、パイプ椅子を揺らしていた。
「あーあ、どうでも良いから、早く拳龍会に戻ってゆっくり休みてーぜ」
銀龍は、テントを潜ると、茶髪の女の子が座っていた。
美人画から出てきたような可憐な少女で、髪はくせっ毛。
テント内のライトに照らされると、毛糸のように美しくその髪が透けるのだ。
銀龍は眉根を寄せて目を凝らす。
「お、誰でぇ? オメェさんはよ? 随分、美人じゃねぇかよぉ?」
その女の子は、銀龍に一瞥させると健康的なピンク色の唇を動かした。
「一時的とはいえ戦友なのに、それはないのではないのではないでしょうか? 作戦が成功したみたいで、良かったですね。ミスシルバードラゴン」
銀龍は、くわえたキセルを落としそうになったので、右手でキャッチする。
彼女の右と左耳には、独特なピアスをしている。
「G」と「CO2」のピアスだ。
それで、銀龍はようやくわかった。
「うへー……マジけぇ。まさかのアスペルギルスちゃん!?」
「はい、私です。あまり、見られると恥ずかしいのと、緊張します」
銀龍は、下から覗くようにジロジロと見た。
サラサラのロングヘアーが重力に負けて、傍のテーブルへと流れる。
ニヤニヤしながら、アスペルギルスの小さな横顔を覗く。
「ふーん、テメェさん。良い女になりそうだなぁ? ぇえ?」
アスペルギルスは、銀龍と視線を合わせずに、俯きつつ顔を赤らめた。
「私は、信用した人にしか顔は見せません。
あなたの雑に見えて真摯な仕事ぶりを学ばさせていただきました。
ミスシルバードラゴン、私を覗きに来ただけではありませんよね?」
「おうおう、そうでぇ。テメェさんたちもよくわーってると思うけどよぉ? 最後の念押しをしたいんでぇ。一度よぉ、あの牢獄を解除してくれねぇ? 中に入ってよ、二度とこの国に来れねぇようにしてやりたいんだよ。ハニーガールさんよ?」
バニーセブンは「分かりました」と一言だけ告げると、テーブルの上に置いてあるガスマスクをして、バニーガールのカチューシャを頭に乗せた。
ハンガーにかけてあるミリタリーコートを広げ、袖を通す。
「さあ、行きましょう。ミスシルバードラゴン」
二人は競技場へ出ると、牢獄の手前で金龍がツボを持っていて、何も言わず後ろへ顔だけ振り向いた。
銀龍は、折りたたんだパイプ椅子を二つほど持っていた。
バニーマムは、腕を組んだまま笑いながらも銀龍に声をかけた。
「あら、シルバードラゴン。とっても楽しそうなことやりそうじゃない?」
「へっ、クソバニー。テメェさんも知っているだろぉよぉ? こういうもんはよぉ、最後の一撃で決まる」
「そうね、こっちはじっくりと観察させてもらうわ?」
金龍がしびれを切らして、銀龍に声をかける。
「銀龍、このツボ結構重いのよ。メイヨウちゃんが毎回持っていたツボなんだけどね。例の香りも用意できているわよ?」
「おう、ありがてぇ。さてと、早速で悪いがバリアの解除お願いするぜぇ? アスペルギルスフミガータスちゃん?」
銀龍は、後ろにいるガスマスクをしている女の子に顔を向ける。
彼女は、もごもごと声を出す。
「バリア解除お願いします」
アスペルギルスが口を開くと、バリアを解除された。
銀龍と金龍は、二人そろって、黒いフレームだけの牢獄の中に入る。
「バリア、幽閉をお願いします」と、耳の中から声が聞こえると、薄青いバリアが四方に囲まれた。
金龍は、真ん中で仰向けになっている、ボロボロになっている男の傍まで近づき、しゃがみ込んだ。
「うぎぃぃぃやあぁあぁああああ!!! 銀龍、ぶっ殺してやるぅぅぅうううう!!」
イェチンに攻撃を食らった時に両腕も骨折しているようだった。
二の腕がもう一つ関節が出来ているのだ。
それでも、服部半蔵は両腕両足をばたつかせている。
そのたびに、足と腕がぶらぶらしている。
「あーあ、無残だねぇ。ゴキブリみてぇな生命力だなぁ? けどよぉ、テメェさんやりすぎたな? いいかぁ? 二度とここに来れないぐらいのもんを味合わせてやるよ?」
銀龍と金龍は、同時に中国キセルをくわえた。
金龍は、ツボに粒子ライターを寄せると、紫色の煙が広がる。
「……テメェさんはよぉ、地獄を見るぜぇ?」
涙を流しながら、鷺沼は頭を地面に預けた。
男は背筋を丸めながら笑った。
男の毒ガスが充満し、銀龍は喉元を抑え、せき込み四肢を地面へ置いた。
やがて、前のめりに倒れた。
「うひひぃ、ついに銀龍を殺したぁあああああ!!! 銀龍死んだ、死んだ、死んだ、しんだぁあああああはやはやひゃひゃはああああぁぁぁ!!」
更に追い打ちをかけようと、銀龍にまたがり、小太刀で突き刺す、突き刺す、突き刺す。
銀龍の胸から幾度となく、赤くて黒い血があふれてから鮮血が更に溢れ出る。
更に、喉元を小太刀で切り刻む。
「た、たのしいいいいいいい!!!」
男はずっと騒いでいた。
銀龍はあらかじめ持ってきたパイプ椅子に腰を掛け、キセルを吸っていた。
首筋の裏側をずっとかいていて、冷ややかな瞳でずっと男を見ていた。
女傑である彼女にしては、珍しく長い溜息をさせる。
「はー、今回はなかなかしんどかったなぁ。ようやく、これでラストだぜぇ」
男の動きが止まった。
銀龍は、キセルをくわえたまま、「へっ」と笑う。
「テメェが見てるのは完全に幻覚だ。オレは銀龍と言われているが、別名香龍とも呼ばれている。
その意味を知るのは、テメェが捕まった後だぜぇ。ちなみにだが、オレの妹は声龍、金龍は針龍だ。トチ狂いの世界をせいぜい楽しんできな……」
男は足をばたつかせ、悶絶し、叫ぶ。
「ふぎゃあああああ!!! 中国人、全員ぶっ殺す!! 殺す殺す殺す殺すてやるぅぅぅうううう!!」
銀龍は、相手が気絶するのをただ待っていた。
「テメェさんは、オレをいたぶったつもりなんだろうが、いたぶられてんのはぁ、テメェの方さ。
けどよぉ、ホンホンをあそこまで追い詰めたのはぁ、許せねぇのさぁ」
銀龍は、銀色の眼光を縦に走らせて立ち上がる。
鋼鉄ハイヒールで、男のみぞおち目掛けて足を落とそうとした。
金龍が銀龍の腰に手をまわして抱きついた。
「おやめなさい、銀龍!!」
「テメ、いいから中和作用のキセルを吸いやがれぇ!!」
銀龍は、中国キセルをくわえたまま、幻覚作用のお香を打ち消せる薬を吸っているのだ。
金龍は身をていして銀龍を止めようとしている。
「オレの、大切な部下。いや、家族を死の淵まで追いやったんだ!! これじゃああ済ませられるわけねーだろよぉ!! 金龍ぅ!!」
「やめて!! 私をそんなに信用できないの!? 私の胸を借りたっていいのに!!」
銀龍は、瞳を大きく開き、足をゆっくりと引っ込めた。
全身の力が緩んだのを感じたのか、金龍はすぐに中国キセルをくわえなおす。
銀龍は、口を抑えつつ大粒の涙を流しながら、金龍に抱擁される。
「だってよぉ、だってよぉ……」
「拙者は、拙者はああああああ!!!」
黒装束の男は、まだ暴れようとするが、金龍が幻覚作用の強い針を投げ打ち、男は静かになった。
「銀龍、もっと泣いていいのよ……」
完全に動かなくなったのを確認した二人は、メイドインガールズたちからもらった超強化繊維の黒いロープで、これでもかというほど巻き付けてやった。
なりはふざけているが、下手な拘束具よりも強固で、頑丈。
その体験は、他のチャイナガールズ達も動けなかったくらい、お墨付きの黒い拘束縄だ。
男は、中国人に捕まった後の幻覚を、搬送されるまでずっと悪夢を見続けていた。
捕まっては、むち打ちにされ、捕まっては、むち打ちにされ、捕まっては……
男は、なすが儘に幻覚を2日以上見せられ続け、更にセキュリティが高くなっている獄中へと中国政府に身柄を拘束された。
香の効果が落ち着いた後、銀龍はバリアを抜け出た。
目の前には、ヨウが眼鏡をかけなおし立っていた。
「銀龍さん、涙の跡がありますよ?」
ヨウは、白いハンカチを胸ポケットから取り出し、渡した。
「すまねぇ、ヨウさん……」
ヨウは、はにかみつつ、笑顔を見せた。
「ふ、割と素直なんですね。だから、あなたの周辺には色々な人たちが集まってくるのかもしれません」
「へっ、オレだってよぉ、人間だぜぇ?」
グラウンドは、既に茜色に染まりつつあった。
チャイナガールズ達が、勢ぞろいし、その影が銀龍とヨウの影に集まってくる。
長い長い、九龍城国のテロ事件はこうして幕を閉じた。