5-92 逃亡者は、九龍城国を背に。 その2
九龍城国から橋を越えた護送車は、透明の色から再びOD色を帯びていく。
自動AI制御により、半透明だとしても、他の車とぶつかることもない。
手錠を外されたツィイーは、暗がりの中、目の前にいる人物をただ見つめていた。
護送車に揺られながら、目の前にいる人物は妙なカッコウだった。
大剣を両手に持っていて、護送車の硬い椅子に座っているのだ。
その左隣りでは、左目を抑えていて、呻きながら仰向けに倒れている男が倒れていた。
暗がりの中、見にくかったが徐々に目が慣れて行って、その男の姿がよくわかった。
革のライダースジャケットを着ている、細身の男が寝そべっているのだ。
ツィイーは、その男に向かって叫ぶ。
「シィェン!!」
シィェンは、真っ赤に充血している右目だけを動かし、ツィイーに瞳を向けた。
「姐さん……どうやら俺は死にそびれたようだ」
ツィイーは、眉宇を落とし、一瞬だけ安心した表情を見せたが、すぐに眉毛を吊り上げた。
「ふん、死にぞこないが!!」
「へへ……なぜか俺は悪運が強いらしい。この秘匿車両に拾われたぜ」と、シィェンは頭を長椅子に預けて気絶した。
「シィェンウェンハイ、貴様は120パーセント合格だ!!」と、野太い声が薄暗がりの中を制した。
大剣を持っている影は、まばゆいぐらいの白銀の鎧を装着している。
ツィイーは、中世のイギリスの騎士などは、映像でしか見たことなかったが、実際見ると重厚な迫力に圧倒されそうになる。
シィェンがいたところよりも、一段と闇が深い場所なのか、前の前にいる人物の者の顔が良く見えない。
「よお、お嬢さん。そこの部下とはいつでも喋れるぜ。それよりもよぉ、俺と話そうぜえ?」
低く野太い声からにして、男だと判別できる。
声からに察すると、中年の男性。
ユグドシアル語で話していた。
ユグドシアル語は、中国でも必須教科なので彼女もその言葉で返した。
「わ、私を捕まえてどうするつもり? レイプでもするの? 残念ながら、私は生き残るためだったら、そんな苦しみ、痛みなど、軽いものだわ!!」
「ふん……一人娘が俺にはいる。そんなものは、俺には300パーセント興味がねえ」
「じゃ、なんなの!! あなた達は誰!?」
「誰でもいいじゃねえか。十字聖教騎士団……知ってるよなぁ? あんた」
「知ってるわよ!! 300年帝国よね」
「じゃあ、説明はいらねーな。ファイブズって……しってるか? お嬢さん」
「も、もちろんよ。300年帝国の礎とも言われている……」
右隣に座っている、鋼鉄製のヘルメットを被っている男性が口を開く。
「リュシフェル様、九龍城国からは50キロ以上離れました!!」
「そうか、明かりをつけろ。一応潜伏任務だからな……」
護送車の中に設置されているパーティカルロイド粒子により、粒子灯により急に明るくなった。
ツィイーは、細い瞳を大きく開け、口も大きく開けた。
彼女の瞳孔が微妙に揺らぎ、光彩が徐々に縮んでいく。
「あ、あなたは、ファイブズの……オプティキス!!」
その男は、太い首に金髪の髪を無造作に短く切っており、もみあげと髭が繋がっている。
太い眉毛をひん曲げて、ゴツイ男は口を開いた。
「よう、ご面会だ。初めましてだな。チャンツィイーさん」
「に、偽物じゃ……ないわよね……」
男は大笑いし、おでこをひっぱたいた。
「ガハハ! こりゃ傑作だー!! ファイブズが遠征なんて、信じられない!! っつー顔だなー。お嬢さん!!」
「本当に、意味不明すぎだわ……」
一息ついたあと、オプティキスは唇の端を歪ませた。
「おうおう、いいか? これはスカウトだ」
「……スカウト?」
「おうよ。す、か、う、と。お前さんの履は見せてもらったぜ。ハッキリ言うと、300点満点合格だ!!」
「な、何の話しよ!!」
「ユグドシアル大陸で、指揮を執ってほしい。俺の右側で寝ているシィェンと一緒によ。
一人じゃ寂しいだろ? で、突如始めるクイズ番組、オプティキスクェスチョンコーナー。
指揮に一番重要なもんて何かわかるか?」
「人の動かし方……? 違うわ、いかにダマせるかだわ……」
オプティキスは、手の甲で二度ほど振って、はらう。
「ちがうちがう!! おめーさんは、きづいてねーんだよー。それは生きる執着だ!!」
「……執着?」
「おめーさんのことは、ずっと見てきたぜ……うちらも潜伏できる奴らは結構いるからよ」
ツィイーはその言葉を聞いて、一気に鳥肌がたったのか、両腕を胸の下に交差させて持ってくる。
十字聖教騎士団の軍事力もそうだが、情報収集力も半端ではなかった。
「右目に涙の、かわいいかわいいホクロの女性。年齢は33歳ぐらい。
ぐらいというのは、しょうがねぇもんな。生き別れた弟がいるということだ。
長年裏社会で生きてきたため、証明できる、信用
出来そうな肉親はしばらくいなかったもんな。生き別れた弟は現在中国国防軍で、大佐をしているそうな……。おっとお、失礼。その弟さんも、そろそろ軍部を抜けるかもしれないもんな。
あんたの性格は、目的の為だったらなんでも利用する。
例えば、その体とかな。
特に、男に対する引っかけ具合はこの俺も惚れ惚れするね!!
ヘタな娼婦よりもスゲェうまい駆け引きするみたいだよな?
扱える戦闘術は超接近戦に長けていて、蟷螂拳を使う。
蟷螂拳と言っても普通のじゃねぇ。こう、なんていうんだ? 超はえー攪乱戦法の蟷螂拳だ。
うちの一般の騎士よりもつえーんじゃねーの。それと、その目的の為には生き残る執着は、並みならぬものを感じざる負えん……。それと、セックスする時の好きな体位も言った方がいいか?」
ツィイーは、完全に閉口してしまった。
赤い果実が弾けるように、口を開け始めた。
「そっちに行って、プライベートは、あるの?」
「いんや、ない。まあ、俺もほぼない。プライベートは仕事だ」
「どうして、そこまで言うの?」
「言う? お前さんがうちらのところに来る確率は195パーセントだ!! おもしれーぜえ、ユグドシアル大陸の防衛は!!」
ツィイーは、両腕を胸元に寄せて、オプティキスと視線を外した。
「わかった、負けたわ。この車はどこに、向かってるのかしら?」
オプティキスは、太い眉毛を歪ませ、大きな口を開いた。
「お嬢ちゃん、良いこと聞いたなー。やっぱ、こういう女はたまんねーぜ。
頭のキレよし、身体のキレよし、おこちゃま感覚がない。そういう女はモテるぜ?」
「そんな茶化し、どうでもいいわ。どこ向かってるって、言ってるでしょ?」
「おうおう、お嬢さん。言っただろ? ユグドシアル大陸までひとっ飛びだ!!」
「プランを教えて頂戴、無事にいかない可能性も考えるのよ……」
「おめーさんの価値は、俺が守るぐらいにある!!」
「ふん、どうだか……」
「ま、任務完遂率は300パーセントだ!!」
降りしきる雨の中、護送車は軍用空港へと向かって行く。
夏場の雨はさらに強くなっていく気配だった。